アカデミー1年生 14
遡る事十数分前。
「くあ…ふわああ〜…ぁぐ…」
「眠そうですね、坊っちゃん」
「まあね〜…ふぁぅ…」
セレスタンは池の前の石に座ったまま大欠伸をする。彼女は昨夜緊張からあまり眠れず、寝不足だったのだ。
頭をフラフラさせて微睡む彼女を、バジルは心配そうに見つめている。
'あるじ、眠いの?'
光の精霊達がセレスタンの周囲に集まる。そうなの〜と適当に返事をしたら…
'じゃあ歌ってあげる!'
'子守唄!'
「へ?ちょ、待っ」
そんな本格的に眠るつもりはない!!と思い、断ろうとしたが…
〜♪〜♬
「や、ば…!」
周囲に美しい歌声が響き渡り…咄嗟にバジルは耳を押さえた。だがセレスタンは、魔力の込もった歌を至近距離で聴いてしまい…
「…きゅう」
「ぼっちゃーーーん!?」
その場に、ばたんと倒れ込んだ。精霊達は「いい仕事したぜ」と言わんばかりのドヤ顔。歌が止まっているのを確認し、バジルはセレスタンを抱き上げる。
軽く頬を叩き揺さぶるも全く起きない。どうやら何かしらの術に掛かってしまっているようだ。
「ど、どうしよう…!」
彼は一瞬で脳内に様々な考えが広がった。
皇族含め高位貴族の集まる茶会でこの事態、旦那様に知られてしまうのは避けないと。
もしも何日も目覚めなかったら…!しかし寝顔可愛いな。
誰か、信頼出来る方に助けを。だが自分が離れる訳にはいかない。
そうだ、精霊!
バジルは急いで簡単なメモを書く。
「えっと君は…セラ!この紙をシャルロットお嬢様に渡して欲しい。出来るかな?」
近くを飛んでいたセラフィエルに使いを頼む。セラフィエルはこくんと頷きメモを受け取り、シャルロットのいる方角へ飛んで行った。
「よし…次は。この状態の坊ちゃんを誰にも見られないようにしないと…!」
周囲には誰もいない。ひとまず池に向かって座らせる…が。
'ねえバラ。人間は寝る時お布団か敷物の上で寝るんでしょう?'
'そうだねガブ。でもあるじ、この前ソファーで寝てたよ?'
'そっか。じゃあお布団かお椅子に連れて行こう!'
「えっ!?ちょっとー!どこに連れて行くんだ!?って力強っ!!ちっさいのに!!」
手のひらサイズの精霊達は、セレスタンの腕を両側から持ち運び始めた。咄嗟にバジルが足を掴んだもんで、彼女の体で綱引き状態になってしまう。
''えいえいおー、よいやっさー''
「そっちは…殿下方がいるほうじゃないか!!マズイマズイマズイ!!!」
精霊の力は強く、バジルが踏ん張っても止まらない。しかしこの状況でもセレスタンは全く起きない、かなり深い眠りのようだ。
顔を青くさせるバジルの思いとは裏腹に、徐々に人の多いところへ移動する一行。
「…………ん?……っ!!!?」
その時、子息達の集まるテーブルから少し離れたベンチにいるルシアン。バジルと精霊の声に気付き顔を上げると…
'椅子!あったよ椅子'
'本当だ!でもあの人お邪魔だね'
「げええっ!?駄目だってばー!!」
「?????」
ルシアンの前方15m程の場所に、シュピンと背筋を伸ばして宙に浮くセレスタンと、その足にしがみつくバジルの姿がある。訳が分からずルシアンは目を丸くするばかり。
ここまで来ると…当然他の人にも気付かれる。なんだありゃ!?と注目されてしまった。まあ本当は、もっと早い段階で会場警備の騎士達にバレているのだが。
そこへニヤニヤを抑えられないハーヴェイがバジルに近付く。
「ねえバジル…お前ら何やってんの?」
「ハーヴェイ卿!!実はかくかくしかじか…」
「ほーん…精霊はなんでスタンを運んでんだ?」
「分かりません!!あっ!?」
「うおわっ!!アブね〜…!」
精霊達がパッと手を離し、セレスタンが地面に叩き付けられる寸前にハーヴェイが受け止める。眼鏡は地面に転がり、踏む前にバジルが回収した。
精霊達はと言うと…ルシアンをぺちぺち叩いている。
「なんだ貴様ら!?地味に痛い!!」
'どいてどいて'
'お邪魔'
「…もしや、退けと言っているのか?」
ルシアンの言葉に、精霊達は頷いた。その返答にルシアンは顔を引き攣らせ…
「絶っ対に退かん!!!」
意地でも動かない姿勢を見せる。子息達も遠巻きに皇子と精霊のやり取りを見ていた。そこへルクトルとランドールが近付く。
