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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
62/102

「ぱっつんになっちゃったじゃん!!?」



 ぎくしゃくした朝食は終了、セレスタンは家事に勤しむ。オーバンはその様子をソファーで眺めて…


「…俺何してりゃいいんだろう…」


 と呟く。

 今まで休日は…適当に家事をして、タバコ吸って。なんとなく買い物して…少し運動して…気付いたら夜。

 特に趣味も無い為、暇を持て余していた。

 何か手伝おうかと思ったが、仕事を奪うのもなー…とやめる。



 ふと洗濯を畳んでいたセレスタンが顔を上げた。


「先生、タバコ吸わないの?」


 何回かこの家に来て、彼が一度も吸っていない事に気付いた。


 と言うよりも…吸うのは知っているが、その姿を見た事が無いのだ。

 学園では喫煙所以外禁煙だから仕方ない。だがここは彼の家だ。食事中は勘弁して欲しいが、自由に吸う権利がある。

 現に家にはタバコの匂いが染み付いているし、テーブルに灰皿も転がっているのだから。


「あー…気分じゃねえ」


「そう…?」


 もしや…子供(ぼく)に気を使っている?

 そう訊ねたとしても、きっと彼は「そんなんじゃねーし」と答えるのだろう。不器用な優しさにこっそりと笑みを浮かべた。



「そういやお前、金曜は泊まれば?土曜は朝から来るんだし。部屋もあるし、そのほうが楽だろ」


「………」(流石に男性の家にお泊まりは…と躊躇っている)


「?」(相手は生徒とはいえ、男同士なのでいいじゃんと思っている)


「う〜ん…(確かに楽だし…精霊もいるし…)」


「???」


「……手え出されたら蹴り上げていいですか?」(カリエ直伝・必殺急所蹴り習得済み)


