アカデミー1年生 16
休暇の間、ルキウスは何度もラサーニュ邸を訪ねた。
その度にセレスタンに菓子を持って来て一緒に食べる。時には勉強を見て、剣の相手をして。
ルキウスの目的がシャルロットだと思い込んでいるので、伯爵も彼の訪問にご機嫌だ。シャルロットはそれを察し、一応ルキウスを出迎える。しかし適当に挨拶をした後、バジルを残してとっとと部屋に戻るのだ。
「…それでですね。ロッティが剣を振ると、必ずジスランの顔面目掛けてすっぽ抜けちゃうんですよ。いない時はバジルの足元か、父上の書斎に吹っ飛んで行きますけど。
なんでも出来る僕の自慢の妹だけど…そういうところはお茶目なんですよ〜」
「「「(お茶目で済ますのか…)」」」
遠い目をするのはルキウス、バジル、ハーヴェイ。ハーヴェイはセレスタンと年も近く親しい事もあり、ほぼ毎回同行している。
セレスタンは現在ロッティプリティキャンペーン中。お茶にしながら彼女の魅力を語っているが、相手には伝わっていない。
「それと、それと…」
「うんうん」
ルキウスは話を聞いてはいるが…一生懸命語るセレスタンが可愛い、としか考えていない。彼が微笑みながら頷く姿に、セレスタンは「伝わった!!」と喜ぶ。ルキウスはその輝く笑顔にまた破顔し…という勘違いの連鎖が起こっている。
休暇も残り少ないある日セレスタンは、ブローチについて聞いてみた。これはもしや、貴方が僕に…?と。
「ああ。すまないな、面と向かって渡す度胸が無くて…部屋に隠させてもらった」
「いいえ、ありがとうございます!で、その…親愛と詫び、の意味を伺っても…?」
「……詫びは、言えない…。親愛はそのままの意味だ。私はお前ともっと親しくなりたい。今よりも、深い仲に…」
「ひょえ…!」
「…皇太子殿下!!少々距離が近過ぎるのではありませんかっ!?」
本日ルキウスはセレスタンの隣に座っていたのだが、彼女の腰にするっと手を伸ばして微笑みを向けた。すると遊びに来ていたジスランが、後ろから割り込みながらそう言った。ルキウスはそんな彼に「はんっ」と鼻で笑って見せて、またも火花を散らす。
ジスランはようやく勉強地獄から脱出し、残り数日の休暇を満喫していたのである。当然ラサーニュ邸で。
先日ついに自分の恋心を自覚したジスラン。そのまま男2人は睨み合いを始めたので…プリスカがセレスタンを救出した。
「セレス君、実は外国の美味しい茶葉をいただいたの。本日のお茶はこちらでどうですか?」
「わあ、いい匂い!ありがとうございます、お姉様」
「おふンっ」
プリスカはセレスタンの無邪気な笑顔攻撃に撃沈した。心のシャッターを連写しつつ、2人で優雅なお茶会にする。
「俺はセレスともう…えーと、7歳からだから…もう7年の付き合いなんです。俺のほうが仲良しですが?」
「私は彼に宝石も受け取ってもらっている間柄だが?…計算おかしくないか?」
「ぐぅ…!絶対俺も何か贈る…!!」
「セレス君、このフィナンシェお茶に合いますよ。はい、あーん」
「あーん…って、恥ずかしいですよう」
「(可愛い…やっぱり私のお嫁さんにしたいいいい…!)」
牽制し合う男2人。可愛さに眼鏡を曇らせながら悶えるプリスカ。全ての中心であるセレスタンは…このお茶、後味スッキリで美味しい〜としか考えていないのであった。
そんな日々を過ごし、夏期休暇は終わりを告げる。
※※※
新学期が始まり、セレスタン達は首都に戻った。セレスタンは再会を喜ぶような友人もいない為、いつものように教室の隅で静かにしている。
ある日の魔術の授業で。粘土を花の形に造り変える、創造の一種である実技があった。この授業では終了時に花を粘土に戻すのだが…仲の良い、気になる異性に贈るという伝統があった。
セレスタンも可愛く作ってロッティに贈るぞ!と気合を入れつつ。まるで…後片付け押し付けてるみたいだな…?と思いながら魔法陣を描くのであった。
「……?なんか変…もっかい!」
彼女は赤いコスモスをお手本に選び、術を発動させてみた。しかしどうにも形が歪…何度も繰り返し、段々と良くなっていった。
こんなモンかな?と一息ついていたら…視線を感じて斜め後ろを振り向いた。そこには…水滴までも再現された、瑞々しく美しい薔薇を持ったエリゼが立っている。そしてセレスタンの造花感否めないコスモスを見て…「はんっ」と笑い背を向けた。
