アカデミー2年生 01
一週間程の短い休みを挟み、セレスタン達は2年生になる。休みの間彼女は…
「うーん。この野菜どうしようか」
「林檎の木と蜜柑の木も、美味しそうな実が成っていますよ」
「美味かった」
バジル、グラスと教会に来ていた。まだ入居者はいないが…野菜を売ってお金を稼ぎ、住めるように整えておこうと計画しているのだ。
教会の中は大小の部屋も立派な厨房も風呂あり、居住地として申し分なさそうだった。外には井戸もあり、洗濯も問題無い。
「ラサーニュ領じゃ売れないかも…」
「首都に持って行きましょうか。商業協会に登録しますか?」
「定期的に卸せるか分からないし、畑を見たいとか言われても困るぅ…。品質の審査とかも厳しそうだし」
3人は外に集まっており、畑に目をやった。そこには時期を無視して野菜が沢山、どれも立派に育っている。
セレネが言うには、数年程はドライアドの力で抜いた所にすぐ新しいのが生えるらしい。しかも抜くまで腐りもしない…最上級精霊様様である。
「……今更だけど。あの時フェニックス、ドライアドと…クロノスって言ってたよね…?」
「言ったぞ?」
セレスタンがセレネに訊ねると彼は当然のように答えた。
「クロノスって…もしや時空の女神クロノスじゃ…?」
「国によっては神として崇められているらしいな。彼女は半神の精霊で、無属性の最上級精霊になるんだぞ」
それが何か?という態度のセレネ。ついに神様来ちゃったよ…と人間3人は頭を抱えた。更にセレネは爆弾を放り投げる。
「そうだ。ドライアドはシャーリィに刻印してたぞ?」
「………刻印?精霊からの一方的な契約ってやつ?」
「そうだぞ。シャーリィはフェニックスにもされてるじゃないか」
「うっそお!!?」
身に覚えが…と思ったが、胸の所にある紋様が頭に思い浮かんだ。もしかしてコレ?と鎖骨を指差せば、そうだぞ!と返された。
「ドライアドのは臍の下にあると思うぞ。それぞれ精霊の力が宿っていてな…属性の魔術が使い易くなっているぞ。あとはまあ、追々な。
それと、上級以下の精霊が皆シャーリィに従うぞ」
「ひえ…ある…(刻印が他者に知られたら、ルキウス様に一生を捧げるって…なんだろ?)」
服を捲り腹を確認しつつ、ルキウスの言葉を思い出していた。今度会ったら聞いてみよう…って会いづらい!!と1人百面相をする。
とりあえずそっちは後で考える事にして、今は金策だ。
グラスは「分からん、2人に任せる」と言い、教会を掃除し始めた。セレスタンとバジルは意見を出し合い…
首都で露天商をしよう!という結論に至った。毎日露天が並ぶ通りがあるし、それならば許可証を貰いお金を払えば簡単に売れるからである。
次の日。きちんと調べて来て、セレスタンの部屋で本格的に会議開始。
知り合いにバレないよう簡単に変装をして、偽名を使って売り子をする。場所代は1時間銀貨1枚、雑費も含めてセレスタンが貯金から出す事に。
「そんな、僕も出します!」
「いーから。それより書類に書く住所どうしよう?適当じゃ駄目だよね…」
彼らは新たな壁にぶち当たっていた。伯爵家の住所は問題外、ならば…
「ふむ。もちろん構いません、どうぞお使いください」
「ありがとうおじいちゃん!」
診療所の住所を借りる事にした。ついでに名前も…「エレナ・カリエ(セレスタン)」と「バート・カリエ(バジル)」、「グレイ・カリエ(グラス)」で登録。2人は頭を黒に染めて、セレスタンは前髪も上げて女の子としてデビューである。
「よし、仕事中の僕達は姉弟だよ」
「どう考えてもグラスが長子で、セレス様は末っ子ですね〜」
「違いない」
「なんでえ!?」
カリエのアドバイスを聞いたりしつつ、準備を進める。書類も『売り物:野菜・果物』で提出。土日の朝7時〜10時まで。テント、椅子、マット類は近くにトランクルームのような場所を借りる。これで出来る事は全てやった…はずだ。
「お兄様、最近忙しいの?休みの間ずっといなかったじゃない…」
すると構ってもらえなかったシャルロットが、頬を膨らませながらそう言った。
「ごめんね〜!暫く週末は忙しいの…」
「むぅ…仕方ないわ、私に何か手伝える事があったら言ってね!」
言えないかなぁ〜…と口には出さない。
新学期が始まったとは言え、何かが変わった訳でもない。ルキウスとランドール…とジェルマンがいなくなって寂しいくらい。いつも通り他人と関わらないようにして…初めての週末を迎えた。
※※※
セレスタン達は金曜日に普通に屋敷に帰って来た。そして土曜の早朝。
「とりあえず、今日は林檎にしよう」
簡単に売れそうな林檎を50個程収穫した。3つの箱に詰めて天使達に運んでもらうのだ。彼らも「お任せください!」と張り切っている。
