第4話「幕僚総監執務室にて」
第2部第4話1回目
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…………幕僚総監執務室にて
統一歴1903年
12月25日
午後2時10分
統合作戦本部
幕僚総監執務室
___幕僚総監。戦時には国軍司令官代理として全軍指揮を担う統合作戦本部長は指揮官であり、参謀では無い。また、統合作戦本部副長もまた副司令官でありスタッフでは無い。そのため、国軍司令官たる統合作戦本部長の主席幕僚として職務に服するのが幕僚総監という役職だ。
その参謀の全軍トップに呼び出されたのは他でもない。2週間前にイベルア半島で発生している内戦に介入するための部隊に関することだろう。
「…シロウ=アーペント大佐。まず来てくれたことに感謝する。バイパー戦闘団の編成が開始されたことは知っているな?」
___バイパー戦闘団。継続独立戦争の最終盤のノーザンブリア包囲戦で海上から方位を狭めようとした上陸した大隊規模諸兵科連合部隊の名称だ。バイパー中佐(当時)が大隊長を務める9/22大隊[※1][※2]を中心に、装甲車、突撃砲、機械化騎兵、野戦砲兵、防空砲兵、工兵、通信、輜重、憲兵を編入した臨時編成部隊だ。常設編制の部隊ではないが、バイパー中佐の類まれな指揮能力により強力な諸兵科連合部隊として機能し、『その作戦能力は1個歩兵師団に相当する』と言う評価を得ている。
今回の意味はその英雄的部隊ではなく、バイパー准将を司令官に据えた義勇兵師団のことだろう。5つの歩兵連隊戦闘団と独立機甲大隊、機械化捜索連隊、自走砲大隊、独立臼砲大隊、特殊作戦連隊、遠征支援集団からなる大型師団の方だろう。4万7000名の部隊を「師団」で片付けられるのかは本当に疑問だが、バイパー准将に部隊長をさせるためには師団である必要性があったわけだ。[※3]
まぁ、准将ポストが少なすぎるのは問題になっているから、近いうちに郷土防衛師団[※4]を正規師団[※5]の後詰として活動可能な仮称独立混成旅団[※6]への改変をするとともに、ポストを少将級27個から准将級84個[※7]に増強予定らしい。
まぁ話を戻そう。イベルア半島での内戦は国家社会主義の政府軍と共産主義の反政府軍に、復権王朝勢力の三つ巴の内戦だ。支配領域で比べれば3対6対1、動員兵力なら7対2対1と政府軍と反政府軍は拮抗している。そして復権王朝勢力はどうにもならない。
「我が国は復権王朝勢力に加勢しようと考えている。貴官の意見を聞きたい」
このホワイト=グリューンヒル中将は陸軍良識派派閥の重臣なのだがこれと言った功績がない。現在の統合作戦本部長であるシドレー=シレジア空軍大将は第4次独立戦争を敗北に導いた愚将であるからして、目立った欠点ポイントがなく、軍主流派閥である良識派の重心だから平時の人事としてはこれ以上ない程だ。ただ、問題は本部長が反戦軍縮派[※8]であり、その本部長を補佐する主席幕僚たる幕僚総監が国内治安維持重視[※10]で基盤的な静的防衛戦力の拡充高機能化主義であり、主張が真っ向から対立していることが問題だ。
結果として軍のトップが混乱してしまっている。その影響は地方閥や兵科閥の伸長とそれに伴うヒトカネモノの取り合いの激化という結果を生み出している。
「共産主義はこの世に存在してはならない思想です。その為、反政府軍の殲滅は絶対条件です。しかし、それ以外は政治が決定するべきモノです。我々軍は政府が決定した政策決定をもとに軍事戦略を決定し、作戦計画を立案し、実行するのが仕事です。そして、一介の大佐である私は上層部の指示に従い前線で戦術を組み立てるのが仕事です」
このあたり、共和政体の軍人であろうとしているが家族を赤色テロに殺されたことを引きずっていることが分かる。だが、ルーメリア王国そのものが騎士王国憎しで纏っている部分があるためあまり問題視されない。なお、普通選挙法は1901年に布告と施行が完了している。
「なるほど。バイパー准将から君に第3混成連隊連隊長のオファーが来ている。受けてくれるか?」
「1つ条件を飲んで頂けるのであれば受けたいと思います」
「条件…? 言ってみろ。可能な限り融通しよう」
「有難うございます。副官にシェリー・コレット中尉を指名したく思います」
