第2話「着任5週間」
第2部第2話 初稿
………………
俺は今、クラリス特殊作戦センターの陸軍統合特殊作戦訓練学校学校長室に来ている。
「シロウ=アーペント陸軍大佐、上記の者を第101特殊作戦大隊指揮官に任命する。陸軍統合特殊作戦訓練学校学校長。…以上だ。君のような特殊戦を知り尽くした人間が101の指揮官になってくれて私も嬉しいよ。君が退役してからというもの特殊部隊は冷遇されてきたからね。ぜひとも挽回してほしい。頑張ってくれ」
「ッハ! 拝命します」
それは、代わり映えのしない儀式。巨大な官僚機構である以上、軍隊とてその呪縛からは逃れられない。とは言え、嫌気がさすのも事実だ。陸軍が167万人を抱え、構成人員数において行政府の中で2位にダブルスコアをつけて堂々の1位である王務府でも133万人に過ぎないことを考えればいかに巨大なのかということがわかる。だから新参者のくせに戦果を独り占めした特殊作戦部隊は冷遇される運命にある。
特殊部隊は現在危機にさらされている。数的確保のために質的に劣化するという忠告を無視してきた結果、本来教育に当てる部隊は高練度であって然るべきなのに、実践経験の乏しい、新人一歩手前の隊員が過半数を占めるという。これではいくら訓練したところで全体の底上げなど望むべくもない。
この状態で、任務成功率がまともであるはずもなく、当然特殊部隊否定派閥軍人からの評価も低く、特殊部隊廃止論が出回る事になる。こういった事態での解決方法は簡単だ。高練度の教導部隊を作りそこを中心に全体の練度改善を図る。だが、それができる人材が居なかったのだ。だからこの問題がこれまで放置されていた。いや、放置する気はなかったに違いない。でなければ、クラリス特殊作戦センターなど作られていないだろう。
それがあるということは練度低下は問題となっていて、それを改善するための軍学校を設置できるほどの権力を持つものが肯定派閥にいるという事だ。つまり軍隊政治はその軍人に丸投げして、オレはプレゼン出来るだけの成果を出すことに注力すればいい。そう思えば気が楽だ。
そう思っていた時期が俺にもあった。
『5月26日午前6時までに中央広場へ集合せよ』
大隊長着任初日の夕食前に各中隊長に連絡したのに時間に間に合ったのは472名中397名のみだった。残りはどこか? 遅れてやってきた軍曹いわく着替え中とのことだ。
まぁ、初日だから仕方ない。風紀の緩みから正してやる。そう思い、集合したもの全員に対して腕立て伏せをさせながら30分ほど待つことにした。
30分後に来たものは、468名だった。つまり9名は来ていない。そいつらには厳重な罰を与えるものとして、遅刻したものがいる分隊には連帯責任として長距離行軍軍装(総重量97Kg+ハイポート)でクラリス特殊戦センター1周を命じた。1周37キロメートル獲得標高1400メートルを4時間で踏破してもらう。
残りの誰一人遅刻しなかった分隊には射撃訓練を行うように命令した。と言っても旧SRCの第4中隊以外では13個分隊しかいないのだが。
毎日同じように集合と射撃訓練或いはハイポート走を行うという訓練を2週間続けたところで遅刻者はほとんど出なくなった。最初の段階を2週間で終えた。これは少し早いかもしれない。
続いて第2段階としてにランドナビゲーション訓練と山岳機動演習を毎日行い、到着タイム順上位10分隊に加給食を与え、下位20分隊に、ファイアーパトロールと6キロメートルのハイポートを与えるという形式で3週間続けた。
さらに全期間を通じて、喧嘩、遅刻、さぼり、最低基準未達成、消灯後の火遊び、ション便を便器以外に漏らしたもの、上官に対してなめ腐った態度をとったもの、脱柵、エトセトラエトセトラ。そういったものには特別な営倉に40分ほどぶち込んだ。
40分なんてほとんど形式的なものではないか?と侮ることなかれ。その営倉の間取りは1畳一間で、天井高は65㎝。枕元に通期ダクトが存在するがそこには内径5㎝の塩ビ管が詰め込まれていて、ネズミすら通行不能だ。さらに通気ダクトが複雑に折れ曲がっており、そこから光がさすことは全くないし、通気ダクトの途中に納豆とクサヤをおいてある。さらに、出入り口である天井の上には小型ユンボで350キログラムのコンクリート塊を乗せて特別な営倉全体をメシメシと悲鳴を上げさせる。
これだけやると相対性理論により5時間ぐらいに感じるらしい。実を言うと俺も地球で同じようなことをされたことがある。……スナイパーの訓練として。
着任5週間で規律と精神力を叩き込んだ俺に最初は懐疑的だった特殊戦センターや特殊作戦学校のスタッフ達の俺を見る目が変わった。まぁ、どのような目で見られたかはこの際気にしないものとする。