今日はバジルは仕事の為屋敷に残り、セレスタンとグラスで首都に向かう。セレネに跨り出発だ。
馬車では数時間掛かる距離だが…セレネはまるで風のように走る。屋根の上を、木の上を、川を飛び越え、平な道を疾走する。なのに乗っているセレスタン達は浮遊感も空気抵抗など一切無く快適だ。
20分程で首都に到着。塀の外に降り立ち精霊は縮んで、天使達が小さいまま箱を持ち移動。ラサーニュ伯爵子息として街に入り…人気の無い場所で頭を染める。
用意しておいた染髪料は、水に濡れればすぐ落ちてしまうもの。代わりに一滴垂らせば全体が染まるのでこれを選んだ。
セレスタンの髪は短いが、平民ならばそういう女性もたまにいる。服装はハーフパンツなので、ちゃんと女の子に見えるだろう。
予約していた場所までやって来て、店の準備をする。テントを張って商品を並べてお隣さんに挨拶をして…準備万端!と気合いを入れる。
「グラ…グレイ!全部売るよー!」
「ああ…エ、レナ」
セレスタンがふんすと周囲を見渡す。他の店は…同じように生鮮食品を売っていたり。工芸品…手作りのバッグや服、アクセサリー。本を売っている人もいる。屋台のようにジュースや食べ物も。負けてられん…!と燃える2人。が。
「あのー…」
「おぶっ!い…いらっしゃいませっ!」
「えーと…おいくら?」
「1つ銅貨3枚、ですっ!」
「じゃ、じゃあ3つ…」
「ふぁいっ!!」
セレスタンは接客が苦手のようだ。素顔を晒しているのは不安だが、今は「セレスタン・ラサーニュ」ではないので気は楽だった。
それでも声を掛けられれば緊張してしまうし、愛想笑いも下手。隣に座るグラスがニヤニヤ笑っている。
「…何その顔」
「いや?緊張してるな〜、と思って」
「むぎぃ…!!君がやってみてっ!!」
「簡単だ」
グラスが鼻を鳴らすと、早速次のお客さんが。若い夫婦のようだった。
「すいませーん」
「なんだ」
「なんだじゃないでしょっ!」(小声)
「……ごめんなさい、やっぱいいです…」
「冷やかしは、帰れ」
折角来たお客さんにこの態度。夫婦が逃げたところで、セレスタンが頭を叩いた。
「いてっ」
「んもうっ!!お客さんになんて態度取ってるの!やっぱ僕がやる、君は黙って座ってて!!」
「へいへい…」
バジルであれば、にこやかに完璧な接客を見せてくれるであろう。明日は絶対彼を連れて来よう…そう決意するセレスタンであった。
接客下手な2人だが、意外と客は来た。それも大体若い男女。まあ…男の目当てはセレスタンで、女はグラス目当てだったりする。セレスタンにしつこく声を掛ける男にはグラスが睨みを利かせつつ、林檎は減っていく。
※
時間はあっという間に経ち、現在9時半。残り林檎は12個だ。
これ以上は売れないかなあと話す2人。それでも初めてにしては大健闘だろう。そこへ…
「……ん?」
「ほ…?」
見回りか警備か、騎士が歩いて来た。セレスタンが何気なく目で追うと…見覚えのある白緑色の髪。向こうも気付いたようだった。それは…
「…………!?」
「ハ…っ!!」
ハーヴ兄!?…と叫びそうになったのを、自分で口を塞いで堪えた。大丈夫、今は黒髪だし!バレてない…よね?と期待してそろっと見上げれば…
「…………………」
ハーヴェイがい〜い笑顔で近付いて来るのであった。
「(ぎゃあああああっ!?1日目で知り合いにバレた!?)い…いらっしゃいませ〜…」
「は〜い。ふむ…林檎か」
ハーヴェイはニコニコしながら店の前にしゃがみ、商品を眺める。
「お嬢さん可愛いね、なんて名前?」
「……エレナです…」
「ほおん…そっちの彼は?」
「おれか?グレイ…です」
グラスは警戒しつつも、相手が騎士なので一応礼儀正しくする。それに今までのナンパ男達のように嫌な感じはしないし…セレスタンの反応からして、知り合いかもしれない。そう判断して黙る事にした。
当のセレスタンは、精一杯顔を逸らそうとしている。
「………い、いかがですか〜?美味しい林檎です…」
「全部」
「へ?」
「残り。全部ちょーだい」
目を丸くする店員2人、ハーヴェイは笑顔のまま言い放った。
セレスタンが急いで袋に詰めて、お金を受け取り林檎は完売した。帰り際ハーヴェイは色々と質問する。
「明日もいんの?何時から何時まで?2人は兄妹?彼氏いる?他に何売るの?」等々。セレスタンが真面目に答えると、最後に彼女の頭をひと撫でして帰って行った。
「…もしやバレてない…!?」
よっし!とガッツポーズをキメるセレスタン。全部売れて上機嫌、鼻歌を歌いながら片付けを始めた。
「……うめーなこりゃ。明日も行かねーとなーっ!にしてもスタン可愛かったな〜、やっぱ顔出してたほうが絶対いいってのに」
当然、バレバレである。
林檎が売れたお金で、生活に必要な物を買う。しかしラサーニュ領の経済を回したいので、なるべく地元で購入する。暫くはそうやっていこう、とセレスタンは考えている。
