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15話 癒しの魔法

――ねぇ、よくここに来るの? ――

丘の上で本を呼んでいる男の子に、私は話しかける。それが全ての始まりだった。

――う、うん。ここは落ち着くから本を読むにはちょうどいいんだ――

弱気な口調で、男の子は呼んでいた本を閉じる。灰色の髪が、太陽の光に照らされて銀色に輝いていた。黒いコートを着ていて、目の下にはクマがあってちょっと不気味だったけど、悪い子じゃないみたい。私はその子の隣に座った。その子は人と一緒にいるのに慣れていないのか、肩をすぼめる。

――一人で来てるの? ――

――そ、そうだよ――

たどたどしい口調の彼。心なしか横顔も寂しそうだった。私は思わず彼の手を取る。

――じゃあ、今度私の家に来ない? あなたと一緒に本が読みたいの――

――えっ。で、でも、いいの? ぼ、僕は魔法使いの一族だよ――

彼は申し訳なさそうな顔をして、視線を落とす。魔法使いの一族。町の噂で聞いたことがある。人を操ったり、強力な呪文で呪いをかけたりする一族。町の人はそう囁いていた。でも、彼がそんなことをする人には見えない。私は笑って彼の手を引いた。

――魔法使いでもなんでも関係ないわ。私はあなたと一緒にいたいの――

私の言葉に、彼の夕闇のような紫色の瞳が輝いた。こんな優しそうな瞳をしている人が、人々に呪いをかけたりなんかしない。それに、この花畑のある丘の上で一人本を読んでいる彼の後ろ姿を見ていると、なんだか放っておけなかったの。


……僕は一体どれくらい気を失っていたんだろう。目を開けると、そこは何処かの建物の中だった。キャンディ型のランプに、ゼリーの窓。ひょっとして起きたばかりだけど夢の中なのかな。僕は自分が寝転がっている場所を確認する。綿飴で作られたベッドだ。見た目は綿飴だけど、ベタベタしない、フカフカのベッドみたい。その時、僕は自分の手が何かを握っていることに気づく。僕の右手には、木の枝が握りしめられていた。そうだ、僕はドラゴンと戦って、その後に力尽きて倒れたんだ。

「ワオ! 客人サン、起きたノネ!」

後ろから声がして、僕は驚いて振り向く。そこにはジンジャーブレッドマンがいた。ウェーブの掛かったピンクの生クリームで、ジャムが口紅みたいに口元に付いている。このジンジャーブレッドマンがいるって事は、僕はお菓子の町にいるのかな。

「あなたが、助けてくれたの?」

「とんでもない! 助けてもらったのは私達の方デス! アナタとアナタを運んで連れてきたあの大きなガールに、私達はドラゴンから救い出してもらったのデス!」

クッキー人間は僕に頭をペコペコ下げる。声色からして、このクッキーは女の人みたいだ。ドラゴンから救い出した? ……そんな覚えはないんだけどなぁ。ひょっとして湖にいたあのクッキーの像が元に戻ったのかな。それより、クリスとコーラは無事なのか? 僕が起き上がって部屋の奥を見ると、クリスがベッドの前に座っていた。ベッドには石になったままのコーラが寝かされている。クリスはずっと寝てないのか、目に酷いクマが浮かんでいた。

「クリス、コーラ」

「あの大きいガールはずっとあんな感じなノ。ああやって石から戻らない妖精サンを看病し続けているのデス」

クリスは僕が起きたことに気づいていないのか、コーラの額を撫で続ける。いつもの乱暴な振る舞いとは打って変わって丁寧な手つきだ。僕はクリスの隣に歩み寄る。

「では、私はお医者様に、元に戻す薬がないか聞いてくるデス」

クッキーの女の人はそそくさと部屋を出て行く。部屋には僕とクリスと、ものを言う事もできないコーラだけが残された。僕はクリスの側に寄る。クリスは悔しげに歯を食いしばっていた。

「ねえ、クリス。クリスが僕達をここまで運んできてくれたんだよね?」

「…………」

クリスは僕の方を向くけど、何も答えない。まるで何かで頭がいっぱいになってぼんやりしているみたいだ。何も答えなかったけど、僕には分かった。

「……ありがとう」

僕はコーラの額に触れる。いつもみたいにコーラは話してくれない。それどころかリチャードに襲われたときの表情のままだ。これなら最初に会ったばかりの宇宙人みたいな仏頂面の方がよかったよ。僕が笑っても、泣いても、コーラはずっと苦しんだ顔のままなんて嫌だ。

