表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
63/102

「手ェ出す可能性見出してんじゃねーよドスケベ教師が」



「お前に紹介したい子がいる」



 親友であるオーバンにそう告げられ、バティストは衝撃を受けた。



 ジャン=バティスト・ファロ。ファルギエール辺境伯家出身で、オーバン・ゲルシェの幼馴染。

 男爵位を持ってはいるが、首都で何でも屋を営んでいる。まあ殆ど情報屋としての仕事ばかりで、気ままに暮らしている男。



 彼はイェシカとも面識があった。彼女が亡くなり、どれだけオーバンが絶望して苦しんだかも知っている。当時のオーバンは今にも死にそうな程弱っており…慰めの言葉も出なかった。


 元々人付き合いが苦手で、自分以外友と呼べる人間もいない。そんな男が…数年前から変わった。

 飲みに行ってもほぼバティストが喋るばかり。何故ならオーバンは提供出来る話題も無いから。それがいつからか、とある生徒の話をするようになった。

 彼が学園に勤めて約10年。甥っ子以外の生徒の話をするのは初めてだったのだ。



「なんつーか放っておけなくて…気まぐれにジュースを渡したら、泣きそうな顔で受け取って。一口飲んで「おいしい…」って呟いてな。

 変だろう?貴族の子供が…特に高級品でもないジュースで感激してんだよ。それからは医務室に来たら、なんか一杯飲ませるのが習慣になって」


「そいつ双子の妹がいるんだけど。男女でここまで似るか?ってくらいそっくりで。更にシスコンブラコン、特に妹の愛がやべえ」


「ちょっとな…そいつ疲れちまって、休学を勧めたんだ。父親がクソ野郎で…思い出すだけで腹立つわ…

 情緒不安定だったんだけど…早く元気になってくんねえかな」


「前言った子覚えてるか?ようやく復学してな、まだ危なっかしいけど…ひとまず落ち着いた。俺も力になれりゃいいけど…」



 その子供の話をする時、オーバンはとても優しい顔をしていた。バティストはその変化に驚き、その子にいつか会ってみたいなと思うようになった。



 そして今回。なんと家に出入りを許していると言うので顎が外れるかと思った。

 家は特にイェシカとの思い出が詰まった場所。バティストすら、彼女の話題は避けていた。時折酒に酔ったオーバンが悲しげに語るのを聞くばかり…


 紹介したいという子は父親から疎まれていて、愛していたはずの妹とも訣別してしまったと聞く。

 卒業後は家を追い出されるらしい。それでも本人は平民の恋人がいるから…こっちから捨ててやる!と勇ましく宣言していると。


「小遣いもねえからひもじいっつって。思わず「俺ん家で飯作ってくれ」って言ったのが始まり。

 これがまあ働き者で。何度嫁に欲しい…って思った事か。男だけど」


 そう笑いながら言うものだから、バティストは目と耳を疑った。

 イェシカの死後、冗談でも再婚とか嫁とかいう話題は口にしなかったのだ。更に衝撃発言は続く。



「…本当に家を追い出されたら。俺が…その。養子縁組の提案してみようかな…と。

 結婚したらうちに住んでもいいし。あの子が選んだ女の子だったら、絶対いい子だろうし…

 どう思うよ?やっぱ引かれるかな…」



 バティストはもう、驚きを超えて無になった。


「(コイツ本当にオーバンか…?中身別人じゃねえの?)」


 本気でそう疑うレベルに到達した。

 だがその変化は喜ばしいものだった。まるでイェシカと暮らしていた頃のように明るくなり、バティストは会った事もないセレスタンに深く感謝した。

 紹介してくれるというのであれば、断る理由など存在しない。直接お礼を言いたいし、揶揄ってみたいなという欲も湧きまくっている。




 ※※※




「楽しみだな〜、どんな子よ〜?」


「何度も言ってんだろうが…引っ込み思案だけど、根っこは活発な子なんだよ。まあ…妹や実家の話題を出さなきゃ問題ねえ」


「おっけー!!」


 わっくわくで勝手知ったるオーバン家を目指す。


「………?」


 だが、家が近付くにつれ…何か感じる。


「(視線…?ひと、いや2つ。1つはそこの塀の陰…もう1つは…どこだ…?)」


 気にはなったが、厭な気配ではない。オーバンはまるで気付いていないようで、さっさと呼び鈴を鳴らす。

 思考を切り替えてどんな子かな〜?と期待を高める。だが…



「お帰りなさいっ!」


 直後に笑顔で飛び出して来た子供。それは…



 どこからどう見ても女の子だった。



「(え…男って、言ってなかったか…?)」


 バティストは理解が追い付かない。

 彼は職業柄、観察眼に優れている。五感や心理学、様々な情報を駆使して即座に答えを導き出す能力が非常に高い。

 目の前の子は反応速度からして、玄関で待っていたのは確実。それ程までにオーバンの帰宅を心待ちにしていたと…

 更にカバンと上着を自然に渡して、「お仕事お疲れ様です」「ああ」という会話をする。幼妻かな?と考えても仕方なかろう。


「(夫婦なのかな?)」


 聞いていた話と違う。いやまず、相手は明らかに未成年。歳の差はともかく…手を出すのは早いんじゃない?と見当違いな事を考える。

 彼女はようやくバティストを認識して、やや顔を強張らせて挨拶してきた。

 色々突っ込みたいところだが、まず仲良くなってから…と思う事にした。



 そして家の中に足を踏み入れ、またも衝撃が走る。


 室内の雰囲気がまるで違うのだ。イェシカが生きていた頃…とも違うけれど。

 セレスタンに完全に塗り替えられた訳でもない。イェシカの存在を残し、敬意を表しながらも共存している、と言ったところだろうか。

 家からタバコの匂いがほぼしない事にも気付いた。元々ヘビースモーカーでもなく、口寂しさから吸ってるだけだったのだが…


「(吸う必要も無え…って事か?

