アカデミー1年生 22
早いもので、来週には冬季テストが始まる。それぞれの試験勉強の進行具合は…
ルキウスはセレスタンに勉強を教えるという名目で、皇宮に呼ぶか寮の部屋に侵入する気満々だった。
しかしランドールの「あの子ばかり構って…ルシアン殿下がそれを知ったらどう思うんだろうな?」という言葉に踏み止まった。
「よし。俺はセレスと勉強会してこよーっと!!」
「お前えええぇっ!!?」
※
「ルシアン様!試験勉強はされていますの!?」
「げえ…!」
ルシアンは友人達と遊びに行こうとしていた。こうやって彼に注意出来るのはルネくらいしかいない。家族は可愛い末っ子に嫌われたくなくて、強く出れないからだ。
彼の友人、もとい取り巻きは「少しくらいいいでしょう」「殿下に勉強なんて必要ありません」「ありのままの彼でいいんですよ!」と無責任な発言ばかり。
そこでルネが…最終兵器を投入した。
「(ルシアン様が唯一言う事を聞く!…かもしれない人!)セレスさんも言って差し上げて!」
「ひええええっ!?」
「………!」
ルネの後ろに隠れていたセレスタンは前へと突き出された。ルシアンは怯み取り巻きは睨み付け…注目されてしまい固まった。
数分後…絞り出すような小さな声で…
「…べ…べんきょう…がんばり、ましょう…」
「…………帰ったらやる」
ルシアンはそう言い残し足早に去って行く。
「ナイスですわセレスさん!」
「……こわかったぁ…」
そんな2人のもとに、ランドールがやって来て勉強会をしよう!と言う。こうしてシャルロットとバジルも入れて、5人でサロンを貸し切り勉強会が始まった。
※
帰宅したルシアン。夕飯も終えた頃、勉強するか…と思い机に向かおうとしたら。ルキウスとルクトルが来たというので、教科書を放り投げてベッドに転がった。
「……何かご用ですか?」
「「……………」」
兄達は手に勉強道具を持ち、扉から身体を半分だけ覗かせている。
「………その」
「一緒に…試験勉強しませんか?」
「…………いい…ですけど…」
ルシアンの返答に2人は顔を輝かせた。
机に3人揃って向かい、ルシアンに両側から教える。その光景を…皇帝、皇后、ルシファーが涙を流しながら見守っているのであった。
※
「ラブレー!!勉強を教えてくれ…!!」
「なんでボクだよ!お前ラサーニュ嬢達と一緒じゃないのか!?」
「一緒にもするが、俺はそれだけじゃ足りないんだ!」
「ええ〜…?」
ジスランはエリゼに教えを乞うていた。エリゼは渋々了承し、ジスランの部屋で勉強をする。
しかしあまりにもジスランが覚えられず。試験前日には通りすがりのパスカルを巻き込み、2人がかりで教えるのであった。
※※※
さて、結果は…
「よっし、私は1位ね!!」
「僕は9位かぁ…おめでとう、ロッティ!」
「嘘だろボク3位かよ!?マクロンにも負けた…!」
「あああああっ!!2教科落第点…また勉強地獄だぁぁ…!」
「私は変わらず4位ですわね」
こうしてジスランは冬期休暇も潰れる事になった。
ラサーニュ家では相変わらずシャルロットの成績に喜び。セレスタンは最早誰にも相手にされず…
「きっと…僕が1位でも最下位でも、誰にも何も言われないんだろうな…」
屋敷の自室で、膝を抱えるのであった。
今日は終業式。誰もが浮き足立ち(一部除く)、明日からの休暇を心待ちにしている。
数日後には12月25日、クリスマスがある。街は彩られ人々は愛する人や家族と過ごすのだ。
クリスマスにシャルロットを自宅のパーティーに呼びたい者、デートに誘いたい者は大勢いる。しかし全て断るので…振られた男の怨念はセレスタンに向けられるのだ。
セレスタンはモテない男の恨み辛みから逃げる為、早々に帰ろうとしていたら…ルネが話し掛けてきた。2人きりで話したいとのことなので、人気の無い場所を探す。
医務室に行ってみると、オーバンは丁度いなかった。彼の机の上にはメモ書きが。
『職員会議中。軽症者は帰れ、重症者はとっとと病院行け。サボりは一部除き来んな』
と言う事なので鍵を閉めて、並んでベッドに腰掛ける。
「どうしたの、ルネさん」
「…セレスさん。単刀直入に聞きますわ。
貴方… 本当は、女の子なのでしょう?」
「え……」
セレスタンは何を言われたのか理解出来ず、目を丸くしてルネを見つめた。
