「誠実と考え無しは別だよ?」
ルシアンは包み隠さず兄に報告した。いや…過去にセレスタンを殺害しようとした、という点のみは誤魔化したが。
ルキウスは「それグラス、了承してないのでは?」と口から出かかった。だが確かに今のグラスでは…と目を伏せる。
「……叔父上と、カリエ医師。一応本人の意思を確認しなさい」
「分かりました」
ルシアンは頭を下げて、執務室を後にした。
まずオーバンに事情を説明。
彼はグラスがどれ程セレスタンを献身的に支えたか、守ってきたか知っている。ただ笑っていて欲しい、傷付く姿を見たくないというのも理解出来る。
だがやはり…正しくはない。散々頭を悩ませた結果…
「……分かった。ただし最終的な決定権はセレスのものだ」
と2人の婚約を認めた。
次にカリエ。
「ほっほ…よろしいのでは?貴方の覚悟は伝わりました」
オーバンよりも難敵だと考えていたので、ルシアンは拍子抜けした。彼はグラスの味方だと思っていたのだ。
「ま…偽悪も程々になさいませ。似合っておりませんよ」
「……感謝する」
偽悪なんかじゃ…と言い返したかったけれど。ぐっと堪えて頭を下げた。
さて、張本人のセレスタン。
「うちあん!」
「セレス…」
彼女の無邪気な笑顔に、やさぐれていた心が浄化される。彼女を抱っこして部屋を出て、少しの間散歩をする。
2人きりになりたい…というルシアンの要望で精霊、ハーヴェイ、ジェルマン、デニスが離れた所からついて来る。
「え、お前デニス卿?何その包帯、おもろ」
「段々慣れてきた」
騒がしい後方は無視して、ルシアンはとある部屋を目指す。
そこは皇宮の庭が見渡せるテラスがある。窓を開ければ強い風が2人を撫でた。
「…セレス」
「なあに?」
テラスでセレスタンを下ろして立たせる。ルシアンはその場に膝を突いて、前屈みになり小さな手を取った。
「(こんな…温かくて愛らしい手を。どれ程傷付けてきたのだろう)」
「?」
優しくぎゅっと握り微笑んだ。
今の彼女に告げるのは反則だろうけど。ルシアンは思いの丈を打ち明ける。
「セレスタン。其方が大人になったら…私と結婚してくれないだろうか?」
「け…っこん?」
首を傾げて繰り返す。
「そう。えーっと…あ、あれだ。お話の最後で、王子様とお姫様が『いつまでも幸せに暮らしました』ってやつだ」
童話ではよくあるラストだが、セレスタンはうーんと唸る。
「てーがおーでたま…」
「え、そっち?いやいや、王子様は私な?」
「や!!」
「えー…?」
何故か王子様役は譲らない。それは男装の精神が根強く残っているのか…なのでルシアンが折れた。
「じゃあ私が姫でいいから…」
「…………」
セレスタンはじいっとルシアンの瞳を覗き込む。どちらも逸らさず、数分間見つめ合った。
長い沈黙を破ったのはセレスタン。
「うちあん」
「うん?」
「てーのこと…ちゅき?」
「ああ、大好きだよ」
流石に今の幼女姿が、ではないが。それでもセレスタンは、照れたように笑った。
彼女はおもむろに顔を近付けて…ルシアンと唇を重ねた。彼は驚き目を見張ったが、拒みはしなかった。背中から「ロリコンだ…」とか聞こえてくるので、後で覚えてろ…とは思ったが。
「えへへ、ちかいのちゅー!
