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第九話

 初めて入った友の寝室。

 貴族の嫡男だというのに飾り気のない、寂しい部屋。


 そんな部屋に、鼻をつく薬品の匂いが充満していた。



「なんで、どうして」 



 声を零したカイルの視線の先には、ベッドに横たわり、目を閉じたままピクリとも動かないルシアンの姿があった。



「にいさま! にいさまぁ!!」



 ベッドの側で泣き崩れる、ルシアンの弟、エリオット。

 そんなエリオットの頭を撫でる、覇気を失ったレグリア公爵の背中。



 おかしいだろ。

 俺は確かにあの時、ルシアンを救ったはずだ。

 間に合ったはずだ。



「体内の損傷が激しい。これほどの損傷は、全身に強い雷でも流さない限り起こりません。何か心当たりは?」



 診察が終わり、医者の声が部屋に響く。


 ──背筋に、嫌な汗が流れた。


 俺は知っている。

 昔、ルシアンが天才的な魔法だと言い、俺との勝負でよく使っていた魔法だ。


 雷を直接身体に流し、擬似的に身体強化を行う魔法。



「彼がいつ目を覚ますのか、私にはわかりません。一週間後に目が覚めるかもしれませんし、そのまま眠り続けるかもしれない」



 俺か? 俺のせいなのか?

 俺がルシアンと一緒にいたいって願ったから?



「おまえの……おまえのせいでにいさまは!!」



 エリオットがこちらを必死の形相で睨みつけ、叫ぶ。

 俺は、その顔を一生忘れられないだろう。


 そうだ。


 ──全部、俺のせいなんだ。


 

◯────



「アーシャ。頼めるかしら」


「任せてください!」



 鏡台の前、背後に立つアーシャに髪を櫛でとかれ、慣れた手付きで綺麗に纏められていく。



「手際がいいわね?」


「えへへ。ウチの妹達にもやってたので慣れてるんです!」


「へぇ……仲、いいのね」


「勿論です! 大切な家族ですから」


「……大切にしなさいよ。後、手紙も出してあげなさい。私が父に送る手紙と一緒に送ってあげるわ」


「いいんですか!? ありがとうございます!!」



 アーシャの満面の笑みが鏡に映る。


 ──家族、か。

 ルシアンは眉を顰める。


 偉大な父に、まだまだお子様な弟。

 離れてしまったが、今後途切れることのない関係。


 そして、オレの旦那の、カイル。



『俺は、ルシアンが好きだ!!』



 ふと、昨日のカイルの言葉が蘇る。



「──ッ!!」 


「奥様?」


「……なんでもないわ」 



 頬に手を当てる。

 何故こうも顔が熱くなるのだろう。


 あの一件は昨日の出来事で、また直接言われたわけでもないのに。


 どうして思い出すだけでこんな気持ちになるのだろうか。


 それもこれも全部アイツのせいだ。



「はい! できましたよ!」 


「ありがとね」



 鏡に映る、整えられた自身の姿を見る。

 やはり、この娘はこういったことをさせたら器用だ。


 まるで、学生時代人気だった令嬢のようだ。

 妙な感慨に耽りながら、ちらりと時計に目を移す。


 時計の針はまだ予定の時間を指していなかった。



「まだ時間があるわね……」


「それなら本でも読みますか? 色々と持ってきてますよ!」


「丁度いいわ。紅茶と一緒に持ってきて頂戴」


「わっかりました!」 



 一礼して部屋を出ていくアーシャを見送り、ルシアンはもう一度鏡に映る自分を眺める。


 ──改めて見ると、やっぱり可愛くないか? オレ。


 ニコリと微笑んでみる。

 少し怒った顔をしてみる。


 アイツはこれからこの顔を毎日見るのか。

 もっと有り難がってもらいたいものだ。


 ルシアンは鏡の中の自分と手を合わせる。


 

「違う。アイツは……オ(・)レ(・)が好きなんだよな」



 ポロリと零れる言葉。


 口に出して言ってみれば、何故だか心が温まる。



 ──意味わかんねぇよ。やっぱ。



 ルシアンは自身の胸に手を当て、目を瞑った。


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