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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
85/102

「誠実と考え無しは別だよ?」



 ルシアンは包み隠さず兄に報告した。いや…過去にセレスタンを殺害しようとした、という点のみは誤魔化したが。

 ルキウスは「それグラス、了承してないのでは?」と口から出かかった。だが確かに今のグラスでは…と目を伏せる。


「……叔父上と、カリエ医師。一応本人の意思を確認しなさい」


「分かりました」


 ルシアンは頭を下げて、執務室を後にした。




 まずオーバンに事情を説明。

 彼はグラスがどれ程セレスタンを献身的に支えたか、守ってきたか知っている。ただ笑っていて欲しい、傷付く姿を見たくないというのも理解出来る。

 だがやはり…正しくはない。散々頭を悩ませた結果…


「……分かった。ただし最終的な決定権はセレスのものだ」


 と2人の婚約を認めた。



 次にカリエ。


「ほっほ…よろしいのでは?貴方の覚悟は伝わりました」


 オーバンよりも難敵だと考えていたので、ルシアンは拍子抜けした。彼はグラスの味方だと思っていたのだ。


「ま…偽悪も程々になさいませ。似合っておりませんよ」


「……感謝する」


 偽悪なんかじゃ…と言い返したかったけれど。ぐっと堪えて頭を下げた。



 さて、張本人のセレスタン。


「うちあん!」


「セレス…」


 彼女の無邪気な笑顔に、やさぐれていた心が浄化される。彼女を抱っこして部屋を出て、少しの間散歩をする。

 2人きりになりたい…というルシアンの要望で精霊、ハーヴェイ、ジェルマン、デニスが離れた所からついて来る。


「え、お前デニス卿?何その包帯、おもろ」


「段々慣れてきた」


 騒がしい後方は無視して、ルシアンはとある部屋を目指す。

 そこは皇宮の庭が見渡せるテラスがある。窓を開ければ強い風が2人を撫でた。



「…セレス」


「なあに?」


 テラスでセレスタンを下ろして立たせる。ルシアンはその場に膝を突いて、前屈みになり小さな手を取った。


「(こんな…温かくて愛らしい手を。どれ程傷付けてきたのだろう)」


「?」


 優しくぎゅっと握り微笑んだ。

 今の彼女に告げるのは反則だろうけど。ルシアンは思いの丈を打ち明ける。



「セレスタン。其方が大人になったら…私と結婚してくれないだろうか?」


「け…っこん?」


 首を傾げて繰り返す。


「そう。えーっと…あ、あれだ。お話の最後で、王子様とお姫様が『いつまでも幸せに暮らしました』ってやつだ」


 童話ではよくあるラストだが、セレスタンはうーんと唸る。


「てーがおーでたま…」


「え、そっち?いやいや、王子様は私な?」


「や!!」


「えー…?」


 何故か王子様役は譲らない。それは男装の精神が根強く残っているのか…なのでルシアンが折れた。

 

「じゃあ私が姫でいいから…」


「…………」


 セレスタンはじいっとルシアンの瞳を覗き込む。どちらも逸らさず、数分間見つめ合った。

 長い沈黙を破ったのはセレスタン。



「うちあん」


「うん?」


「てーのこと…ちゅき?」


「ああ、大好きだよ」


 流石に今の幼女姿が、ではないが。それでもセレスタンは、照れたように笑った。


 彼女はおもむろに顔を近付けて…ルシアンと唇を重ねた。彼は驚き目を見張ったが、拒みはしなかった。背中から「ロリコンだ…」とか聞こえてくるので、後で覚えてろ…とは思ったが。


「えへへ、ちかいのちゅー!