「今朝は寝惚けただけだっつーの!!」


 朝は確かに驚きはしたが…セレスタンにとってオーバンは、男性というよりお父さんに近い存在だった。

 なのでまあいっか!とお泊まり了承。



 ※※※



 翌日の昼、セレスタンはグラスを連れて待ち合わせのカフェへ赴いた。

 すでにオーバンは待っており、こっちこっちと手を振る。


「えーと、そっちが…」


「セレスタン様の従者、グラスと申します。本日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます」


 グラスが丁寧に礼をするもので、セレスタンは内心驚いた。

 並んで着席、それぞれ注文。グラスはオーバンをさり気なく観察する。


「こちらつまらないものですが…」


「これはどうもご丁寧に…」


 グラスは手土産持参、オーバンもつられて互いに深々と頭を下げる。


「(何これ保護者面談?)えっと…彼は僕がちゃんと出来てるか心配してくれてるの」


「すごい助かってる。飯も美味いし、掃除も綺麗にしてくれるし」


 普段の様子をグラスは真剣に聞き頷く。時折隣の様子も見るが、彼女も楽しそうに補足したり笑っている。

 その様子にグラスも笑顔になり、テーブルの下でそっと手を握った。セレスタンは恥ずかしそうに俯くも、握り返して応える。




「お話ありがとうございました。本日お会いできてよかった。

 どうかこれからも、セレスタン様をよろしくお願いします」


「おう、任せろ」


 1時間程度の面談は終了。オーバンは会計を済ませて自宅に帰って行く。



「なんつーか…見定められていた気分だな。嫌な感じじゃなかったが…にしても律儀と言うか…」


 手土産の菓子をつまみながら思い返す。グラスは会話の最中もずっとセレスタンを気に掛けていた。

 きっと彼が側にいたから…心が壊れかけてしまったあの時も、持ち堪える事が出来たんだろう。


「…よかったな」


 オーバンにとってもセレスタンは息子のような存在になっていた為、完全な味方の存在は嬉しかったようだ。



 ※



「先生どうだった?」


「ああ、お前を任せても大丈夫そうだ」


 そうなの?と首を傾げる。この短い時間で、随分と彼を高く評価したようだ。グラス曰く「目を見れば大体判る」とのこと。


「むしろセレスが迷惑掛けてないか心配だ…」


「どういう意味かな!?」


 べしべし叩くも「いてて、こえー」と笑われるだけ。

 1週間振りの再会なので、手を繋ぎながら街を散策する。



「男同士で…とか思われないかな…」


「どう見られても構わないけど、セレスは可愛いからなぁ」


 可愛い発言に喜ぶと同時に、編み込まれた前髪をいじる。


「あのね…前髪切りたいの。でも、そうすると女だってバレる可能性が…」


「いいと思うぞ?」


「…え?」


 あっさり肯定されると思わなかったので目を丸くした。


「もう前髪や眼鏡なんかじゃ隠しきれない。何より…

 お前が自分を隠して生きているのが嫌だ。バレないようにコソコソして…いつも日影の道を歩くような、そんな…」


「ミコト…?」


 繋がれた手に力が込められている。どこか落ち着ける場所を…と大通りの広場にある噴水に腰掛けた。


「……好きな人が…男子寮なんかに住んでて、平気な訳ないだろ。先生も…安全な人なのか実際会うまで不安で不安で…眠れなかった。

 精霊が付いてるとかバジルが守ってるとか関係ないんだよ。

 ただ嫌なんだよ。だから本心じゃ、もう男装辞めて欲しい」


「ミコト……ご、ごめん。僕…軽く考えてた…」


 グラスはセレスタンの背中に両腕を回す。顔は見えないが、次第に潤み声になる。



「…女性だってバレても、非難されるのは伯爵とか大人達だけだ。じいさんだけはおれ達が庇うけど。

 お前は伯爵令嬢として生きてもいいんだ。そうすればシャルロット様と和解も…すぐには無理でも出来るかもしれない。

 おれの事は気にすんな、令嬢に相応しい地位を必ず得る。その暁には、正式に求婚するから…」


「…でも、僕。貴族の暮らしはもう嫌…」


「それなら予定通り、いずれ平民として生きよう。その時は家でおれの帰りを待っていて欲しい。

 でも寮暮らしは…やだ。セレネの送迎なら、教会からだって通えるだろう?

