17話 煙に撒かれる道標
洞窟に入るまで、誰一人喋ろうとしなかった。ルシアンさえもだ。あんなにおしゃべりだった吸血鬼が喋らないと、本当に死人みたいに思えてくる。洞窟からは冷たい風が吹いてきた。モーガンの洞窟ほどじゃないけど、ここも少し湿っぽい。なぜか灰が混じった埃っぽい匂いがする。僕らはそのまま、薄暗い洞窟の中を歩いた。ルシアンの琥珀色の瞳が、洞窟の中で猫の目みたいに不気味に光っている。クリスの足取りが、警戒するみたいにゆっくりとしていた。付いては来てくれたけど、ルシアンを信用してはいないみたいだ。というより僕とコーラからも距離を置いている。なんだか心の距離も離れているみたいで、気分が沈む。
「ねえ、ルシアン。どうして私達を助けてくれるの?」
「昔、お前さんらと同じような奴らがいたんだ。そいつらもお前さん達と同じで、元の世界に帰るべく魔王の城に行こうとした」
いつもとは少し違って、真剣な口調のルシアン。僕らだけじゃなかったんだ。この世界に来たのは。
「その人達は、元の世界に帰れたの?」
「いや、途中で魔王の手下にやられちまった。城にたどり着けたのはたった一人だけだ」
ルシアンはそのまま話し続ける。気のせいか、その様子は何処か心苦しげだ。そして同時に、僕は変な胸騒ぎがするのを感じた。これ以上聞いてもいいのか不安になってくる。
「だからお前さん達を助けたいのさ。魔王の城に行こうとしているお前さん達を」
ルシアンはそう言うと、指をパチンと鳴らす。すると、ルシアンの周りには無数の火の玉が現れた。青白い火の玉は人の形になって、僕とコーラの体を掴んだ。僕は炎の腕の中でもがくけど、びくともしない。熱くはないけど、冷たい炎だ。
「これは一体……!」
「悪いな、お前さん方の冒険はここで終わりだ。お前さんらはこの先に行っても無駄死にするだけだぜ」
炎から出てくる煙を吸い込んで、僕の意識はだんだん霧がかってくる。そんな……。信用していたのに……。霞む視界にはルシアンの琥珀色に光る瞳が見える。最後の抵抗で、僕は手を伸ばす。
「リアム!!」
クリスが僕の手を取ろうと駆け寄ってくる。だけど、その姿も煙に隠された。息が苦しい。僕の頭の中は、絶望と困惑でいっぱいだった。全身の力が抜けていく。意識がなくなる直前に、ルシアンが何か言っているような気がした。
「あばよ、ちびっ子。お嬢ちゃんを泣かすんじゃねぇぞ」
――来てくれてありがとう。そういえば、名前を聞いていなかったわね――
約束した時間通りに、彼は来てくれた。丘で会ったときと同じように、彼はボロボロの黒いコートを着ている。彼は青白い頬を赤く染めて、私の家の玄関に入ることすらはばかっていた。
――ぼ、僕はオズワルド。君は、ここに一人で暮らしているの? ――
――うん、昔はお父さんもお母さんもいたけど、病気で二人とも死んじゃって、今は私一人で住んでいるの――
余計なことを聞いてしまったように、オズワルドは申し訳なさそうな顔をする。そんな顔しなくてもいいのよ。確かに、二人が死んじゃったときはすごく悲しかったわ。でも、いつまでもクヨクヨしてちゃいけないもの。私は笑って、オズワルドの手を取る。
――ねぇ、オズワルドのお父さんとお母さんもやっぱり魔法使いなの? ――
――……う、うん。だけど、お父さんもお母さんもこの町の人を嫌っているんだ。町の人は僕たちの一族を追放したからだって――
悲しげな顔のオズワルド。いつか、お父さんとお母さんがこんな話をしていた気がする。この町には昔、とても強い魔法使いがいて、町の人間を支配していたんだって。だけどある日、貴族の人が町にやってきて、その一族を町から追放したの。オズワルドがその一族だったなんて。でも、そんなことはいいの。オズワルドは私の親友よ。私はオズワルドの肩を優しく撫でる。
――そう……。あなたも大変だったのね――
――でも、いつかあの町で、僕が書いた本を読んでもらいたいんだ――
オズワルドはそう言って、手にした本を握り締める。丘で見たものと同じ本。本当に本が好きなんだ。本を持つオズワルドの目は一段と輝いていたんだもの。
――それも、あなたが書いた本なの? ――
――う、うん。好きなんだ、物語を書くのが――
照れくさそうに頬を掻くオズワルド。本には丁寧な字で、“小さな騎士の物語”と書いてあった。字は丁寧だったけど、絵は子供みたいにかわいらしい。
――ねぇ、ちょっと読んでもいいかな? ――
――うん、いいよ――




