23:天才は世界を渡る
桜木美月という天才がいた。
一を知れば十以上を知ってしまう彼女が、
この世界のシステムから調停者の存在に気づくまで、
さしたる時間は必要としなかった。
流されて生活するのを良しとしなかった桜木美月が
革命軍に合流するのは必然と言えよう。
彼女は自身の操縦士である春日和弘と、
唯一の肉親である桜木麻由を伴って革命軍に亡命した。
この瞬間、彼女らは表舞台から、その痕跡の一切が消滅した。
革命軍では調停者に対抗する為に、
許されている以上の技術を独自で持っていたが、
まだまだ調停者と比べれば歯牙にもかけないレベルであった。
しかしそれも桜木美月の加入で一変する。
時には調停者が隠した先人の辿った道を見つけ出し、
また時には調停者へのハッキングを決行した。
桜木美月のいる革命軍の技術レベルは
急速に調停者を追従するまでに至る。
まだ届かないと思われるものの、
それも時間の問題とまで思われていた。
とりわけ桜木美月の力を入れた部分は空間操作だ。
調停者が今の人類では辿り着けない場所に
存在するとの考えからだった。
その一点に掛けて言えば、彼女の理論は
調停者の知らないレベルまで到達していた。
ただそのあまりにも突出した才能は、
他の人間が理解できる代物では無かった。
逆に言えば、それらを万人にも理解出来るようになれば、
調停者を相手にアドバンテージを取れるのは確かである。
しかしそれを許す調停者ではない。
調停者の刺客は桜木美月の剣である春日和弘を砕き、
彼女自身も行方不明になった。
残されたのは妹の麻由と、
誰にも解析できないブラックボックスの理論のみ。
だがこのまま終わる革命軍ではない。
彼女の技術は今なおブラックボックスはそのままで、
使える部分があれば使ってしまっていた。
どんなデメリットがあるか不明なままで。
調停者と呼ばれる子供は、
その光の無い目をまっすぐに和弘に向けて言った。
≪彼らは恐らく次の大規模作戦で、
それらの技術を使って何か事を起こすつもりです。
あなた達にはそれを止めて欲しいのです≫
「買い被りだよ。
俺達よりそっちでやった方が多分上手くいくと思うけど」
和弘は即答した。
調停者に協力するとは言ったが、
明らかに無駄だと思うことに関しては流石に抵抗がある。
≪元々調停者は人を優先に行動しています。
そういう意味では人より高い戦闘能力を持ちあわせていません≫
調停者は人間にやられるのを良しとしていた。
それ故に人と争う場合は、人を遥かに超えた行動は禁止されていた。
和弘と戦闘したアートラエスも機械制御であるなら、
人の限界を超えた動きが出来たはずが、そうしなかったと言う。
ならば革命軍が行動を起こすことも彼らの望みのはずだ。
しかし、調停者は首を横に振った。
≪人の手に余るものは、一度でも使えば、
それに振り回されることは歴史が証明しております。
桜木美月が、それを分かっていたうえで、
あえて放置したのかは分かりません≫
彼らはあくまでも人が存続することを願っていた。
故に人が自ら破滅に向かうのは見過ごせないと言う。
「そんなにマズいのか?」
≪あなたがここにいることがその理由です≫
「……は?」
急に話が自分の方に向いて、和弘の思考が一瞬止まる。
麻由の方を向いてみるが、麻由も分からないという感じだ。
≪桜木美月は自身の空間、および時空操作を試しました。
目的は春日和弘の救出です。
機体と一緒に消えた春日和弘ですが、
彼女は死ぬ前の春日和弘を呼ぼうとしたのです≫
「その結果、呼ばれたのが俺、か……」
この世界に呼ばれた直後の記憶を掘り返す。
もうすでに薄れており、細部などとうに思い出せないが、
この世界の春日和弘の代わりだと言っていた。
今までただのスケープゴートかと思っていたが――――
「……本当に、身代りだったんだな」
≪結果は失敗と言えるでしょうが、
少なくともあなたは彼が倒せなかった調停者を倒しました≫
「単純な腕前じゃ、それ込みでも天地程の差があるけどな」
そう言うものの、調停者の言いたいことは和弘になんとなく分かった。
(ようするに調停者にも対人制限が掛かっていて、
桜木美月の技術相手だと手におえないということか)
桜木美月本人でさえ、自身の技術で間違えて和弘を呼んでしまった。
他の連中は、その技術の内容を理解しないまま使おうとしている。
そういうことなのだろう。
よくよく話を考えてみれば、
調停者の言い分は、人の世ならば
人が管理するのが最善だと、ずっと言っていた。