 それか1人暮らしのほうが安全だ。もっと精霊と契約して、世界一安全な家を作るのもいい。セレスの希望によるけど…」


 グラスはセレスタンの意思を尊重したいと言う。

 だが…自分ばかり我儘ではないか?グラスに心配掛けて甘え過ぎていないか?と不安になる。



「おれはもう、お前から充分過ぎる沢山のものを貰った。

 次はおれの番だ。お前の願いはどんな手を使っても全て叶える。何も気にしないで…自分の心に従ってくれ」


「…うん!」


 彼の言葉に心を決めた。自分が生きる道は。

 彼らは人目も憚らず抱き合っていたが、身体を離して見つめ合う。



「ミコト。僕の前髪切ってくれる?君にお願いしたい」


「…うん」


「男装はやめない。でも近いうちに寮は出る。家を探して…そこに精霊とヘリオスと一緒に住む!仕事頑張って、先生に給料上げてもらう!」


「うん。おれも援助する」


「それで…最悪学園は退学になっても構わない。身バレしようともどうせ平民になるんだから!だから僕は、もっともっと悪い子になるぞ!!」


「うん、それは無理」


「あんですとっ!?」


「やっべ、本音が…」


 グラスはわざとらしく手で口を塞ぐ。憤るセレスタンだが、表情は晴れやかだった。



「それで…いつか。ロッティと仲直りしたい…」


「………」


「今は無理。あの子の顔を見ると…罪悪感と憎悪と親愛の情がぐっちゃになって、拒絶したくて仕方ないの。

 いつか…全部話して心から謝罪して、もしも許してくれたら。その時こそ…姉妹に、なりたい…」


「……うん」


 大人になって感情をぶつけ合って。手を取って笑える日が来るといいなあ…と青空を見渡す。


 さて…手始めに髪を…と思ったら。



「ぎゃーーーっ!?なんでハサミ横に入れるの、ぱっつんになっちゃったじゃん!!?」


「え……な、なんでこうなった…?」


「うわあああああんっ!!!」


「ごめ…ぶふっ…ごめんって!んふふっ…」


「笑ってんじゃねえーーー!!!」



 泣く泣く美容院に駆け込んだのであった。




 ※※※




 セレスタンが登校すれば、すれ違う端からどよめきが。眼鏡も取って素顔を曝け出し、堂々と前を向いて歩いているのだから。

 彼女を知る者は目を疑い、知らない者は「あの美少年誰!?」と興奮。

 前髪は短めだがギリギリ変ではない。むしろ幼さが前面に出て、愛嬌があるとも言える。

 寮でも昨夜から視線が痛かったが一切合切無視。話し掛けてくる生徒は睨み付けて撃退。


 ただバジルには…「僕はもう隠れない」とだけ告げた。



「ルカ、おはようございます」


「…おはよう」


 恒例の朝の交流。ルシアンは特に驚く様子もなくセレスタンを見つめる。

 昼以外屋上に入れない今、階段の一番上と医務室が彼らの憩いの場なのである。


「前髪…切っちゃいました」


「ああ…」


 段差に並んで座り、無言の時間が流れる。



 チャイムが鳴っても彼らは立ち上がらず、「サボりになっちゃいましたね」「ああ」という会話のみ。

 そしておもむろに、ルシアンが猫帽子に手をかけて。ゆっくりと外して…顔を横に向けた。



「「……………」」



 セレスタンは狼狽える事もなく、ただただ皇子の目を見る。

 ルシアンも逸らさず、次第に周囲の音も聞こえなくなる程、2人の世界に入り込んでいった。



「……第さ」


「ルシアンと呼んでくれ。お前は俺…私の友人なんだから」


「……ルシアン…」


「そうだ」


 満足そうに深く頷く姿に、セレスタンは「全くもー!」と言いながら寝転がる。ルシアンは戸惑いながらも倣って横になる。


「なんですかルカって!最初っからルシアンって言えばいいじゃないですか!」


「そうしたら其方は絶対逃げただろうが」


「当たり前ですよ。皇子様ってだけで畏怖の対象なんですから!」


「だからだ。私は其方と友達になりたかった」


「…なんで僕と?」


「秘密」


「けちんぼ」


「「……あははっ!」」


 顔を見合わせ同時に吹き出した。

 皇子であるルシアンが怖くないかと聞かれれば、全然怖くない。もしかして、と感じた時からよく考えたが、そういう結論に至った。

 最初はただ交流が無かったから恐れていただけ。ルカとして数年過ごし、とっくに友達になっていたのだ。


 だがセレスタンには、もう1つ気掛かりな事があった。

 ルカの正体を知っていて砕けた態度の養護教諭。妻を亡くしていて…どこか皇帝と雰囲気が似ているあの男。



「…ルシアン。その…皇弟殿下って…」


「………」


「…儚くなってしまった奥方は。

 クソ不味いご飯も笑顔で食べて、カーテンを気合で伸ばそうとして、笑顔と声が可愛い人でしたか?」


「……?…なんだそれ?

