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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
16/102

アカデミー1年生 15



「だから!人工呼吸みたいなモノだろう!?そもそも他に希望者はいるのか!」


「いやあ…いくらスタンが可愛くても、積極的にキスしたい男は少数だと思うんですよ」


 ルキウス達は、誰がセレスタンにキスをするかでかれこれ30分争っていた。

 もう茶会終了の時間も迫っている、これ以上は事態を隠せない。早く目覚めさせねば…と皆焦り始めた。


「……兄上。ちょっと…」


 ルクトルとランドールがルキウスに近付き、小声で会話し始めた。他の者は気を使って少し離れる。



「ぶっちゃけ聞きますけど。兄上…ラサーニュ君の事どう思ってるんですか?」


「……可愛いとは思っている」


「そーじゃねえ。いや俺らとしても応援はしてやりたいけど、お前一応皇太子だからな?世継ぎとか考えろよ?」


「考えてるわ!」


「つまり…ラサーニュ君は遊びですか?」


「!ち、違う。だが…私は真剣だ!」


 ルキウスの要領を得ない物言いに、2人は顔を見合わせた。そして彼の腕の中で眠るセレスタンを見下ろし…



「あのう…そもそも、頬や額では駄目なんですか…?」


 その時彼らの後方で、バジルがおずおずと発言する。精霊は『王子様のキス』とは言っているが、場所を指定してはいない。全員確かに…と考えた。


「うーん…ちょい失礼」


「「あっ」」


 ランドールが、セレスタンの頬にキスをした。


「……起きねえか」


「お、おま、まーーー!!!」


「じゃあ僕も…駄目ですね」


「ふぁーーーっ!!?」


「挨拶レベルでしょうが…」 


 今度はルクトルが額にキスを落とす。だが目覚めず…ルキウスは彼女を自身に抱き寄せて2人を威嚇している。

 しかしこの反応、本気で少年に恋をしているのだろうか。親友であり弟である彼らは複雑な心境だ。


「じゃあ…本人に後で謝ってくださいよ?」


 ルクトルが呆れてそう言った。これ以上は埒が明かないし…他に希望者がいないんだから仕方ないかと考えたのだ。

 この場にギュスターヴがいれば断固反対して、時間が掛かっても他の方法を模索しようとしただろう。だが残念、彼は現在公務で外出中の皇帝を護衛しているのである。



 ルキウスとしてもこのような形でしたくなかった。だが…他の男にやられるなど、そっちのほうが許せない。


 彼はセレスタンを仰向けに抱き後頭部を支え…寝顔を見つめる。

 目の下の隈は気になるが、長い睫毛に血色のいい頬。薄く開かれた桜唇から目が離せない。心臓の高鳴りは抑えられず、ごくりと喉を鳴らした。


「(…待てよ?もし僕もあの歌を聴いていたら…今頃……ひいぃ…!!)」


 バジルはそう考え顔を青くさせながら、一応礼儀として背を向ける。ルキウスは他の者にも見るなと指示したが、ルクトルとランドールは目を逸らさない。


「………なんだその目は」


「いえ別に?ねえランドール?」


「ええ、ルクトル殿下。ルキウス殿下が脱がそうとするんじゃないかなんて…考えてませんよ?」


「「ねー?」」


「…………………」


 ルキウスは言いたい事は山ほどあるが、まず彼女を起こすのが先決だ。と覚悟を決める。


「(すまない…本当に、すまない。必ず責任は取るから…!)」


 心の中で謝罪しながら、ゆっくりと顔を近付ける。脳内では数年後皇太子妃となったセレスタンが隣で微笑み、第一子を腕に抱き涙する自分がいる。



 だが…その時たたたたっ…と小さな足音が響いた。



「「あっ」」


「んがっ!?」



 足音の正体は、真っ白で真ん丸な子犬だった。騎士達の足元をすり抜け、ランドールとルクトルの間を跳び、ルキウスの顔面に正面から頭突きをした。

 ルキウスの短い悲鳴に反応した全員が素早く振り向き臨戦態勢に入る。が、彼らが目にしたものは… ちゅううぅ〜…とセレスタンにキスをする子犬の姿だった。


「…………」


 セレスタンはピクッと手を動かし、ゆっくりと目を開ける。子犬は彼女が完全に目覚める前に顔の上から飛び降り、バラキエルとガブリエルの元に向かった。



'王様!'

'光の王様、どうしたの〜?'


「くるう!きゅー、くるる!!ぐう!」


'…怒られちゃったね…'

'うーん…何がいけなかったのかしら?'