 うちあん、てーがちあわてにちてあげゆ!」


「…ふふっ。ありがとう、セレス。よろしくお願いします」


「うん!」


 えちゅこーと!と言いながら、彼の手を引いて歩き出す。

 元に戻ったらきっと、私は嫌われてしまうだろう。愛し合う2人を引き裂いたのだから…

 ルシアンは気付かれないように、そっと涙を流した。




 その日グラスは、皇宮に帰って来なかった。皆事情を察しているので何も言わないが、このまま引き下がるのか?と興味はある。


「でーで。ぐやちゅは?」


「ほっほ…少々帰りが遅いようで…」


「………ちょっか」


 夜、セレスタンはしょんぼりとぬいぐるみを抱き締めた。とぼとぼベッドに上がるが、やはり寂しい。


「セレスさーん♡今日はお姉様とねんねしましょう!」


「おねえちゃま〜」


 そこへプリスカ乱入。セレスタンは彼女の腕の中に収まり、すぐに寝息を立て始めた。



「…ふふ、可愛い」


 柔らかい髪を撫でると、ぬぅ〜…と唸って身体をくねらせた。プリスカは益々笑みを深めて、自身も目を閉じる。


「……セレスさん。私はどちらの貴女も愛しています。だから…」


 その先は言葉にしない。

 最初はルキウスが彼女を幸せにしてくれるなら…と思った。そうでなくとも、彼女は自分を姉としか見ていない。自分と同じ想いは決して持ち得ない…



 プリスカは昔から、男性を愛する事が出来なかった。嫌いな訳ではない、ただ恋愛対象にならないだけ。故に手を繋ぐくらいは問題無い。

 ならば中性的な男性は?そう考えて可愛い系の男性と付き合った事がある。だが…キスだけで嫌悪感でいっぱいになった。


 昔は自分がおかしいと思ってたし、今でも普通では無いと自覚している。それでも…主であるルキウスやその姉ルシファー。数人は受け入れてくれた。

 そして出会ったのが女性の身でありながら、男性の籍を持つセレスタン。まさに幸運!と本気で思った。しかも超好みの小動物系美少女!まあ…叶わない恋なのだが。



「……おやすみなさい、セレスさん。

 ねえ、もしも…ルシアン殿下やグラス君が、貴女を傷付けたら。私が…攫ってもいいですか?」


 本気ですよ…とプリスカは笑った。すると…



「……うん、いいよ…」


「へっ?」


 セレスタンは眠っているのに…しっかりと返事をした。

 きっと寝言なのだろうけれど。プリスカは…それだけで満足なのであった。




 ※※※




「でーう!」


「おう」


「あっち、あっちいく!」


 セレスタンが指しているのは、外部の者も割と立ち入るエリア。ジェルマンはうーん…と考え。


『セレスタンの望みは全て叶えろ。この国で彼女が立ち入ってはいけない場所は無い。例え宝物庫や父上の寝室であろうとも』


 とルキウスに言われている。今はひたすらに、彼女を甘やかすつもりらしい。




「……ちゅかえた。あちいたい〜…」


「ありゃりゃ」


 セレスタンは15分程散歩したところで、座り込んで丸まってしまった。ジェルマンは抱っこして、部屋に戻るか?と訊ねる。


「おやつ食べような」


「うん!」


 いい子だ、と踵を返したら。こちらに向かって来る令嬢と目が合った。ルキウスを訪ねてきたエルミニアだ。

 ジェルマンはセレスタンを左腕に座らせ、背筋を伸ばす。


「ええっと、貴方は…」


「失礼。自分は近衛のジェルマン・ブラジリエと申します。マルケス嬢におかれましてはご機嫌麗しく」


「ご機嫌よう。その…腕の中の子は、お子様でいらっしゃるの?」


 彼女は当然子供が気になる。ジェルマンは一瞬戸惑ったが…やはりルキウスの判断に任せようと考えた。


「いいえ、自分が護衛を任されている客人です」


「そうでしたか」


「?」


 その時セレスタンが顔の方向を変えて、エルミニアと目が合った。


「(あら…ラサーニュ令嬢にそっくり?妹さんかしら…)こんにちは、お嬢さん」


「こんいちは、おねえたん!」


