にっじゅいち
おひさしぶりです(*´ω`*)
お待ちになられていた方がいらっしゃったら、申し訳ございませんでした(´・ω・`)ショボーン
あ、こんなの描いてみました。
【娘に攻略されそうです。のキャラクター紹介イラストと1話の漫画版】
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=68491819
「じゃあ、行ってくるね、母さん」
普段より、ずいぶんと早い登校時間。
氷雨ちゃんが、玄関の扉に手を掛ける。
「うん……朝練、頑張ってね」
何故だか、今回の体育祭に関して、氷雨ちゃんはやる気満々で。
担任の薙雲先生と話し合い、早朝練習まで始めてしまった。
「……ねえっ」
咄嗟に、引き留めた。
「ん、なあに?」
振り返った氷雨ちゃん。
いつも通りの、私だけに向けてくれる、やわらかな笑み。
「えっと……今日も、遅いの?」
そんな私の問い掛けに。
氷雨ちゃんは、首を傾げながら答えた。
「うん、本番前日まで、毎日練習しないといけないから」
言わなかったっけ? って、言葉を続ける氷雨ちゃん。
――うん、
聞いたよ。
知ってた。
分かり切ったことを、それでも聞いちゃったんだよ。
「いってきます」
私は。
笑顔を顔に貼りつけて、手を振った。
「いってらっしゃい」
時計を見上げ、もう幾度目かもわからない溜息を吐いた。
「まだ、4時かあ……」
手元のPC画面に視線を落とす。
キーボードに置いた指が、非常に重たく感じる。
私の職業は『絵本作家』だ。
副業として、たまに雑誌の挿絵等の仕事も請け負っている。
――夫を、亡くした後。
遺された遺産と、慰謝料を食い潰しながら。
どうやって氷雨ちゃんを養えばいいのかと、途方に暮れた。
何故って、私は働いたことなんてなかったからだ。
もともと私は、一般的とは言えない程、裕福で歴史のある家に生まれた。
華道に茶道、お琴に日本舞踊。
そして、お料理とお裁縫。
物心ついた頃から、親の言いなり。
ひたすらに繰り返される『花嫁修業』。
高校卒業後は、親が決めた相手に『出荷』される予定だった。
そんな私の手を引いて、実家から連れ出してくれたのが、亡き夫。
氷雨ちゃんの『お父さん』だ。
彼は、私の許婚の『兄』だった。
初めて出会ったのは、私がまだ8歳の頃で。
8つ年上の彼は、16歳――……反抗期真っ只中の時期だった。
『出来損ない』と周囲に蔑まれ。
跡継ぎは弟に内定済みで、実の両親にさえ厄介者扱いされていた彼。
だけど、私には。
とても優しく接してくれた。
正直なところ、私は彼に『依存』していた。
氷雨ちゃんが産まれた後も、たまに間違えて『おにいちゃん』と呼んでしまうくらいに。
そんなだったから。
彼が死んでしまった時は、迷子になったような心持ちだった。
もし、独りぼっちだったら――……後を追っていた、かもしれない。
でも、私には、氷雨ちゃんが居てくれたから。
この子を守らなきゃ、って。
そう、思えた。
そう、思えた、のだけど。
実際問題として、駆け落ちした結果、高校中退で学歴もなく。
社会経験もゼロの状態で、途方に暮れるしかなかったのだ。
そんな時。
氷雨ちゃんに読んで聞かせる為に購入した絵本に挟まっていた物。
それは、絵本コンクールの募集要項が記されたチラシだった。
新人賞の賞金は50万円。
見事賞を獲得出来れば、即出版のチャンス。
絵を描くことは、私の数少ない趣味のひとつだった。
駄目元で応募した結果――……奇跡的に受賞。
今ではそれなりに売れっ子だ。
現金一括購入でこの家を建て、愛娘に不自由させない暮らしを維持出来る程度には、稼ぐことが出来ている。
その為、現在は新作のプロット作成中だが――……書いては消し、書いては消しの繰り返しで。
この数時間の間に、たったの数行しか進んでいない。
「……はあ」
また、溜息を吐く。
今日も、時計の針は意地悪だ。
わざとゆっくり進んで、私を焦らしながら楽しんでいるとしか思えない。
昨日、氷雨ちゃんが帰宅した時刻は、すっかり陽も暮れた夜の7時過ぎだった。
晩御飯とお風呂を済ませた後も、放課後の練習で疲れているのに加え、起床時間も早いから、早々に寝室に引っ込んでしまった。
普段なら。
氷雨ちゃんは、遅くても夕方5時までには帰宅して。
お風呂の支度や、料理等の家事を手伝ってくれて。
一緒にご飯を食べた後も、ソファに並んでテレビを観たりして。
とにかく、一緒に過ごすのに。
「……ッ」
