美奈
ドアを開けタカヒロの前を通り過ぎた女性からは甘いフルーツ系の香水の香りがした。
170センチ程の長身にジーパンをカッコ良く着こなして、
ショートカットが良く似合うハーフのような女性だった。
「ちわ!!リペアマーーーーーン!!久しぶりだね~~~~~」
「だからその呼び方は勘弁してくれよ美奈ちゃん。スーパーマンみたいな響きでさ、なんか擽ったいぜ」
「だってリペアマンはリペアマンじゃん!今日はリガチャーとキーコルクの交換をしに来たの。もうすぐライブだしね。後いつものリードとね!」
その女性は右肩から赤い派手なケースを下ろし、中を開けた
中からゴールドのアルトサックスを出した
「お願いしまーす」 「はいよ!」
「美奈ちゃん 紹介したい人がいるんだ」下野はタカヒロに視線を移した
「ん?なに?」美奈は振り向いてタカヒロの方を見た
タカヒロはなぜか驚いた顔をする
「何?私の顔になんか付いてる?」タカヒロがあまりにもマジマジと見るので一瞬、ムッとしたのだ
「いえ、その・・以前どこかで会ったような・・」
「今時さ~古いナンパの仕方だね。」顔色変えず美奈という女性はタカヒロに言った
「ち、ちがうよ。ナンパなんてした事ないし・・」
「似てるんだよ。タカヒロくん。」下野は笑みを浮かべながらタカヒロに言う。続けて美奈にはこう告げた
「美奈ちゃん、この男の子はね、おばあさんの同級生のお孫さんなんだよ。タカヒロ君って言うんだ」
「そうだったの?ごめんなさーい。私は島田美奈って言います。高校3年生です。宜しく!」
「高校生なの?やたらデカイし大人っぽいからてっきり年上だと・・同じ年じゃん。」
「タカヒロくん 目の前の女の子はねぇ りっちゃんのお孫さんなんだよ。成長するにつれてりっちゃんにそっくりになっていってね、目の下のホクロまで同じなんだよ~」
タカヒロは驚いた。目の前の女の子が自分と同い年な事と、律子の孫だった事、そんな事よりタカヒロを一番
驚かせたのはタカヒロが見たあの写真の中の律子にあまりにもソックリだった事だ。
「・・ひょっとしてタカヒロ君ってタカ?おばあちゃんの病院のお友達?」
「ええ、まあ」 タカヒロは下を向いて頭をかく
「病院で若い男の子と友達になったって聞いた事あったし。おばあちゃんね急に元気が出てきたんだよ。
タカヒロくんのおかげだね。
ありがとうね!」美奈はさっきのムスっとした表情からは一転し、笑顔で話し掛けた
「タカヒロくん、美奈ちゃんはね3歳ぐらいからこの店に来てたんだよ。りっちゃんがいつも手を引いてね、
それで俺の事を楽器を修理するリペアマンってりっちゃんが説明したらなんだか戦隊もののヒーローと勘違いしちゃってさ~それからずっとリペアマーーーーンって言って入ってくるんだよ。おっかしいだろ?
美奈ちゃんは幼い頃から楽器に触れて育ったんだよね。中学からはアルトサックス一本でさ、今ではいろんな街のライブハウスで月一ライブをしてる。俺は専属リペアマンってとこ」
「そうなの。インストだけどね。興味あったら一度遊びに来てよ」
「僕も軽音でバンド組んでるんだ!興味ありありだよ!!
・・・そうだ、そうそう肝心な事・・聞いていい?」
「ん?なあに?」
「りっちゃん退院したんだよね。おめでとう。
あのさ、会いたいんだ。僕もなんだけど、僕のじいさんに・・会わせたいんだ・・」
「おばあちゃんなら今、日本にいないよ。
グランパとこにお母さんと行ってるの。」
ぐらん、ぱ?
「おじいさんとこよ。つまりお母さんのお父さん
おばあちゃんの旦那さんだよ!」
「え?りっちゃん結婚はしなかったって前に言ってたよ。」
「そうだよー結婚はしなかったみたいだね! 」サラッと美奈は言った。
「でもグランパはグランパ。私のおじいちゃん。私はお正月に行くの。」
「遠いの?」
「ニューヨークだよ。」
「あ、そろそろ行くわ私。タカヒロくん時間ある?」
「え?・・時間?う、うん。後帰るだけだけど。」
「ちょっと付き合って!」そう言うと美奈はさっさと扉の方に向かった
あまりの行動の早さに戸惑ったタカヒロ。
そんなタカヒロに向かって下野はタカヒロに目配せをし、親指を立ててみた
「リペアマーン!また出来たら連絡宜しく!タカヒロ君を誘拐して行きまーす!」
「ゆ、誘拐って・・ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと~~」タカヒロは引っ張られるように店の外に出た
美奈はメットホルダーからヘルメットを取りタカヒロに手渡す
「はい!被って!」
「俺が後ろに?乗るの?」
「え?あたりまえでしょ?私のバイクなんだし。早く被っちゃって!」
タカヒロは言われるがままヘルメットを装着し、後ろに乗ってみた
「掴まっててよ!」
「・・どこ・・に?」
「ここだよ!恥かしがってないの!死んじゃうよ!しっかり掴まってて」そう言うと美奈はタカヒロの手を取り自分の腰に手を添わせた
「・・はい。・・あの、安全運転で・・お願いします。」
クスっと笑いながら美奈はアクセルを踏んだ。
タカヒロは戸惑ってしばらく無言でいた。5分ほど走ってからタカヒロは口を開いた
「ねえ、何処に向かってるの?」
「何?きこえなーーーい」
「ど・こ・に・向かって、い・る・のーーーー!!!!」風に遮られる会話に大声で叫んで見た
「はーーーーろーー!」
はーーろーー?なんだろ?
もう一回聞くと、この強引な美奈に怒られそうな気がした。
風の中では静かに身を任せるだけの方がいいと思ったタカヒロは少し黙っていた
今日、初めて会ったばかりの女の子の背中にしがみ付き、そして普通に会話をしている
りっちゃんの孫の美奈。写真の中の広沢律子にそっくりな君の腰をしっかりと持ち
「何処に向かっているの」なんて。
人と人が出会うのって・・いったいなんだろう。
じいちゃんの言う<運命>って・・なんだろう。
タカヒロはバイクの後ろでそんな事をぼーーっと考えていたのだ。
ビュンビュンと風を切るバイクの後ろで、そして初めて会った女の子の後ろで
ただ、ぼーーっと考えていた。