アカデミー1年生 23
少年を抱えて部屋に転がり込んだセレスタン。
「えっと、えっと…!凍傷起こしてるよね、まず濡れた服を脱がせ…ぬ、ぬぬんぬ!!?」
彼女は大いに戸惑った。だが少年は一刻を争う状況…躊躇っている暇は無い!!!と真っ赤になりながらも脱がせにかかる。
「くぅ…!ごめんなさい、見ないようにするから…!おんどりゃー!!」
これは人命救助なのだ…!!と繰り返し唱え、下半身はなるべくタオルで隠しながら服をハサミで刻む。元々薄着なので作業はすぐ終わるも、裸足だった為、特に足は酷い状況だ。それを見てしまっては照れている場合ではなかった。
優しく柔らかい毛布で包みベッドに寝かせて、お風呂の準備をする。お湯が沸くまでは自身の体温で溶かさねば、と羞恥心を捨てて勇ましく服を脱ぐ。下着姿で少年と密着し、治って、死なないで…!と手足を重点的に温める。
精霊の力を借りつつ、少年を毛布ごと湯船に沈めた。擦らないように…顔には温かいタオルを当てて、お湯が熱くなり過ぎないよう注意する。
「どうか…どうか壊死していませんように…!切断しなくていいように、お願い…!」
段々と身体も軟かくなってきて、少しだけ安堵する。とはいえまだ予断は許されない、風呂場でカリエに手紙を書く。
『町で全身凍傷の少年を見つけました。今僕の部屋で温めているので、なるべく早く来てください!』
という内容を送った。すると…
「少年はどこですかな?」
「はっっっや!!?」
なんと1分と掛からず来てしまったのである。
※※※
「……うん、もう大丈夫です。壊死もしていない様子、お疲れ様でした」
「よ…よかったぁ…!!」
カリエはセレスタンの処置が良かったと褒めた。彼女は少年を救えた事が嬉しくて、自分のベッドに眠る彼の頭を優しく撫でた。
伯爵にどう説明するか等問題は山積みだが。今だけは何も考えず、彼の目覚めを待つ。
「…………(お嬢様に聞いた状況、生きている事が不思議なものだ。恐らく少年は丈夫で回復力も常人ならざるもの…治癒魔術の適性があるやもしれん)ところで…」
「?」
「彼の服は…バジルが脱がせたのですか?」
「…………ぼく……」
思い出してしまったのか、セレスタンは赤くなって顔を逸らした。彼女自身も未だ下着姿、カリエに促され服を着る。
「あの…人命救助なので…ね?ちこっと見ちゃったけど…お願いだから誰にも言わないで…」
「……かしこまりました」
カリエは明日また来ると言い残し帰る。
少年の事は…とりあえず誰にも秘密にしておこう。シャルロットとバジルにも言わないでおこう、と決めた。
その後セレスタンはシャルロットの部屋を訪ねた。彼女に頼みがあるからだ。
「…でね。大雪被害の解決について父上に言って欲しいの。僕の言葉は多分、聞いてくれないから」
「もちろんいいけど…町に行っていない私の言葉も聞いてくれるかしら…?」
「多分ね」
夕食時、シャルロットは教わった通り伯爵に解決案をいくつも言った。
「…それと、暖房用の薪も大量に必要になるんじゃないかしら?慣れない大雪で、領民も皆不安がっていると思うわ」
「おお…!素晴らしい、流石だねロッティ。すぐに手配するよ、お前の意見は素晴らしい!誰かと違ってな!」
その誰かの意見なのだが。セレスタンは領民が助かるなら、手柄とか要らんので早く対策しろと考えている。
シャルロットは納得いかなそうだが、同じく領民の為…と口を噤む。
セレスタンが部屋に戻るも少年はまだ眠っている。顔や手に触れると温かい。早く目を覚ましてね、と髪を撫でた。
その時…彼の肌が綺麗になっている事に気付く。変色していたり、水膨れがあったのだが…今はなんともない。いつの間に…?回復早いな、と思いつつ。
「……あれ。この子…夏に会った…?」
そう、夏期休暇で…シャルロットへのプレゼントを買いに町に行った時。セレスタンの財布と眼鏡を奪って逃げた、彼女が狼くんと称した少年。
