アカデミー1年生 17
歩きながらセレスタンは火照る顔をパタパタと手で扇ぎ冷やす。あれは事故、不慮の事故…!!と自分に言い聞かせて平穏を保とうとするも。
「(もしもあそこで先生の邪魔が入らなければ、2人は今頃…なんちゃって!!きゃ〜〜〜っ!!!)」
とまあ、年頃の女の子らしく可愛らしい妄想に耽っているのだが。
廊下の途中で足を止めて…自分の手をじっと見る。さっき全力でジスランの胸を押し上げたというのに、びくともしなかった。それに指を絡めてきた大きな手…僅かに触れ合った唇。
それを思い出しカアァ…と瞬時に顔に熱が集まる。
「(ジスランはもう…男の子じゃなくて、男性なんだな…)」
手をぎゅっと握り締め、じゃあ自分は?と考える。所詮女の肉体である自分は、彼のような体躯にはなるまい。今はまだ子供だからと言い張れるが…いずれ、男女の決定的な差が現れてしまうのでは?
すでに胸も膨らみ、初潮も迎えている。ならば…と考えて頭を振った。
「(成長はどうしようもない。ない…けど)」
様々な感情が入り混じりながら、生徒会室を目指して足を動かそうとしたら…
「おい、ラサーニュ」
「………何か」
後ろから彼女に絡んでくる2人の男子生徒。彼らは階段の横、人目に付かない場所に彼女を連れ込んだ。
大丈夫、いつもの事…黙ってやり過ごせば、勝手に飽きてどっか行く。自分にそう言い聞かせ、セレスタンは内心ため息をつく。
「お前さあ、いい加減シャルロット嬢に付き纏うのやめろよ」
「その通りだ、お前みたいなのがお側にいたら彼女の品位が下がってしまうじゃないか!」
彼女に完全なる言い掛かりをつける少年達。よく見ると1人は茶会で舌打ちをして逃げた少年だ。
暫く罵詈雑言を浴びせていた2人だが、ふいにセレスタンの持つラッピングされた袋に興味が移り手を伸ばした。
「あっ!?」
「なんだコレ?」
「…!返せっ!」
「ははは、お前みたいな男に贈り物をする物好きがいたとは、な!!」
「…!」
少年はクッキーを奪い、床に叩き付けて思いっきり踏んだ。そしてぐりぐりと砕き、呆然とするセレスタンに向かい蹴っ飛ばす。
セレスタンは急いで拾い上げるが、中身は見なくても砕けているだろう。その事実に…涙がポロポロと出てきてしまった。
その姿を見た少年は口の端を吊り上げ、床に膝を突くセレスタンの前髪を力強く引っ張り顔を露にさせる。彼女は痛みに呻き声を上げてしまうが、少年は構わず髪を掴んだまま立ち上がらせた。
「そうやってすぐ泣くの、ほんと女々しくて苛々するわ。
あー、お前生まれてくる性別間違えたんじゃないのか?残念だったな。お可愛らしい顔してんだから、男に媚びてりゃそれなりに…うっ」
「離せ!!」
セレスタンは耐え切れず、少年の顎に掌底を喰らわせた。少年はそのまま後ろに倒れ、その隙に逃げる。もう1人が何か叫んでいるが、構わず走った。
無我夢中で走った先は階段の一番上。以前も来た、屋上扉の前。
彼女は扉を背に座り込み、涙を流し続ける。
「う…ううう〜…!!僕だって…女の子として生きられたら、どれだけいい事か…!!えぐ、う…ああぁぁ…」
そのまま鞄に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
数分後…落ち着いてから眼鏡を外して、涙やらでぐちゃぐちゃな顔をハンカチで拭きながらクッキーを取り出す。