うちあん、てーがちあわてにちてあげゆ!」
「…ふふっ。ありがとう、セレス。よろしくお願いします」
「うん!」
えちゅこーと!と言いながら、彼の手を引いて歩き出す。
元に戻ったらきっと、私は嫌われてしまうだろう。愛し合う2人を引き裂いたのだから…
ルシアンは気付かれないように、そっと涙を流した。
その日グラスは、皇宮に帰って来なかった。皆事情を察しているので何も言わないが、このまま引き下がるのか?と興味はある。
「でーで。ぐやちゅは?」
「ほっほ…少々帰りが遅いようで…」
「………ちょっか」
夜、セレスタンはしょんぼりとぬいぐるみを抱き締めた。とぼとぼベッドに上がるが、やはり寂しい。
「セレスさーん♡今日はお姉様とねんねしましょう!」
「おねえちゃま〜」
そこへプリスカ乱入。セレスタンは彼女の腕の中に収まり、すぐに寝息を立て始めた。
「…ふふ、可愛い」
柔らかい髪を撫でると、ぬぅ〜…と唸って身体をくねらせた。プリスカは益々笑みを深めて、自身も目を閉じる。
「……セレスさん。私はどちらの貴女も愛しています。だから…」
その先は言葉にしない。
最初はルキウスが彼女を幸せにしてくれるなら…と思った。そうでなくとも、彼女は自分を姉としか見ていない。自分と同じ想いは決して持ち得ない…
プリスカは昔から、男性を愛する事が出来なかった。嫌いな訳ではない、ただ恋愛対象にならないだけ。故に手を繋ぐくらいは問題無い。
ならば中性的な男性は?そう考えて可愛い系の男性と付き合った事がある。だが…キスだけで嫌悪感でいっぱいになった。
昔は自分がおかしいと思ってたし、今でも普通では無いと自覚している。それでも…主であるルキウスやその姉ルシファー。数人は受け入れてくれた。
そして出会ったのが女性の身でありながら、男性の籍を持つセレスタン。まさに幸運!と本気で思った。しかも超好みの小動物系美少女!まあ…叶わない恋なのだが。
「……おやすみなさい、セレスさん。
ねえ、もしも…ルシアン殿下やグラス君が、貴女を傷付けたら。私が…攫ってもいいですか?」
本気ですよ…とプリスカは笑った。すると…
「……うん、いいよ…」
「へっ?」
セレスタンは眠っているのに…しっかりと返事をした。
きっと寝言なのだろうけれど。プリスカは…それだけで満足なのであった。
※※※
「でーう!」
「おう」
「あっち、あっちいく!」
セレスタンが指しているのは、外部の者も割と立ち入るエリア。ジェルマンはうーん…と考え。
『セレスタンの望みは全て叶えろ。この国で彼女が立ち入ってはいけない場所は無い。例え宝物庫や父上の寝室であろうとも』
とルキウスに言われている。今はひたすらに、彼女を甘やかすつもりらしい。
「……ちゅかえた。あちいたい〜…」
「ありゃりゃ」
セレスタンは15分程散歩したところで、座り込んで丸まってしまった。ジェルマンは抱っこして、部屋に戻るか?と訊ねる。
「おやつ食べような」
「うん!」
いい子だ、と踵を返したら。こちらに向かって来る令嬢と目が合った。ルキウスを訪ねてきたエルミニアだ。
ジェルマンはセレスタンを左腕に座らせ、背筋を伸ばす。
「ええっと、貴方は…」
「失礼。自分は近衛のジェルマン・ブラジリエと申します。マルケス嬢におかれましてはご機嫌麗しく」
「ご機嫌よう。その…腕の中の子は、お子様でいらっしゃるの?」
彼女は当然子供が気になる。ジェルマンは一瞬戸惑ったが…やはりルキウスの判断に任せようと考えた。
「いいえ、自分が護衛を任されている客人です」
「そうでしたか」
「?」
その時セレスタンが顔の方向を変えて、エルミニアと目が合った。
「(あら…ラサーニュ令嬢にそっくり?妹さんかしら…)こんにちは、お嬢さん」
「こんいちは、おねえたん!」
にぱーっと笑って挨拶をされて、エルミニアは心臓を鷲掴みにされた。ほっぺを突つけばもっちもち。夢中で手触りを堪能する。
