グラスの決意
揺蕩う意識の中…僕を呼ぶ声がする。
『セレス…』
……ミコト?どうしてそんな、切ない声をしているの。
君に触れたい。そう思って腕を伸ばそうとしても空を切るばかり。
ああ……上も下も分からない。どこか…水中を漂ってるようだ…
もうずっとこんな状態、な気がする。時折視界が開けるのだけど、すぐに暗闇に戻ってしまう。前回はランディ兄様が見えたような?
あ、今一瞬…何か見えた。部屋は薄暗いけどこの髪、瞳、肌の色…ミコトだ。
「み、こ、と…」
「…っセレス!!?」
あー……駄目、もう意識が…
彼の表情が気になる。まるであの日のよう…
君が僕を…*そうとした夜。何かに怯えて、必死に助けを求めていた君。
次の日は、捨てられた子犬のような目で僕を見下ろしていたね。今とおんなじ…
「ぼくは、ここに…いゆ…」
「あ、ああぁ…!セレス、セレス…!」
痛いよ…ミコト…
にしても、上手く発音できないなあ…
……も、だめ。波のように押し寄せて来る眠気に耐えられない。
ミコト…必ず起きるから。君を抱き締めて、キスをして…
大好き。愛してる…何度でもそう伝えるから。ちょっとだけ、おやすみ──…
「セレス!?……ぅ…ううう…!」
グラスは声を押し殺して泣く。その大粒の涙は、眠るセレスタンの顔に伝い落ちて…
※※※※※
「ふむふむ。なゆほどー」
夏期休暇も終了間近の、残暑が厳しい部屋の中。セレスタンは刀を膝に乗せて、先程から独り言を呟いている。
「姫はどうしたんです…?まさかホラーな感じでは…」
タオフィは顔を青くする。ジェルマンが「違う違う」と顔の前で手を振って否定した。
「あれ、刀っつー武器なんだけど。自我があるらしくて…セレスにだけ声が聞こえるんだと」
そうなんですか!?とタオフィびっくり。目を凝らして観察するも、魔力は感じない。
お願いして持たせてもらったが、聞いた通り重過ぎて落とす寸前。だが2歳児はブンブン振り回す。
不思議ですねえ、とそれ以上は言及しなかった。彼の興味は魔術と精霊以外にはあまり向かないようだ。
そこへオーバンがやって来た。セレスタンは…じいっと上目遣いで彼を見つめる。顎の下で両手を握り、きゃるん☆と目を輝かせる。
「ぱぱ、おといよぉ〜。てー、まってたのにぃ」
「えっ!?ごめんな、やっぱ一緒に住むか…!?」
「ぶー」
セレスタンはやや不機嫌気味?嫌われたくないオーバンは抱っこしたりと必死だ。
「けーきくえたや、ゆうちてあげゆ」きゃぴ☆
「任せろ!!」
パパはいい笑顔で来た道を引き返す。ジェルマンは…「今のなんだ?」と聞いてみた。
「みっちゃん(※魅禍槌丸のこと)がいってた。こうちゅゆとかわいいって」
お前が元凶か…とタオフィと一緒になって魅禍槌丸を見下ろす。心なしか、動揺している気がする。
「ちょっとわがままで、きがちゅよいほうがいい?ちゅなおになえない、なまいきなおなごがよい?でもつんでねは、はんいがい。あと、むねよいおちいが」(※頑張って読んでください)
「へし折るぞお前!!!」
【何故だ!?女子は尻が良いとしか言っておらぬ!!】
「聞こえないけど弁解してる気がしますね〜」
ぎゃーぎゃー大騒ぎしているうちに、沢山のケーキを購入してきたオーバンが再登場。皆でティータイムを過ごすのであった。
「なんだ、楽しげだな」
そこへルシアン登場。セレスタンはオーバンの膝の上、夢中でショートケーキを頬張っている。
「もぐもぐ…うちあん、いっちょにたべゆ?」
「いただこう」
ルシアンは彼らの隣に腰掛けた。その時…セレスタンの皿に、苺が残っているのが目に留まる。
好きな物は残すタイプか?と思い、彼はチーズケーキに手を出した。だが…セレスタンは最後まで、苺を食べなかった。