''うーん?''


 毛玉は精霊達に説教のようなものをしてから…ぴゅーっと逃げた。


「光の、王様?あの子達は確かにそう言ったのね?」


 魔術師は自身の精霊に尋ねた。彼女の精霊はこう言っている。


'今のは光の最上級精霊、フェンリル様。そしてあの子は彼の寵愛を受けている愛し子である'


「フェン…!?」


 魔術師は叫びそうになったのを、両手で口を押さえて必死に堪えた。何故なら…そのフェンリルと言われた毛玉が、離れた所から青い双眸で彼女を見据えているからである。


'口外するな。まだ早い…と言っている'


 彼女はその言葉に、コクコクと高速で頷いた。そして今度こそフェンリルは姿を消し…その場には困惑のみ残された。

 誰もが今何が起きたんだ?と首を傾げる。オスなら人外でもいいんかーい!とハーヴェイは笑っているが。



「(フェンリルの愛し子…!嘘でしょ、それじゃこの子はとんでもない偉人じゃないの!?契約はしてないみたいだけど…)」


 1人だけ状況を理解している魔術師は寝惚けるセレスタンを見下ろしながら混乱の極みにいた。

 皇帝に報告すべきだろうが…フェンリルに口外するなと言われてしまっている。最上級精霊とは、人間の王なぞよりも遥かに尊い神にも近しい存在なのだ。ならば、どちらを優先すべきかなど決まっている。


「(私は何も知らない、聞いてない!!)では殿下、私の任も終了のようですし下がらせて頂きます」


「あ、ああ…ご苦労だった」


 ルキウスは涙目で鼻をさすりながら言った。魔術師は頭を下げて…全力疾走で逃げる。


「…ふぁああぁ……」


 セレスタンはようやく覚醒し、大きな欠伸をした。



「あ〜…よく寝…………は?」


 呑気に伸びをして…なんだかお尻の下が暖かいな?とようやく今の状況に気付いた。

 セレスタンは今、鼻を赤くしたルキウスの膝の上で横になり。周囲を見渡せば皇子やら騎士やらバジルやらが自分を見ている。



「……………………」スッ


 彼女は脳内で大パニックに陥りながらも、何かやらかした…という答えに行き着いた。

 努めてゆっくりと膝から降りる。本当は「ぎゃああああっ!!?」と叫びたいところだったが、驚きすぎて逆に冷静になっていたのだ。


 そしてベンチの目の前で…勢いよく土下座した。


「申し訳ございませんでしたああああっ!!!」


「えっ!?いや、やめなさい!!」


「だだだって、また何かご迷惑をお掛けし…!!ごめんなさい!!!どうか家族は罪に問わないでください!!」



 お前はいつも…!私をなんだと思っている!?そんなに怖いのか、そこまで狭量ですぐに権力を振りかざすような男に見えるのか!!?



 ルキウスはそう叫びたい心をぐっと抑えた。何故ならそうしたら、彼女がまた怯えてしまうと分かっているから。

 だからこそ深呼吸をして…優しく、セレスタンの震える背中に手を当てた。彼女はその瞬間全身を跳ねさせたが、構わず静かに撫でる。


「…顔を上げなさい。お前は何もしていない。むしろ謝るべきは私のほうだ」


「………?」


 ゆっくりと上げたセレスタンの顔は青ざめ、目に涙を浮かべていた。ルキウスは顔が怖いと怯えさせてしまう事を危惧して、顔を見られないように正面から抱き締めた。


「へっ!?」


「……覚えておきなさい。私はお前が何をしても、絶対に怒らないと約束する。絶対だ」


「……………?」


 彼女の肩に顎を乗せ、幼児をあやすようにトントン背中を叩きながら語り掛ける。

 小さいセレスタンは、スッポリとルキウスの腕に収まった。そして彼の温もりに、優しい声に、爽やかなコロンの香りに…次第に力を抜いた。



「……僕がどんな酷い事をしても、許すと仰るのですか…?」


「(お前は故意に誰かを傷付ける真似は出来ないだろう…短い付き合いだが、それくらい分かる)ああ、許す」


「(嘘だ。そんな事…あるもんか。……だけど)」


 少しだけ、信じたい…そう願う自分がいる。

 セレスタンは考える。何をしても…例えば自分がされて嫌な事は…


 妹と比較される事。差別される事。聞こえるように悪口を言われる事。複数人で寄ってたかって嫌味を言われる事。物を壊されたり、隠されたりする事。暴力を振るわれる事。無視される事。