「折角美味しく出来たのに…これじゃ、誰かにあげるなんてできないよう…」
袋は破けてはいないようで、食べる分には問題なさそうだ。だがほとんど割れており、粉々に砕けている物も多い。
彼女はグスグスと泣きながら、小さくなったクッキーを口に運んだ。本当なら今頃、これはルキウス達に食べてもらうつもりだったのに…とか考えていたら。
「…………おい」
「ぴぎイーーーーーっっっ!!?」
誰もいないはずの背中から声が聞こえて来た。完全に油断しきっていたセレスタンは奇声を上げて…失神した。
キイィ…と扉が開かれ、慎重に顔を覗かせたのは…
「……孵化でもしたのか?」
屋上をサボり場にしている…ルシアンだった。
彼は皇子の立場を使い、立ち入り禁止の屋上の合鍵を作りサボり場にしている。ここなら誰も来ないので、天気の良い日は昼寝すらしている始末。
以前セレスタンを医務室まで運んだのも彼だ。今日もそろそろ帰ろうとしたら彼女の気配を感じ、いなくなるまでやり過ごそうとしたら…飲食を始めてしまい、長くなりそうなので諦めて姿を現す事にした。
そんな彼の視線の先には、お菓子袋を手に白目で仰向けに倒れるセレスタン。ルシアンが頬を突つくも、起きる気配は全く無い。
「…ピギーって………ふ、ふ…!!」
彼は後から笑いが込み上げてきて、セレスタンの傍で腹を抱えた。
「…、……!!…っ……!!」
堪えているのか声が出ない程可笑しかったのか、彼は丸まってぷるぷる震えている。
約10分そうした後、咳払いをし深呼吸をしてセレスタンを見下ろす。
近くに誰もいないのを念入りに確認して、起きるなよ…と念じながら。あろう事か彼女のシャツのボタンを外したのだ。
「…やっぱり。………すまん」
胸にサラシが巻かれているのを確認すると、薄っすらと頬を染めた。なるべく見ないようにしながら丁寧に服を着せる。更に手足や首なんかを念入りに触れて…
「……女、か。何故…」
彼は先日の茶会から、セレスタンが本当は女性ではないかと疑問に思っていた。
それは男性にしては線が細過ぎる、寝顔をじっと見つめた時の違和感。一筋の涙を見た時の焦りと、ほんの少しの胸の高鳴り。そして…直感。
セレスタンの横に腰を下ろし涙の痕を撫で、お菓子袋に目を向けた。ゆっくりと奪い、砕けたクッキーを眺める。
「…これ、重曹クッキーじゃ、ないよな…?……美味い…」
恐る恐る食べてみると、思いの外美味しかったようだ。チマチマ口に運びながら、セレスタンの髪を指で弄る。
「(先程の発言からして、誰かに贈るつもりだったのか。それがこの有り様で諦めた…と。相手は男か?妹か?ま、私が食べても構うまい。
…コイツが女だろうと男だろうと、私には関係の無い事だし。…無い、無いんだ)」
誰に言っているのだろうか。
彼は殆どのクッキーを食べた後帰ろうとする。今日はあの養護教諭をここに誘き寄せるか…と悩んでいたら、セレスタンが小さく呻いた。
まずい、起きる!そう思いルシアンは階段を駆け降り踊り場で様子を見る。
数秒後、セレスタンが目を開けた。瞬きを繰り返しガバッと起き上がる。
「あれ、さっきの声は!?怪人扉男!?」
誰が怪人だ、この怪鳥卵女!と呆れながら、ルシアンは足音を立てないよう静かに離脱した。
「……誰もいない…ってクッキーが無い!はらぺこ怪人だった…?