ルネは真剣な表情で視線を返すばかり。医務室内に沈黙が落ち、時計の針の音のみ響く。
セレスタンは徐々に彼女の言葉が浸透し、頭が真っ白になってしまった。
いや…まだ確信はないかもしれない、試されているだけかもしれない!そう考え、青い顔で必死に口を開く。
「や…だな、あ。なんでそう思うの…僕、男だよ…?あ!この状況よくないね!ほら、婚約者でもない男女が密室に2人きりって、色々マズ」
「女の子同士です、問題ありませんわ」
「あ、はい」
なんとか話題を逸らそうとするも一刀両断。ルネは言葉を続ける。
「そう思った理由ですか…初めて貴女を見かけた時から違和感はありましたわ。お顔も可愛らしいけれど、中性的な外見で言えばラブレー様も同じですわ。
でも貴女は…ほら、手も少々鍛えられていますが私より小さくてよ?」
ルネはセレスタンの前髪を耳に掛けて、顔を露にさせた。手を取り合わせると確かに、僅かにだが小さい。そういえばラブレーは、手大きかったな…とセレスタンは思った。
「それに腕も足も、服で隠されていますが男性の物とは全然違います。
そして喉。私達くらいの年齢になると、男性は喉仏が目立ってくるものです。でも貴女は全然、首も細いですし」
セレスタンの違和感を次々に並べる。その様子に…完全にバレてる…!と慄いた。なのでせめてもの言い訳に…
「ちっ違うの!!月を見ると男になるの!!夕べは新月で月が出てなかったから女のままだけど、普段は割と男なの!」
と言い放った。対するルネは…
「………………」
とても穏やかで優しげで、慈しむような可哀想な子を見るような聖母の如き温かい目で苦笑しながらセレスタンを見つめる。
彼女の肩に手を置き、「昨夜は…満月ですわ」と言うのであった。
どんな言い訳も通じない…と悟ったセレスタン。どうしようもなくなり、ついには泣き出してしまった。
「…!あ、あぅ…ごめん、ごめん…なさい…!だっ騙して、て、ごめんなさい…
嘘つきで、ごめんなさい…でも、あの…!」
「セレスさん」
謝罪を繰り返し、今にも倒れてしまいそうな彼女をルネは優しく抱き締めた。
「大丈夫…大丈夫ですわ。私は貴女を責めたいのではありません。ただ…貴女が苦しんでいるのなら。力になりたい…そう思っただけなんです。
やはり何か事情がお有りのようですが。今は聞きません…ですが、私は貴女の味方でありたい」
「ルネさん…!う…ああ、あぁぁ…」
セレスタンはルネの背中に手を回し、声を上げて泣いた。
ルネを全面的に信用する事は難しいだろうが…彼女の温もりと言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした…
「…ごめんねルネさん。お見苦しい姿を…」
「いいんですのよ。これからはなんでも相談してくださいませ!必ず力になりますわ!
それで…ロッティさんもご存知無いの…?」
その問いに、泣き腫らした顔をハンカチで拭いながらコクンと頷く。少なくともこの学園で知る人はいないと答えた。
「そう…(ルキウス様とか超怪しいのですけれど。迂闊に確認する訳にもいきませんし…)」
何やら考え込んでしまったルネ。セレスタンは不安そうにその姿を見ている。まるで捨てられた子犬のような瞳に…ルネの嗜虐心が僅かに疼いた。
怯え顔可愛い…もっと泣かせてみたい…!でも今は傷を深くするだけ…と気持ちを落ち着かせる。しかし不穏な思考を読み取ったのか、セレスタンは顔を引き攣らせて後退る。
「一応…女の子だと確認しましょうか…?」
「待って待って待って?なんでベルト外そうとするの!?ごめんなさい僕女です、下付いてないから!!」
ルネは慌てるセレスタンの様子が面白くて、本気で脱がす気は無いがポーズだけする。イヤイヤと首を横に振りながらセレスタンは逃げようとするが…
その時、扉がガチャガチャと音を立てた。
「ん…誰かいんのか?」
「「!!!」」
医務室の主が帰って来たのである。セレスタンが急いで「いっ今開けまーす!!」と扉に走った。ルネが慌てているが、焦っている為気付いていない。
「なんだ、お前か…ヴィヴィエ嬢?」
「おほほ…」
オーバンは訝しげな表情だ。それもそのはず、子供とはいえ密室に男女2人きり。しかし彼女らを見比べて…