 穏やかで美しい黒髪で、叔父上が腹筋を30個に割って猛アタックして結ばれたと聞いているが」


「何それ!!?」


 また同時に吹き出した。

 オーバンの話題で盛り上がり、声を揃えて笑った。きっと彼に対しても、変に畏れず振る舞えるだろう。

 ルシアンの腕時計を見ればそろそろ1現目終了。彼らは今度こそ立ち上がる。


「さって、別々に教室行きますか?」


「一緒に行こう。それとも…其方は嫌か?」


「…嫌じゃありません。ただ僕は…可愛い妹を拒絶しといて、他の人と親しくなんて…」


「私は嫌われ者だ。群がってくるのは私の地位か顔、兄上達とお近付きになりたい人間ばかり。もちろん、其方を除いてな。

 だから…2人で学園を脅かす嫌われ者の不良を目指そうじゃないか」


「……君もそれでいいんですか?」


「皇子の体面か?どうでもいい。私の行動で皇室に疵が付くのは嫌だが…今更過ぎて…」


 自分の派閥を作る気もないし、学園内で横暴に振る舞うくらいなら問題ない。

 その言葉を聞き、ため息と共に差し出された手を取った。




 意気揚々と廊下を進み、休憩時間中の教室に乗り込む。

 大多数の生徒がセレスタンの姿を確認すると目を疑った。すでに噂を聞いていたであろう生徒も、何度も目を擦って凝視した。


「セレス、随分と人気者だな?」


「あは、吐き気がしますけどね」


 更にルシアンと親しげにする姿に、数人の生徒は顔を顰めた。

 全て無視して席に着く。次の授業は…と考えていたらシャルロットが近寄って来た。


「セレス…髪切ったのね。とっても似合うわ」


「…ふーん?今まで僕が顔を出してたら、なんか嫌な顔してなかった?」


「それは違うわ!!ただ…貴方が可愛いお顔を出してしまったら、ジスランみたいな悪い虫が増えるから!」


「え、俺?」


 惚けていたジスランも引っ張られた。セレスタンは呆れ半分で息を吐く。


「はあ…なんかよく分かんないけど、つまり。

 僕に友達が出来ないよう仕向けてたって事だよね?」


「…そんな、つもりは…」


「どうでもいいよ。僕がそう解釈するだけ。

 もう向こう行ってよ。君と話す事なんて何も無いから」


「……!」


 シャルロットは裾を握り締め、自分の席に戻っていく。いつもよりセレスタンを非難する雰囲気が薄いのは顔面効果だろう。


 授業中も視線を感じるが、心を鋼鉄の壁でガードして弾き返す。

 頬を赤らめる女子生徒も、ニヤニヤと笑う男子生徒も、純粋に驚いている生徒も…全て煩わしくて悍ましい。



 ※



「あの…ラサーニュ様、お昼ご一緒しません?」


 昼になり、女子の2人組が控えめに声を掛けてきた。それも先約がある、とだけ言い拒否する。


「セレス、行くぞ」


「はい、ルシアン」


 顔だけ皇子と言われる程に、顔面は麗しいルシアン。そして男女問わず魅了する可愛らしいセレスタン。2人が並んでいる姿は多くの者を虜にした。



「ルシアン様。私達もご一緒させてくださぁい」


 今度はかつてルシアンが侍らせていた女子が。こればっかりは自業自得もあるが…ルシアンは拒絶。


「断る。今後一切私に構わないでもらおうか」


「「「え…」」」


 断られる未来をまるで予測していなかったのか、女子生徒は拳を震わせた。食い下がるも、すげなくあしらわれる。


「では聞くが、何故同席したいのだ?」


 その問いに全員言葉を詰まらせた。そこをルシアンは畳み掛ける。


「もし私に好意を抱いているのなら理由を言ってみろ。

 ああ、顔と条件以外でな。あるのか?」


「「「…………」」」


 誰も答えられず、女子は顔を青くしながら後退る。その中の1人がセレスタンをキッと睨み、「貴方はどうしてルシアン様のお隣にいるのですかっ!」と逆に質問した。

 名指しされて驚いたものの「好きだからですよ?」とサラッと返事。


「理由?いくつもあるけど…

 本当は不良とか興味無いのに、僕に合わせてくれる優しさ。

 素直になれなくて空回りしてしまう不器用さ。

 価値観が違うからと一蹴せず、理解しようと寄り添ってくれる心。

 スイッチは分からないけど、ツボに入ると腹を抱えて…」


「そこまで!それ以上はやめなさい!!」


「モゴゴ」


 ルシアンは頬を染めてセレスタンの口を塞ぎ、そのまま引き摺って教室を出た。誰もが呆然と見送り、追い掛けはしなかった。

 食事中も「もー、照れ屋さーん」と揶揄われて口をへの字にする。それでも…


 彼女は表面や世間の評価だけで判断せず、自分の内面を見てくれていた。それが堪らなく嬉しくて…ニヤけてしまうのを隠しているだけなのだ。


「(……ずっと、一緒にいられたらいいのに…)」


「ではルシアン!今日はどんな不良を目指しますか?」


「……ふふ、そうだな。やはり定番は…」



 無邪気に笑う彼女の素顔。それがとても眩しくて、つい自分も笑顔になってしまう。ああ…やはり…



「好きだなあ…」



「…え?河原で殴り合うのが?」


「あ。違…」


「では僕とバトルです!鍛えてますからね、負けません!!」シュッシュッ!