胸が、キュゥッ、と。
締め付けられる感じ。
――ああ。
「さみしい、なあ……」
その日。
氷雨ちゃんが帰って来たのは、夜の8時前だった。
疲れ切っているのか、食事中も眠たそうで。
まともに会話する時間は、ほとんどなかった。
「……」
己の部屋で、途方に暮れる。
――……魔が差したのだ。
「なにやってるんだろう、私」
腕の中のソレを見詰める。
白い衣服。
胸元には『暁 氷雨』と記されている。
……と、いうか、私が縫い付けたのだ。
一文字ずつ丁寧に刺繍した。
氷雨ちゃんの学校では『体操着に記載する名前はフルネームじゃないといけない』という決まりがある。
そう、『体操着』だ。
私は、愛娘の体操着を腕に抱えて、己の自室で立ち尽くしている。
「本当に、なにやってるんだろう、私……っ!」
今日は、とても天気が良かった。
だから、気分転換もかねて、洗濯をすることにした。
嫌な気持ちも綺麗に流れてくれたらなあ、って、そう思いながら。
一段落して、洗濯籠を片付けに行った際。
床に衣服が一着落ちていることに気が付いた。
溜息を吐きながら見下ろす。
土汚れが付着したままのソレは――……氷雨ちゃんの体操着だった。
不幸中の幸いと言うべきか、氷雨ちゃんの体操着は、予備も含めて3着用意してある。
すぐに洗濯しなくても困らないのは僥倖だった。
それでもやはり、少し気落ちしながら拾い上げる。
洗濯機に入れておこうと思ったのだ。
そう、それだけのつもり――……だった、のだけど。
「……ッ」
息を呑んだ。
フワッ、と。
香った、ソレは。
「氷雨ちゃんの、匂いだ……」
気付いてしまったら。
もう、手放すことが出来なかった。
「……ど、どうしよう」
目の前が、ぐるぐると回る。
足元が覚束なくて、ベッドに腰掛けた。
その瞬間。
また、鼻に届く『匂い』。
「……ッ!」
本当は。
「……」
どうするか、なんて。
「……ひ、」
どうしたいか、なんて。
「氷雨、ちゃん……」
とっくに、決まっているからこそ。
「……氷雨ちゃん」
猫が飼い主の衣服を寝床に隠すように、己の自室までコソコソと運んで来たのだ。
「氷雨ちゃんっ!」
バフッ! と。
体操着に、顔を埋めた。
「……っ、……ッ!」
埋めた鼻先から。
スゥーッ、と。
深く、息を吸い込んだ。
「……っッッ! っふ!? ~~ぅっ!」
普段、日常生活で嗅ぐ物より。
少しすっぱくて、何倍も強く香る、汗の匂い。
――……臭い、じゃなくて、匂いだ。
少なくとも、私にとっては。
目の奥が、チカチカして。
頭蓋の奥で、脳みそが融けていく。
「……ふわ」
気付いたら、ベッドに寝転んでいた。
体をまぁるくして、抱え込んだ体操着の匂いを、ひたすらに『嗅ぐ』。
だって。
だって、だって。
「氷雨ちゃぁん……」
すっごく、安心するのだ。
心臓は、早鐘のようだし。
知恵熱でも出たのか、頭はボーッとするし。
なんか、変な汗までかいてるんだけど。
それと同時に、どうしようもないくらいに、安心出来る。
「氷雨ちゃん、氷雨ちゃん……っ」
小さな声で、名前を呼びながら。
この場に居ないあの子の代わりに。
薄っぺらい布を、抱き締めた。
――……しばらくして。
匂いに鼻が慣れたのか。
単純に、私の臭いで中和されたのか。
氷雨ちゃんの匂いが、薄くなってしまったように感じた。
「……っう!」
――やだ。
やだ、やだっ!
――蕩けきった脳みそは、知能の低下をもたらしたらしい。
さらにきつく体操着を抱き締め、縋りつき。
「はぐッ!」
咄嗟に――……噛みついた。
「ッ!? ~~んッ!」
それはまさに、青天の霹靂、だった。
「んふ、……うッ」
体に、稲妻が走る。
「~~ッ!」
――……ああ。
氷雨ちゃんの『味』だぁ。
「……ダメッ!」
正気に返り。
慌てて口を離した。
一瞬、唾液が煌めく。
「ダメ、流石にコレはダメよ……っ」
超えてはならない一線が目の前にある――……そんな気がした。
「……」
そう、超えてはならない。
母として。
と、いうか――……人として。
だって、そんな。
『変態』じゃあるまいし。
「へ、変態じゃ、ないもん……ッ!」
一人で、自問自答して。
それでも。
唾液の付着した、布地を見詰めていると。
「……ッあ」
気が付いたら。
唇の隙間から、ひょっこりと覗いた舌先が――……ちょん、って。
布地に、触れていて。
ビクンッ! と。
体が、大きく震えた。
次の、瞬間。
「母さん、ただいまー」
ビビクゥンッ!!!!