もしかして…前に医務室まで運んでくれた人…?」
セレスタンは状況を理解できずにいるが、外はもう日が落ちかけている。考えても仕方ない、と鞄を手に持ち寮に帰った。
自室で着替えもせずソファーに横たわり、少年の言葉を思い出す。
彼は自分の事を女っぽいと言った。それは、自分の演技が不完全だと言える。
「(バレてはいけない、絶対に。父上のご期待に応えるんだ…)」
だからこそ。ジスランの事だって…この想いを封じないと、と決意した。
幼い頃の彼女は恋心を抱く事を我慢できなかった。でも今は違う。男として生きる自分に、男性を愛する心は必要無い。
「…僕はいずれ、父親が決めた女性と形だけの結婚をするんだろう。その裏で…適当な男性の子を孕まなければならない…だろうな。は…はは…」
セレスタンは両手で顔を覆い、涙を隠す。
いずれ自分は、愛してもいない男性と情を交わす事になるだろうと考える。父親に直接そう言われた事は無いが…自分の血筋以外認めない伯爵の考えなど限られている。
彼女はそう思いながらも…家の為、父親の為なら構わないと覚悟を決めているのだ。
だから、だから…
「……ばいばい、ジスラン…」
僕は君の事が、ずっと好きだったよ…と。震える口で言葉にし、完全に想いを断ち切る決意をした。
※※※
次の日、ジスランは目の下に隈を作っており、早朝に滝に打たれてから教室に向かった。
彼はクッキーが勿体無くて食べれない…と大事に金庫に仕舞おうとした。しかし…もし味の感想を聞かれて、食べてないと答えたら?セレスタンが悲しむのでは…?と奇跡的に思い至り2時間掛けて味わったのである。
その後は「セレスタン…嫌がってなかったよな。もしあのまま………うおおぉぉ…!!!」と一晩中筋トレをして煩悩を発散していた。
彼が遅刻ギリギリに足を踏み入れると、どうにも生徒が少ない。女子の一部と男子の半数が欠席のようで、担任のクレールも首を傾げる。
だがジスランにとって、そんな事はどうでもよかった。彼の目的はただ1人、セレスタンだ。ずっと機会を窺い、彼女が1人になった瞬間を狙って背中に声を掛けた。
「セレス!あの…クッキー、美味かった。ありがとう」
「…………どういたしまして」
「………?」
セレスタンは一拍置いてから振り向いた。ジスランの目には一瞬、彼女が唇を噛んでいるように見えたが…今は穏やかに微笑んでいる。
戸惑いながらもジスランは彼女の腕を優しく掴み、人気の無い場所に誘導した。
「…どうしたの、ジスラン?」
「……はっきりさせておきたく、て。昨日の…医務室での、その…!(嫌じゃなかったと、言ってくれたなら。今ここで続きをし…なんぞ言えるか!!)」
彼はセレスタンと向かい合って立ち、彼女の長い前髪を耳に掛ける。
「え……」
「………………」
セレスタンは泣き腫らした目をしていた。今も悲しげに眉を下げ、金色の瞳を潤ませている。ジスランはその目に心を奪われると同時に…そこまで嫌われているのか…と絶望した。
ゆっくりと手を離し、彼女から距離を取る。
「…すまない…そうだよな、嫌だった…よな」
「………(嬉しかったなんて、言える訳がないよ…)ううん…あれは事故だった、そうでしょう?」
セレスタンが力無く笑う姿に、ジスランは益々傷付いた。
「(いや…俺に悲しむ資格なんて無い…!!今まで散々、嫌われるような事をしてきたんだから。最近また優しくしてもらえて…自惚れてた、な…)……ごめん」
「お互い様だよ…忘れよう、ね?」
セレスタンは「先に戻るね」と手を振り彼に背を向けた。その場に残されたジスランはというと。
「……俺は、どうすればいいんだ…?いや、セレスとどうなりたいんだ…?」
その場に蹲り…授業開始のチャイムが鳴っても答えの出ない自問自答を繰り返しているのであった。
その日の放課後。彼は中庭の片隅で、精神を落ち着かせる為瞑想をしていた。
