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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第8章 横尾すみれ2
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第45話 ライダーはみんな、これを見とくべきだね。

 七月の最終日。揺れるバスの中で二人掛けシートに並んで収まったふたりは、お互いの免許証に写るそれぞれの澄まし顔を眺め合っていた。


「すみれさん、免許の写真にしては普通に可愛く撮れてるよ」


 逸郎の中途半端な褒め方に、すみれは即座に抗議してきた。


「本物はもっと可愛いわよ」


 口を尖らせながら逸郎の手にあった免許証を取り返したすみれは、しかし手元に並べた二枚の、同じ位置に印字されている『普自二』という文字列を見ているうちに湧き上がってくる笑顔を抑えきれていない。


「やっと取れた」


 もう何度目になるかわからない感嘆を、すみれはつぶやいた。隣の逸郎も大きく頷く。


          *


 朝早く駅前のバスロータリーに集合したふたりが一時間半バスに揺られて着いた先は、ちょっとした宿場町だった。だだっ広い県の中で、実技試験に対応できる免許センターが交通の便が決して良いとは言えないここ一か所だけなので、飲食店と宿泊施設が立ち並ぶ城下町の体を成しているのだ。



「私たちみたいな実技免除組は、ホントは駅前の免許センターでも取れるんだけど・・・・・・」


 なんだかピクニックみたいで楽しいじゃない。昨夜、電話でそう提案してきたのはすみれだった。


「そんな面倒なことみんな絶対しないから、ふたりっきりでゆっくりできるよ」


 彼女は電話の最後を、お弁当つくってくね、で締めた。


          *


 筆記試験も無事合格したふたりは、土手に座って昼休みの実技コースを眼下に眺めながらすみれの握ってきたおにぎりを食べていた。青空の高原は、真夏とは思えない爽やかな風をふたりに届けてくれる。

 昔のマンガに出てくる爆弾みたいに真っ黒くやや不格好なおにぎりは、めったやたらにボリュームがあった。イツローの分ね、と渡された包みの中には、その爆弾おにぎりがふたつと鶏の唐揚げ、それに半分に切ったちくわが一本分収められていた。


「なぜにちくわ?」


 言ってしまってから失言と気づいた逸郎は、別にいいんだけど、と無理矢理のようにつけ加える。が、当のすみれはもじもじしだした。


「卵焼き入れようと思ってたんだけど、失敗しちゃって」


 ちくわを摘まみ上げた逸郎は、穴の向こうのすみれを視る。


「もう時間が無かったのよ! 隙間埋めるの、ほかになんにもなくって」


 望遠鏡(ちくわ)をぽいっと口に放り込んだ逸郎は、もしゃもしゃと食みはじめた。すみれは不安げな顔で様子を窺っている。


「ん。うまいよ。たまに食べると美味しいよね、ちくわ」


 おにぎりにも合うしと続けてから二個目の爆弾に手を伸ばす。がぶりとひとくち。


「お、シャケだ。これ、ほぐしたのを混ぜて握ったの? いいね。なんか贅沢」


 ほっと息を吐くすみれの横顔を盗み見て、逸郎も胸の中で安堵の息を吐いた。



 すみれが持ってきたクーラーボトルのほんのり冷たいジャスミンティーを回し飲みしていたら、すぐ下のコースからいきなりの爆音が聞こえてきた。音に誘われそちらを見下ろしてみると、狭いスペースに何本かのパイロンを並べた簡易コースで白バイ隊員たちが取り回しのタイムアタックをしていた。練習、ではない。どうやら昼休みのお遊びらしい。


「すごいな、あれ」


「ホント。私たちじゃ絶対無理」


 隊員たちは重量感たっぷりの白バイを重心移動とアクセルワークだけで自在に操り、十メートル四方も無いような狭く複雑なコースでの最短時間を競っている。一番上手い猛者のトライアルでは、車体一台分くらいのスパンしかない8の字からの百八十度ターンで後輪から白煙が上がっていた。


「あんなの見ちゃったら、彼らから逃げ切ろうなんて絶対思わなくなるよね」


 感心する逸郎に、すみれもうんうんと大きく頷いた。


「ライダーはみんな、これを見とくべきだね。遵法意識がめちゃめちゃ上がるよ」


 すみれの言葉に、逸郎はまたひとつ同じ魂を見つけ、ほほ笑んだ。


          *


 杜陸(もりおか)の駅前に帰り着いたのは午後四時を過ぎていた。


「けっこう時間かかっちゃったね。一日仕事だったよ」


「楽しかったから、いいよ。おにぎりも美味しかったし」


 早起きした甲斐あったと照れるすみれが、肩を寄せてきた。が、逸郎が続けた、ちくわもね、に頬を膨らませ、脇腹にパンチする。



「ね、イツロー、せっかくだし、今日はこのままお酒飲みに行っちゃおうよ。すみれちゃんイツローくん免許取得おめでとう会。明後日(あさって)の納車過ぎたらなかなか飲めなくなるかもしれないし」


 たしかにそれはそうだ、と逸郎も思った。


――考えてみればふたりでお酒を飲むのも初めてだ。すみれの飲んでる姿はバイト先で見たことあるけれど。


 逸郎には、もちろん断る理由などあるはずも無い。


「大通りからちょっと入ったとこに本屋さんと映画館が入ってる白いビルがあるでしょ。あの近くに、前から気になってるお店があるの。イツローと行きたいなって思って。たしか十七時からのはずだから、本屋さん寄ってればちょうどいいくらいじゃないかな」


          *


 すみれが選んだ店は、女子に人気という評判だけあっておしゃれな雰囲気のビストロだった。無国籍料理と銘打ったメニューは豊富で、ボリュームも味もかなり良い。ウィスキーのラインナップが弱いのは残念だけど食事メインなら理に適っている。そう、逸郎も納得した。

 平日の早い時間ということもあって、カップル専用の個室が取れたのもよかった。おかげで、来店してくるかもしれない学生客の視線を気にする必要もなく、ふたりきりでゆっくりできる。辺境の運転試験場ならいざ知らず、この狭い街の繁華街では、すみれの容姿は目立ち過ぎるのだ。

 オーダーを取りに来た店員に応じるすみれは逸郎に相談することもなく、とりあえず、と前置きして、三時間飲み放題付の『炭火焼鳥&燻製肉六品コース』を二人分注文した。店員が読み上げる中、すみれは振り向いて、いいよねという顔。無問題、と応える逸郎は、軽く頷く。

 この信頼感は実に心地良い。逸郎はそう思った。

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