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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
61/102

「……新婚かな?」



「……ん?」


 ジスランはいつも通り放課後の鍛錬をしようと、一旦寮に戻った。するとウキウキで外に出て行くセレスタンの姿を発見。

 街に行くのか?と思い見送った…が。


「(…ここ最近…ずっと暗かったのに)」


 学園ではオーバンとルシアン相手以外には心を開いていない。他に対しては話し掛けるなオーラがすさまじく、陰鬱とした空気を常に纏う。

 それがあの笑顔(見えないが)。もしかして…


「(バ…バジルの言っていた、婚約者に会いに行くのか…!?)」


 ジスランに戦慄走る。次いで「彼女を任せられるのか、俺が見極める!!と尾行決定。




「………あ」


 パスカルは水曜日で生徒会が休みなので、図書館へ向かおうとしていた。すると…セレスタンが学園の外へ出ようとするのを発見。

 街に行くのか?と思い…偶然を装って合流して、カフェなんかで話を…と尾行決定。

 直後、大きい身体でコソコソしているジスランも発見。


「ブラジリエ…何をしてるんだ?」


「マクロンか。セレスが…今から婚約者に会いに行くんだ…!(※言ってない)」


「へ…へえ…」


 逢瀬か…じゃあ邪魔をするのは…と思ったが。ジスランの目が正気でなさそうだったので心配になり同行。




「………げえ…」


 エリゼは街に出ていた。気に入ってるトリンダという店の焼き菓子を買いに行くところだったのだ。

 すると見覚えのある2人組が不審者のような足取りで移動中。どちらも高身長なので超目立ち、皆ヒソヒソと遠巻きにしている。アカデミーの制服を着ていなければ、間違いなく通報されているだろう。

 関わりたくない…と思ったが、彼らの視線の先にセレスタン発見。ああ…と納得すると同時にジスランに発見されてしまった。


「やっべ…!」


「お前も来い!!」(小声)


「あーーー!!!」(小声)