 にぱーっと笑って挨拶をされて、エルミニアは心臓を鷲掴みにされた。ほっぺを突つけばもっちもち。夢中で手触りを堪能する。



「エルミニア?」


「あ、ルキウス。ごめんなさい、お時間過ぎてしまいましたか?」


「いいや、まだ大丈夫だが…」


 そこへルキウスがやって来た。


「うきっちゅたま〜」


「ああ」


 セレスタンは笑顔で両腕を前に伸ばす。ルキウスも応えて、優しく抱っこした。


「まあ…」


 エルミニアは手で口元を覆い、その穏やかな光景を楽しんだ。確かルキウスは小さいもの、子供好きと言っていたっけ…と思い出した。

 彼はきっと子供が生まれたら…子煩悩のパパになるのだろうな。その姿を想像しては胸が高鳴る。



 彼女は今日、ルキウスに大切な話があったのだ。

 婚約を受けたい…貴方の妃になりたい、と。


「(でも…その前に。貴方に言わなくては)」



 これ以上逃げたくない。彼女は自分を奮い立たせてルキウスの腕を引っ張った。


「ルキウス。どうか…私のお話を聞いてくださいませんか…?」


「…分かった」


 雰囲気から大事な話だろう…人払をして、と考えていたら。


「…………」


 セレスタンが、ルキウスの上着を離さない。ぐぐぐ…と震えながらもしがみ付く。

 上着を脱いで彼女を床に下ろせば、ばひゅん!と足にくっ付いた。

 後ろからジェルマンが抱っこしようとしたら…一気に顔を歪めて真っ赤にする。大号泣(ボイスキャノン)の合図だ。


「う…!お2人は大事な話があるの!」


「えぇ?てーわかんなぁい」キラキラ


「絶対分かってるなお前!?」


「……ふふっ。よろしければ、お嬢さんもご一緒に」


 え、いいの?と皆驚いた。小さな子なら話は理解出来ない、と判断したのだろう。




 彼らは見通しの良い庭園に来ていた。そこに用意されたテーブルセットに落ち着き、まずは喉を潤した。


 挨拶もそこそこに、エルミニアがルキウスを真っ直ぐに見つめた。

 声が届く範囲には彼らとエルミニアの侍女しかいない。侍女は眉を下げて心配そうな表情。


 エルミニアが膝の上でぎゅっと手を握ると…


「いたいよ?」


「え…」


「い、いつの間に!?」


 セレスタンがルキウスの膝から、エルミニアの隣に移動していた。そして彼女の固く閉ざされた手を撫でる。


「ぎゅって、いたいよ。きえーなおててがたいへん。ね?」


 自分の小さな手を滑り込ませて、指を絡めてにぎにぎする。エルミニアは肩の力が抜けて…「そうね」と笑った。

 セレスタンを膝に乗せ、後ろから抱き締める。とても柔らかくて温かく…緊張や恐怖が全て消えてしまいそう。


「ルキウス。以前私にも…忘れられない男性がいる、と言ったのを覚えていますか?」


「…!ああ、もちろん」


「私は以前、幼少期より決められた婚約者がいました。その方を…愛していました」


 ルキウスはカップを持つ手に力を込める。ふぅ…と息を吐き、真っ直ぐに彼女の目を見た。



 こうして彼女の過去が明かされる──…




 ※※※※※




 マルケス・エルミニア。リシャル王国に貴族令嬢として生を受けた。

 そんな彼女には、3歳上の婚約者がいた。名をヘンズリー・ジュリアン。2人は愛し合っていた…はずだった。



 いつものようにジュリアンが屋敷を訪ねて来て、エルミニアは足取り軽く談話室へ向かう。だが、そこには顔を険しくしたジュリアンが。

 胸騒ぎを覚えつつ、笑顔を作って「さあ座って」と声を掛ける。


「いいや…エルミニア。どうか俺と婚約を解消してくれ」


「え…なに、言ってるの?」


 ジュリアンは立ったまま腰を直角に曲げてそう言い放った。顔を上げれば、放心状態のエルミニアに一方的に捲し立てた。

 好きな人が出来た…俺達は出会う順番を間違えてしまったんだ。彼女と一緒になるから、俺の事は忘れてくれ…

 それくらいしか理解できなかったが、正気に戻った頃には彼は帰宅していた。


 部屋に戻り、落ち着くと…涙が溢れてきた。

 どうして…愛してるって、言ってくれたのに。あんなに優しかったのに…なんで?

