栞
隆はタカヒロ宛ての手紙をしまった後 タカヒロの雑誌をパラパラとめくる
律子のハガキ大の大き目の栞が邪魔をしてページが開けにくくなっていた
隆は初めてその栞を手に取ってみた
隆は驚いた
「・・・・・」
栞には本物の桜がひとひらだけ、 押し花にされていた
がそんな事は男の隆には興味の欠片もなかった
むしろ、興味を引いたのはハガキに描かれていた
桜の木だったのだ
小高い丘に描かれているその桜は種類の違う二本の大きな樹
少し濃い花をつける紅華と十月桜と呼ばれる二部咲きの桜、同じところで育つ珍しいその場所は他にはない。
鮮やかな色の絵の具で丁寧に描かれていたのは濃い桜の花びらの樹と、蕾をたくさん付けた樹。
そして、よくよく目を凝らすと木には一本のギターが立てかけられていたのだ。
「・・・・・」
隆の思い出の場所
そのものだったのだ。 例え違ったとしても、不自然な場所にあるギター。間違いなかった。
隆は目頭が燃えているように熱くジンジンとした。
・・・肩が震え出す 全身から魂が抜け出しそう感覚に陥った
「律子じゃねえのか、、
律子、、 。
、、、こんなにも近くに。しかも場所が病院だなんてな。」
栞を手にしたまま隆の魂はその場所に佇む。
初めてのキスをした後、隆の手は悪戯に律子のポニーテールを解き
「この方がいい。女らしいぜ。」
律子の長い髪が肩の横で揺れシャンプーのほのかな香りがした。
隆は律子の髪を撫で髪越しのおでこにもう一度キスした。
下を向いて「大好き」と律子が言う。「俺も。」
会いてえよ。律子。どこが悪いんだ。
大丈夫なのかよ・・・
会いてえ。律子に会いてえよ。 心が叫んだ
隆は栞を手に持ち三階の中テラスに向かった。約束も何もなく、ただ本能のまま、過去の17歳の隆が小走りにさせるのだ。
エレベーターに乗り3階のボタンを慌ただしく何度も押す
「3階です」 自動音声が流れるや否や隆はエレベータードアが開ききる前に肩を打ちながらもテラスに向かうのだ
テラス入口の分厚い透明の自動ドアが開くとハナミズキの木を探す
隆はハッとする
ハナミズキって
どんな花だ?
「しかも花なんか咲いてやしねえ 」と一人呟く
今の律子がわかるのか?
約束もしてねえ、、
「馬鹿か俺は。」
落ち着いて考えた
どうすればいい?落ち着くんだ
と、自分に言い聞かす
隆は引き返し3階のナースセンターに立ち寄る
「悪いが、コピーする紙とペンを貸してくれないか。」
「あっ、、はい 」受付の女性はぶっきらぼうな隆の言い草に戸惑いながらも、それらを手渡した
隆は貰った手紙と同じように、コピー用紙に手紙を書いて見ようと思った 。受付の隅で立ったままペンを走らせた
[律子・・]
いや、、 いきなり俺が手紙書いていいのか?
しかもタカヒロの手紙を勝手に読んだ事になる
読んじまったが、、
[りっちゃんへ ]
孫がいつもお世話になり、、
違うな
[りっちゃん]
久しぶり!
あの雑誌をまた見ましょう。 楽しみにしています
しかしながら学校ですので 入れ違いになっちまいます。
手紙を置いておきます。______________
___________________............。
[隆宏]
「こんな感じか? これでいいな。
・・・やっぱ律子には・・合わす顔ねえや。 」
<隆宏>の名前を書いてもバチは当たんねえだろ。
隆は律子の存在が嬉しかった。生きていてくれた。それだけでいい。
それだけでいい。
今は・・・。
隆は書いた手紙を持ち再びエレベーターに乗り込む。
<6階消化器内科>
ナースセンターの受付に行く
「あのよ、婦長を呼んでくれないか」
「はぁ・・。なにかご用ですか?」と若い看護士が聞く
「俺は婦長に用事がある。お前じゃねえんだ。婦長いるのか?」
「・・・・少々お待ちください。あの失礼ですがお名前をお聞かせいただけます?」
「山村。」
「・・・」
若い看護士は婦長を呼びにアコーディオンカーテンの向こうへ行った
シャーっと勢いよくカーテンが開く
「はいはーい。婦長の小川です。山村さんですね。8階の患者さんですね。こんにちは。」婦長は慣れたしゃべり口調で
隆に接した
「婦長さんですか?あの・・手紙をわざわざ有り難うございました。孫のタカヒロには渡しておきました。
奴は学校なもんで、これも伝言なんですが・・伝言の伝言って変ですがね・・頼まれてくれないでしょうかね?」
噂と見かけよりかなり丁寧できちんと対応する隆に小川婦長は優しい顔で隆に言う
「お安いご用よ!山村さんは顔色が良いみたいね。肝臓だと浮腫みも出るけどあなたは元気そう。
このままきちんとお薬飲んで、主治医の言う事を聞いてください。直に退院できますよ。」
「アハハ~なにか変な噂でもあったみたいですね?
ありがとうございます。俺の体は自分でよーく分かってますよ。
で、ですね申し訳ないですがお願いしてもいいですかね?これ、広沢さんって方に」
隆は手に持った紙を婦長に渡す
「山村さん!もしよければご自分でお渡しになる?広沢さんね、後5分ほどで検査が終ってこの前を通りますよ。熱も少しは下がったみたいだし少しならお話しされても大丈夫よ?」と婦長は提案をした
隆はびっくりした。
どんな顔して会えばいいんだ。無精髭もそのままだ。しかもこんなおじいさんだ、と。
隆の脳裏には若い17歳のままの律子がいる。律子も同じだけ年を重ねている事を一瞬、忘れていた。
栞を手にした瞬間はとにかく会いたい気持ちを抑えきれずに夢中で病室を飛び出した自分。
しかし冷静になればなるほど臆病な、もう一人の自分もいたのだ
「い、いや、いいです。いつも会ってるのは孫でして俺は顔も知らねえですし・・お願いします」
素早く頭を下げると急ぎ足で隆はエレベーターに向かう