「エルミニア?」
「あ、ルキウス。ごめんなさい、お時間過ぎてしまいましたか?」
「いいや、まだ大丈夫だが…」
そこへルキウスがやって来た。
「うきっちゅたま〜」
「ああ」
セレスタンは笑顔で両腕を前に伸ばす。ルキウスも応えて、優しく抱っこした。
「まあ…」
エルミニアは手で口元を覆い、その穏やかな光景を楽しんだ。確かルキウスは小さいもの、子供好きと言っていたっけ…と思い出した。
彼はきっと子供が生まれたら…子煩悩のパパになるのだろうな。その姿を想像しては胸が高鳴る。
彼女は今日、ルキウスに大切な話があったのだ。
婚約を受けたい…貴方の妃になりたい、と。
「(でも…その前に。貴方に言わなくては)」
これ以上逃げたくない。彼女は自分を奮い立たせてルキウスの腕を引っ張った。
「ルキウス。どうか…私のお話を聞いてくださいませんか…?」
「…分かった」
雰囲気から大事な話だろう…人払をして、と考えていたら。
「…………」
セレスタンが、ルキウスの上着を離さない。ぐぐぐ…と震えながらもしがみ付く。
上着を脱いで彼女を床に下ろせば、ばひゅん!と足にくっ付いた。
後ろからジェルマンが抱っこしようとしたら…一気に顔を歪めて真っ赤にする。大号泣の合図だ。
「う…!お2人は大事な話があるの!」
「えぇ?てーわかんなぁい」キラキラ
「絶対分かってるなお前!?」
「……ふふっ。よろしければ、お嬢さんもご一緒に」
え、いいの?と皆驚いた。小さな子なら話は理解出来ない、と判断したのだろう。
彼らは見通しの良い庭園に来ていた。そこに用意されたテーブルセットに落ち着き、まずは喉を潤した。
挨拶もそこそこに、エルミニアがルキウスを真っ直ぐに見つめた。
声が届く範囲には彼らとエルミニアの侍女しかいない。侍女は眉を下げて心配そうな表情。
エルミニアが膝の上でぎゅっと手を握ると…
「いたいよ?」
「え…」
「い、いつの間に!?」
セレスタンがルキウスの膝から、エルミニアの隣に移動していた。そして彼女の固く閉ざされた手を撫でる。
「ぎゅって、いたいよ。きえーなおててがたいへん。ね?」
自分の小さな手を滑り込ませて、指を絡めてにぎにぎする。エルミニアは肩の力が抜けて…「そうね」と笑った。
セレスタンを膝に乗せ、後ろから抱き締める。とても柔らかくて温かく…緊張や恐怖が全て消えてしまいそう。
「ルキウス。以前私にも…忘れられない男性がいる、と言ったのを覚えていますか?」
「…!ああ、もちろん」
「私は以前、幼少期より決められた婚約者がいました。その方を…愛していました」
ルキウスはカップを持つ手に力を込める。ふぅ…と息を吐き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
こうして彼女の過去が明かされる──…
※※※※※
マルケス・エルミニア。リシャル王国に貴族令嬢として生を受けた。
そんな彼女には、3歳上の婚約者がいた。名をヘンズリー・ジュリアン。2人は愛し合っていた…はずだった。
いつものようにジュリアンが屋敷を訪ねて来て、エルミニアは足取り軽く談話室へ向かう。だが、そこには顔を険しくしたジュリアンが。
胸騒ぎを覚えつつ、笑顔を作って「さあ座って」と声を掛ける。
「いいや…エルミニア。どうか俺と婚約を解消してくれ」
「え…なに、言ってるの?」
ジュリアンは立ったまま腰を直角に曲げてそう言い放った。顔を上げれば、放心状態のエルミニアに一方的に捲し立てた。
好きな人が出来た…俺達は出会う順番を間違えてしまったんだ。彼女と一緒になるから、俺の事は忘れてくれ…
それくらいしか理解できなかったが、正気に戻った頃には彼は帰宅していた。
部屋に戻り、落ち着くと…涙が溢れてきた。
どうして…愛してるって、言ってくれたのに。あんなに優しかったのに…なんで?