 しかも相手はエルミニアの親友、ミルドレッドだった。彼女は婚約を祝福してくれていたのに…身近な2人に同時に裏切られてしまった。



 それでもまだ、ジュリアンを愛していた。リシャルでは家格の低い者からは、婚約の破棄を訴える事は不可能。マルケスは侯爵家、ヘンズリーは子爵家。なのでジュリアンは、エルミニアから言い出した事にしてくれ、と言いに来たのだ。

 彼女はそれを利用して、いつまで経っても婚約破棄をしなかった。何度ジュリアンやミルドレッドが乗り込んで来ても、決して首を縦に振らなかった。


 そうして時間を稼げば、また彼の心が私に戻ってくれる…そう信じていたのだ。



 だが悲劇は起こってしまった。結ばれないと思った2人は、なんと心中しようとしたのだ。

 その報せを受け、エルミニアは崩れ落ちた。自分が潔く身を引けばよかった。愛し合う2人を…危うく死なせてしまうところだった…!と。

 何も知らない周囲はエルミニアを「悪女だ!」と決め付けた。心中まで追い込んだのはお前だ、と。

 傷心のエルミニアはその言葉に支配されてしまった。その為彼らを祝福して…自分は修道院に入ろう。そう決意したのだ。




 ※※※※※




「結果的に彼らはピンピンしてましたけど…

 今でもジュリアンを思い出してしまうんです。もしもミルドレッドがいなければ、きっと今頃私達は…と考えてしまう。

 それを…ルキウスには知っておいて欲しかった。私はそんな愚かな女なんです…」


「「…………」」


 そこまで聞いたルキウスとセレスタンは…慈愛の眼差しで彼女を見つめていた。セレスタンは彼女の肩をポンっと叩く。


「おねーたん…おとこのちゅみわゆいね」


「え?趣味悪い…ですか!?」


「うん」


 ルキウスと侍女もうんうん頷く。エルミニアは必死に言い訳を始めた。

 彼はいつも「俺達は運命の赤い糸で繋がれている」「君と出会えた奇跡に感謝を」とか素敵な言葉を掛けてくれたと。


「ちょっとロマンチストで、聞いてて恥ずかしい時もあったけど…」


「よまんていとやないよ、ただのおばかたんだよ」

訳:ロマンチストじゃないよ、ただのお馬鹿さんだよ。


 ブーーーッ!!とルキウスと侍女は吹き出した。遠慮のない子供は恐ろしい。


「あとね、とっても優しいし…」


「えでぃーにやたちいのはあたいまえ」

訳:レディーに優しいのは当たり前。


「そそ、それに…誠実な人なのよ。すっごく悲しかったけど、私に真実を包み隠さず話してくれたし」


「てーでっとかんがえなちはべつだよ?」

訳:誠実と考え無しは別だよ?



 次々と2歳児に言い負かされ、項垂れてしまったエルミニア。セレスタンはルキウスを指差した。


「ねえ、うきっちゅたまはどう?」


「ど、どうって…?」


「かっこいーち、やたちいよ。おかねももってゆち、いいによいちゅーち。うきっちゅたまにちときなよ」

訳:格好いいし、優しいよ。お金も持ってるし、いい匂いするし。ルキウス様にしときなよ。


「そうだ、私にしておけ」


 エルミニアは徐々に頬を染める。

 ルキウスは話を聞いてショックを受け…なかった。

 彼女はやや自己評価が低いが、欠点など無さそうな女性だった。まさか男を見る目が無いタイプだったとは…これからは自分が守らねば、と決意する。


「ちょんなふたまたくちょやおーはこっちかやおことわい!でったいいつか、どっかでうやぎやえゆよ」

訳:そんな二股クソ野郎はこっちからお断り!絶対いつか、どこかで裏切られるよ。


「………それも、そうね?

 私の親友と一緒になって笑い者にして…あら?なんかむかついてきたわ…?」


「やったね、めがためたね。だいどーぶ、おねーたんまだわかいんだかや!でんてーこえかやだよ!」

訳:やったね、目が覚めたね。大丈夫、お姉さんまだ若いんだから!人生これからだよ!