 エリゼ、強制尾行決定。



 …という一連の流れをバジルは見ていた。


「何をしてるんだ…あの人達は…」


 呆れながらも、いざと言う時セレスタンの盾になるので放置した。



 ※



「ふっふ〜ん♪」


 セレスタンは家に到着、鍵を開けて入る。



「誰の家だ!?」


「知るか」


「婚約者の家じゃないのか?」


「え、何それ」


 男3人は家に入って行くのを遠くから観察。塀の隙間でそのまま待機。



「…うーん。先生ってば…最新の魔道冷蔵庫やらオーブン、加熱機、色々揃ってるのに…全然使ってない」


 冷蔵庫の中には卵と少しの酒と、つまみ程度しか無かった。

 調味料は各種揃っているが、半分以上期限切れ。酷い物は3年過ぎている。

 勿体無いけれど泣く泣く捨てて、新しく買う事に。


 食料庫も徹底的に探索、期限切れは全て捨てた。


「うわー!未開封の小麦粉、5年過ぎてる!あぶなっ」


 段々と楽しくなってきた。結局ゴミ袋2つ分丸々破棄、次に本日のメニューを考えながら必要な食材をメモ。


 買い物ついでに顔を出す練習をするか…と前髪を編み込み眼鏡も置く。


「…よし!」


 経費として預かっている財布を持ち家を出る。ヘリオスは大きいので待機、番犬として家を守る。



「あ、出て来た…」


 男達は暇すぎてしりとりで遊んでいた。そこへセレスタンが素顔で出て来たので惚けた。

 この住宅街から商業地区まで、徒歩で20分は掛かってしまう。急ぎなのでセレネに乗り時間短縮。


「くそっ!俺は追うぞ!!」


「じゃあ俺はここで待ってるか…」


「ボク帰っていい?」


 ジスランは身体強化して走った。本気のセレネには追い付けまいが、今は馬レベルなので食らい付く。


「おー、ジスラン術の発動早くなったなあ」


 ギュスターヴも感心しながら走り出した。



 ※



「んーと…パンと肉は買ったし、次は野菜だね」


 本日のメインはチキンソテー。付け合わせや明日の朝食用にも…と多めに買うのだ。


「これくださーい」


「はーい。随分大量だねえ、持てるのかい?どこかのお屋敷のお使いか?」


「そんなとこです。荷物は頼もしい精霊達がいますので!」


 胸を張る天使達。店主はこりゃ頼もしい!と朗らかに笑った。ただ渡された袋は、明らかにジャガイモが多く入っていた。


「お嬢ちゃん美人さんだからオマケだよ!」


「び、じん…いやあ…えへへ…」


 照れながら礼を言い、ホクホク顔で青果店を後にする。いや僕男装中じゃん!?と気付くのは帰宅してからだった。

 沢山の買い物袋を持つ姿に、ジスランの頬は緩みまくる。


「新妻のようだ…なんて…」


 その相手が自分になる事は無いけれど。彼女が幸せなら…と拳を握った。




 買い出し終了、家に戻る頃には5時半前になっていた。


「わ、急がなきゃ!お風呂も掃除しとかなきゃ」


 最初に食材の整理をしていたせいで時間が押している。精霊にも頑張ってもらい、ガブリエルとラファエルに風呂掃除を頼む。


「この洗剤で、このブラシね。終わったら呼ん…カビとる!!」


 隅っこにカビ発見、普段シャワーしか使わないと言っていたので見ていないのだろう。


「んもう、徹底的にお願い!お礼はワインだよ!」


「「はーい」」


 小さい身体で風呂場を磨き上げる。その間に調理開始だ。

 メインはチキンソテー、付け合わせはベイクドポテト。それにスープと海老グラタンを作るのだ。オーバンの帰宅には間に合わないだろうが、レシピを見ながら一生懸命取り掛かる。