衣服を乱して泣き腫らした顔のセレスタン。汗を流して目を逸らすルネ。どちらが怪しいのか一目瞭然で…彼はセレスタンの両肩に手を置いて視線を合わせた。
「大丈夫かラサーニュ、襲われたのか?未遂か?」
「へっ?」
「どういう意味ですのっ!?」
オーバンの乱入で話は中断されてしまったが。
帰り際にルネは「誰にも言わない」と確かに約束してくれた。
※※※
セレスタンの目の前には、煌びやかなドレスに身を包んだシャルロットがいる。本日12月24日は双子の誕生日、13歳になる。
セレスタンは誕生日が嫌いだった。両親や使用人から沢山のプレゼントを貰うシャルロットと。
両親からは日用品をプレゼントとして渡されるだけで、使用人からは祝いの言葉すらない自分と。違いを見せつけられているようで…主役なのにパーティーの最中も、ずっと隅っこにいる自分が惨めで。
この国の誕生日は、成人の17歳以外は身内のみで祝うのが一般的だ。ジスランは昔からパーティーに参加しているが、他の友人は来ない。
セレスタンにプレゼントをくれるのは、シャルロットとバジルとジスランのみ。この3人だけが彼女の心の支えだった。カリエも毎年くれるのだが…彼に対して、どこか壁のあるセレスタンは素直に喜べない。
今もドレス姿の妹を見て。いつもの一張羅姿の自分と見比べて。僕も綺麗なドレス着たい…と、誰にも言えない願望を抱く。
それでもなんとか笑顔を作って。いつもお小遣いを切り詰めて貯金したお金でプレゼントを買って。可愛い妹の誕生を祝うのだ。
さあ、楽しいパーティーの始まりだ。可愛い妹は皆の中心、見窄らしい兄は影に隠れる。これは毎年の事、だけど。早く終わらないかな…と、セレスタンは目に涙を浮かべる。
明日もここでクリスマスパーティー。しかしセレスタンはいてもいなくても同じなので…少し料理を食べたら、すぐ自室に戻るのだ。
「…坊ちゃん、坊ちゃん」
笑顔の妹を眺めていたら、バジルが声を掛けてきた。彼はどうしたの?と言うセレスタンの手を取って、こっそり外に連れ出す。それに気付いたジスランも後を追った。
「…お、来たなスタン!」
「ハーヴ兄?」
門の所にハーヴェイが立っていた。寒いのか鼻と頬を赤くして、笑顔で手を振っている。彼は近寄って来たセレスタンの脇の下に手を入れて…
「誕生日おめでとー!!」
「わわっ!?」
ひょいっと持ち上げて、高い高いした。セレスタンは戸惑いながらも、嬉しくて涙が溢れそうになり…口を固く結んで堪える。
「何変な顔してんの?へい、俺からのプレゼントっ!」
セレスタンを地面に下ろしてからハーヴェイが差し出したのは、手の平サイズの箱。それだけでも充分嬉しかったのだが…
「そんでー、これがルキウス殿下!んでこっちがルクトル殿下で、こっちがナハトからね。こいつが副団長、このデケーのがプリスカちゃん、これは近衛騎士団全員から!」
「え…」
ハーヴェイは次々と綺麗にラッピングされた包みを渡す。彼女だけでは持ちきれず、バジルとジスランも荷物持ちをした。
最後に彼は花束を差し出し、「これはシャルロット嬢にね。一応」と言った。全て受け取ったセレスタンは…
「…………………」
「……あり?」
「……ぅ…う、うあぁぁー…」
「「「!!?」」」
セレスタンは堪え切れず泣いた。3人に慰められながらも泣き続けた。
今まで…こんなにも沢山のプレゼントを貰った事は無かった。生誕を祝福された事は無かった。それが当たり前だったから…妹と比べられるのは当然だったから。
自分を気に掛けて、優しくしてくれる人達がこんなにもいる。その事実がどうしようもなく嬉しいのだ。
ハーヴェイ達に温かい言葉を沢山貰って。ようやく落ち着いた彼女は笑顔でお礼を言えた。そのままパーティーは抜け出し、プレゼントと共に足取り軽く部屋に戻った。
するとベッドの上に、グランツでは冬にしか咲かない珍しい白の花が3輪並んでいる。それは精霊達からの贈り物のようで、彼らもおめでとー!と頬擦りをしてきた。セレスタンも、ありがとー!と返事をする。
「ルキウス殿下な、本当は馬を贈りたかったらしくて…」
「いや無理!!」
「副団長とプリスカちゃんが止めてたわ」
ハーヴェイは最後に頭を撫でて帰って行った。バジルとジスランもパーティー会場に戻り…セレスタンは冬の花を花瓶に挿しながら。