「ん?スタン苺食べねえの?俺が貰っちゃおうかな〜」
「んめっっっ!!!」
「お、おう…ごめんな…?」
ハーヴェイが冗談混じりで手を伸ばせば、皿を抱え込んで怒られた。皆行動の意味が分からず首を傾げる。
「……こえは、おってぃにあげゆの」
まさかの理由に、全員息を呑む。
彼女はもうずっと、妹や乳母を求める事はしなかった。だから皆、忘れてしまったのだとばかり思っていた。
忘れた訳ではなかったのだ。ただ大人達が悲しそうな顔をするから…言えなかっただけなのだ。
「おってぃ、いちごちゅきだかや。だかや…こんどあったときに、あげゆの。ちょえまでとっとくの…」
駄目だとも言えず、沈黙するばかり。暫くしてメイドが片付けるも、セレスタンの皿だけはいつまでも残された。
その様子にタオフィは…ゆっくりと顔を上げる。
セレスタンには聞かせたくない話があるようで、ジェルマンが彼女を連れて外に出る。
「シャルロット嬢を連れて来ましょう。あの方はこれ以上逃げてはいけない」
「でも…セレスが傷付くんじゃ…」
オーバンの言葉に、ルシアンとハーヴェイも頷く。だがタオフィは譲らない。
「もしも令嬢が、今のセレスタンさんを見て…何も思わなければもうお終いです」
「…どういう意味だ?」
ハーヴェイが眉間に皺を寄せて問う。それには「そのままです」と返した。彼には何か考えがあるようで、渋々オーバンが伯爵邸に使者を送る。数日中に来るよう伝えれば、明後日お伺いしますと返事が。
「それと…グラス君も危ういですね。彼は現状を望んでいる節があります」
「グラさんが?いやいや、あいつはスタンにベタ惚れだぜ?」
「………神殿に行ってくる」
「え…
……はい、お供します」
ルシアンの雰囲気がいつもと違う。まるで…家族と打ち解ける前の、周囲が皆敵だと認識していた時に近い。
皆いなくなり、タオフィとカリエが残された。
「魔術師殿。糸は現在どうなっておりますかな?」
「…変わりません。いつ消えてもおかしくない」
「左様ですか」
老人はそう言い残し、音も無く消えた。タオフィはそれを気にする余裕もなく、窓を開けて下を眺める。
「ていやーーー!!!」
「ぐわあーーー」(棒読み)
「まどのてちためー!!えいえい!!」
「ぎゃーーー。…いや待って痛い痛い!」
そこには…魅禍槌丸を振り回してデニスを叩きまくるセレスタン。鞘に収まってはいるものの、硬い棒で殴られ本気で逃げ始めた。
「我が君、どうぞお乗りください」
「よち。いっけー!はんたー!!」
「はっ!!」
「ぐえええっ!!ケンタウロスは勘弁!!」
「自業自得だバーカ」
馬より大きいハンターが、セレスタンを背に乗せて棍棒を振り回す。彼の一振りで地面は抉れて、衝撃波だけで木が折れる。デニスは命の危機を感じた。
ジェルマンは野次を飛ばしてはいるが、ハンターが本気でないと理解しているからだろう。
すると騒ぎを聞きつけた近衛騎士が集まり…ハンターに羨望の眼差しを向けて。
「手合わせ願います!!」と頭を下げて。セレスタンに良いところを見せたいハンターも「いいだろう」と了承。
ハンターが次々と騎士の練習用剣をへし折って…ギュスターヴが「予算がーーー!!」と絶叫しながら駆け付けて騒動が収まった。
セレスタンはその間ハンターの背中で魅禍槌丸を振り回しており、「かったー!!」と大喜び。なんとも平和(?)な日常のひとコマだった。
だが…
「ひゃああああっ!!?」
「え?ありゃ」
突然悲鳴が響き、騎士達は警戒した。
その高い声の正体はセレスタンで…頭から血を流すデニスに驚いたらしい。
ハンターから飛び降りてバラキエルにキャッチされ、泣きながらデニスの元に向かう。