 ファイが風で野菜の皮を剥いて切ったり、バラキエルとセラフィエルも混ぜたり運んだり手伝ってくれる。セレネだけソファーで丸くなっているのだった。


「我が君、お風呂掃除終わりです」


「ありがとう、ラフ」


 綺麗になった浴室に大満足、湯を張っておいてまたキッチンに走った。



 ※



「お、6時だ」


 オーバンはいそいそと帰り支度をして、足取り軽く学園を後にする。


「(…なんか…イェシカと暮らしてた時みてえだな。仕事始めたばっかりで、慣れなくて大変だった時とか…)」


 家に帰れば愛する妻が出迎えてくれていた。その笑顔を見るだけで、1日の疲れなど簡単に吹っ飛ぶ。

 もう長いこと「早く帰りたい」など考えもしなかったが。久しぶりの感情に胸が温かくなり、今日の飯何かなと想いを馳せた。




「…おい、あれゲルシェ先生じゃないか?」


「「え?」」


 男達は飽き始めて、各々自由行動をしていた。パスカルは小説、エリゼは魔術書を読み、ジスランは瞑想をしている。

 そこへオーバンが通り過ぎ、パスカルの声に全員で顔を出した。


「この辺に住んでるのか…あれ?」


「お、おい。あの家…」


「まさか…」



 当然、彼の向かった先は。



「お帰りなさいっ、先生!」


「ああ、ただいま」


「「「(えええぇぇえぇーーーっ!!!?)」」」


 呼び鈴を鳴らせば、可憐なエプロン姿のセレスタンが笑顔で出迎えた。

 どこからどう見ても夫婦な様子に、一同顎が外れる寸前。


「ごめんなさい、ご飯もう少しで出来るから。お風呂沸いてるよ、先に入る?」


「そこまでしてくれたのか。風呂は後でいいや、俺も何か手伝うか?」


「じゃあ…」


 そんな会話をしながら家の中に入って行く。3人は直後に玄関までダッシュ、ジスランが突撃しようとするのを必死で阻止する。


「やめろ馬鹿!!」


「落ち着け!!早まるな!!」


「離せええっ!!!」


「ていうか婚約者じゃないのかよ!!男同士じゃないか!」


「あの淫交教師いいい!!生徒に、未成年に手を出しやがってええ!!俺は認めん!!!」


「待てボクら絶対なんか勘違いしてるから!!つかバレるから大声出すな!」



「(止めに入るべきか…いや、ギュスターヴ卿に任せようっと)」


 軽く取っ組み合いになりながら、誰も状況を把握できずにいた。



「…なんか外騒がしいな?酔っ払いか?」


「ええ…怖いなあ…」


「(やっぱ絶対送ろう…)この皿でいいか?」


「うん。グラタンもそろそろかな」


「いい匂いだな」


 ほのぼのする室内。外では修羅場になっているのを彼らは知る由もない。

 支度完了、向かい合って食べ始める。オーバンは久しぶりの家庭料理にこっそり感激し、セレスタンは緊張しながら言葉を待つ。口に合えばいいけど…と動きを観察する。


「美味い…」


「本当?よかった…」


 ほっと胸を撫で下ろし、そこから楽しい時間を過ごす。オーバンの食好みを聞きつつ、どれだけ食材を犠牲にしたか熱く語った。


「賞味期限切れいっぱいあったよ!」


「そうだったか?すまんすまん、多少なら食えるし」


「限度があるよ…」


「変な臭いがしなきゃイケる」


 無邪気な笑顔を見せるセレスタンに、オーバンの表情も自然と明るくなる。

 グラスの事も説明して、週末カフェで会おう等会話は弾む。

 精霊も頑張ってくれたと言えば、オーバンがワインを振る舞ってくれた。だが何もしていないセレネが一番多く飲むもので、2人は呆れたように笑った。



 明日の朝食も用意してあるから、スクランブルエッグとスープを温めるだけ。後はサラダとパンと、教会から持って来た蜜柑。


「ベーコンも買っといたけど、焼き立てのほうが美味しいよ。面倒なら後で焼いておくけど」


「んー。じゃあ頼もうかな。正直朝はギリギリまで寝たいからな…」


「はーい」


「…弁当もここで作っちまえば、ランチ代浮くんじゃないか?もちろん材料費は俺が持つし」


「え…いいの?」


「おう。ついでに俺の分も頼んでいいか?」


「もちろん!じゃあ来週からそうするね」



 その頃、外では。


「大騒ぎして近所迷惑でしょうが!今日はもう皆帰りなさい!」


「「「はい…」」」


 3人はギュスターヴに説教をされていた。

 騒がしい上にもう夕飯の時間。育ち盛りの彼らは腹を空かせながら帰寮した。


「(うう…まさかゲルシェ教諭がセレスの…!あれ、婚約者ってバジルの友人じゃ…???)」


「(ブラジリエめ、人騒がせな。でも…エプロン姿可愛かったな…

 いや、俺は男だし彼も男…!初恋は忘れないと…苦しいだけだよな)」


「(ボクは一体なんでこんな目に…)」


 三者三様の思いを抱えて、口数少なく夕飯を食べるのだ。

 後日セレスタンは仕事で食事を作っているだけ、と説明されて。なんとなく察したジスランは、何も言えずに引き下がるしかなかった。



 ※



 セレスタンは食後洗い物。オーバンがやろうか?と聞くも、「僕のお仕事ですので!」と凛々しく断った。


 じゃあその間に風呂に…見違える程綺麗になった浴室に感心する。

 自宅でゆっくり入浴など何年振りか。ふー…と息を吐きながら天井を見上げる。



「……新婚かな?」



 それしか感想が出なかった。

 可愛い妻(仮)が出迎えてくれて。美味い飯が並んで、風呂の準備もされてて。

 自分は食が細い…というより食に興味が無いタイプだと思っていた。今日の夕飯も食い切れないかなと思ったのに、あっさり平らげてしまった事に驚いた。


「…そうか。1人の食卓が味気無くて…食事っつー行為が嫌いになったんだった…」


 友人と外食する時は、どちらかと言うと飲むほうがメインだったから。自分の事って、案外分からねえんだなと笑うしかなかった。