 大事な人と、引き離される事。


 …そんな事、出来る訳がない。ならば…



「…僕が…んーと…。

 この前とか、今日みたいに。貴族らしからぬ情け無い姿を見せてしまっても怒りませんか?」


「怒らない」


「で、では!ルキウス様が食べようとしているおやつを横取りしても?」


「……怒ら、ない…んぶ…ふ」


「じゃあ、ルキウス様の…読みかけの本から栞を抜いても、怒りませんか…!?」


「……うん、ふふん…っ」


「それでは、お顔に落書きをしても怒らないと仰るのですかっ!?」


「………ふ…ふふふ…!ははっ、あははっ!!」


「えー!?」


 ついにルキウスは笑いを堪えられなくなってしまった。彼だけでなく、その場の全員が口元に手を当てて震えている。


 悪い事の発想が…5歳児レベル!!それが総意であった。


 ルキウスは眉間の皺すらも消え、本当に愉快そうに笑う。薄っすらと目尻に涙が滲む程、彼女を抱き締めたまま笑い続けた。そのまま地面に転げそうな勢いだ。

 その時ランドールが、菓子の入った皿を持って来た。そしてルキウスに差し出し…察したルキウスはクッキーを1つつまむ。

 セレスタンから身体を離し、おもむろに食べる振りをすると…ハッ!としたセレスタンが急いで奪って食べた。それを繰り返して、急いで食べる彼女はハムスターのように頬を膨らませる。


 一生懸命咀嚼する姿にまた笑いが込み上げてきてしまう。その笑顔を見たセレスタンは…



「…えへへ。本当だぁ」



 にへっと笑ってそう言った。その無邪気な笑顔を真正面で見たルキウスは…


「………………」



 緩やかに頬が染まっていく。セレスタンの腰に回している腕に、無意識に力が入る。

 そして…彼女に顔を近付けた。


「……!?」


 セレスタンは反射的にキスされる!?と考えたが、がっちりと拘束されていて逃げられない。咄嗟にぎゅうっと目を瞑ると…口のすぐ横、ギリギリの所に唇が当てられた。

 側から見れば完全にキスをしているようで…ギャラリーは絶句した。ルキウスはたっぷり5秒後、ペロっと頬を舐めてから離れた。



「……食べカスが付いていたぞ」


「へあ……?」


 硬直するセレスタンを優しくベンチに座らせる。そしてニッと笑い、口元を手で覆って自分を見上げる彼女に背中を向ける。


 ざっざっざっ…と速足でその場を後にする。正気に戻ったルクトルとランドールが急いで追い掛け、肩を掴み問い詰めようとしたが…



 ルキウス自身も耳まで赤く染めている姿に。2人は何も言えなくなってしまったのだ。




 これまでルキウスはセレスタンに対して可愛い、反応が面白い。可哀想な境遇に同情している。胸を見てしまった罪悪感から好意を寄せていた。


 それが先程の柔らかい笑顔を見てしまい…完全に心臓を撃ち抜かれた。



 つまり…本気でセレスタンに恋をしてしまった。



「ああクソ、何をやっているんだ私は…!」


 髪をぐしゃぐしゃと掻きながら自室に戻る。今彼の頭の中では…彼女にどうやって自分を好きになってもらおうか。それしか無いのであった。





 一方、残されたセレスタン達は。


「坊っちゃーん!しっかり、お気を確かにー!!」


「……ば、じる…」


 限界まで赤い顔をして放心するセレスタン。そんな彼女の肩を揺らすバジル。気まずそうに顔を逸らす騎士達。

 彼らは全員…子犬の事も頭から吹っ飛んでいるのであった。





 その後茶会は終了し、シャルロットと合流する。バジルは呑気にシャルロットの肩に座るセラフィエルを見て…何か忘れているような?と首を傾げた。


「あ、お兄様。殿下からブローチ受け取った?」


「ほあ…?」


 帰りの馬車の中、まだ夢心地のセレスタンは呆けた声を出す。そしてバジルはようやく思い出し、あっ!と声を上げた。セラフィエルも思い出したのか、ゴソゴソと服の中から小さく畳まれたメモを取り出す。それほいっとシャルロットに渡して、開いてみると…