現時点で人が管理するには危ういというだけで。
(ただ俺がやるのはいいとして問題は……)
和弘は麻由の方を見る。
麻由からすれば調停者は全てを奪った仇のはずだ。
「私は……和弘さんに従うだけですから」
肯定の意を示したものの、その表情は俯いていて分からない。
和弘は反射的に何か言いかけて寸前で思い留まった。
ここで話を混ぜっ返しても、状況が悪くなることがあっても
良い方向には転がらないことは和弘にも分かった。
(折角、会えたのになぁ……)
今だって、ちゃんと話し合うことが出来ないでいるが、
このまま何も話せないまま別れたのでは笑うに笑えない。
そんな和弘の気持ちなど、麻由には分かっていないだろう。
同様に麻由の気持ちは和弘には分からない。
麻由は自嘲気味に笑うだけだ。
「私には……姉さんみたいな真似は無理、ですよ……」
≪あなたに限らず桜木美月の代わりは誰も出来ないでしょう。
ですが、あなたは本当に何も出来ないとは限りません≫
「それは、どういう意味ですか?」
≪百聞は一見に如かず。これをどうぞ≫
そう言って調停者が手を振るうと、
そこに様々なデータが表示される。
それらはゆっくりと麻由の方に向かっていく。
そこに書いてあるのは専門用語の羅列であり、
和弘は見た瞬間に理解を放棄したが、
麻由はそれが何なのか理解した瞬間、目を見開いた。
「これ、姉さんの……!」
≪一目見ただけで理解するとは流石ですね。
それは桜木美月の残している理論の一部です≫
しかし麻由が驚いてるのはそこではない。
理解出来るのは当然だ。
何故ならばその内容は彼女が
良く知っているものだったからだ。
「それにこれ、アナザイムの……!
なんでこんな所に!?」
麻由がアナザイムに付けて貰った空間修復推進システム。
この世界の春日和弘のテツビトの機能。
すなわち、桜木美月のオーバーテクノロジーだ。
そして調停者の言葉は麻由が桜木美月の技術を
一定以上の理解を持っているという意味に他ならない。
しかし、調停者の次の言葉が麻由を更に驚かせた。
≪あなたが送ってきたんですよ。
桜木美月の技術を使ってこのように動かす、とね≫
調停者の言葉に麻由の目が大きく開かれる。
口はわなわなと震え始め、小刻みに揺れる体を自身でで抱きとめる。
その姿は和弘でも分かるほどに驚愕を露わにしていた。
「な……なんであなたがそれを知ってるんですか!?」
「おいおい、何言ってるんだよ。
調停者が言ってたことを考えれば、
そういうのを管理してたのは調停者ってことになるだろ?」
落ち着かせようとした和弘の言葉だったが、
麻由はかぶりを振る。
「だって、その設計案……私は、革命軍の方に送ったのに!」
≪何を言ってるのですか?
アナザイムを作り、あなた方に渡したのは私達ですよ≫
麻由の言葉と悪戯した子供のような表情を見せる調停者。
そして首を傾げる和弘は、少し考えてようやくその矛盾に気が付いた。
(アナザイムは元々この世界の春日和弘が
使っていたテツビトの技術を使おうと考えていた。
つまり、例の移動システムが実在する以上、それは間違ってない)
つまり麻由は革命軍に連絡を取ったはずだ。
それなのに調停者がそのことを知ってるだけでなく、
アナザイムを作ったのは自分達だと主張している。
麻由の乗るアナザイムを追いかけた時を思い出す。
あの時、戦った相手は調停者のテツビトだろう。
本当に調停者がアナザイムを作ったのであれば、
居場所が分かっていてもおかしくはない。
(革命軍と調停者は繋がっているのか?)
それにしてはこの世界の春日和弘は死んでいるし、
麻由が知らされていないのは変だ。
それに調停者は麻由を排除しようとする動きを取っていた。
そもそも繋がっているなら、殺す必要は無いはずだ。
(組織は無理でも個人ならどうだ?
麻由は姉さんに連絡を取ると言っていた。
名前は確か……)
その名前を思い出した時、
不意に口から言葉が漏れた。
「桜木美月……生きているのか?」
≪言ったはずです。
……行方不明だと≫
調停者が更に手を振ると、
先程、麻由に渡したものより
遥かに膨大な量のデータが表示される。
≪あなた達にお願いすることは、
理解も出来ない物を振り回す子供の阻止です。
その為には、この桜木美月の技術理論を使っても構いません≫
調停者は和弘と麻由を見る。
その瞳には色は無いが、不気味なはずのそれは、
不思議と意思が内包しているように見えた。
そして、静かに言った。
≪最強のテツビトを、創って下さい≫