 風呂から上がると、セレスタンは帰り支度をしていた。時間は8時、結構のんびりしていたようだ。


「あ、先せ…っ!?」


「ん?」


 彼女はオーバンの姿を確認すると、一瞬で顔を赤くした。

 彼はパンツ一丁だったのだ。いつもシャワー後はこうで、ソファーで煙草を吸うのが定番だ。


「ぼ、ぼぼぼ僕もう帰るからねっ!!」


「へいへい」


 男同士なのに、何照れてんだアイツ?と考えながら服を着る。

 セレスタンは心臓を押さえながら、結構いい身体じゃねえか…と悶えていた。


「(これは浮気じゃない!…よね?ルシファー様もときめきは別だって言ってたし!!そう、ただの目の保養…うん!!)」


 力強く頷き、家を出た。ヘリオスが乗れと言うので跨り、てくてくと学園を目指す。



「ありがとうな」


 突然感謝され、セレスタンは小首を傾げる。


「仕事だからっつーのは分かっちゃいるが。なんつーか…楽しかった。幸せってこういう事なんだなって再確認したわ」


「…僕こそ本当に楽しかったよ。明後日も楽しみにしてて!」


「…おう」



 季節は初夏、夜はまだ冷える。セレスタンがぶるりと肩を震わせれば、すぐに上着を掛けられる。

「ありがとう」と言えば「おう」とだけ返事が。それ以外は会話もなく、学園の門で別れた。



「…ふむ、異常なし。セレス様も久しぶりに楽しそうだし…よかった…」


 バジルは彼女が寮に入って行くのを見届けて、静かに息を吐いた。

 ギュスターヴは、ついでにオーバンが帰宅するのを見届けてから皇宮に帰り報告。ルキウスも安堵し、2週間程見てから撤退する方向で固めた。



 ※



「………」


 翌朝、セレスタンは視線を感じていた。

 犯人は分かっている、隣に座っているジスランだ。来んなどっか行けと蹴飛ばしても動かず、仕方なく放っておいた。

 だが彼は食事もせずに横顔を凝視している。なんだ一体…と戸惑っていたのだが…


「………ふ…」


「…………」


「……んふふぅ…っ!」


 じいいいぃ…と穴が開きそうな程見つめられ、怒りや照れを追い越して笑いが込み上げてくる。

 急いでコーヒーを流し込み席を立つ。追い掛けては来なかったが、背中にもちくちく視線が刺さっていた。



 ルシアンにも初仕事大成功!と笑顔で報告。内心不機嫌になるも、頑張れとエールを送る。


「それで、お昼もちょくちょく作る予定なんです。ルカは毎回買ってますよね、良かったら君のぶ」


「よろしく」


 食い気味に返事をし、お昼の楽しみがまた1つ増えた。




 オーバンも朝冷蔵庫を開ければ作り置きの食事が。言われた通り温めて食べて…

 いつも朝は食べないか、パンに適当にジャムかバターを塗って終わりの味気ないもの。


「…美味え…」


 もうアイツ住まねえかな?と本気で考え始めている。今日は来ないけれど、早くも明日の夜が待ち遠しいのである。



 ※※※



 そして週末、土曜は朝から仕事である。


「せんせー、おはようございまーす!」


 朝8時に出勤、返事は無い。2階に上がり寝室を覗くと…


「まだ寝てら…」


 ぐっすり眠っていた。

 そっとしておいて朝食の準備、その前に洗濯をする。

 ほうほう…こんなパンツ穿いてるのか…など思いながら洗おうと思ったら。


「はっ!?この洗濯機最新モデルだ!!乾燥まで出来るやつ、すっごーい!!」


 きゃーきゃー言いながら洗濯物と洗剤を入れ、回るところを暫く眺める。

 その間に朝食を。今日はトーストと果物にしようかな…と準備。食パンに様々な具材を切って乗せて、後は焼くだけである。



「先生〜、もう9時ですよ?」


「……んー…」


 待っていたが来ないので、こちらから起こしに行った。

 寝室のカーテンを開ければ唸りながら布団を被ってしまい、呆れて引っ張るも動かない。


「ふんぐぐ…!もう、起きてよー!」


「………」



『ぐうぅ…!もう、起きてよ!』


『あと…5時間…』


『そこは5分じゃないの?朝食出来てるわよ!』



「朝食出来てるよ!……先生?」


「…………」


 オーバンはむくりと起き上がったかと思いきや…寝ぼけ眼でセレスタンを見つめる。

 自己防衛本能が働き、若干退がって声を掛ける。


「せ…先生…?」


「………イェシカ」


「え、違っ」


 腕を伸ばしてセレスタンを捕まえ、布団に押し倒してしまった。


「ちょおおおおい!!先生、先生ぇー!!?」


 その早業に抵抗する間も無く腕の中。上から覆い被さり頬擦りをされ、セレスタンは手足をバタつかせて抵抗。


「イヤー!変態教師!!重いわっ!?」


「うるさい」


 額をぺちっと叩かれ一瞬怯む。その隙にオーバンは髪に顔を埋めて、すううと嗅いだ。耳に唇が触れ、セレスタンは硬直し抵抗を忘れる。



「………?あれ…セレスタン…?」


「匂いで判断してんの!?」


 ようやく覚醒したのか、欠伸をしながら上を退く。


「悪い、潰した?」


「したよ!」


「………俺、お前にキスとかしてないよな?」


「されてないよっ!!」


「良かった〜…」


 良くないわ!!と言いたいのを堪えて「早くダイニングに来てねっ!!」と言い残し逃走。オーバンは口元を手で押さえて…



「……キスしてたら…やばかった…」


 セレスタンを愛した人と間違えて…抱き締めた時の感触、香り。

 自分を見上げる…色事に慣れていない生娘のような、怯えと期待が入り混じる表情が脳裏に焼き付いてしまって。

 いい年して…!と人知れず赤面していた。




「お前、朝は寝室入んな…」


「そうする…」



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