 あのカーテン…上手くアレンジされてんなあ…

 イェシカちゃんもあれ見たら、目ぇ輝かして喜んだろうに…)」


 テーブルに並んだ料理も、とても貴族の子供が作ったようには見えなかった。オーバンの好みである甘辛い味付け…心の籠った温かい家庭料理。

 セレスタンは食事中も酒が無くなったら注いでくれたり、自分の事より他人を優先していた。


「(こりゃ…貴族の暮らししてきてねえんだな…)」


 これまでの苦労が垣間見え、バティストはやや感傷的になる。

 部屋の中には精霊も飛び回り、なんだかデカい犬もいる。そちらを気にしながらも楽しい食事は続く。



 だ、が。



「先生、美味しい?」


「ん?……ああ、美味い。いつもありがとうな。玄関も綺麗になってたな。掃除頑張ってくれたんだな」


「いやあ〜…えへへ」


 セレスタンは頬を染めて、頭を撫でてもらいご満悦。オーバンもこれでもかと言う程褒めて…バティストは悟りの表情だった。


「…なーなー、2人ってばどういう関係よ〜?めっちゃ仲良しじゃーん!」


 冗談っぽく探りを入れてみる。すると2人は顔を見合わせて…


「えっと…頼りになる大人で、お父…格好よくて…」


「…ああ、俺も放っておけない、守りたいと思う」


 笑い合う2人。バティストは「もう結婚しろ」と呆れ果てた。


 バティストの話術のお陰で、セレスタンはずっと笑顔を見せてくれた。こりゃ可愛いわ、オーバンも惚れるわな〜と唐揚げを頬張る。そして酒を口に含み…

 オーバンが少女を押し倒したと聞き、反射で噴き出した。しかも「風呂入って来い」ですって?オメーアウトじゃねえか!!と心の中で叫んだ。




 セレスタンがいなくなった後。


「…押し倒したって、何?」


「…朝…起こしに来たあの子を…寝惚けてイェシカと間違えて。抱き締めて…匂い嗅いで…そんだけ…」


「………」


 寝室も許してるのか…と頭を抱えた。


「さっきのさ、褒め倒してたの何?オメーそういうキャラじゃねーじゃん」


「多分妹となんかあったんだろうな。そういう時は普段以上に自己嫌悪に陥ってるから…他人が認めてやらにゃ駄目なんだ。

 お前はここに居ていいんだって。お前を大切に想ってるから、元気出せ…って感じで」


 それ以外にもオーバンが語る内容から、どれだけセレスタンを大切に思っているのかが伝わってくる。




 だからこそ…このままではいけない、とバティストは決意した。


「オーバン。オメーに言っておきてえ事がある」


「んだよ、改まって?」


 バティストは深呼吸して…オーバンの目を真っ直ぐに見た。



「あの子…セレスタンちゃんは女の子だ」


「…………は?」



 まさに鳩が豆鉄砲を食ったよう。思わず食べていたナッツを落とした。



「………いやいやいや。確かに可愛いとは思うけど…」


「あたしの観察眼、知ってんだろ?」


「………」



 2人の間に沈黙が落ちた。

 時計の音、ヘリオスの欠伸…風呂場からはしゃぐ声がやけに大きく聞こえる。

 オーバンは喉を鳴らしてから掠れた声を出した。


「冗談…だよな…?」


「…あたしはてっきり、再婚相手でも紹介されてんのかと思ったぜ」


「………」


 バティストの目は真剣そのもの。それでも信じられない様子のオーバンは、ウイスキーを呷ってグラスを強く置いた。


「…適当言ってたら怒るぞ…?」


「そんなら風呂行ってこいよ。男同士なら問題ねえだろ?」


「ああ行ってやるよ!!」


 テーブルに手を突いてガタッと勢いよく立ち上がり…そのまま固まった。

 バティストは念の為…「マジで行ったら殴ろう」とすぐ動けるよう待機。



 だが杞憂に終わり、彼は5分立ち竦んだ後ゆっくり座った。


「………………マジ?」


「超マジ。ついでに言うと、皇女殿下の婚姻パーティーで会ってるわ。あたしらの事見てた、超可愛い女の子」


「…あの子かぁ…」


 オーバンは俯いて頭を抱えた。


「女の子って…いつから…?」


「…産まれた時からかなあ」


「そっか……うん、そうか…」


 セレスタンと出会った時からが走馬灯のように流れる。言われてみれば腑に落ちる事も多かった。


「(ああ…だから合宿で寝不足だったのか…)あっ!!?」


 突然大声と共に顔を上げ、バティストはビクッとした。


「兄って呼ばないでって…姉って意味か!!!