「…………(いや、向こうは魔術の天才だし?僕が勝てる訳無いし?でも……むかつくううう!!)」
セレスタンは静かに燃えて、再度魔力を流すのであった。
エリゼはその足でシャルロットの元に向かい、「見てみろこの美しい薔薇を!!ふはははは、勝った!!」と超自慢していた。
対してシャルロットは「はーいはい凄い凄い。くれるの?はいどーも」「あー!?」とその薔薇を奪うのであった。
ジスランは何度作り直しても剣の形になってしまい…そのままシャルロットに渡していた。バジルはアヤメを贈り、彼女の机の上は大量の花で溢れているのであった。
「……よし、これなら!」
授業終了間際、セレスタンもやっと完成。教師に提出して、評価をもらってから妹に贈る。兄の花をずっと待っていたシャルロットも、笑顔で受け取りスズランを贈った。
後はチャイムが鳴るのを待つだけ。その時…セレスタンとシャルロットに近付く複数の影があった。
「まあ、ラサーニュ伯爵令嬢。人気者ですわね」
「あら、ヴィヴィエ公爵令嬢。
いいえ、令嬢ほどではありませんわ」
それは皇女の茶会でも会った、ルネ・ヴィヴィエだった。後ろには彼女の友人である令嬢が4人。4人共手に花を持っていて…合わせればシャルロットと同じくらいの数になるだろう。
「ふふ、ご謙遜なさらないで?」
「謙遜ではありませんわ?令嬢は殿下から頂いていたではありませんか、羨ましい限りですわ」
ルネ・ヴィヴィエは浅緑色でウエーブの髪の美少女である。期末テストでも4位という好成績を収め、シャルロットと並んで人気を博している。
今も2人、うふふおほほと穏やかに笑い合っているが…目が笑っていない。女の戦いだ…!と、クラスメイトは全員手に汗を握り見守っている。逃げ遅れたセレスタンは、シャルロットの背中に必死に隠れているが。
「ラサーニュ伯爵令嬢、よろしければ本日のランチ、ご一緒しませんこと?私、貴女とお話ししてみたかったのです」
「光栄ですわ。…後ろの方々もご一緒でしょうか?」
「…いいえ、令嬢さえよろしければ2人で。いかがかしら?」
「そういう事なら喜んで」
シャルロットの返答に満足したのか、ルネ達は去って行く。友人達はシャルロットをひと睨みしていったが。
「ねえロッティ。ヴィヴィエ嬢は…この間のお茶会でお話しなかったの?」
「挨拶と、表面上のやり取りしかしてないのよ。なんの用かしら…?」
シャルロットは首を傾げているが、セレスタンは内心喜んでいた。シャルロットは仲の良い女の子のお友達がいないから…ルネが友人になってくれないかなあと期待しているのだ。
が、その日のランチ終了後。シャルロットはチャイムが鳴る直前に教室に戻って来た。
「ロッティ、ヴィヴィエ嬢なんだって?」
「ふ…ふふふ、うふ…!!」
「「「?」」」
不敵に笑うシャルロット。セレスタン、バジル、ジスランは顔を合わせた。
「ふふふ…宣戦布告されたわ…!腕が鳴るわね…!」
彼女はそう言いながら指をボキボキ鳴らす。男2人は震え上がり…セレスタンはガッカリしていた。
そんな4人のやり取りを自分の席で眺めるピンク頭の少年。エリゼは昼食時、耳に届いた会話を思い出していた。
『……ですから。令嬢さえよろしければ…その。私と…お、おと…お互いに競い合い高め合う存在になりませんことっ!!?』
『………つまりライバル…という事ですね?』
『へ?いや、違』
『受けて立ちますわっ!!ではまず、明日の調理実習で勝負です!!!』
『えーーー!!!?』
「(ヴィヴィエ嬢は「お友達になりたい」って言いたそうだったけど。まあ…面白くなりそうだから放っておくか)」
エリゼは1人ニヤニヤしながら、次の授業の準備をするのであった。
※※※
次の日、調理実習にて。
この国では過去の世界大戦にて、貴族も平民も関係なく厨房に立ち力を合わせて戦を乗り切っていた。その影響で現在も貴族の子供達、特に令嬢は花嫁修行として包丁を握る。
「さて!準備はよろしくて?ヴィヴィエ令嬢!」
「うう…なんでこんな事にぃ…!…でも。こうして衝突を重ね、いつしか真の親友となる…そんな展開もアリですわね…!?
