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第二話

 負けたくなかった。

 アイツだけには。


 どれだけの敗北を重ねても、負けを認めなければ負けじゃない。

 それだけを支柱に、どうしようもなく肥大したプライドを守るため、剣を握り続けた。


 あの日、人生で最も忌々しい、最後の日まで。


 そして──

 


「よかった、間に合って。もう大丈夫。ルシアン、あとは俺に任せてくれ」



 心底安心した顔を見せ、倒れ伏すオレを背に庇い、剣を構えるアイツに。

 

 ────負けたのだ。




◯────



「はぁ……」



 女の溜息が零れる。


 ガタガタと揺れる馬車の中、ルシアンは一人、窓枠に肘をつき、流れる景色を眺めていた。



 思い出すのはヤツの顔。


 安心、困惑、心配。

 色んな感情がごちゃ混ぜになった表情。



『ルシアンはルシアンだろう?』



 今(・)一(・)番(・)欲(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)言(・)葉(・)を平然と言い放った、ヤツの憎たらしい顔。


 ──あぁ、本当にイライラする。


 もう一度溜息をついた時、馬車の揺れが止まり、扉が開かれた。



「お嬢様……とっ、到着しました」



 外から護衛の震える声が聞こえ、ルシアンは立ち上がると、恭しく差し伸べられた護衛の手を取らず、自分で降りる。


 見慣れた門をくぐり、見慣れた庭を歩き、使用人が開けた扉を通る。


 出迎える執事やメイドを無視し、ツカツカと足音を立てながら、ある部屋へ一直線に向かう。


 そして、その部屋の扉を乱暴に開け放った。



「ノックくらいしたらどうだ? ルーシー」


「申し訳ありませんわ。少々気が立ってまして」


「……早く扉を閉めろ」



 ルシアンは扉を閉め、改めて部屋の主の方へと向き直る。



「で? どうだった──ルシアン」



 紙とインクの匂いのする部屋の中。

 部屋の中央に据えられた机の向こうで腕を組み、こちらを見つめてくる銀白の髪の男。



「……どうもこうもねぇよ。それはそれは退屈なパーティーでしたよ? 父上」


「そうか。カイルには会えたのだな」



 そう言って、ルシアンの父──アルベルト・アルヴェイン・ド・レグリアは、それは僥倖だと言いたげに、ククッと喉を鳴らした。


 そんな様子の父を見て、ルシアンは舌を鳴らす。



「……一瞬でバレたけどな」


「まぁいい。彼は言いふらすような者ではないだろう。で、だ」



 アルベルトは立ち上がると、近くの窓枠に腰を掛け、外を眺めながら口を開く。



「──カイルには伝えたのか? お前がカイルの妻になるのだと」


「──ッ!!」



 バチッ、と雷が弾ける。



「言えるわけ、ねぇだろ!!」



 ルシアンは来客用のソファーを蹴り上げる。


 激しい音とともにソファーは宙を舞い、アルベルトのすぐ隣の窓を突き破った。


 バチバチと雷が迸り、ルシアンの銀白の髪にうっすらと金色が混ざり始める。



「怒りはもっともだが、まぁ落ち着け」


「落ち着けるか!! なんでオレがアイツの嫁になんぞならなきゃならねぇんだよ!!」


「一度は納得しただろう? もう子供ではないのだから癇癪も程々にしろ」


「それとこれはまた話が別だろうが!」



 息を荒げ、今にも掴み掛からんばかりに怒りを滾らせるルシアンを横目に、アルベルトは外で慌てふためく衛兵たちに何でもないと手を振る。



「良いか? カイルは今までの功績によって、かつて断絶した王家傍流の家を再興する。だが、いくら王命とはいえ、戦功だけで古い家名を継がせれば反発も出る。そこで、王家の血を薄く引くアルヴェイン家の女であるお前が嫁ぎ、正統性を補強するのだ」


「……オレじゃなくても他の公爵家も幾つかあるだろうが。その辺の令嬢を嫁がせりゃいいじゃねぇか」


「これはお前のためでもあるのだと前も言ったろう? 私はお前を最大限利用する。使えるものは何でも使う。それがアルヴェイン家のモットーだ。だから、カイルに嫁がないのだとしても他の家に嫁いでもらう」


「……」


「カイルも男の頃のお前を知っているだろう?」 

 


 父が何を言いたいのかくらい、分かっている。


 だからこそ、嫌なのだ。



「事情も知らぬ他の男に、尻尾を振り、媚び諂うか?」



 奥歯を強く噛み締める。


 ────反論は、ない。



「……時間も時間なので、失礼いたしますわ」


「そうか。おやすみ、ルーシー」


「おやすみなさい。お父様」



 ふらつく足取りで、ルシアンは執務室の扉を開け、外へ出る。



「くそっ……!!」



 後ろ手で扉を閉めたと同時、ルシアンは扉に背を預けながら、膝から崩れ落ちた。



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