 ってグラス!!あいつが彼氏か!?道理で見定められてるような感覚だったんだ…」


「…?んで、これからどうすんの…?」


「どうって…お前…」


 また頭を抱える。

 このままでいいのか?いや駄目だろう。仕事という名目で、まるで通い妻のような真似をさせて…

 セレスタンの顔が浮かび上がる。可愛らしい笑顔で…


『先生〜!お帰りなさい、お風呂にする?ご飯?それとも…』



 もう…そんなの…


「いや俺は絶対手を出さん!!だが…向こうからアタックされたら…吝かじゃねえ。でも…いや、あと2年(成人まで)待つから…!いやあの子は婚約者が…」


「手ェ出す可能性見出してんじゃねーよドスケベ教師が」



 バティストの冷静な突っ込みもスルー。

 それからセレスタンが上がるまで、どちらも言葉を発さなかった。




 ※※※※※




『今度から金曜日は泊まりだって言ってた。あの先生は信頼に値すると感じたが…1回だけ見張って欲しい。

 お前には苦労を掛けるが他に頼れん。すまん、彼女を守ってくれ』



 バジルは手紙を読みため息をついた。女性の身でありながら独身男性の家に泊まるなんて…とても許可出来ない。

 だと言うのに彼女は、自分には何も教えてくれなかった。シャルロットの側にいてあげてという意味だろうが…悲しかった。



 前髪だって突然切って「僕はもう隠れない」と宣言。それから周囲の目が変わった。


 特に男子生徒は不躾な視線を送る者が多い。

 暗がりに連れ込もうぜ…などという会話を聞いてしまった時は、男子3人を半殺しにしてしまった。記憶が無くなるように殴ったので犯行はバレないだろうが。

 ただ…その男子達がもし実行したら、その時はセレネが黙っていない。高確率で殺されると思うので、バジルは男子を救ったとも言える。


 そんな事情もあって常にバジル、ジスラン、エリゼ(巻き込まれ)が陰で守っているのだ。最近はパスカルも参加しているが…



「(もう…女性だとバレてもいいのか?死んでも隠さなきゃ、という強迫観念が消えたように見える)」



 バジルは現在ゲルシェ邸…の屋根の上。息を殺し気配を消して、セレスタンに何かあったすぐに突入する。

 シャルロットには「セレス様が外出なさっているので、隠れて警護します」と言って来た。彼女は領地に帰っている頃だろうが…


「(…お嬢様。何故僕に何も聞かないのですか?「お兄様は何処に行って何をしているの?」と…

 どうせ僕は答えないって分かっているからでしょうけど。その行動が僕には…)」



 シャルロットは本気でセレスタンと分かり合おうとしていない。そうとしか見えないのだ。

 バジルはどちらのお嬢様も同じだけ愛している。だから、どちらかだけの肩を持たないよう努めている。


 だがそれはバジルだけ。例えば伯爵、ジスラン、カリエ…ルシアン。色んな人に聞きまくればいい。お兄様について、なんか知らないの!?と。特に…

 