『坊ちゃんが精霊の術で眠ってしまいました。池にいますので、すぐに来ていただけますか?バジル』



 と書かれていた。首を傾げるシャルロットに全て説明する。復活したセレスタンも、眠っている間の出来事を聞きたがった。

 バジルは戸惑ったが、真実を話す事にした。ただしルキウスが積極的だった事は省く。


「お、王子様の…キス…?お兄様の唇が奪われたのっ!!?どこの誰よ、削ぎ落とす!!!」


「おやめくださいお嬢様!?実はその時子犬が走って来て、坊ちゃんのお口を舐めたんですよ。その子がオスだったみたいで、それで目覚めました!!!」


「……………そう。まあ、犬なら…いっか」


 バジルの反応からして嘘ではない。そう判断してシャルロットは下がった。まあ実際、舐めるどころじゃなかったが。

 それより…セレスタンはその話でルキウスにされた事を思い出していた。あと数cmで…!と考えては頭を振る。


「それで、ブローチってなんの事?」


「坊ちゃんの上着の、右側のポケットを探ってみてください」


 言われた通り手を突っ込むと、そこには朝手放したはずのルビーのブローチが。


「それはセレスタン様の物…と皇太子殿下が仰ってました」


「ルキウス様が…?」


 セレスタンは手元に視線を落とす。このブローチを知っている…つまりルキウス様からの贈り物?なんで…?と困惑するも、初めて男性から宝石を贈られたという事実に喜ぶ心がある。例え向こうが自分を男と認識していようともだ。

 理由はいつか聞くとして。今はそっと胸に付けるのであった。伯爵にはシャルロットも説明してくれると言うので、もう取り上げられる事も無いだろう。



「(ふう…なんとか誤魔化せた。しかし皇太子殿下は、本気で坊ちゃんの事を…?確かに坊ちゃんは、女性と身間違う美貌の持ち主だけれど)」


「(犬…犬ねぇ。まさか犬に変身した男とかじゃないでしょうねえ?ていうかお兄様…いつの間に、皇太子殿下をお名前で呼ぶ程の間柄に…!?)」


「(くそう…ルキウス様の考えが分からない!!それより今日もロッティプリティキャンペーンをし損ねた。次にお会いした時こそ、ロッティの魅力を余す事なく語らねば…!!)」



 三者三様思考に耽り、馬車はラサーニュ領へと帰って行く。





 ※※※





 夜、皇室の夕食時。


「それで、今日のお茶会はどうだったんだ?」


「概ね成功したわ。皆さん満足してくれたと思うわ」


「そうか。ルシアンはどうだった?」


「………………」



 皇室一家は毎日揃って夕飯を食べる。そこでルシアンは挨拶もせず、話し掛けられても無言で食べるだけなのだが。このように父である皇帝に訊ねられても、ルシアンは自分の手のひらを見つめているだけで何も…



「…………面白いものは見れました」



 カチャーン…


 ルシアンが言葉を発した。その衝撃に…皇帝、皇后、ルシファー、ルキウス、ルクトルの全員が…カトラリーを落とした。


 その反応に居心地が悪くなったのか、ルシアンはそれ以上口を開かなかった。家族が正気に戻る前に、急いでデザートまで食べて退室する。彼がいなくなった後のダイニングで…わああああっ!!?と大騒ぎする声が聞こえてきた。


「やったわ、私のお茶会のお陰よね!?」


「いいや私が訊ねたからだろう!?」


「いやいや僕が…!」


 民には威厳たっぷりの姿を見せる家族が。いい意味での言い争いをしている…その事にむず痒くなったルシアンは、小走りで自室に戻るのであった。





 後日…近衛騎士団の鍛錬を、遠くから隠れて見学するルシアンの姿があった。

 彼は7歳の頃、たったの3日で剣を捨てている。それに普段の横暴な振る舞いもあって、近衛でも彼を快く思わない者が多い。今だってどうにか粗を探して、難癖付けようとしているに違いない…そう考えながら騎士達は剣を振るう。



「…………んー?」



 そんな中ハーヴェイはもしかして…?ととある可能性に至る。

 打ち合いをやめて、皆より少し離れた所に移動する。丁度ルシアンからよく見える位置に…そこで素振りを始めた。


「何やってんだお前?」


「見りゃー分かるでしょうよ、基礎は大事っしょ」


 先輩騎士に何を言われようとも、彼は剣を振るい続ける。ルシアンはそんなハーヴェイの動きをじーっ…と見続け。



 その日以降人気の無い時間、場所で。拙いながらも剣を振るう、ルシアンによく似た少年の姿があったとか。



本編でのルシアンのデレ度を100とすると。この時点では3デレ程です。

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