閑話5 ツバイターバウム男爵夫人
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・ 94,95 火遊びは女神の罠
・ 96 王軍の帰還
「見つかりました、男爵夫人」
「あら、思いのほか早かったですわね。素晴らしいわ」
うっかり弾んだ声が出てしまい、コホンと咳払いしました。
「それで、どんな子か教えてもらえますでしょうか?」
我が家の玄関で、巻いた紙束を差し出している人は、我がツバイターバウム家の使用人ではありません。恐れ多くも私をお友達と言ってはばからない、ズューデン公爵家ハインリヒ様のご令嬢ヒルデグンデ・フランツィスカトータ・エミーリアエンケリン・ズューデン様の部下でした。
私は淑女の微笑みを浮かべて紙束を広げながら、脳裏に浮かぶ屑な浮気夫を、心の中で罵倒しておりました。
思った通り隠し子が……えっ、二人も!
あの色ボケ男、過去に二人も女性を孕ませていたわ。とんでもないわね。
でも、都合良く男女一人ずつです。
「ありがとうございます、と公爵家のお嬢様にお伝え下さい。とても自力では探せませんでしたわ。助かりました」
「お役に立てて良うございました。お言葉、お伝え致します」
丁寧な礼をして、ご令嬢の部下がズューデン公爵家の王都屋敷へ帰って行くのを見送りました。
それから私は玄関に背を向けると、ぐっと下腹に力を入れて、この家の使用人達を呼びました。
「全員、直ちに玄関へ集合!」
老齢の執事、年のいった侍女と通いの年若い侍女、頑固者の料理人とその見習い、真面目な馬丁兼御者、無口な下働き。それが、今この家に居る全てです。
皆が揃ったところで、私は考えを述べました。
「皆、聞いて下さい。くず……ゴホッ、旦那様の子を、この家へ迎え入れようと思います」
カッと執事が目を見開きました。
「奥様、今何と」
「我が家には子がいません。ですが、旦那様が余所で作った子が二人も見つかりました。可能であれば、男女どちらも引き取って、私が育てたいと思います」
すると、年のいった侍女が困惑顔で言いました。私の母が生きていたら彼女くらいの年かと思われます。
「ですが奥様、お子様の母親は?」
「片方の男の子は大丈夫でしょう。神殿に預けられていますので、引き取りに行きます。もう片方の女の子は、私が直接謝罪に行きます。さる子爵のご婦人がお産みになって、ずっとお育てしていたようです」
「ヒエッ」
通いの侍女が小さな悲鳴を上げました。彼女は成人前の行儀見習いに来ている平民です。一部の貴族の悪しき習いである恋愛遊戯に免疫が無いのです。
他の男性の使用人達は、苦々しい表情を隠しもせず、ただ私の決定にうなずきました。
先代から男爵家に仕えてきた人達です。思うところもあるでしょうが、飲み込んでくれました。
私は、同じ武門家同士ということで、互いの親達の思惑から許嫁となり、大して好きでも無い、顔と腕力以外に良いところが無しの浮気男と、五年前に婚姻いたしました。成人してすぐのことですわ。年は十才ほど離れております。
あの男、英雄色を好むとかほざいて、少女だった私を放置し、婚約中から女遊びが酷かったのですが、その結果がこれです。
……今になって、夫の子を探している理由ですが。
なんと、お馬鹿で本能に忠実な旦那様が、他国の間諜の色仕掛けなんぞにまんまと引っかかって、機密情報を流した罪とやらで、お城で監禁状態なのです。
昨日、突然ズューデン公爵孫ヒルデグンデ様から呼び出されて、内密に教えていただいた急ぎの情報です。情報の出所はお城にいる公爵家の者からなので確かだそうです。
それはそれは驚きましたとも。
何をやってるんでしょうね、夫は。あ、ヤッてたんですのね。屑ですか。そうね、最初から屑でしたわね。
あんな男が、代理とはいえお城の警備隊の大隊長などという重要な役目に就いていた事が、そもそも間違いだったのです。
当然仕事はクビですし、今後は城への出入りも禁止、社交界にも出られません。後日、罰として量刑や何らかの強制労働が課されるかも知れません。場合によっては死罪もあり得ます。
このままでは、跡取りの子供が居ないツバイターバウム男爵家はおしまいです。
この家が潰れたところで、世の中がさして変わるわけでもございませんが、そうなると、出戻りした私の人生がどん底に陥る可能性がございます。