 バジルはとある場所を見下ろした。屋敷同士の塀の間…今そこにハーヴェイが隠れている。



「(彼は特にセレス様を大事にしてくれている。それに比例するかのように、お嬢様を嫌悪しているけど。

 だけど…2人を仲違いさせたい訳ではない。お嬢様が彼を訪ねれば、きっと悪態をつきながらも答えてくれると思う。彼は恐らく…セレス様が女性だと知っている)」


 ハーヴェイの態度からそう推測した。詳細は不明だが、いつからか完全に女性として扱っている。



「(お嬢様…貴女は…何を考えていらっしゃるのですか?このままセレス様が遠くへ行ってしまってもよろしいのですか?)」


 最悪の未来を想定して…バジルは目を潤ませる。

 だがオーバンが帰宅する姿が見えて切り替えた。隣には見覚えの無い男性…視線に気付かれたのか、一瞬だが顔を険しくさせた。


「(凄い…気配を消した僕に気付けるのは師匠くらいかと思ってた。

 ハーヴェイ卿は完全にバレたな…多分僕は、居場所までは特定されてないかな)」


 あの男は何者だろう、と考えても分かりようもない。オーバンと共にセレスタンに出迎えられ、屋内に入り鍵が閉められる。



 余計な事は考えず、セレスタンの安全を何よりも優先。

 それから数時間後…



「……なんでええええええっっっ!!!?」


「っ!!?」


 セレスタンの絶叫が聞こえた。屋根から飛び降り玄関に向かう。

 窓を割る程の緊急性は無いと判断し、懐から数本の工具を取り出す。そして…


「解錠完了!」


 僅か2秒で開けてしまった。



「すげえなばっちゃん!?」


 バジルの後ろに、同じく絶叫に反応したハーヴェイが立っていた。彼からしてみれば、バジルが突然降って来て手品のように鍵を開けてしまったのだ。


 ばっちゃんことバジルはハーヴェイを一瞥し、急ぎ邸内に侵入した。



「イヤアアアアアアっ!!!」


「お嬢様っ!!」


 今度は悲鳴が聞こえ、ダイニングの扉を蹴って開ける。


「ご無事ですかお嬢さ……ま…?」


「何々!どうしたばっちゃ…」



 バジルとハーヴェイの前に広がる光景は…




「やだあああああっ!!!やだやだ辞めないいいいい!!!」


「アホかお前は!?おま、若い娘が独身男の家に入り浸っていいワケねえだるぉがああ!!?」


「メイド雇ったと思えばいいじゃんかああああっ!!!」


「馬鹿か!!この状況で若いメイド1人だけ雇うと思ってんのか!?そりゃもう特別な関係って言ってるようなもんなんだるあらあぁぁっ!!」


 泣き叫びながらオーバンをボカスカ殴るセレスタン。拳を受け止めながら、負けず劣らず声を荒げるオーバン。どちらも一歩も譲らず、バティストとヘリオスは部屋の隅で成り行きを見守っている。


「とにかくお前もう帰れ!!!

