第十六話:一万年の退屈と、薄まりゆく世界
『カイト・ミート』へようこそ。
一万年生きすぎて完全なひきこもりニートと化した竜の神と対峙するカイト。
神がこぼす大真面目な愚痴の真相に、カイトが冷や汗を流すお話です。
白銀の雲海を突き抜けた霊峰の最頂部。世界の屋根とも呼べるその場所で、黄金に輝く巨躯を横たえていたのは、一万年の時を生きる竜の神、エンシェントドラゴンゴッドであった。
世界の創世を見守り、あらゆる神話を内側から紡いできたとされる絶対存在。
その超越者たる神の全身からは、神々しい後光に混じって何とも言えないドス黒い「どんよりとした空気」が立ち込めていた。
「はぁぁ……。つまらん、本当につまらんのじゃ……。一万年も生きていると、この世のすべてが既視感の塊で、もう何もかもがどうでもよくなってくるのじゃ……」
黄金の巨竜は、カイトが近づいてきても視線すら動かさず、長大な前脚の爪で頭をカリカリと掻きながら、大真面目な顔で深いため息をついた。その姿は、神話の頂点というよりは、完全に実家に引きこもって昼夜逆転生活を送っているニートのそれであった。
「あのすみません。お肉の仕入れにやってきたお肉屋さんのカイトと申します。
一万年の熟成肉があると聞いて伺ったのですが」
カイトがエプロンを外し、肉切り包丁(聖剣)を片手に極めて丁寧なビジネス口調で挨拶する。しかし、ゴッドドラゴンは巨大な瞼を煩わしそうに半分だけ開けると、またもや深く重いため息を吐き出した。
「肉じゃと? ワシを喰らおうというのか。
ふん、好きにするが良い……。
殺したければ殺せ、
捌きたければ捌くが良いのじゃ。
一万年も生きると生への執着すらも摩耗して消え去る。
我が黄金の肉体が下界の強欲な貴族の胃袋に収まるというのも、この退屈極まる竜生において少しはマシな暇潰しになるやもしれんからのぉ……。
はぁ引きこもり生活最高じゃ……」
一万年生きすぎた結果あらゆる刺激に飽き果て、死すらもただの退屈しのぎとして受け入れようとする究極のひきこもり
カイトはレベル999の能力で、ゴッドドラゴンの肉体ステータスをじっと観察した。
肉質は神の魔力が凝縮された結晶そのものであり、一万年の歳月がもたらす『神話級霜降り』の密度は、これまでのドラゴンとは次元が違っていた。
「……ただな、お肉屋さん。もしワシを捌くというのなら、今のワシの肉は本来のポテンシャルから見れば、随分と味が落ちていることを覚悟せねばならんぞ」
「え? 味が落ちてるんですか?」
カイトがお肉屋さんの二代目として、聞き捨てならない言葉にビクリと眉を動かす。
「そうなのじゃよ! これを聞いておくれよ!」
ゴッドドラゴンは突如、大真面目な顔でガバッと巨躯を震わせて上体を起こすと、堰を切ったように怒涛の愚痴をこぼし始めた。
「実はな、
ここ数日のことなのじゃがなぜか我が主たるエネルギー源であった北方の『冥界の瘴気』が急激に薄まり、
最終的にはこの世から一分子残さず完全に消滅しおったのじゃ!
あそこのドス黒い不浄の魔力を吸い上げることで、
我が肉体のスパイスとも言える重厚な野生のコクが引き締まっていたというのに……!
ここ数日は特に空気が綺麗になりすぎて環境が良すぎて、逆に身体のポテンシャルがダダ下がりなのじゃよ!
いったいどこのどいつがあの広大な冥界を丸ごと一瞬で清めちまったのじゃ!?
大迷惑も良いところじゃろぅ!」
「あ、あはは……。大変でしたね……」
カイトは引きつった笑みを浮かべ、大真面目な顔のまま心の中でそっと冷や汗を流した.
――冥界の瘴気が消滅した原因。
それは間違いなく数日前に自分が「ケルベロスの解体作業がしづらいからちょっと換気しよう」という、ただそれだけの衛生上の理由で放った、レベル999の広域『無限浄化』のせいであった。
そのお掃除のせいで世界の裏側にある霊峰の神の肉質にまで悪影響を及ぼしていたとは夢にも思わなかった。
「どこの不届きな聖職者の仕業か知らんが、いい迷惑なのじゃ。
環境破壊じゃ綺麗な空気による環境破壊なのじゃ。
そのせいで我が黄金の肉は、今や少し薄味になっておる。
それでも良いならもうどこからでも包丁を入れるが良いわ……」
ゴッドドラゴンは再びどんよりとした空気を纏い、岩場へとゴロリと横たわった。
カイトは内心で「絶対に俺の仕業だってことは黙っておこう……」と固く決意し、大真面目に知らんぷりを決め込みながら、この引きこもりの神話竜をどう最高の食材として説得するか、包丁を握り直して考え込むのだった。
(第十七話へ続く)
第十六話をお読みいただきありがとうございました!
一万年生きすぎて死すらどうでもいいゴッドドラゴンと、自分の仕業(冥界の浄化)を必死にとぼけるカイトのシュールな交渉回でした。
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