しかも相手はエルミニアの親友、ミルドレッドだった。彼女は婚約を祝福してくれていたのに…身近な2人に同時に裏切られてしまった。
それでもまだ、ジュリアンを愛していた。リシャルでは家格の低い者からは、婚約の破棄を訴える事は不可能。マルケスは侯爵家、ヘンズリーは子爵家。なのでジュリアンは、エルミニアから言い出した事にしてくれ、と言いに来たのだ。
彼女はそれを利用して、いつまで経っても婚約破棄をしなかった。何度ジュリアンやミルドレッドが乗り込んで来ても、決して首を縦に振らなかった。
そうして時間を稼げば、また彼の心が私に戻ってくれる…そう信じていたのだ。
だが悲劇は起こってしまった。結ばれないと思った2人は、なんと心中しようとしたのだ。
その報せを受け、エルミニアは崩れ落ちた。自分が潔く身を引けばよかった。愛し合う2人を…危うく死なせてしまうところだった…!と。
何も知らない周囲はエルミニアを「悪女だ!」と決め付けた。心中まで追い込んだのはお前だ、と。
傷心のエルミニアはその言葉に支配されてしまった。その為彼らを祝福して…自分は修道院に入ろう。そう決意したのだ。
※※※※※
「結果的に彼らはピンピンしてましたけど…
今でもジュリアンを思い出してしまうんです。もしもミルドレッドがいなければ、きっと今頃私達は…と考えてしまう。
それを…ルキウスには知っておいて欲しかった。私はそんな愚かな女なんです…」
「「…………」」
そこまで聞いたルキウスとセレスタンは…慈愛の眼差しで彼女を見つめていた。セレスタンは彼女の肩をポンっと叩く。
「おねーたん…おとこのちゅみわゆいね」
「え?趣味悪い…ですか!?」
「うん」
ルキウスと侍女もうんうん頷く。エルミニアは必死に言い訳を始めた。
彼はいつも「俺達は運命の赤い糸で繋がれている」「君と出会えた奇跡に感謝を」とか素敵な言葉を掛けてくれたと。
「ちょっとロマンチストで、聞いてて恥ずかしい時もあったけど…」
「よまんていとやないよ、ただのおばかたんだよ」
訳:ロマンチストじゃないよ、ただのお馬鹿さんだよ。
ブーーーッ!!とルキウスと侍女は吹き出した。遠慮のない子供は恐ろしい。
「あとね、とっても優しいし…」
「えでぃーにやたちいのはあたいまえ」
訳:レディーに優しいのは当たり前。
「そそ、それに…誠実な人なのよ。すっごく悲しかったけど、私に真実を包み隠さず話してくれたし」
「てーでっとかんがえなちはべつだよ?」
訳:誠実と考え無しは別だよ?
次々と2歳児に言い負かされ、項垂れてしまったエルミニア。セレスタンはルキウスを指差した。
「ねえ、うきっちゅたまはどう?」
「ど、どうって…?」
「かっこいーち、やたちいよ。おかねももってゆち、いいによいちゅーち。うきっちゅたまにちときなよ」
訳:格好いいし、優しいよ。お金も持ってるし、いい匂いするし。ルキウス様にしときなよ。
「そうだ、私にしておけ」
エルミニアは徐々に頬を染める。
ルキウスは話を聞いてショックを受け…なかった。
彼女はやや自己評価が低いが、欠点など無さそうな女性だった。まさか男を見る目が無いタイプだったとは…これからは自分が守らねば、と決意する。
「ちょんなふたまたくちょやおーはこっちかやおことわい!でったいいつか、どっかでうやぎやえゆよ」
訳:そんな二股クソ野郎はこっちからお断り!絶対いつか、どこかで裏切られるよ。
「………それも、そうね?
私の親友と一緒になって笑い者にして…あら?なんかむかついてきたわ…?」
「やったね、めがためたね。だいどーぶ、おねーたんまだわかいんだかや!でんてーこえかやだよ!」
訳:やったね、目が覚めたね。大丈夫、お姉さんまだ若いんだから!人生これからだよ!