※※※
翌日のお供はバジル。昨日は全部売れた事に、彼も驚いていた。今日も頑張ろー!と露天の準備を完了させ、2人並んで椅子に座る。店を出して1時間程すると…
「「………………」」
「………………」
「「………いらっしゃいませ〜…」」
「ああ…」
現在店の前に…簡単に変装したルキウスが座っているのであった。
「(セレス様!どういう事ですか、何故殿下が!?)」
「(知らないよう!大丈夫、堂々としていればバレないよ!)」
「(いや無理でしょう!?こっちに狙いを定めてましたよこの方!!)」
セレスタンは気恥ずかしさもあり、彼の顔をまともに見れない。
チラッと視線を向ければ、林檎を眺めるルキウス。庶民的な服を着ていても、彼の威圧感は隠せない。そのせいで他のお客さんは一切寄って来ず、セレスタンとバジルは困っていた。
「………困っているのか?」
「「はい?」」
「…資金に困っているのか?」
ルキウスは小声で訊ねてきた。バジルは口を開かない姿勢で、全てセレスタンに任せる。彼女はその意図を汲んで言葉を発した。
「……ま、まあ。でも大した事ではありませんので…」
「……………そうか。全部くれ」
「はいっ?」
「林檎。全部くれ」
「「…………………」」
なんとルキウスは、30個程の林檎を指して言った。ちゃんと食べ切るから、と付け加える。
販売を拒否する訳にもいかず、2人で袋に詰めた。3袋になってしまい、持って帰れないよな…と思ったが。少し離れた所に…私服姿のハーヴェイとギュスターヴが立っていた。彼らは控えめに手を振っている、荷物運びは問題なさそうで安堵した。
「ありがとうございました!」
「ああ」
立ち上がるルキウス、寄って来る荷物持ち。こんなに食えるんすか?と言うハーヴェイに、セレスタンが「アップルパイとかも美味しいですよ」と言ってみた。それに反応したのはルキウスだ。
「作れるのか?」
「へ?はい…」
そう。昨日調理器具を揃えて、試しに作ってみたのだ。中々上手く出来て、バジル、グラス、シャルロット、カリエに振る舞った。
「……………………」
「……えーと?」
ルキウスは無言でセレスタンを見つめる。彼女は周囲に視線で助けを求めるが、皆苦笑い。数分間沈黙が続き…
「…………ら、来週……作ってこようかな〜…?」
「うむ」
うむじゃねえ。本人以外そう思った。
最後にルキウス達はセレスタンの頭を撫でて帰って行った。その帰り道。
「次からあの子達が出店している間、必ず誰かが護衛に当たるようにしなさい」
「「はいっ!」」
という訳で。セレスタンの店は、近衛騎士の警備付きとなりましたとさ。更には最上級と高位上級の護衛付き。世界一の安全地帯と言っても過言ではあるまい。
※※※
次の土曜日、ルキウスは朝一でやって来た。セレスタンは「暇なの?」と言いたくなるが…思わず頬が緩んでしまう。
「はい、アップルパイです!他のお客さんには内緒ですよ?」
「ありがとう」
昨夜のうちに作っておいたパイ。ルキウスは蕩ける瞳でセレスタンを見て、手をしっかり握って受け取った。
「…!きょ、今日は野菜を持って来たんです。いかがですか?」
「ふむ…」
流石に全部買って行く事はせず、いくつか購入する。ただし代金が明らかに多いので、セレスタンは戸惑った。
それも「アップルパイの代金だ」と押し切られてしまう。パイが金貨2枚分もあるかい!と思ったが、ルキウスは逃げるように帰って行った。
「…ふふ…」
ルキウスは帰宅後、アップルパイを味わって食べようとしていた。ホールなので、家族にも分けようかな…と考えていたのだが…
「いや殿下!!まず俺が毒見をしましょう!!」
「いいえ、僕にお任せを」
「お前ら…あの子の作った物に毒が入っているとでも…?」
ハーヴェイとギュスターヴが邪魔をしてきた。そのまま言い争いを始めて…
「はい、殿下の分です!!」
「ちっっっさ!!?」
ハーヴェイがルキウスに切って差し出したのは、10度にも満たない細い一切れ。
残りは騎士団で毒見するっすー!!と、パイを持って逃げる騎士2人。待たんかい!!と鬼の形相で追い掛ける皇太子。
次第にルクトル、ランドール、プリスカも巻き込んで。大乱闘が始まるのであった。
セレスタンが「ルキウス様、食べてくれてるかな〜?」と呑気に考えている頃。自分の作ったパイを男共(一部女性含む)が奪い合っているなどと、微塵も思いはしない。
「こりゃ美味い。やるなセレス」
パイそっちのけで争う皇子達。そんな中勝手に切り分けて食べる新人近衛騎士ジェルマン。オレ影薄くてよかった〜と乱闘を眺めながら、1人優雅にティータイムと洒落込むのであった。
セレスタン→セレス→セレナ→エレナ




