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第一話

 友を、失った。

 半身とも呼べる、たった一人の大切な友を。


 その事実から、カイル・ローデン・ド・エルゼンは、二年の月日が経った今でも立ち直れずにいた。



「これはこれは救国の英雄、カイル殿! 一度お話ししてみたいと思っていたのです!」



 豪華絢爛。この世の贅の限りを尽くしたパーティー。


 目立たない窓際にて時間を潰すつもりが、恰幅の良い男に話し掛けられてしまった。



「どうも……」


「先日の飛竜の件は実に見事でした! いやはや、一時はどうなることかと。家財一式投げ捨てて逃げようかとも思いましたが流石はカイル殿! 難なく討伐なされて!」



 美辞麗句を並べ立てる男を横目に、何の気なしに窓の外へと目を向ける。


 ──見覚えのある、忘れられるはずもない、銀白の髪が目に映った。



「ですので、是非ウチの娘を──」


「──すみません。自分はこれで失礼します」



 カイルは名残惜しそうに手を伸ばす男に脇目も振らず、遠ざかっていく銀(・)白(・)を追う。


 扉脇の衛兵を押し退け、外に飛び出す。

 月明かりに照らされた庭園を、花の香りを掻き分けるように走る。


 ずっと会いたかった。

 話したいことが沢山あった。


 だから、だから──



「──待ってくれ、ルシアン!!」



 呼び声に、銀白の髪が揺れる。

 足を止めたその人物が、ゆっくりと振り返った。


 身に纏う綺羅びやかなドレスにあしらわれた宝石が、月明かりを弾き、煌めく。


 たとえ、姿かたちが変わっても。

 たとえ、何故か女(・)になっていたとしても。


 ルシアンをずっと見続けてきた自分が、見間違えるはずがない。


 芸術品のように恐ろしく整った顔に浮かぶ、苦虫を噛み潰したような表情は、二年前と変わらない。



「……なんでわかんだよ、カイル」



 呆れたような声を零しながら──ルシアンは、伸びた髪を乱雑にかき上げた。



 

 どこかバツが悪そうに頬を掻くルシアン。


 そんなルシアンを見て、じんわりと目頭が熱くなる。



「……ルシアン、俺は──」


「──ちょっ、ちょっとまて!」



 込み上げる想いを吐露しようとするも、ルシアンの声に上書きされる。



「一旦待て! 今の俺はルシアンの双子の姉、ルーシーってことになってんだ。誰かに聞かれたらまずい」


「何を言ってるんだ? ルシアンはルシアンだろう?」


「──ッ! ……あぁもう、わっかんねぇかなぁ!」



 一瞬目を見開き、言葉を失ったルシアンだったが、カイルの胸元のジャボを掴み、引っ張る。


 鼻先がぶつかりそうなほど、互いの顔が近づく。


 見ればそのまま呑み込まれてしまいそうな、海のように蒼く深い瞳が、すぐ目の前にある。



「──ルシアンは死んだ。ここにいるのは姉のルーシーだ」


 

 ジャボから手を離したルシアンは、胸に手を当て、ドレスの裾をつまみ、片足を引いて、流れるように膝を折る。



「では、御機嫌よう。救国の英雄様」



 そう言って踵を返すルシアンを、カイルは黙って見送るしかなかった。


 それでも──ルシアンは生きている。



 カイルは、ルシアンの背へ伸ばしかけた手を、力強く握り込んだ。



 

◯──



「おい、早く出せ」



 扉の開かれた馬車の中、脚を組み、不機嫌そうに顔を歪める令嬢。



「お嬢様、パーティーはまだ始まったばかりですし、公爵様からは……」


「お前、名前は?」


「え?」


「名前はなんだと聞いているの」


「フロウ・プロヴァンスですが……」



 公爵から「このお転婆娘をよく見ておくように」と命じられている騎士は、不遜な態度の令嬢を前に、困ったように眉を下げた。



「あっそう。で、プロヴァンスだったか? お前、プロヴァンス村の村長の息子だな。可哀想に。村長には、お前の息子は任務中に賊に襲われ、抵抗虚しく殉職したと報告しておこう」



 令嬢が騎士へと手を向ける。

 その指先から、バチバチと雷が迸り始め、薄暗い馬車内を照らす。


 銀白の髪が、その雷に呼応するかのように金色を帯び始める。



「ひぃっ!! すっ、すぐさま出させていただきます!!」



 慌ただしく馬車の扉が閉められ、馬の嘶きとともに車体が揺れ始めた。



「チッ……」



 令嬢は軽く舌を鳴らす。

 雷によって焼け焦げた手袋を脱ぎ、向かいの座席へ放り投げる。



 ──ルシアン・アルヴェイン・ド・レグリアは天才であり、クズである。


 魔道の世界において将来を約束された無二の天才。

 カイルは、そんなルシアンに唯一土をつけた男だった。


 だからこそ、ルシアンはカイルが気に食わない。

 彼と出会ったせいで、自分の人生が滅茶苦茶になったのだから。

 


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