「クリス、君もずっと看病して疲れただろう? 僕が代わりにコーラを見ておくよ」

「…………」

僕の呼びかけに、クリスは答えようとしない。そのままコーラを見たままだ。

「クリス……」

「……うるせえ。アンタは怪我人だろ。怪我人は大人しく寝てな」

クリスは僕を睨む。その赤茶色の目は薄らと潤んでいた。いつもだったらクリスに睨み付けられたら身がすくんでそれ以上何も言えなかった。だけど、不思議と今のクリスの目は、そんなに怖いと思えなかった。僕はそのまま、そっとクリスの肩を撫でる。

「心配なんだね、コーラの事」

「…………この星クズには、コーラには助けられたんだ。アタシのせいで、コーラは石になっちまった」

クリスは柄にもない弱気な口調で呟く。そして手にした花をぼんやりと見つめていた。平原で拾ったあの花だ。それにしても酷い落ち込み具合だよ。肩を撫でる僕の手を振り払いもしないなんて。でも、僕もコーラに助けられた。感情のない宇宙人だと思っていたけど、今やコーラは僕の大切な命の恩人だ。お礼を言いたいのに、もう返事もしてくれないなんて。お願いだから、ふとした弾みで王子様のキスで呪いが解けるお姫様みたいに、起きてくれないかな。僕はがっくりと肩を落とす。

「……情けねぇよ、アタシ。借りができたまま何もできねぇなんてっ!」

クリスは苛立ちと後悔が混じったような口調で、握りしめた花を床に叩き付けようとする。すると、花が突然光り始めた。白く発光して、花は魔法使いが使うようなステッキに変わる。クリスは驚いて、ステッキを落としそうになった。魔法使いのステッキと不良みたいな出で立ちのクリスは、なんだか不釣り合いだったよ。杖の先から白い光が放たれて、コーラを包んでいく。クリスは焦って杖から出る光を押さえようとする。これって、もしかして魔法なのかな。クリスの意志とは無関係に、コーラを包む光はさらに強くなる。まさか、このままコーラをこの世から消しちゃったりするのかな。僕の心配は、光が収まるまで続いた。光がだんだん小さくなると、そこには虹色の星がいる。ヒスイ色の目をキョロキョロ動かして、体からたなびく光の帯を見つめていた。クリスは手にした杖と、コーラを交互に見る。

「……? ここは……?」

「コーラ! よかった。元に戻ったんだね」

僕は思わずコーラに歩み寄って、光の帯を握る。温かいコーラの手。この手でコーラは僕を助けてくれたんだ。僕に手を握られて、コーラは少し頬を赤く染めた。僕の視界の端で、クリスが少し安堵したような表情になるのが見える。

「リアム? それにクリス……? 」

コーラの目にだんだん光が戻ってくる。僕はたまらずコーラの体を抱きしめた。コーラは驚いて体中を輝かせる。コーラの体は小さくて、僕の胸元にすっぽり入った。宇宙人とは思えない温かさだ。昔、母さんが嫌がる僕の事なんかお構いなしに、おやすみのハグをしてきたのを思い出したよ。

「どうしたの? リアム。そんなに涙目になって」

「よかったぁ、コーラ。もう元に戻らないかと思ったよ」

コーラは光の帯で僕の頬を覆う。そして僕の顔から水滴を拭き取った。いつの間にか涙目になっていたんだ。僕も自分の目をこする。

「元に戻った? 私はドラゴンの攻撃を受けて……それで……」

「コーラがドラゴンの攻撃を受けて石になっていたところを、クリスが魔法で助けてくれたんだ」

戸惑うコーラに、僕は順を追って説明する。石になっていたときのことは覚えていないみたいだ。僕がへっぴり腰でドラゴンに向かっていったことも覚えていなくてよかったよ。クリスは不思議そうに、手にした花を見ている。杖は自分の役目を終えたのか、元の花に戻っていた。

「……ありがとう、クリス」

「お前に助けられたからな。当然のことをしたまでだ」

クリスは花をポケットにしまって、腕を組む。言葉とは裏腹に、クリスは何やら気難しそうな顔をしていた。そういえば、どうしてクリスが花を握りしめたら、コーラが元に戻ったんだろう。あれもやっぱり魔法なのかな。クリスがあれだけ嫌っていたコーラを助けたいと思うなんて、考えられないけど。

「嬉しいわ。……ふふっ、リアムとクリスが助けてくれるなんて」

コーラはプレゼントをもらった子供みたいに無邪気に笑う。コーラがこんなに笑うのは初めて見たな。と言うより、最近のコーラは宇宙人にしては妙に明るい気がする。花に気を取られていたり、笑ったり、とても血の通っていない宇宙人には見えない。まるで人間みたいだ。こん

な仕草をするコーラを、僕はもう宇宙人だなんて呼べないよ。


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