ふふふ、ラサーニュ令嬢!どちらが美味しいクッキーを作れるか…」
「「勝負!!!」」
おおお〜!!とギャラリーは大盛り上がり。調理実習は数人でグループを組むが、今回2人は勝負の為1対1の形をとった。この授業は必須ではない為サボる生徒も多いのだが…噂を聞き付けた皆が観戦するのであった。
だが…シャルロットは重曹を。ルネは片栗粉をドォン!!と台の上に置く。
その姿にパスカル、ルシアン、エリゼのように勘の良い生徒は逃げた。この後何が起こるのか悟ってしまったのだ。
ジスランとバジル、更には教師も観戦に回り、最早誰一人としてクッキーを作ろうとしていない。
いや…1人いる。
「うーん。いっぱい作って皆にあげようかな」
才女対決が盛り上がりを見せる中、セレスタンは隅っこで黙々と作業していた。レシピを見ながら、料理は得意かも〜!とちょびっとの自信がある彼女は頑張った。
「卵を割る…ふんっ!!!…意外と柔らかいのね」
その頃、シャルロットは卵を叩き付け台にヒビを入れ。
「……?ふるいって何かしら?振るえばいいのかしら!!」
ルネは袋ごと片栗粉をぶん回して、中身を撒き散らしていた。
ギャラリーは口を出そうとするも…「手出し無用!!!」とユニゾンで断ち切られ、ハラハラしながら見守るのであった。
恐らくセレスタンの言葉だったらシャルロットは聞いただろうが、その本人は一生懸命生地を混ぜている。
「ふう…」
セレスタンは生地を冷やしている間、勝負はどうなったかな?とヒョッコリ顔を出す。
「ロッティ、調子はどう?」
「もう順調よ!」
その言葉にセレスタンは安心して、ほっと胸を撫で下ろす。もしも困ってたら助けてあげる!とお兄さんぶりたかったが、残念〜と思いながら自分の台に戻って行った。
テキパキとクッキーを着実に作り上げるセレスタン。同じ空間では…
「あら?なんか焦げたわね。…って、型取ってから焼くんだったの!?」
生地を丸いまま焼くシャルロット。表面は焦げ焦げ、中は生。
「ん?オーブンから煙が。ふふ、完成も近いですわ!」
ブスブスとオーブンが悲鳴を上げているのだが、ルネはにこやかに見守っている。この時点で生徒の半分は逃げている。
セレスタンは「変な匂いするな〜」と呟きながら、最後の仕上げまで来ていた。この後皆でお茶会をする分は皿に取っておいて…と。大小の包みを1つずつ用意する。
小さいのはいつもお世話になっている養護教諭に贈る為。
大きいのは生徒会室に届けようと考えていた。学園では目立ちたくない彼女は、なるべくルキウス達とも関わりたくないと思っていた。
だが…まだブローチの礼をしていないし、自分を弟だと言ってくれるランドールにも食べてもらいたい。そのついでにルクトルにも。その為頑張って、美味しいクッキーを作り上げたのである。
その頃、問題の才女達は…と。
「「完成!!!」」
シャルロットの目の前には真っ黒な塊が。切ってみればみょーんと中身が伸びた。
ルネの作品は、固形であるはずなのにゴポゴポと皿の中で音を立てて蠢いている。ギャラリーは誰もが目を疑っていた。
「ふう…では、ジャッジはどうしましょうか?」
「そうですわね…ここはやはり、先生に付けて頂くのがよろしいのでは?」
「え」
ご指名を受けた女性教師は顔を青くした。コレを…食べろと?と。
どちらの令嬢も自信満々にクッキーを差し出す。教師は覚悟を決めて…一気に喉の奥に流し込んだ!!
うおおおおおっ!!!という歓声が上がり、皆固唾を飲んで教師の言葉を待つ。だが…
「……ほん、じ、つの…じゅぎょ…は。ここマデ。ミナサン、スミヤカニキタクナサイ」
彼女は表情が抜け落ち…感情の無い声で帰宅を促した。そのまま調理室を出て行き…生徒達は恐怖を覚えた。
「先生どうしたのかしら…?」
「勝敗が分かりませんわね。引き分け…と致しますか?」
「ですわね。このクッキーどうしましょう…そうだ!昨日お花をくださった方に贈りましょう!」
「「「え」」」
「良い案ですわ、ラサーニュ令嬢!では私も」
「「「えっ」」」
その発言に、女子は安堵し男子は震え上がった。何故なら男子の殆どが、2人のどちらかに花を贈ったからである。
「さあ、皆さん…おひとつ、いかが…?」
「「「ひ…!!」」」
「おかわりも、ございますわよ…?」
「「「ひいいぃぃ…!!!」」」
この瞬間、調理室は地獄と化す。2人の足元には屍が積み上がり、女子はあまりの光景に逃げるか失神する者もいる。
「ふう、大分減ったわ。この一番大きな塊はお兄様に食べてもらおうっと!」
ジスランも床に沈んでいたのだが…シャルロットの発言を聞き意識を浮上させる。彼女の手には、拳大のクッキー?が。
「(それを…セレスに、食わせる…!?あの細い身体のセレスに…させるか!!!)」
彼は愛しいセレスタンを守る為立ち上がる。彼の為ならば、この身が朽ちても構わない…!!と覚悟を決めて、シャルロットの手からダークマターを奪い口に運んだ。
「あーーーっ!!?何するのよジスラン、最後の1個なのに!!!」
「…ぐ、ううおおおおおっっっ!!!!」
「え…そんなに美味しかった…?仕方ないわねえ、もう!」
漢を見せたジスランは…今度こそ息絶えた。その光景に、バジルは横たわりながら涙を流す。
「(ジスラン様…!貴方の蛮勇、バジルはしかと見届けました…!!貴方が坊ちゃんの命を救った事、必ずお伝え致します!!)」
で、その坊ちゃんだが。
「よーし、綺麗にラッピング出来たぞ!……あれえっ!!?なんで皆寝てるの!?」
ずっと背中を向けて集中していた為、ようやく事態に気付いた。
「ごめんね、クッキー無くなっちゃったの。美味しく出来たから、お兄様にも食べて欲しかったわ…」
「ロッティ…。ありがとう、とっても嬉しいよ!