「大丈夫だ、掠っただけ。このくらいの怪我なら日常茶飯事で…」
「うわああぁぁん!!いたいのとんでけー!!どっかいけー!!」
泣きじゃくりながら、デニスの頭をぎゅっと抱き締めた。ギュスターヴがあやそうとしても拒絶、デニスから離れない。
すると…傷が癒えた。デニスは驚き目を丸くするが、セレスタンは気付いていない。そこへ騎士が救急セットを持って来て差し出す。
セレスタンはガチャガチャと箱を漁り、目当ての物を見つけた。
「うっぷ!待っ、待って…」
「えっく…ひく…ふえぇ…てちた、ちんでゃだめぇ〜…」
彼女はデニスの顔面に包帯を巻き始めたのだ。若干患部とズレているが構わない、せめて呼吸の確保をしようとデニスは必死だ。
結果ミイラ男が完成し、やっと泣き止んだ。ただ包帯を取ろうとしては泣きそうに顔を歪めるので、そのまま過ごす事になった。
「2歳って…死とか、理解してるものだろうか?」
「いや、ジスランはそんなじゃなかったし。やっぱ…根底には『セレスタン』が残ってんだろうな」
ブラジリエ兄弟の視線の先には、デニスの手を握って離さないセレスタン。彼は屈みながら連れ回される。
「前が見えねえ」
「がまんちて!」
「うい」
ミイラ男はその日から、人間イルミネーションと並んで騎士団に語り継がれることとなる。
※※※
数十分後セレスタンに客人が。ルネだった。
「皇后陛下のお茶会に母と呼ばれましたの。それで…セレスさんにお会いしたくて…」
彼女は何度も面会に来ようとしたが、覚悟が出来ていなかった。今日こそは意を決して訪ねたようだ。
美しいドレスに身を包んだルネを見て…セレスタンは目を輝かせる。
「おひめたま…!?うねちゃん、かあい〜!!」
「え…覚えていて、くださいましたの…?」
一度会っただけなのに…と目頭が熱くなる。しかも前回は制服姿、今日はメイクをして髪も服も整っている…なのに。
「…ふふっ、セーちゃんのお洋服も素敵ですわ」
「むぅ…」
涙を堪えて微笑む。だが直後「失言だったかしら…?」と焦った。
セレスタンは今、男の子用の服を着ている。基本的にドレスは、皇族との食事(バレてから)と部屋にいる間のみ着用するのだ。
ルネの綺麗なドレス姿に「自分もドレス着る!」と言うと思ったが…
「てーも、こえきたい」
彼女がそう言いながら引っ張ったのは…デニスの足。
「え…騎士の制服ですの?」
「おひめたまにはきち!」
彼女は最近、お姫様と騎士の童話を読んだ。魔女が出て来るヤツである。なので自分も騎士になって悪いドラゴンと戦う気らしい。
そこはお姫様じゃないのか…と全員思ったが黙る。
「お任せを!!この時の為に用意してございますっ!!」
タイミングを図ったかのように、眼鏡を曇らせたプリスカが乱入してきた。彼女はセレスタンとメイド以外部屋から追い出し、十数分後。
「か…かわいい〜〜〜!!!」
「ふんむー」
ふんすと胸を張るセレスタン。彼女は…凛々しい隊服姿だった。もちろんサイズの合ったマントも羽織り、腰には精巧なおもちゃの剣が。
ルネは頬を紅潮させて悶えて、男達も感心する。おむつの所為でお尻周りが膨らんでいるのも、可愛らしさを助長させた。
「格好いいな、セレスタン卿」
「んへへっ」
ジェルマンを始め、口々に可愛いや格好いいという言葉が飛び交う。写真撮らなきゃ!!とプリスカがカメラマンを皇宮に呼び、撮影会開始。
騎士達と並んだり。お姫様役のルネや、プリスカやメイドと撮ったり。オーバンも、タオフィも、カリエも皆褒めてくれた。
ルキウスにも見せに行くと、彼は目尻を下げて笑った。ルクトルに自慢してやろう、と写真を撮りまくる。これまでの合計で何百枚撮ったのやら。
雑談をしていたら、ふとルシアンはいないのか?と訊ねる。