さっきの5倍くらい体が震えた――……否。
一瞬、浮いた!
扉の向こうから届いたのは紛れもなく――氷雨ちゃんの声だッ!?
「え? え? えええっ!?」
慌てながらも、目覚まし時計(自著であるポケットオオカミさんシリーズのキャラクターを模した物)を確認する。
――思わず、叫んだ。
「……まだ5時前っ!?」
え、うそっ?
なんで今日に限ってこんなに早いの!?
混乱している間にも、氷雨ちゃんの声と足音が近付いてくる。
「母さん、部屋ー?」
きゃぁああああああああああああッ!
――……脳内で、大絶叫を上げながら。
私は超高速で体操着をベッドの下に突っ込んだ。
「母さん、入るよー」
ガチャッ、とドアが開いた。
「ただいま、母さん」
目が合った途端に向けられる笑顔は、今日も眩しい。
普段の三割増しで眩しい気がする。
――……負い目があるから、余計に眩しく感じるのだろう。
「お、おかえりー」
自分も精一杯に取り繕った笑顔を浮かべながら立ち上がる。
内心では躊躇いながらも、一歩踏み出した。
「き、今日は早かったね?」
近付きながら問いかけると、氷雨ちゃんは軽く頷いて答えた。
「うん、『今日は職員会議が長引きそうだし、昨日頑張りすぎたから帰って休め』って、薙雲先生が」
心の中で、勢いよく地団駄を踏む。
――ああ!
事前にそれが分かっていれば、愚かな真似もせず、素直に喜べたはずなのにっ!
「……あれ?」
小さな、疑問符の後。
「ふきゃっ!?」
私は、驚きで奇声を上げた。
氷雨ちゃんの顔が、いきなり目と鼻の先にまで迫って来たからだ。
「ひ、氷雨ちゃ……っ?」
「母さん、顔が赤いよ」
交わる視線。
覗き込んでくる、真剣な――……心配そうな目。
「もしかして、風邪ひいたの?」
伸びてきた手が、私の前髪をかきあげて。
氷雨ちゃんの額が、私の額に、コツンと押し当てられた。
「んー……ちょっと熱い気がしないこともないような」
そう呟きながら、眉を下げる氷雨ちゃん。
近い。
すっごい近い。
「~~っ!」
睫毛の数さえ数えられそうな、至近距離。
「母さん、ひとまず横になったほうが……」
優しい声で、私に語り掛けながら。
ゆっくりと距離を離す氷雨ちゃん。
その瞬間。
フワッ、と。
先程まで嗅いでいた匂いが、芳しく広がった。
「えっ?」
そして、私は。
「か、かあさん?」
――……咄嗟に、氷雨ちゃんに抱き着いて。
その首筋に、鼻先を埋めていた。
「えーっ、と……か、母さん、どうしたの?」
困惑が滲む声で氷雨ちゃんが訊ねてくるが――……返答出来るだけの余裕など、あるはずもなく。
くんくん、くんくん、って。
小さく鼻を鳴らしながら、匂いに耽る。
「あー……うん」
よくわかんないけど、可愛い――……なんて。
そんなことを呟きながら、氷雨ちゃんは私を受け入れた。
――……数分経過。
うん。
どうしよう。
やっちゃったーっ! なんて。
心の中でどれだけ叫んだって、後の祭りだ。
……しばし、悩んで。
ひとまず体勢を立て直そう、と。
ゆっくりと体を離そうとした、ら。
「きゃっ!?」
腰に回った氷雨ちゃんの腕に、強く引き留められた。
「ひ、ひょうちゃ」
――くんくん、くんくん。
「え」
何をされているのか。
一瞬、理解出来なかった。
しかし。
「~~ッ!」
理解した瞬間。
脳内で爆発事故が発生した。
め、めっちゃクンクンされてるーっ!?
「氷雨ちゃ、やめ……っ」
首筋に押し当てられた鼻先が。
そのまま、スウッと上がってきて。
耳元を通り過ぎたかと思うと。
――ペロッ
「うっひゃあっ!?」
耳に伝う、生温かくて湿った感触。
……。
…………な、舐め、
舐められ……~~ッ!!
「おわっ!?」
ドンッ! と。
勢いよく、氷雨ちゃんを突き飛ばした。
2、3歩後退る氷雨ちゃん。
きょとん、とした後。
にぱあっ、と笑って言い放つ。
「ごめん、つい」
私は、そんな氷雨ちゃんの鼻の頭を叩いて横に押しのけた。
たまらず、叫ぶ。
「氷雨ちゃんの、ばかっ!」
「母さーん、どこ行くのー?」
「お風呂入るの!」
「一緒に入るー?」
「……ぜったいに、ダメッ!」
「そんなに嫌がらなくても……」
嫌、とかじゃなくて。
――……今日は、ホントに、ダメなのっ!
これからもよろしくお願いしますっ(*´ω`*)