2歳児に諭されてしまった…エルミニアは遠い目をする。怒りと同時に…腹の底から笑いが込み上げてきた。
「……ぶふっ!あははっ!もう、やだあ!ふ、ふふふ…!」
傷付くのも馬鹿らしいわ!?と1人腹を抱えて笑い続ける。ルキウスは優しい目で見守り、セレスタンは背中をさする。侍女は涙ぐみ…「お嬢様がこんなに笑っているのは久しぶりです」と嬉しそうに言った。
ひとしきり笑った後、溢れた涙を指で拭った。
「はー……ごめんなさい、ルキウス。お見苦しい姿を見せてしまって」
「いいや、やはり女性は笑顔が似合う」
なんとルキウスは悪人面ではなく、ふわりと微笑んでみせた。その顔にエルミニアは、一瞬にして胸が高鳴り顔に熱が集まった。
「……その。こんな私でよければ…あの。貴方には…相応しくない、けれど」
「…………」
胸元を握り締めて、目を伏せる。ルキウスがスッと右手を挙げると、遠くで待機していたジェルマンが姿を現した。
「この子を連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
「うあー」
今度は抵抗することなく抱っこされ、ばいばーいと手を振ってその場を後にする。
ルキウスが席を立ち、エルミニアの横に膝を突き手を取った。
「エルミニア。どうか…私の妃になってくれないだろうか?」
「…はい!」
エルミニアは涙を堪えながら、満面の笑みで答える。侍女も滂沱の涙を流して喜んだ。
彼らの婚約が正式に公表されるのは、これから暫く後のこと。
大国の皇太子妃、延いては皇后となるエルミニア。怒り狂ったミルドレッドがマルケス家に乗り込むのは、その少し先のお話。
※※※
翌日、シャルロットが皇宮に来る日。だがその前に別の客人がやって来た。
「アリス?珍しいな」
「まあ、ちっと用事が…」
アリスティドがセレスタンとルシアンを訪ねて来たのだ。その手には紙袋が握られている。
「前に先輩が作ってくれたプリン。俺が食った事ある味って言ったじゃないスか」
それからアリスティドは「どこで食ったんだっけなー?」とずっと頭の片隅に残っていた。
「で、思い出したんス。ユルフェ領にある大衆食堂で、定食のデザートに付いてたんスよ」
そこは平民向けだがボリュームがあって美味しいと、彼もお忍びでよく行くらしい。まあ巨乳の看板娘が目当ての可能性もなきにしもあらず。
セレスタンはまだ子供だと聞き…折角なので買って来たと言う。ルシアンも「いい切っ掛けになるかも」と思い部屋へ案内した。
「……あちゅてど!」
「おうよ」
土産だ、と紙袋を差し出す。セレスタンはいそいそと開けて、「ぷいん!!」と目を輝かせた。
「たべゆー!!」
「待て待て、朝食をとったばかりだろう?」
「ぶーーー!!」
頬を極限まで膨らませてブーイング。だがルシアンの許可が降りないので渋々引き下がる。
運動したらお腹が減るんじゃないか?とアリスティドが提案する。
「でーう、きちのふく!!」
「アレか?」
再びちびっ子騎士が誕生した。セレスタンはマントを靡かせ、意気揚々と庭に出る。
後ろからは精霊、ヘリオス、ルシアン、ハーヴェイ、アリスティド、ジェルマンが付いて歩き。途中から「面白そう」とデニスも合流。
窓から見えたのかルキウス、ランドール、プリスカも出て来た。そして魔術師団のほうに行っていたタオフィも…行列が伸びていく。
「えいー!ていっ!やーーー!!」
「「「おー」」」
近衛騎士の鍛錬場までやって来た。まあ途中で疲れてしまい、ヘリオスの背中に乗って来たのだが。
ギュスターヴも一行に混ざり見物する中、彼女はおもちゃの剣をブンブン振り回す。最初は適当だったのだが…途中から顔付きが変わった。
「………」
剣をじっと見下ろし、両手から片手に持ち替えた。
マントと上着を脱いで袖を捲り、しっかりと足を開いて呼吸を整える。
「…………ふぅ……」
「(……?糸が、濃くなった…!)」
タオフィだけが気付けた変化。右手に巻かれた糸が光を帯びている。
セレスタンは一心不乱に剣を振る。腕が赤く腫れてもやめない。ルシアンが止めようとしたが…
「待って!!少し…そのままに」
「……!?」
タオフィが真剣な顔付きで制止する。何が起きているのか…彼にも分からないのだが。
「……はあっ、はあっ、はぁ…」
どうして僕は、剣を振っているんだろう。ああ、そうだ。いつもの日課で…それ以上の意味は無い、はずだよね?