 2歳児に諭されてしまった…エルミニアは遠い目をする。怒りと同時に…腹の底から笑いが込み上げてきた。


「……ぶふっ!あははっ!もう、やだあ!ふ、ふふふ…!」


 傷付くのも馬鹿らしいわ!?と1人腹を抱えて笑い続ける。ルキウスは優しい目で見守り、セレスタンは背中をさする。侍女は涙ぐみ…「お嬢様がこんなに笑っているのは久しぶりです」と嬉しそうに言った。



 ひとしきり笑った後、溢れた涙を指で拭った。


「はー……ごめんなさい、ルキウス。お見苦しい姿を見せてしまって」


「いいや、やはり女性は笑顔が似合う」


 なんとルキウスは悪人面ではなく、ふわりと微笑んでみせた。その顔にエルミニアは、一瞬にして胸が高鳴り顔に熱が集まった。


「……その。こんな私でよければ…あの。貴方には…相応しくない、けれど」


「…………」


 胸元を握り締めて、目を伏せる。ルキウスがスッと右手を挙げると、遠くで待機していたジェルマンが姿を現した。


「この子を連れて行ってくれ」


「かしこまりました」


「うあー」


 今度は抵抗することなく抱っこされ、ばいばーいと手を振ってその場を後にする。

 ルキウスが席を立ち、エルミニアの横に膝を突き手を取った。



「エルミニア。どうか…私の妃になってくれないだろうか?」


「…はい!」


 エルミニアは涙を堪えながら、満面の笑みで答える。侍女も滂沱の涙を流して喜んだ。


 彼らの婚約が正式に公表されるのは、これから暫く後のこと。

 大国の皇太子妃、延いては皇后となるエルミニア。怒り狂ったミルドレッドがマルケス家に乗り込むのは、その少し先のお話。




 ※※※




 翌日、シャルロットが皇宮に来る日。だがその前に別の客人がやって来た。


「アリス?珍しいな」


「まあ、ちっと用事が…」


 アリスティドがセレスタンとルシアンを訪ねて来たのだ。その手には紙袋が握られている。


「前に先輩が作ってくれたプリン。俺が食った事ある味って言ったじゃないスか」


 それからアリスティドは「どこで食ったんだっけなー?」とずっと頭の片隅に残っていた。


「で、思い出したんス。ユルフェ領にある大衆食堂で、定食のデザートに付いてたんスよ」


 そこは平民向けだがボリュームがあって美味しいと、彼もお忍びでよく行くらしい。まあ巨乳の看板娘が目当ての可能性もなきにしもあらず。



 セレスタンはまだ子供だと聞き…折角なので買って来たと言う。ルシアンも「いい切っ掛けになるかも」と思い部屋へ案内した。


「……あちゅてど!」


「おうよ」


 土産だ、と紙袋を差し出す。セレスタンはいそいそと開けて、「ぷいん!!」と目を輝かせた。


「たべゆー!!」


「待て待て、朝食をとったばかりだろう?」


「ぶーーー!!」


 頬を極限まで膨らませてブーイング。だがルシアンの許可が降りないので渋々引き下がる。

 運動したらお腹が減るんじゃないか?とアリスティドが提案する。


「でーう、きちのふく!!」


「アレか?」


 再びちびっ子騎士が誕生した。セレスタンはマントを靡かせ、意気揚々と庭に出る。

 後ろからは精霊、ヘリオス、ルシアン、ハーヴェイ、アリスティド、ジェルマンが付いて歩き。途中から「面白そう」とデニスも合流。

 窓から見えたのかルキウス、ランドール、プリスカも出て来た。そして魔術師団のほうに行っていたタオフィも…行列が伸びていく。




「えいー!ていっ!やーーー!!」


「「「おー」」」

 