___シェリー・コレット中尉。王立士官学校[※13]を優等卒業[※14]で、射撃と格闘術で準特級技能を持ち、個人戦闘力で優れ、並みはずれた体力と忍耐力によって優れた運動能力を持つ。また、頭もよく論理思考力や機転思考力に優れ、教科書に書いてあることを自ら応用発展させていく事が出来る。若干どんくさい面があるものの、努力家であり秀才の見本のような女性将校だ。彼女と知り合ったのは10年以上前でその時は1等兵だった。あの時は下士官を将校に!ベテラン兵卒を下士官に! ともうプッシュしていた時代だからコレット中尉が少尉になるまで時間はかからなかったようだ。ただ、士官候補生学校は小隊長及び中隊長の充当が目的であるから少尉から中尉への昇進は4年から7年ほどかかる。これは上が詰まっているというよりは、小隊長が足りていないからむやみやたらと昇進されてはいつまでたっても充当できないという事情があった。
「分かった。手配しよう。他に幕僚人事に要望はあるか?」
「いえ、……そもそも佐官には幕僚を選ぶ権限はなかった筈では?」
ルーメリア王国軍はアメリカ式の幕僚制度を持つ。司令部に従属する幕僚チームではなく、司令官に従属する幕僚チームだ。当然、司令官が解任されれば幕僚チームも解散する。また、司令官が直接編制[※15]し、幕僚本部などの統制を受けないという特徴がある。これは司令官と幕僚の馴れ合いが発生しやすいという欠点があるが、チームワークを発揮しやすいという利点がある。
だが、これは将官の話[※16]だ。佐官は幕僚人事権を持たない。というよりも大佐が指揮する連隊や旅団は司令部に従属する幕僚部[※17]を持つ。着任した部隊長はその幕僚部を使うのだ。
「確かにないが特例で認めることとなった。これはすべての混成連隊で共通する事[※18]であるから遠慮することは無い」
「なるほど。しかし、召喚と親しいものは皆昇進してしまい幕僚として使えるものに心当たりがないのです。そちらで選任していただけませんか?」
「……そうか。そういう事なら引き受けよう」
かくして、連隊長として内戦への介入が決定したのだ。
※1…第22連隊区を徴兵地区とする9個目の大隊と言う意味であり、1つの戦闘連隊に9つ以上の大隊が所属しているわけではない。
※2…現在は連隊区司令部を地域連絡本部に改編している。
※3…ルーメリア陸軍では長年旅団=歩兵旅団であり、歩兵連隊(=連隊区司令部)が地域連絡本部に改編されるのと同時に旅団が歩兵連隊に改編されたため、現在旅団は存在しない。○○集団と称されるものや師団内の歩兵連隊を束ねる歩兵団司令官は准将を充てるがポストが足りないため、平時であっても野戦任官が多発している。
※4…騎士王国軍コマンド部隊による後方撹乱作戦への警戒と対処を主任務とする戦闘警察的性格が強い予備役部隊。
※5…主として東部国境防衛に従事する一線級の重装備部隊。騎士王国領域内への遠征能力を持つ。
※6…正規軍との戦闘から治安維持作戦まであらゆる事態に対応可能な即応近代化旅団的性格[※19]の即応部隊。
※7…なお、この84個と言う膨大なポストはオペレーションズリサーチによる最適解と言うわけではなく、必要量プラスアルファを編成することにより将官の人的資源プールとして使うためだ。
※8…シレジア本部長は火力優勢ドクトリンに代わる新しい戦略構想として戦域統制ドクトリンを提唱している。これは『高度に情報連結された高機動部隊によって敵の弱点を突くことで有力な敵部隊を戦わずに無力化する』としている。また、策源地の占領に関しても『恒常的な占領にこだわるのではなく、我々が使いたいタイミングに使いたいだけ使えるようにするだけでよい』としている。これは軍隊の少数精鋭化を推し進める[※9]方便であると言う見方が強い。
※9…なぜこれほどに軍隊の少数精鋭化を進めるのか? と言う疑問に関しては、『軍隊が良質な労働力を奪い民間の経済発展を妨げている』というシレジア経済学派の主張によるものが大きい。シレジア経済学派のスポンサーであるシレジア辺境伯の妹婿であるシレジア空軍大将はシレジア辺境伯の要請に従い軍縮により特技兵の大量リストラをしなければならないという家庭事情が存在する。
※10…1900年代に入るとルーメリア王国は赤色テロやその被害者による報復としての色合いが強い右翼テロが頻発し、それ以外にも黒色テロや宗教テロ、王国南方領土(事実上の植民地)の麻薬カルテルによる麻薬テロ、白人至上主義者による同胞に対する大量虐殺などテロ攻撃が頻発していた。おまけにルーメリア王国の誕生経緯[※11]を考えればもはや必然としか言いようがないが分離独立勢力によるテロも頻発していた。このような状態でシレジア空軍対象が提唱する戦域統制ドクトリンを採用するわけにはいかないというのが陸軍良識派の統一見解であった。