「殿下は神殿に向かっております」
なんで…と続ける間もなく、ルシアンとハーヴェイが帰ってきた。
彼らはセレスタンの可愛らしい姿に頬を緩めるも、すぐに締めてルキウスの元へ向かう。
「すまない、全員席を外してくれ」
ルシアンが神妙な面持ちで言うものだから、皆素直に言われた通りに。執務室にはルキウス、ルシアン、ハーヴェイ、ランドールが残される。
「うちあん…?」
「…後でな、セレス」
彼が怒っているのでは…とセレスタンは慄いた。それを察してか、ルシアンは優しく頭を撫でて額にキスをして送り出す。
「で…何かあったのか?」
「兄上…」
ルシアンは背筋を伸ばして、椅子に座るルキウスの前に立つ。
「ルシアン・グランツとセレスティーヌ・ゲルシェの婚約を認めていただきたい」
「「はあっ!!?」」
ルキウスは思わず立ち上がり、隣に控えているランドールと共に叫んだ。
彼らはルシアンの気持ちを知っている。セレスタンに懸想しグラスに喧嘩を売るも、本気で引き裂こうとは考えていない事まで。
だが今の彼は冗談を言っている風ではない。ルキウスは座り直してこめかみを押さえた。
「……父上は喜ぶだろう。皇弟の娘と平民では釣り合わないのも分かる。だが…」
「グラスも了承済みです」
「「…………」」
ルキウス達は、今度は言葉も無かった。代わりにあれ程までにセレスタンに執着していた男が、本当に?と疑問が顔に出ていたのだろう。ルシアンは唇を噛んだ。
「あの男がここで腐るようなら…所詮そこまでだったのでしょう。セレスタンは私が幸せにします」
その時ランドールが、ルシアンが右手を負傷していると気付く。指摘すれば彼は左手でさすって…悲しそうに笑った。
「生まれて初めて、本気で人を殴りましたが…
あまり、気分の良いものではありませんね」
彼は目を伏せて神殿でのやり取りを語り始めた。
※※※※※
ルシアンは並み居る令嬢を権力で押し退け、多額の金貨を払ってグラスと対面した。
部屋に通されるも座りはせず、腕を組んで顔を険しくさせる。
「単刀直入に聞く。お前はセレスタンに、大人に戻って欲しくないと考えているのか?」
「…………」
グラスは答えず…ルシアンに虚な目を向けた。ルシアンとハーヴェイはやや恐れを覚えながらも逃げようとはしなかった。
「………だったら、何か?」
「はあ!?おい、グラ…っ」
激昂寸前のハーヴェイをルシアンが手で制する。ハーヴェイは歯軋りをしながら下がり、以降は口を噤む。
「お前はセレスタンを愛しているのだろう?」
「はい」
「ならば、何故?」
「……彼女がおれを忘れても。おれは全部覚えています…それでいいんです」
ルシアンは務めて冷静に話を…と考えていたのに。グラスの胸ぐらを掴む。
「ふざけるな!!彼女の感情を無視していいと思っているのか!!?」
グラスは抵抗こそしないが、鋭い視線でルシアンを睨む。
「セレスが本当は左利きだって、知ってますか?」
「は…?」
脈絡の無い話にルシアンは眉間に皺を寄せた。だがセレスタンは右利きだったと記憶している、そう答えた。
「……セレスが6歳の時。絵を描いたそうです。シャルロット様と、互いの似顔絵を」
それは以前セレスタンから聞いた辛い思い出。アイシャと別れ、バジルが屋敷に来たばかりの頃。
シャルロットは覚えは早かったが、雑なところがあった。
例えば文字。シャルロットは4歳で読み書きを習得したが、暫く下手くそだった。セレスタンは5歳で文字が書けるようになったが…同時期では、セレスタンのほうが綺麗に書けていた。
そして6歳。似顔絵を見せっこしたのだが。
「わ、お兄さまじょうず!」
「えへへ。ロッティのもかわいいよ!」