 近衛騎士の鍛錬場までやって来た。まあ途中で疲れてしまい、ヘリオスの背中に乗って来たのだが。

 ギュスターヴも一行に混ざり見物する中、彼女はおもちゃの剣をブンブン振り回す。最初は適当だったのだが…途中から顔付きが変わった。


「………」


 剣をじっと見下ろし、両手から片手に持ち替えた。

 マントと上着を脱いで袖を捲り、しっかりと足を開いて呼吸を整える。


「…………ふぅ……」


「(……?糸が、濃くなった…!)」


 タオフィだけが気付けた変化。右手に巻かれた糸が光を帯びている。

 セレスタンは一心不乱に剣を振る。腕が赤く腫れてもやめない。ルシアンが止めようとしたが…


「待って!!少し…そのままに」


「……!?」


 タオフィが真剣な顔付きで制止する。何が起きているのか…彼にも分からないのだが。



「……はあっ、はあっ、はぁ…」



 どうして僕は、剣を振っているんだろう。ああ、そうだ。いつもの日課で…それ以上の意味は無い、はずだよね?



 ブン!ブォン!!と、2歳児が出していい音ではない。大人達はハラハラしつつも、タオフィを信じて堪える。


 セレスタンは剣を振る傍ら…何か大事なことを忘れているような、と顔を顰める。こうしていると思い出せそうで、腕が痛くても息が切れてもやめられない。




「……っ!」



 僕が剣を振っているのは…なんでだっけ?

 最初は令息の嗜みとして。次は…●●●●に無理やりやらされて。

 やめ時を失って、惰性で続けていた。でも……


 僕はカラッポな人間だ、と泣いてしまった時。まだまだこれからじゃねーか!と笑ってくれた人がいた。


『今カラッポっつー事はな、これからいくらでも吸収出来るって事だぜっ!!』


 後にそう言われて…そんな考えもあるのか、と驚いた。



 続けるのも才能だ、と誰かが言ってくれた。

 努力は必ず報われる訳ではないけれど。積み上げてきた年月は…必ずどこかで役に立つ。その言葉に、どれだけ救われただろう……



「………はあっ!!」


「……!おい魔術師!本当に大丈夫なんだろうな!?」


「はい、精霊様。彼女の糸が…益々太く…!」



 泣きながら剣を振るう小さな身体。タオフィはセレネすらも遮り、手を出してはいけない!と主張する。だがその痛々しい姿に顔を背ける者もいる。


「(何故だろう…彼女にとって剣は、それほどまでに大事なものなのか?)」



 足はフラつき、今にも倒れてしまいそう。剣を地面にザクッ!と突き刺し身体を預けた。



「あと…ちゅこち。おもい、だえとぅ」



 僕は、何を忘れてる?剣を振るうのは初めてなのに…もうずっと続けているような、手に馴染むような感覚。

 汗や涙が頬を伝い、地面にポタポタと落ちる。こんなに何かに必死になったのって…いつぶりだろう?


 もう少しで何かが見えそうだ。もっと、剣を振れば…!!



「お兄様っ!!?」


「え……あ──」


 静まりかえっていた観客が騒ぎ始めた。後方からどこか聞き覚えのあるような声が近付いてくる。

 人をかき分けて…シャルロットが狼狽しながら前に出てきたのだ。セレスタンはその姿が視界に入った瞬間…逸らすことも出来ずに凝視する。

 シャルロットは彼女の前に座り込み、腕を優しく撫でる。


「どうして誰も止めないのっ!!?お兄様、腕が真っ赤よ…!」


「あ、ああう…」


 セレスタンにとって、彼女は見知らぬお姉さんでしかない。それなのに。



「お…おってぃ。おってぃ!!」


「……え?」


 セレスタンは歓喜の声を上げた。

 聞き間違いなどではない。そう宣言するかのように…何度も何度も、最愛の妹を呼ぶ。


「お兄、様。私が分かるの…?」


「?あたいまえでちょ!あいたかったよう、おってぃ!」


「………っぁ…ああああああっ!!!」



 その無邪気な笑顔に…シャルロットは遂に限界を迎えた。

 愛する兄を抱き締めて、声を上げて泣いたのだ。


「おってぃ!?どちたの、おってぃ!」


 人目も憚らずこのような醜態…普段の彼女ならば決して見せはしないだろう。

 だがどうしてもコントロールが出来なくて…


 そして彼女の泣き声に呼応するように。姉妹を繋ぐ黄金の糸が…タオフィ以外の人間にも見える程、強く輝きを放った。



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