私の実家の子爵家は、武を重んじる父と男ばかりの五人兄弟と私という構図でした。出戻りなどしたら、傷心の女の気持ちを察するどころか、お前が不出来だからだと叱られるのが落ちです。それに、戦力にもならない弱い娘が出戻ったところで、大して喜ばれる事は無いでしょう。
それなら婚家に居座りたいです。
ツバイターバウム家では、私が嫁いで間もなく、義父母が揃って隠居祝いと言ってオステン領へ旅行したのですが、そこで病を得てしまいあっけなくお亡くなりになりました。
それ以来、お目付役がいなくなったとばかりに夫は羽根を伸ばし、城へ詰めっぱなしとなったのです。
ろくでなし男は、私の平凡容姿をお好みでないようでしたし、舅と姑がいなければ、子が授からないことを誰にも責められませんもの。
俺の交友関係に口出しするな、と言い捨てて帰ってきません。それは浮気する宣言ですわね。
おかげで私は、お飾りの妻という、気楽な王都暮らしと好きに采配出来る家を得ました。
私を蔑ろにする夫でしたが、散財せず、表向き夫を盛り立てる振りだけしていれば、あとは全くとがめられませんでしたので、留守をいいことにすっかり屋敷と庭を自分好みに大人可愛く整えておりました。
実家の、武器と防具の重苦しい金属臭と汗臭さが染み込んだ無骨な古い家で、吐き気がしそうな強制的鍛錬まみれの筋肉寄りの生活をするのと、今の静かで穏やかな生活とでは、天と地ほども違います。
裕福でなくとも、工夫次第で好きな物に囲まれる暮らし、最高です。淑女の嗜みの一つである刺繍と裁縫が好きだったので、何でも手作りしました。
気が向いたら焼菓子作りや野外料理もいたします。自分が焼いた肉を横から兄弟に奪われないのは幸せです。切実に帰りたくありません。
使用人とも良好な関係を保ち、浮気野郎の屑旦那様を除き、快適な暮らしですっかり家に愛着が湧いています。ここを手放す気にはなれません。
もし実家へ戻ったら、またどこぞの後妻にちょうどいいと、家のため再婚させられるに違いありません。新しい婚家がここより居心地良く楽しいという保証はどこにも無いのです。あるいは、再婚しなければ、ただ働きで粗野な男どもの世話係か小間使い扱いをされますわ。
そこで私は考えました。
夫婦の間に子供はいませんが、夫の血を引く跡取りの子が居れば、実家に戻らなくても良いではありませんか? 義父母もおりませんので、私が家の継嗣を育てますから戻りません、と言えるではないですか。
きっと、かつての愛人だの秘密の相手だのの間に、隠し子がいるはずです。その子を私が育てれば良いのです。
それに、もし夫が死んでツバイターバウム男爵家が潰れたとしても、子連れだったら再婚しにくいですし、潰れず家が残れば幸いです。例え貧乏だろうと、夫の不貞に悩まなくて良い後家暮らしが出来そうではありませんか。
そういう内緒のおしゃべりを、情報のお礼を述べた後、公爵家のご令嬢と沢山してきました。ご令嬢もお家が武門寄りなので、私の様々な悩みを分かって下さるのです。お優しい良い方です。
ヒルデグンデ様は、私の利己的な考えを大変面白がられました。そして、庶子がいるかどうか探ってあげましょう、何か困った事があったら是非教えて下さいね、という娯楽に飢えた瞳と心強いお言葉をいただきました。
そして、私の手元にある紙が調査結果なのです。
流石ですわ。あの方、やはり肝が据わっていて太っ腹ですわ。しかも仕事が早くていらっしゃる。
その日の内に、すぐ神殿から引き取った男の子は、可笑しいほど夫に似ておりました。目鼻立ちから髪と目の色までそっくりです。これは誰の子か見る人が見ればすぐ分かりそうですわね。
成長具合から、年は二つぐらいだろうと思われます。まだ言葉も覚束ない様子です。
神殿の神官様方にお礼を申し上げて、聖王陛下に感謝の意を表すべく、深く祈りを捧げました。
それまで女神官様方が面倒を見て下さっていたというので、時々、子供の成長をお見せするために、神殿を訪れることを約束してきました。
年かさの侍女が、人見知りしない可愛らしい坊ちゃんですね、と喜んでいましたので、彼女に任せれば乳母の必要は無さそうですわ。
翌日の今日。
私の目の前に居る女の子は、髪と目の色だけが母親と同じで、あとは父親似でした。年はまだ七才式前の六つだそうです。
って、……あの野郎、私と結婚する前にもう子供を製造していたのですか?!
