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「婚約破棄だ、レイリア! お前のような化け物を、私の隣に置いておくことなどできん!」
王城の執務室。第一王子アルベルトの怒声が、静寂を切り裂いた。
机に叩きつけられた婚約破棄の書状には、私の存在そのものを否定するような言葉が、丁寧な筆致で無慈悲に並べられている。
けれど、私は微塵も動じなかった。
窓から差し込む午後の陽光が、プラチナブロンドの髪を淡く照らす。鏡越しに映るその姿は、貴族たちから畏怖を込めて「白銀の聖姫」と呼ばれるに相応しいものだった。
「理由を、お聞かせいただけますか?」
静かに問いかけると、アルベルトは顔を赤黒く染めて立ち上がった。
その隣では、平民出身の聖女候補――ルイーザが、甘えるように王子の腕へ身体を寄せている。
「理由など明白だ! お前は強すぎる!」
アルベルトは私を指差し、吐き捨てるように叫んだ。
「魔力を枯渇させることもなく結界を維持し、財務も外交も完璧にこなす……! お前が隣にいるせいで、私はまるで無能のようではないか! 国民から『レイリア様さえいれば国は安泰だ』などと囁かれる屈辱を、お前は考えたことがあるのか!」
あまりにも身勝手な理屈だった。
この数年、私が睡眠時間を削りながら国を支えてきたのは、王家との盟約を守るためだ。魔獣の侵攻を防ぎ、飢饉を抑え、経済を安定させてきた。
それらすべてを、「自分の威厳が傷つく」という理由だけで切り捨てようとしている。
「なるほど。つまり殿下は、国を守る力よりも、ご自身の矜持を優先なさるのですね」
「黙れ! 化け物め!」
アルベルトは激昂した。
「お前のような、人間離れした力を持つ女が将来の王妃などあり得ん! ルイーザのように、守ってやりたくなる慈愛深い女性こそ、私に相応しいのだ!」
勝ち誇ったように笑う王子。
その背後で、ルイーザが薄く唇を歪めた。
彼女は知らない。この国の平和が、どれほど私の犠牲と努力の上に成り立っているのかを。
ただ私の「力」と「地位」を奪い、自分がその座に収まることしか考えていない。浅薄な野心だけを抱えた女だった。
私は小さく息を吐き、優雅に扇を広げる。
胸の奥では、長年押し殺してきた感情が、静かに煮え立っていた。
――ああ、そういうことだったのね。
この国は、私が守りすぎたせいで腐ってしまったのだ。
自分たちが享受している平和が、誰の犠牲の上に成り立っているのかすら想像できないほどに。
「承知いたしましたわ。殿下がそこまで私を脅威と感じておられるのでしたら、これ以上お仕えする理由もございません」
「な……っ。泣いて許しを請わないのか?」
「まさか。むしろ、殿下のような無能な王族を補佐するという“重労働”から解放されて、せいせいしておりますわ」
私は立ち上がり、ドレスの裾を翻した。
その瞬間、私が長年維持してきた莫大な魔力が、静かに揺らぐ。
国の守護結界。王家の財務術式。精霊たちとの契約。
それらすべてが、私の退室と同時に「終わり」へ向かい始めていた。
「さようなら、殿下」
私は振り返らずに告げる。
「……ああ、言い忘れておりました。この国を護っていたのは、ルイーザ様の祈りではありません。すべて、私の魔力です。それが失われた時、この国がどうなるのか――せいぜい楽しみにしていてくださいませ」
一礼し、そのまま踵を返す。
背後では、アルベルトの狼狽した声が響いていたが、振り返る価値すらなかった。
重厚な扉を開けると、眩しいほど青い空が広がっていた。
もう誰の顔色を窺う必要もない。
誰かのために、自分をすり減らす必要もない。
「さて……まずは、どこの国へ行こうかしら」
自然と笑みが浮かぶ。
「いっそ、誰もいない未開の地で、新しい国でも作ってしまうのも楽しそうね」
歩き出すたび、足元に色鮮やかな花が咲き誇る。
王都の石畳さえ、私の魔力に呼応するように淡く輝いていた。
――白銀の聖姫は、もう終わり。
私は一度も振り返ることなく、王都を後にした。
背後で、長年維持されていた守護結界が、硝子のように砕け散る音が聞こえた気がした。
けれど、そんなことはもう――どうでもよかった。