※11…プロイツェン帝国の誕生の裏でオストプロイセンの様な東部異民族居住地域をプロイツェン帝国領土としてまとめ上げるには、『ライヒ人』や『皇帝とは、絶対的な君主であると言う顕教』、『帝国、それは勝利である。と言うオペラント条件付け』などでは足りないと考えた。そのため、一度は統一(人口の過半数が異民族では統一もくそもない気もするが無視するように)したプロイツェン帝国を分割した。すなわち、ライヒ人居住地域を領有するプロイツェン帝国とポーランド及びバルカン半島(ユーゴスラビア地域を除く)を版図とするルーメリア王国、ロマニア帝国とベルシア帝国のおかげでとんどもないことになってしまったユーゴスラヴィア地域を版図とするサーヴィディス連邦共和国、デンマーク及びスカンジナビア半島南部を領有するバルト侯国への分割とライヒ連邦[※12]への回帰である。なお、ベネルクス地方は正真正銘異民族によって統治される異民族の国家を併合した地域であったが、東インド地域があまりにもおいしそうであったためプロイツェン帝国の直轄地域とした。
※12…ライヒ連邦としているが、国家の緩やかな連合体であるため、ライヒ連邦と言う訳語は問題があるとする考えもある。連邦国家でないものをライヒ連邦と称するのは本来的にミスリーディングであり、ライヒ同名と訳す方が望ましいとする。また、訳語に用いられるほかの例としてはライヒ連合やライヒ国家連合などがある。
※13…王立士官学校は幼年学校卒業者を対象とするAコースと一般高校卒業者及び中退者を対象とするBコースからなる通称将校養成コースが有名であるが、そのほかに幕僚教育を実施するCコースや技術将校教育を実施するDコース、軍医将校教育を実施するEコース、幹部候補生教育を担当するFコースなどがある。これっと中尉はFコースを受講し、卒業生187名中21席という優秀な成績を残し卒業している。
※14…ルーメリア王国軍教育訓練施設では上位5席を特等卒業者、上位30席を優等卒業者と称し、花形部門に優先的に配属されるようになっている。なお、1期の定員が50名程度しかいない幹部候補生学校や一部の専科学校では特等卒業者だけとなっている。
※15…なお、プロイツェン帝国軍では司令官は軍中央機関である統帥本部によって編制された幕僚チームを与えられることになっている。幕僚たちは司令官と統帥本部の双方に統制される形をとっている。
※16…ルーメリア王国では准将以上のものとしているが、プロイツェン帝国軍は統帥本部が幕僚を選出することになっている。しかし、元帥のみ司令官自ら幕僚チームを編成可能となっている。
※17…幕僚部人事は陸軍参謀本部人事局幕僚人事課が掌握している。
※18…これは混成連隊が事実上の小型師団であり、通常の連隊に設置される幕僚部では能力不足と判断されたことと、5人の連隊長はいずれも師団長や軍団長として将来を渇望される有力な大佐が任命されている事、有力な幕僚候補を昇進させるための口実作りであることの3つの理由がある。
※19…即応近代化師団(旅団)は正規軍の着上陸にも対応可能としているが、戦車や野戦砲を過剰な削減を行った結果、諸外国の同等規模部隊との交戦をするような事態になれば増援部隊が到着する前に壊滅することは目に見えている。これではゲリコマ対策か災害派遣程度しか動員できないが、そのゲリコマも装備や訓練の不足から難しいと作者は考えている。沖縄の第15離島型即応近代化大隊に関しては第51歩兵大隊(やたらと対戦車火器の配備数が多いのはシャーマンが怖いのか北海道の影響なのか……)を基幹とする部隊であるのはいい加減諦めたが、主力戦車及び野戦砲が配備されておらず、装甲火力が粗大ゴミしかいない。(しかも、後継車両はなんかとん挫しそうというおまけつきである)唯一の希望であるヘリコプター部隊は米陸軍の一般的な歩兵師団にも届かない貧弱ぶりであり、その作戦能力はUSMC第31MEUにも遠く及ばないと言う本当にやる気があるのか問いただす気すら失せる惨状だ。そういった意味では陸自即応近代化部隊と比較するというのはルーメリア王国軍に対する侮辱であるため謝罪をしたい。