セレスタンの絵は子供らしく、ふんわりドレスでにこにこ笑ったシャルロットが。
シャルロットの絵は…これ人間か?と言いたくなるものだった。何故かセレスタンは足が5本あり、肌が紫色。
それを見た伯爵は…セレスタンを叩いた。床に座り込む彼女は、痛む頬を押さえながら「なんで…」と呟く。
「お前は左手で描いたそうだな。それは反則だ、愚かしい行為だ」
セレスタンは衝撃を受けた。もちろんそれはおかしい。
伯爵は何か1つでもシャルロットが、セレスタンに劣っていてはいけないと歪んだ思考をしていたのだ。
左利きの人は、基本的に食事だけは右手でとれるよう矯正する。だがそれ以外は、左だろうと問題はない。
だがこの頃のセレスタンは父親の言う事は絶対だったので…左利きは卑怯で恥ずべきこと、醜いと信じた。
その日からセレスタンは、徹底的に右手に矯正した。当然文字も上手く書けず…
「まあ、なんですかこのミミズが這ったような文字は?」
「い…っ!」
教師はその小さな手を教鞭で容赦なく打った。字も書けないようじゃ勉強なんて出来ない、と授業もしてくれなかった。
セレスタンは泣きながらペンを取る。震える右手が疎ましく、何度も自分で机に叩き付けて傷付けて…疲れ果てて気絶するように眠る日々。
「…それは勉強が遅れた理由の一端でもあるでしょう。アカデミーに入学して、左利きの生徒を見掛けて驚いたそうです。
そんな理不尽な思いを…彼女はずっとしてきたんです」
ルシアンはグラスのローブから手を離し、暫し呆然とした。そして…グラスが何を言いたいのか、少しずつ理解した。
「今のセレスなら…優しい父がいて、本当の妹のように可愛がってくださる人々がいて、絶対の味方である精霊もいて。誰も彼女を傷付けません。
これからは沢山の愛を貰って、ただただ笑顔でいて欲しいだけなんです…!」
グラスの声は少しずつ荒れ始める。
次第に目に涙を溜め、それを流しながらルシアンに詰め寄った。
「あんたは…!知ってるんですか!?死にたい、逃げたい、消えたいと泣きながら呟くセレスを!!」
「………!」
「世間の悪意に傷付けられて、最愛の妹すら憎くて仕方がない!それ程までに追い詰められたセレスが!!!おれは…見てられない!!」
ルシアンもハーヴェイも口を閉ざす。
「だったらもうセレスタン・ラサーニュは消して…セレスティーヌ・ゲルシェとして新たな人生を歩んでもいいじゃないか!!彼女は忘れてしまっても、おれ達は覚えているだろうが!!」
「……それは、違うだろう!お前が愛したのはセレスティーヌではなくセレスタンだろう!?」
「ああそうだ!!だから…もう一度、最初から始めるんだ」
砂の城のように…納得出来るまで、何度でも壊して作り直す子供のように。
「おれは…これ以上…セレスが苦しむ姿を見たくない…
これはチャンスだ。そう…おれ達にとって…」
グラスは両手で顔を覆い、口角を上げて呟く。
数分後、ゆっくりと手を下ろしてついに打ち明ける。今までセレスタンとバジルしか知らなかった事実を。
「おれは以前…セレスを殺そうとした」
「「…………!!?」」
その告白に、ルシアンとハーヴェイは顔を青くさせた。
「おれの仲間を殺した伯爵が憎くて…その子であるセレスに悪意を向けた。
無抵抗なセレスの服を引き裂き、穢してやるという考えに支配された」
ルシアンは気が遠くなり、次の瞬間。渾身の力でグラスの左頬を殴り飛ばした。
「殿下!!!」
「お前…!!なんて事を、なんでっ!!?ふざけるな!!!よくも…!」
ハーヴェイも憤りつつ、暴れるルシアンを後ろから抑える。グラスは無抵抗だった為床に叩き付けられた。流れる鼻血を拭いながら、ソファーを支えにヨロヨロと立ち上がる。
「……あんたに、分かるのか…?