ブン!ブォン!!と、2歳児が出していい音ではない。大人達はハラハラしつつも、タオフィを信じて堪える。
セレスタンは剣を振る傍ら…何か大事なことを忘れているような、と顔を顰める。こうしていると思い出せそうで、腕が痛くても息が切れてもやめられない。
「……っ!」
僕が剣を振っているのは…なんでだっけ?
最初は令息の嗜みとして。次は…●●●●に無理やりやらされて。
やめ時を失って、惰性で続けていた。でも……
僕はカラッポな人間だ、と泣いてしまった時。まだまだこれからじゃねーか!と笑ってくれた人がいた。
『今カラッポっつー事はな、これからいくらでも吸収出来るって事だぜっ!!』
後にそう言われて…そんな考えもあるのか、と驚いた。
続けるのも才能だ、と誰かが言ってくれた。
努力は必ず報われる訳ではないけれど。積み上げてきた年月は…必ずどこかで役に立つ。その言葉に、どれだけ救われただろう……
「………はあっ!!」
「……!おい魔術師!本当に大丈夫なんだろうな!?」
「はい、精霊様。彼女の糸が…益々太く…!」
泣きながら剣を振るう小さな身体。タオフィはセレネすらも遮り、手を出してはいけない!と主張する。だがその痛々しい姿に顔を背ける者もいる。
「(何故だろう…彼女にとって剣は、それほどまでに大事なものなのか?)」
足はフラつき、今にも倒れてしまいそう。剣を地面にザクッ!と突き刺し身体を預けた。
「あと…ちゅこち。おもい、だえとぅ」
僕は、何を忘れてる?剣を振るうのは初めてなのに…もうずっと続けているような、手に馴染むような感覚。
汗や涙が頬を伝い、地面にポタポタと落ちる。こんなに何かに必死になったのって…いつぶりだろう?
もう少しで何かが見えそうだ。もっと、剣を振れば…!!
「お兄様っ!!?」
「え……あ──」
静まりかえっていた観客が騒ぎ始めた。後方からどこか聞き覚えのあるような声が近付いてくる。
人をかき分けて…シャルロットが狼狽しながら前に出てきたのだ。セレスタンはその姿が視界に入った瞬間…逸らすことも出来ずに凝視する。
シャルロットは彼女の前に座り込み、腕を優しく撫でる。
「どうして誰も止めないのっ!!?お兄様、腕が真っ赤よ…!」
「あ、ああう…」
セレスタンにとって、彼女は見知らぬお姉さんでしかない。それなのに。
「お…おってぃ。おってぃ!!」
「……え?」
セレスタンは歓喜の声を上げた。
聞き間違いなどではない。そう宣言するかのように…何度も何度も、最愛の妹を呼ぶ。
「お兄、様。私が分かるの…?」
「?あたいまえでちょ!あいたかったよう、おってぃ!」
「………っぁ…ああああああっ!!!」
その無邪気な笑顔に…シャルロットは遂に限界を迎えた。
愛する兄を抱き締めて、声を上げて泣いたのだ。
「おってぃ!?どちたの、おってぃ!」
人目も憚らずこのような醜態…普段の彼女ならば決して見せはしないだろう。
だがどうしてもコントロールが出来なくて…
そして彼女の泣き声に呼応するように。姉妹を繋ぐ黄金の糸が…タオフィ以外の人間にも見える程、強く輝きを放った。