でね、代わりにはならないけど…僕も作ってみたの。これでお茶会、どうかな?」
「わあ、美味しそう!」
きゃっきゃと盛り上がる兄妹。倒れている生徒達は…「デハ、ゴキゲンヨウ」「オイシカッタデス」「マタアシタ」と次々帰って行く。
ちなみにルネは、逃げた友人4人を追い掛けており不在。最終的にその場にはいつもの4人のみ残された。
バジルは浮浪児時代、時にはゴミを食べて生き延びていた。それで耐性があったお陰かすぐに復活し、飲食スペースにてお茶会の準備に取り掛かる。
そうしてセレスタンのクッキーをつまみながら、ジスラン除く3人で楽しむのであった。
「…………う…?」
「あ、起きた」
「ここは…っ!?」
ジスランが目覚めたのは放課後だった。シャルロットとバジルも帰った後、医務室にてセレスタンに膝枕されていたのだ。
オーバンの姿は無く、最初からいなかったらしい。またサボりか…と2人は結論付けた。
「なんかね、バジルに介抱をお願いされちゃって。今日のMVPはジスラン様です…とか言ってたけど、なんの事?」
「(バジル…!ありがとう、ありがとう…!!)」
「それとこれ、君の分のね」
彼女が差し出したのは、小さな袋に入ったクッキー。ラッピングも何も無いが、ジスランにとっては宝石のように輝いて見えた。ゆっくりと受け取り大事そうに抱える。
セレスタンはその行動に照れながらも、用事があるからとベッドから降りようとした。その時。
「あ、待っ…!」
ジスランは一緒に食べたい!と思い引き止めようとする。だが回復しきっていない体は思うように動かせず…
「へっ?」
「あ…」
勢い良く体を起こした結果、目眩を覚えて倒れそうになってしまった。セレスタンは咄嗟に受け止めようと、正面から彼を迎えて…その結果。
「「…………………」」
彼女はベッドに押し倒される形となってしまい…ジスランがその上に覆い被さった。
そして…今にも口付けを交わしてしまいそうな程、2人の顔は接近していた。同時に状況を理解し、一瞬にして顔を赤く染める。
「ちょっ!ジスラン、どいて!!」
「待ってくれ、落ち着いて…!」
ジタバタとするセレスタン。ジスランを押し上げようと胸に手を当てると…彼の心臓が激しく鼓動している事に気付いてしまった。
「あ……」
「………………」
ジスランはその手を取り、指を絡めてベッドに縫い付ける。熱い視線でセレスタンを見下ろし…彼女の前髪をかき上げた。
2人はその体勢のまま見つめ合い…ジスランが更に顔を近付け、唇が触れ合いそうになった瞬間。
ガチャっ
「ん?誰かいんのか?」
「「わああああーーーーーっっ!!!」」
「は…?」
オーバンが帰って来たのだ。ジスランは渾身の力で床に転げ、セレスタンも寝返りを打った。そしてあわあわとベッドから降りる。
「せ、先生!ここ、これ、あげる!!さようならっ!!!」
「サンキュー…?んじゃ」
オーバンに渡す予定だったクッキーを押し付け、セレスタンは逃げた。オーバンは首を傾げながら…お、美味そうなクッキーと1つつまむ。咀嚼しながら、床に転がる茹で蛸を軽く蹴っ飛ばす。
「お前ら…医務室でナニしてたんだ…?」
「……………未遂……だ……」
「………………………」
ジスランはその場から動けず、セレスタンは廊下を早歩きしながら。
「「(ちょっと触れた…!!)」」
と、同じ事を考えているのであった。
実はシャルロットは、出来ない事はとことん出来ない。
重曹と片栗粉は、流石に教師が口を出して薄力粉と入れ替えといた。