家族や親しい者達を皆殺しにされて!!その犯人の子供が憎くないと断言出来るのか!!?ああ皇族のあんたには分かるまい。その場合は赤子まで一族郎党処刑されるだろうからな!!」
ルシアンは一瞬動きを止めた。
自分に当てはめて…憎しみを抱かずにいられるのか?と…
ギリリ…と歯軋りをする。後ろからも同じような音が聞こえてくる。
「セレスはそんなおれを…諦めだろうが、受け入れてくれた。
おれは深く後悔したし、反省した。口ではなんとでも言えるが…
そしていつしか恋心を抱いた。彼女もそれに応えてくれて…嬉しかった。おれみたいな屑野郎を、好きだと言ってくれた…」
「……お前は、自分の罪を消したいだけじゃないのか…!?」
「違う…と言っても信じないだろうな。どちらにせよ…おれが与えた恐怖を消したい、という思いはある」
信じるさ、とルシアンは思った。彼の態度からひしひしと伝わってくるから。
「……それでも…お前は間違っている。お前にセレスタンは任せられない。
セレスティーヌは私と婚約する」
「はあっ!!?」
「セレスティーヌは最早皇女の地位にいる。
ただの平民の神官。片や大国の皇子。どちらが皇女に相応しいか…説明が必要か?」
グラスはルシアンの襟を掴み、反射的に殴ろうとした。だが…思い止まる。代わりに精一杯睨んだ。
ルシアンはフッと鼻で笑って…グラスをもう一度殴った。倒れはしなかったが口の中を切り、一筋の血が流れた。
「よかったな、私を殴っていたらお前は処刑されていた」
「……はっ。あんたは権力を笠に着るタイプじゃないと思っていたがな…」
「言ってろ負け犬が」
ルシアンは腕を伸ばして、グラスの髪を強く掴んだ。
「私が望めば、婚約などすぐに決まるだろう。お前は指を咥えて眺めていろ」
「…!!ふざけ、んな…!」
その手を離して背を向ける。グラスがなんと言おうとも、ルシアンの言葉は正しい。
「堂々と皇子を殴れる地位まで登り詰めろ」
「は…?」
「期限はセレスティーヌが成人するまで、来年の12月だ。
それまでに私から彼女を奪えなければお前はそこまでだ」
「………あんたは、セレスが元に戻ると思ってんのか…?」
「無論だ」
ルシアンは歩き出す。ハーヴェイが扉を開けて…部屋を出る直前。最後にもう一度、グラスに目を向けた。その表情は兄に似て、威厳に満ち溢れていた。
「私は権力だろうがこの顔面だろうが、使える武器全てを駆使して彼女を守る。誰に非難されようと、セレスティーヌに嫌われようとも…
お前はそこで腐ろうが立ち上がろうが私には関係無い。精々無駄な足掻きをしてろ」
「………」
グラスは無言でただ俯くのみ。その様子に苛つきながら、ルシアンは部屋を出た。
ハーヴェイはグラス…の隣にいるラファエルに声を掛けた。
「……一緒に行くか?」
「いいえ、僕はグラスの側にいます。我が君の願いでもあるし…」
ラファエルはグラスの肩に止まり、横顔を眺める。
グラスの目は…濁りが消えて、深く澄んだ色をしていた。それはきっぱり諦められた解放感からくるものか、それとも。強い決意からくるものなのか…本人にしか分からないだろう。
「…それに。まだまだ終わりではありませんよ」
ラファエルはにっこり笑って言い切った。
「……そっか。グラス」
「………はい」
「…頑張れよ」
「……はい…!!」
グラスは血と涙を流し続けて、弱かった自分と訣別した。
その頃のセレスタン
【だから女子はだな。本当は心優しいが我が儘で、素直になれないところが愛らしいのだ。だがつんでれは好かぬ。どのような場面でも、感謝と謝罪の気持ちだけは捨ててはならぬ。そして胸より尻。そこからすらりと伸びる脚が良い】
「むー?なにいってゆの、みっちゃん」
魅禍槌丸好みに教育されていた。