「なんで、保護されてないの…まさかパンの子達も…!?」
まさか、まさか。この大雪の下に…!セレスタンはそう考え、全身の血の気が引き手が震える。
いいや、そんなはずはない。自分は確かに父に報告した。実はお金を取られたとは言ってないが…浮浪児と思われる子供を3人見かけた、と。それで何も対策をしていないはずはない。
きっとこの狼くんは、喧嘩でもして孤児院を飛び出してしまったのだろう。そこへ運悪く大雪が…そうに違いないと自分に言い聞かせる。
少年の肩まで布団を掛けて、自分はソファーに横になる。目覚めて落ち着いたら、話を聞こう…そう考えながら眠りについた。
※※※
次の日、いつものようにバジルは部屋の様子を見に来てくれた。しかし大丈夫だよ!と中には入れない。少年をベッドに寝かせて、自分がソファーだと知られたら。反対はされずとも、彼を別の部屋に移動させようとするかもしれないからだ。
なので伯爵に報告するまでは、念の為言わないでおく。バジルも暖かくしているならいいんです、と下がった。
セレスタンは昼食後部屋に戻り、真っ直ぐベッドに向かう。少年の髪や頬を撫で「まだ起きないか…」と呟いた。
机に向かい、冬期休暇の課題をし始める。それと少年が目を覚ましたら、何を食べさせるか…薬は…と本で調べたりカリエと手紙のやり取りをしていた。
更に翌日。朝の支度をして、いつものように髪も下ろして…少年の様子を見た。
「…あ!」
するとちょうど…彼が薄っすらと目を開けたのだ。セレスタンは嬉しくて弾んだ声を上げて、昨日のうちに用意しておいた食事を取りに厨房へ走った。夏期休暇以降度々厨房の隅っこで料理をしているので、誰も気に留めなかった。
「よかった…起きてくれて…。意識が無いと、食事も出来ないもの。
スープ、飲める?」
セレスタンは細い腕で一生懸命に少年の体を起こし、背中にクッションを挟んで座らせた。
その後小さい器を差しだす。中には湯気が立った、良い匂いのするスープが入っていた。少年は器をじっと眺めている。次に腕を上げようとしたが、上手く動かせないようだ。
なので彼女はスプーンで一口分掬い…ふーっと冷ましてから少年の口に運ぶ。彼は大人しく飲み、口から零れてしまった分は優しく布で拭き取り、無くなるまで繰り返した。
「これ以上はお腹壊しちゃうから…お昼にまた持って来るね」
彼女はそう言い、器を持って部屋を出た。良かった…飲んでくれた…!と笑顔になりながら、厨房でパンを1つ食べながらカリエに手紙を送った。
その数分後カリエがやって来て、一緒に部屋に戻る。
「うん…栄養不足だが、病気などは無いですな。
ゆっくりと食べさせてやれば、すぐ元気になるでしょう」
「良かった…」
少年は何も言わず、抵抗もせず診察を受ける。セレスタンはほっと胸を撫で下ろすも、続く言葉に顔を曇らせた。
「ですが坊ちゃん…旦那様にはどう説明するおつもりで?」
「……なんとか、話してみるよ…(それにしても…先生はなんで父上に報告しないんだろう…?)」
カリエは伯爵の味方なのだから、本来ならば少年を保護した時点で報告されてもおかしくない。しかし彼はセレスタンの意思を尊重し、無言を貫いている。それどころか今もこうして、どう言い訳をするのか一緒に考えてくれている。
「(もしかして先生は…信じてもいいのかな…?)」
「ん…どうかされましたかな?」
「あっ。なんでも!」
そうだったら、いいのになあ。と、目に涙を浮かべた。
結局伯爵には「セレスタンが今朝窓の下を眺めていたら、屋敷の前で少年が倒れた。なので急いで保護して今に至る」…と報告する事にした。
少年は2人の話し合いを、ぼんやりと眺めていた。
昼も夜も同じようにスープをゆっくりと飲ませて、ソファーに横になる。「おやすみ」と言えば、少年は小さく頷いた。
次の日は少しずつ固形物も食べさせようと、粥状のオートミールを用意した。
「…くっさ!!」
「初めて喋ったと思ったらそれなの?