「ちっがーう!!」


 思わず心の声が漏れてしまい、勘違いを必死に正す。


「そもそも河原で殴り合うなら因縁の相手やライバルだろう!?其方の相手だったら妹だ!!」


「はああー!?あの可愛いロッティを殴れる訳ないでしょうが!!」


「其方はその顔で暴力を受けた事があるだろう…」


「僕は男ですもん!!」


「(女性だろうが!!)」


 大騒ぎしながらの楽しい食事。それは休み時間ギリギリまで続くのであった。




 ※※※




「先生のお友達?」


「そう。家にたまに来るから、一度紹介しとこうと思ってな」


 放課後の医務室で、次の金曜日オーバンの家に友人が来ると言う。その提案にもちろん了承、ご馳走作りますか!と気合を入れる。


「今まで通りでいいわ。変な奴だが悪い奴じゃないから安心しろ」


「…先生。類友って知ってま…あいたたたっ!?」


「口は禍の元って知ってるか?」


 笑顔でアイアンクローを食らわし、その横でルシアンはこめかみを押さえている。


 オーバンが唯一友と呼ぶ相手。初対面の人と会うのは緊張するが、彼の友人ならきっと大丈夫だろう。何作ろうかなーと既に脳内は仕事一色。




「…セレス」


「………懲りないね、君も…」


 そして金曜日。教室でルシアンとレシピ本を読み、これ美味しそうと言っていたらシャルロットの声が落ちてきた。

 彼女は本を一瞥してから言葉を続ける。


「最近夜出歩いてると聞いたわ」


「だから?関係無いでしょ」


「あるわよ」


「……ああ。僕が問題起こすと、いずれ自分のモノになるラサーニュに疵が付いちゃうもんね」


「違う!そんなのはどうでもいい!!」


「いい訳ないでしょう!!?」


 ガッタン!と音を立てて椅子が転がった。近くにいた女子の悲鳴が聞こえ、ルシアンは本を確保。

 シャルロットと視線を合わせて、掴みかかりそうな勢いで口を開く。


「君はいっつもそうだね!!僕が守ろうとしたラサーニュをどうでもいいって!!?ふざけんな!!」


「そういう意味じゃないわよ!!ただ…セレスがいなければ、私にとってなんの価値も無いもの!!」


「何それ意味分かんないんだけど!!」


「だから話し合いましょうよ!!」


「もう遅い!!もう…その時期は、過ぎちゃったんだよ…!」


 セレスタンは目に涙を浮かべる。もう隠す物が無い為、固唾を飲んで見守っていたギャラリーも驚いた。


「…ルシアン、ごめんなさい。僕帰る」


「ああ、また来週な」


 彼にだけ挨拶をし、荷物を纏めてシャルロットに肩をぶつけながら教室を出た。

 シャルロットはルシアンに目を向けるも…声を掛ける事は出来ず一礼して踵を返す。彼は冷ややかな目でその背中を見送った。



 ※



 まだ昼前ではあったが、セレスタンは早退して部屋で泣いた。

 言い争いをした後はこうして毎回涙を流す。だがどれだけ心が疲弊しようとも、妹を許す事が出来ない。

 精霊の慰めが心に染みて、皆で布団に包まり一眠り…



 時間になり外泊届けを出し出勤。今日は酒がメインになりそうだと言っていたので、食事半分つまみ半分。

 オーバンは毎回ご飯を美味しいと言ってくれて、些細な事も褒めてくれるから。大嫌いな自分を肯定してくれるから…彼の言葉は癒しになっているのだ。


 準備完了、まだかなーと玄関で座って待つ。今日は特に…早く声が聞きたい。



 それから10分。

 ビーーー…と呼び鈴が鳴る。直後満面の笑みで出迎えた。