「(そうだ、俺は男でセレスも男…。一目惚れはどうしようも無かったが、今後はいい友人として……………)」
「……っうお!?ジスランか〜…寝て、る?」
そこへ近付くのはたまたま通り掛かったセレスタン。彼女はまたシャルロット信者に嫌味を言われ、ここまで逃げて来たのだ。
ジスランは遠くから足音と気配で気付いていた。集中が切れてしまったが、気まずいので完全に目を閉じて寝たふりをする。
セレスタンは勘違いしたままジスランの前にしゃがみ顔をじっと見つめる。
「寝相いいねえ…背筋伸ばしちゃって…」
「(すごい見られてる…こういう時こそ集中…)」
セレスタンはほぉ〜ん…と言いながら彼の周りをぐるぐる回る。そして後ろから…彼の髪をわしゃっと掴んだ。
「(!!?)」
「……ふふ、ツンツンしてるう。…全然起きないね?それにしても…やっぱり背中大きいなあ」
楽しげに髪を崩し頭を撫でる。しかもそっと抱き付き、肩に顔を埋める。ジスランは寝たふりに全身全霊を捧げ、早く離れて…!!と内心悶えている。
「(柔らかい…いい匂い…温かい…し、死ぬ…!!)」
「………………」
願いが届いたのか、セレスタンは離れた。だが正面に移動して…地面に膝を突き、その小さな手でジスランの頬に触れた。もう片方の手は大きな手の上に置き、じっと顔を見据える。
「………(最後の、初恋の決別に)ごめんね、ジスラン」
「……!?(なんだ、一体何を…………)」
ジスランは耐え切れず、気付かれないようギリギリに薄目を開けた。目の前には…
半分髪で隠されてはいるが、頬を真っ赤に染めるセレスタンがいる。
彼女は静かに顔を近付けて…そっと頬にキスをした。
「……ちゃんと布団で寝なよっ!」
本当に、触れるだけのささやかなものだったのだが。彼女はすぐに立ち上がり、起こす意味も込めて彼の頭を軽くはたいて逃げた。
小さな足音が遠のき、完全に聞こえなくなったのを確認したジスランは…後ろにバタン!と倒れた。
「……も"う男でもい"いッッッ!!!うああああああっ!!可愛いいいい、好きだあああああっ!!!」
その行為に完全に吹っ切れてしまったジスランは、絶叫しながら庭を転がり続けたのであった。
一方その頃。
「どうしたんですかっ、兄上ーーー!?」
「おい生徒会長がご乱心だぞ!!お前ら取り押さえろ!!」
「許さん……許さん…!!」
3階にある生徒会室にて。窓の外を眺めていたルキウスが、突然額に青筋を浮かべて窓枠に足を掛け、今にも飛び降りそうになっているのであった。
ジスランが瞑想をしていたのは…生徒会室から見える位置にあったのである。
復活したジスランは、その足で街に走った。後ろからルキウスが追い掛けようとしているが、生徒会メンバーに取り押さえられて事なきを得た。
夜。ジスランはセレスタンの部屋を訪ねた。
「な、何…?」
「これをっ!受け取ってくれ!!」
彼が突き出したのは小さな箱。彼女が促されるままにその場で開けると…中には銀のチェーンのブレスレット。小さな水晶が幾つかと、目立つ3つのアメシストが輝く物だ。
「え…駄目だよ、受け取れないよっ!!」
「その、今までの詫びとクッキーの礼だ!あまり高価でなくて申し訳ないが…頼む!!」
彼はいくつもの宝石店や雑貨屋をハシゴして贈り物を探しまくった。最終的に店員さんに…「片想いをしている人に贈りたい」と相談したのである。
その言葉に女性店員は大興奮。同僚達も巻き込んで大騒ぎ。
「お付き合いされていなければ、あまり高価な物は引かれます!!」「でも安すぎず…ポイントとなる宝石を押さえて」「普段使い出来るほうがよろしいのでは?」「お、おう」
というやり取りがあったのである。そんなに高くない…という言葉にセレスタンは安堵した。
「……じゃあ…貰うね。ありがとう、ジスラン」
「…うん」
こうしてセレスタンの宝石箱に、宝物がもう1つ増えたのである。
ラブコメする時は、ちゃんと周囲を確認しましょうね。