薬草が入ってるからね、我慢して…」
あまりの臭さに少年も声を出す。確かに臭い…精霊すらも気絶し、ベッドの上に転がっている。彼に同情しながらも、元気になって欲しいから…と悲しげに俯いた。
その様子に少年は観念したように口を開く。挫けそうになりながらも完食した。
「うぷ…まさか、毎食コレか…?」
「違うよ、今回だけ。お昼は普通のオートミール持って来るから。
よく食べ切ったね、お疲れ様」
吐きそうになるのを堪える少年の頭を、セレスタンは優しく撫でた。少年がいるので顔は隠しているが…どうやら微笑んでいるらしい。
そろそろ自分1人でお世話をするのは難しい。バジルにも応援を頼もうかな…と呟いたら。
「……だめだ。お前がしろ」
「なんでぇ…?」
少年は拒絶する。仕方なく1人でする事に。
事情を知ったバジルも手伝うと言ってくれたのだが、少年は誰にも会わんと言う。
その後数日間、同じような生活が続く。少年は無口で、自分の境遇を頑なに話そうとしない。
セレスタンは基本的に部屋で過ごすので、動けない少年と必然的に2人きり。気まずくて雑談をしている内に、親しくなれた気がした。
ここはラサーニュ伯爵邸で、自分は長男のセレスタンだと自己紹介から。妹や同じように昔保護した執事の事、学園生活について話した。
少年は相槌を打つ程度だが…時折セレスタンを鋭い視線で睨んでいる事に、彼女は気付いていなかった。
「…………………」
「………ん?」
夜中セレスタンが目を覚ますと…少年が何か言っている。寝言のようだが聞き取れない。
「……**…**、***…」
「………なんて?」
ベッドの横に立つと、彼は涙を流しながら呟いていた。グランツ語ではない、何処かの言葉を何度も。
そっと涙を拭ってやると、少年が僅かに微笑んだ気がした。
「ねえ、***って何?」
「………………なんだそれ?」
「ええ〜…?」
本人に確認するもこの返事。じゃあ意味のない言葉の羅列なのかな…?と考えた。
「……おれは、異国出身だ。でも、言葉はうろ覚え…多分、それ」
そっか…とセレスタンは呟く。片言気味なのと肌の色や顔立ちからして、外国人だろうとは思っていた。この話題はここで終わり、少年に食事を運び口に運ぶ。
保護して一週間が経つが…彼は未だに身体を動かせないらしい。リハビリが必要なのかもしれない。
伯爵は意外と口を出して来なかった。恐らく部屋から一歩も出ていないのと、食事も全てセレスタンが作っているからだろう。
それでも、ずっとこのままではいられない。休暇だって残り半月程。寮には連れて行けないので、最悪カリエの診療所に預けるか…と頭を悩ませる。
※※※
その日の夜。
ソファーで寝息を立てるセレスタンを、冷たい視線で見下ろす人影が。動けないはずの少年だった。
セレスタンの布団を剥ぎ、ゆっくりとその細い首に手をかけようとして…ある事に気付く。
「……?」
少年はセレスタンの寝巻きのボタンを2つ外した。
その胸部には、自分には無い膨らみがあったのだ。
「女…?」
少年は少し考え…セレスタンを抱き上げ、ベッドまで運び放り投げた。
そして彼女の上に馬乗りになり、その前髪をかき上げる。セレスタンは衝撃で目を覚ました。
「…?……良かった…動けるように、なったんだね」
「…………」
少年は苛立ったようにセレスタンの襟を掴み、乱暴に残りのボタンを引き千切る。彼女は自分の胸が露わになっている事に気付き、一瞬で顔を赤くさせた。
だがまだ寝惚けているのか…抵抗はあまりない。その様子に少年は、更に顔を険しくさせる。
「状況を分かってるか?お嬢様。お前は今から、薄汚い男に陵辱される。精々楽しませろ。その後…その首を、落とす。
お前らのせいで…おれの仲間は、皆死んだ。為す術もなく、理不尽に殺された。
泣き叫んで、助けを求めたらどうだ?おれを殺すよう、命じればいい」
カーテンの隙間から差し込む月明かりに、少年の顔が照らされる。
恐ろしい言葉を吐いているというのに、彼はとても苦しそうで…今にも涙を流してしまいそう。
「仲間…?死ん、だ…?