 ………なんでお前男子寮に住んでらrrrrるらあぁあああっ!!!?」


「(あやー。オーバン、昔っからテンパりマックスになると巻き舌になるんだよなー。相当パニクってるわアレ)」


「駄目だ寮にも帰るな!!!年頃の娘が…だめだるあらrrrrあぁ!!!」


「どうしろってのさあああああっ!!?」


 ぽかんと口を開けるバジル&ハーヴェイ。ようやく闖入者に気付いたバティストが手招きして呼び寄せる。



「なあなあ、もしかして外で見張ってた2人ー?」


「は、はい。あの…この状況は…?」


「うーん…とにかくセレスタンちゃんを落ち着かせてくんない?」


 彼らは顔を見合わせて、最早人語を発していないオーバンに噛み付く(物理)セレスタンを眺めて。


「ガルルル!!」


「frrrray!!!」


 テーブルに残っている酒を飲んでいる精霊達の様子から深刻な現場ではないと判断して…


「おー、これ美味いんだぞ」


「こちらのウイスキー持って帰りましょうか」


「僕カクテルっての飲んでみたいなあ〜」



「……暫く見物すっか」


「はい…」


 床に並んで座った。




 ※※※




「お嬢様…落ち着きました?」


「……ゲホっ」


「オーバン、人間に戻ったか?」


「……たぶん…」


 修羅場?から1時間。やっと話が出来る状態まで回復した。ここからは一番冷静で大人なバティストが仕切る。

 ソファーにぐったりと横になるオーバンから質問開始。


「はいまず。セレスタンちゃんが女の子だと知ったオーバン、なんでクビにすんだ?」


「だから…若い娘が独身男の家に来んなって…しかも彼氏いんだから…」


「じゃあ次、セレスタンちゃん。仕事辞めたくないよね〜?」


 ダイニングチェアで、ハーヴェイの膝に力無く乗ったセレスタンが答える。


「もちろん…お金貯めて…寮出て…家借りるんだもん…」


「じゃあ…俺が家賃も生活費も小遣いも全部出すから…」


「施しはいらぬ…僕は堕落したくない…」


 話し合いは平行線。どちらの言い分も分かる3人は頭を悩ませる。

 この近辺で家を借りて、泊まりは無しで仕事する。

 どこかの屋敷でメイドとして紹介する?

 いや誰にもバレたくないんだし。

 オーバンが家買ってやれ。

 おう任せろ、とにかく寮を出ろ。


 様々な意見が飛び交い、セレスタンはふと何かが引っかかった。



「あの…先生。僕も寮は出るつもりだけど…なんか急いでるの?」


「馬鹿かよ…男子寮なんて、心配しない理由がねえだろうが。お前は女の子なんだか…え」


 全員がセレスタンに注目した。彼女は止まったはずの涙を溢れさせていたのだ。



「…そっか…そ、だよね。

 僕…今まで父上から…何も言われた事無くて…

 きっとあの人は…僕がどんな目に遭っても…どうでも良かったんだね…」


 娘の危険など一切考えていない…むしろ自分の手で送り込んでいる。今更ながらそれに気付いた。

 他人であるオーバンは…軽く人間をやめてまで説教してくれているのに。


 カリエは色々教えてくれた。必殺急所蹴りもそうだが…いざとなったら相手を殺してでも身を守るように、と。

 バジルが涙を拭いながら、おずおずと発言した。


「…お嬢様。実は…カリエ先生より伝言を預かっております」


「へ…?」


「『年々美しくなるお嬢様を、これ以上寮には置けない。家を用意したのでそこに住むように。よろしければ儂にも住まわせて頂きたい。爺ではあるが、お嬢様の盾になるくらいは可能だ』と…

 そして新居は伯爵様にも、シャルロットお嬢様にも教えない。その…すでに僕のほうで体制を整えております。お嬢様はすぐにでも引っ越してください」


「え…おじいちゃんが…?」


「よく分からんがそうしろ!新居はどこなんだ?」


「ここから歩いて5分程です。お嬢様、よろしいですね?」


「あ…うん…」



 半ば放心しながら返事をする。

 何がどうなっているのか分からない。とにかく…もう疲れてしまい、眠くて…目を開けていられない…



 セレスタンはハーヴェイの腕の中で意識を失った。目を覚ましたら…何かが変わっているのかな、と思いながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