「お帰りなさいっ!」


「早っ!ただいま」


 玄関を開けて上着とカバンを受け取る。お仕事お疲れ様です…と言いながら、後ろにもう1人いる事に気付いた。


「あ…そちらが?」


「おう、俺の友人…バティスト?」


「……あ、うん。初めまして〜…少年?」


 それは以前パーティーで見掛けた、男性にしては長い灰色の髪をオールバックにした人物。気怠げで不精っぽく、妖しい感じの美形だった。

 何故かセレスタンを見て固まり、オーバンを未確認生物を発見したかのように凝視した。一先ずお通しして、食事にしながら自己紹介。



「おー、美味そーじゃん。えっと、あたしはコイツの友達でジャン=バティスト・ファロってーの」


「僕はセレスタン・ラサーニュと申します。ゲルシェ先生に食事係で雇っていただいてます。

 その…なんてお呼びすればよろしいでしょうか?」


「んっとねー…ジャンおにーさんでよろ〜」


「はい、ジャンお兄さん。僕の事も気軽にお呼びください」


「オーバンこの子超素直…」


「そういう子なんだよ…」


 若干語尾を伸ばしたり、ふざけた感じの男であるが…

 バティストは話し上手の聞き上手、気配り上手というコミュニケーション能力が半端なく高かった。お陰でセレスタンも緊張する事なく、笑顔で会話出来た。

 これが人付き合いの苦手なオーバンの親友…なるほど!と密かに感心する。


 バティストはセレスタンの事情に深く突っ込む事もせず、オーバンの世話大変っしょー!と言う程度。


「んな事…多分ねえよ…」


「一回押し倒されました」


「ブーーーッ!!!」


「うわっ汚ねえ!!!」


 突然酒を噴き出した。咳き込み涙目で、テーブルを拭くセレスタンとオーバンを見比べた。


「げほっ、おえ……オメー、マジ?あの、マジ?」


「お前どうした…?

 ……セレスタン、先風呂入ってな」


「風呂!!?え、日帰りじゃねえの!?」


「何驚いてんだ?金曜だけ泊まりなんだよ」


 何故か目を落っこちそうな程まん丸にし絶句する。

 セレスタンは家主が先じゃ?と遠慮するも、まだ飲んでるからと言うのでお言葉に甘える。




「ジャンお兄さん面白い人だね〜」


 浴槽にはセレネと天使達が浮かんでいる。

 バティストは今日泊まって行くのかな?明日の朝食どうしよう?等計画を立てながら汗を流す。


 ぎゅぎゅっとサラシを巻いて、「上がりました〜」とダイニングに戻る。だが、そこには…



「……………」


 テーブルで頭を抱えるオーバンと。


「………はは…」


 チビチビ酒を飲むバティストが。なんかさっきと雰囲気違う…?と怖くなり、オーバンの肩に手を置いて揺らす。


「先生…?お風呂、次どうぞ…」


「セレ…ス…タ……」


 顔を上げたオーバンの目は明らかに泳ぎまくっており、合わせようとしてくれない。



 そして絞り出した言葉が…



「……お前クビな」



 だった。



「……なんでええええええっっっ!!!?」


 

 セレスタンの絶叫は外まで響いた。

 


セレスタン、はじめてのしつぎょう?

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― 新着の感想 ―
[一言] クビの理由、バティストが気づいてオーバンに伝えたから?
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