「あれ…どうして僕、父上に愛されたいんだっけ…?なんでプレゼントも言葉もくれない両親を求めてるの…?」
プレゼントの山を見て。カードもいくつか添えてあり、手に取ると。『生まれて来てくれてありがとう』『あなたと出会えて良かった』『今度遊びに来いよ!』等メッセージが。その言葉にまた涙が滲んでしまう。
こんなにも僕に優しい人達がいるのに…どうしてあの人達に拘っているの?と。
疑問に思いながら部屋の窓を開けた。冷たい風が身体を包み身震いする。玄関ホールから楽しげな声が聞こえてくるのだが…何故か羨ましいとは微塵も思えなかった。
見上げれば、星空の美しい夜だった。
※※※
心の靄は晴れないままに日々は過ぎ、新年を迎えた。夏期休暇と違い、年末年始で忙しいルキウスは遊びに来ない。新学期になったらお礼を言おう…と微笑みながら彼に貰ったオルゴールを鳴らす。
年明けから暫くし、この国を大寒波が襲った。皇国は地域にもよるが、雪はそれ程降らない。首都やラサーニュ領辺りは、多く積もっても5cmといった位だろう。
しかし今年は例年より気温も低く、この日は珍しく丸1日雪が降った。
「わ…すごい積もってる。まだ降ってるし」
「坊っちゃん、寒くありませんか?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
バジルは何度もセレスタンの部屋を訪ね、暖炉の様子を見る。この家で彼女を気に掛ける使用人は彼だけなのだ。
バジルがいなくなった後、セレスタンは町が気になった。突然の大雪で…領民はパニックになっていないか、怪我や病気をしていないか。家屋は無事だろうか…自分だけ暖かい部屋でのんびりしているのが怖くなった。
父親である伯爵が何かしら対応すべきなのだが。あの男は普段と変わった様子もなく過ごしていたので…不安は加速する。
なのでこっそり町に行く事に。堂々と行っては、伯爵に「私の仕事に不満があるのか!?」と怒られてしまうかもしれない。どうすれば誰にもバレずに行けるか…と頭を捻る。
「…あ。セラ、バラ、ガブ。僕を抱えて空飛べる?」
'''いいよー!!'''
以前精霊が、意識の無い自分を運んだ事があるらしい。それなら、窓から出よう!と思い至った。
机の上に『ちょっと町の様子を見てくる。父上には秘密にしてね』と書き置きをした。防寒対策をしっかりして、精霊達に…どうやって運んでもらおう?
悩んだ結果シーツに乗り…3ヶ所を持ってもらう。空飛ぶ絨毯ならぬ空飛ぶシーツで、彼女達は屋敷を飛び出した。
町はやはり騒がしかった。カリエの診療所は人々が殺到し、雪かき用の道具も足りなそうだ。店もろくに空いておらず、子供達だけは楽しげだ。
空を飛ぶセレスタンに気付く者はいない。彼女が問題点を色々と考えていたら…
「……?あれ、人…!?」
大通りから少し引っ込んだ路地で、不自然に雪が膨らんで積もっている場所があった。よく見ると…黒い髪の毛のような物が飛び出している。
慌てたセレスタンは飛び降りる。ざくざくと雪を踏みしめ近寄ると、それはやはり人だった。まだ若い少年で、顔に触れると氷のように冷たい。
「冷たい…でもまだ、呼吸はしている。これなら…!」
一瞬、もう手遅れかと恐れたが。僅かな呼吸を確認して、救助にあたる。
「バラ!!」
積もる雪を払い、3体の内リーダー格のバラキエルを呼んだ。彼らは指示通りシーツを広げて、セレスタンは少年をその上に乗せる。
「よい、っしょぉ…重いぃ!なんの!どっせーい!!」
意識の無い身体は重く、渾身の力で持ち上げた。
自分のマフラー、帽子等防寒着を全て彼に巻き、最後にコート。ただ着せるだけでは心許無いので、羽織らせた後にセレスタンが真正面から抱きついた。
「急がなきゃ!でも診療所は忙しいし…とにかく僕の部屋に戻るよ!!」
少年は薄汚れており、異臭も放っている。彼女はバジルを拾った時を思い出しながら、絶対に死なせない!と腕に力を入れた。
自分は薄着になってしまい凍えているが、それよりも少年を助けたかった。彼を寝かせてその上に覆い被さり、とにかく全速前進!!と空を飛ぶ。
「お願い、間に合って…死なないで…!」
零した涙すらも風と気温で凍ってしまう中。セレスタンは少年を庇いながら屋敷に戻った。
どうでもいい小話・ハーヴェイとプリスカとルシファーは同級生。