先触れをやって、内密にお会いした某子爵夫人は、大層お美しく肉感的なお身体の持ち主でした。
なるほど、男性が好む女というのは、美貌もさることながら退廃的な色気に溢れて、こういう大きな乳をしているのですね。私には無い要素です。
「お話はわかりました。お気になさらずとも、男爵夫人のせいではありませんわ。その子を連れて行ってもよろしくてよ」
私は、犬の子をあげるというような調子でうなずいた夫人に、念を押しました。
「本当にお嬢様を手放して良いのですか、子爵夫人」
彼女の前には、気持ちばかりの謝罪金を入れた金袋が置いてあります。私の持参金から出したものです。
「ええ。引き取って下さるなら、願ってもないことです。思いもよらず妊娠したので仕方なく結婚しましたけれど、子供が産まれてみれば、夫とは別の人の子でしたわ。あの時は、同時に三人の殿方とお付き合いしていましたから。一番良さそうな今の夫と結婚したんですのに、年々この子の顔がツバイターバウム男爵に似てきて、困っていたんですの」
ちょっと子爵夫人、明け透けすぎませんか。私の淑女の笑顔が凍り付きそうです。
「ほほほ、今更、隠しても仕方がありませんでしょう? 夫には男爵夫人のお話を良いように伝えておきますから、ご安心なさって。跡取り息子や夫が可愛がっている末の秘蔵っ子でもありませんし。問題ありませんわ。荷物などは後から届けましょう」
母親の心無い言葉に、目の前の女の子は、じっと俯いて両手をきつく握りしめています。泣かないように必死なのでしょう。
彼女が着ている物は少し丈が短くて、身体に合っていませんし、幾分かほっそりしています。分かりやすく冷遇気味のようです。可哀想に。
「ご令嬢とお話をしても?」
「よろしくてよ」
許可をもらって、私は話しかけました。
「お嬢様、私の娘になってもらえませんか? 子爵家のような贅沢は出来ませんが、私は、貴女を大事にすると約束いたしますわ」
「……ほんと?」
おずおず顔を上げてくれました。
「はい。それから私、趣味で焼菓子を作りますの。お好きな物があったら、いつでも作って差し上げますわよ」
女の子の頰がほんのり色付きました。目に光が宿りました。
「……はい。よろしくお願いします」
そういうことになりました。
着のみ着のまま、馬車に揺られてやって来た娘が、新しい家族となりました。
やりましたわ! 私、無事に二人の子持ちになりました。
折角ですので、可愛い服とか髪飾りとか、もりもり付けさせて楽しみましょう。娘の顔は綺麗ですから、可愛い物が似合うと思います。一度等身大の着せ替えをやってみたかったのです。
息子の方は、もう少し育ったら跡取りらしく鍛えてやらなければなりませんが、それまでしばらくの間、諦めていた育児体験が出来そうです。
楽しみですこと。
これであの男がいなくても、ツバイターバウム男爵家の血は繋がります。いつでも捨てられますわね。
私が隠しきれない笑顔でいると、老執事が控えめに言いました。
「奥様、お顔が恐ろしく愉しげに歪んでございます……」
あらやだ。子供達のお手本となるよう、一層、貴族らしい淑女でいなくては。
……最近、ツバイターバウム男爵夫人は、まことに賢夫人でございますね、と言われます。
夫君があのような人物であったにもかかわらず、身を慎んで家を守り、庶子を引き取って育て、神殿で奉仕活動も行って、大変立派でいらっしゃる、と皆さんが言うのです。
夫はめでたく牢屋暮らしです。その後で強制労働が待っています。刑期が終わっていつ帰れるのか不明ですが、私、離縁はいたしませんことよ。おほほほ。
公爵家のご令嬢は、こちらの事情をご存じのくせに、私のことを淑女の鏡などと楽しそうにお褒めになるので、少々恥ずかしいですわ。
でも、本心を暴露するわけにもまいりませんから、私は貴族の微笑みで隠し、黙しておりますの。