君は、孤児院から逃げて来たんじゃないの…?バジルみたいな家の無い子供達は皆、幸せに暮らしてるって、父上が…言って…」
「まだ寝惚けているのか?この町に、孤児院はない。
皆寒空の下、身を寄せ合って生きていた。お前らは、それすらも許さなかった!!」
セレスタンは大きく目を見開いた。嘘のような話だったが…彼の様子から、真実だと伝わってくる。
次第に目には涙が浮かんでいたが…自分に泣く資格はないと、堪えた。
そして、自分の無知を恥じ…彼女は、一切の抵抗をしなかった。目もとっくに覚めているだろうに。
そして、虚な目をする。
少年はその目に覚えがあった。全てを諦めた、人生に絶望した目だった。
仲間の最期を看取る時…何度も見た目だ。こんな苦しい思いをするのなら、いっそ生まれて来たくなかった、と…
「(なんで。裕福な家庭に生まれ、恵まれた環境で暮らしているくせに…どうしてそんな目をする!?)」
「……いいよ、それで君の気が済むのなら。
どうせこの身体は近い将来、誰かに無理矢理暴かれる事になるのだから。それが少し早まるだけ…。
ああ…でも。妹には手を出さないで。お願いだから…あの子には、辛い目に遭って欲しくないの。
その代わり、僕の事なら…犯すなり殺すなり、好きにしてくれていいから…
君には僕に復讐する権利があり、僕はそれを受け入れる義務がある。僕は…」
「…………!!!」
その言葉を聞いた少年は、セレスタンの髪を強く握り頭を持ち上げる。
精霊達が異常に気付き、少年に飛び掛かろうとした。しかしセレスタンが手を突き出して制し、部屋の隅にいるよう命じた。精霊は戸惑いながらも言われた通りにする。
「どうしてだ!!!!抵抗しろよ、嫌だやめてと泣き叫べ!!!
なんっ、で、お前は…!!全てを受け入れて、諦める事が出来る!!!?」
「…っつ…!……泣いてるの…?」
少年はセレスタンに乱暴をしながら…大粒の涙を流していた。
セレスタンはそんな少年の頬に手を伸ばし…優しく涙を拭った。
「……あっ…!く……う、ぐ…っ!!」
少年はセレスタンの喉元に噛み付いた。理性の無い獣のように、彼女の柔らかい肉を貪った。
肩を、胸を、腕を…口の中に血の味が広がろうと、やめなかった。
セレスタンは激痛に耐え切れず涙を流しながらも…微笑みを絶やさず、少年に手を伸ばしその頭を撫で続けた。
まるで傷付き怯える獣を刺激しないよう、声を上げず抵抗せず、されるがままに少年に身を任せる。
「………っ」
恐怖と苦痛に身体を震わせながらも、彼女は全てを受け入れた。
このまま純潔を奪われても、命を失っても…彼女は少年を恨む事などしないだろう。
少年は行為をやめ…セレスタンの上に倒れ込む。
彼女はそんな少年を優しく包み込んだ。
「なんで…だよ…。自分は悪くないって…言えよ…
お前みたいな子供が…なんで…
全部大人のせいだって、言えよ……
おれは…こんなことが、したいんじゃない…
ただ、ただ…誰かに…知っておいて欲しかった、だけ。
一生懸命に、生きて。短い命を、燃やしつくした…誰かが、いたんだってことを…!」
セレスタンの覚悟を感じ取った少年は…未だ涙を流しながら、彼女にそっと口付けをした。
紅い血が彼女の唇を染め…美しくもあり恐ろしくも見える。
彼女を血に染めたのは…自分だ。
「う…うぐ…うああ、あああ、あ…!
…ごめん…ごめん、なさい…!!」
そのまま傷だらけのセレスタンを抱き締め…嗚咽を漏らしながら謝罪の言葉を口にする。
セレスタンも少年を強く抱き返し、静かに泣いていた。
2人はそのまま…眠りに落ちた。