「ルシアン、どうしたんですか?」
「……どうもこうもありません。このチビ共が私に退けと言うだけです」
「(はうっ!!ルシアンが…会話をしてくれた…!)」
「…ルクトル殿下、何悶えてるんですか…?」
ルクトルは反抗期の弟とコミュニケーションを取れた事に感激して動けなくなってしまった。じ〜んと震える彼は無視して、ランドールが精霊達に話し掛ける。
「お前達はセレスの精霊だな。よく分からんが、座っている人を無理矢理退かしては駄目だ。セレスに怒られてしまうぞ?」
その言葉を聞いた精霊達は顔を見合わせる。
'怒られちゃう?それはやだなあ'
'そうだねえ。じゃあ、仲良ししようか'
そして頷き合い…ルシアンに向かってぺこりと頭を下げた。
「(謝罪か…?はあ、これだから茶会など…)…………?」
「「「「あっ」」」」
精霊達は…ハーヴェイからセレスタンを引っ張り、ベンチに座らせた。当然、ルシアンの隣に。
'うーん、がくがくしちゃうね'
'コレで固定しよう'
「……………………?」
コレ扱いしたルシアンの肩に、セレスタンの頭を乗せた。精霊達は満足気に頷き、セレスタンの膝の上に座る。
周囲の者達は精霊達の行動の意図が全く分からず…ベンチに座る2人を凝視する。ここでルシアンが席を立てばいいのだが…彼は絶対退かないと言った手前、勝手に引っ込みがつかなくなっているのだ。
最終的にセレスタンと仲良し小好し、ベンチに座る事となったのである。そしてルキウスが戻って来て、話は戻る。
一方その頃、セラフィエル。
「可愛い〜!シャルロット様、この子貴女の精霊さんですか?」
「いいえ、お兄様の契約している子ですわ。でも何故ここに…?」
セラフィエルは令嬢達に囲まれて…ニコニコでテーブルの上に座っていた。中級の精霊は知能がそれ程高くないので…本来の目的を完全に忘れている。
令嬢達にちやほやされるのが嬉しいのか、歌を披露したり踊ったり。「あるじは用があったら呼んでくれるでしょ〜」と、主が意識不明な事も忘れているのであった。
※※※
「……という訳でして。坊ちゃんは深い眠りについていて…いつ目覚めるかも分かりません。僕達では精霊の言葉も理解不能ですし」
「そ…う、か…」
セレスタンを探していたルキウスは、この状況をバジルから教えてもらった。理解は出来たものの、どうするか。
そしてセレスタンに目を向けるが…
あまりに無防備な寝姿に、怒りが湧いてくる。何故ならば…セレスタンの寝顔を見ている男達が、頬を染めてニヤけているからだ。
とりあえず魔術師を呼びに行かせて、セレスタンの状態と精霊の話を聞いてもらう。
「精霊と契約している魔術師を頼む。
それとこの場にいる全員…この事は他言無用だ、彼らの名誉の為にも。いいな…?」
ルキウスが睨みを利かせると、子息達は全員勢いよく首を縦に振った。そして皇子三兄弟、ランドール、バジル、ハーヴェイ、騎士数名を残して解散した。なんとしても伯爵の耳に入らないようにせねば…とため息をつく。
「さて…と。えーと…ルシアン。その…」
「………………(ルキウス兄上が、見た事ない顔してる…)」
ルシアンはその間も動かずにいた。ルキウスは今すぐに場所を代わりたい、いや真ん中に入りたい!という欲と戦っている。結果ベンチの目の前で立ち尽くす事となり、ルシアンの困惑は加速する。
「ハーヴェイ卿、僕はお嬢様にお知らせしてきます」
「おー…いや、必要ないんじゃね?魔術師が来るまで待とうぜ」
「で、ですが…」
「いーからいーから!」
バジルは「まあ…お嬢様が暴走しても困るから…」と納得する。その時…ルキウスの手に、ブローチが握られている事に気付いた。
「それ…」
「ん…?ああ、そうだリオ。お前はどうしてラサーニュ嬢がこれを付けていたか知っているか?」
令嬢の集まるあの場では追及出来なかったので、ルキウスは説明を求める。
バジルは真実を告げて伯爵を売るか、誤魔化して庇うか一瞬悩み…
「伯爵様が、それは坊ちゃんがお嬢様の宝石を盗んだと仰っていました!」
「なんだと…?」
アッサリ売った。彼にとって伯爵は雇い主ではあるが、忠誠を誓っているのはセレスタンとシャルロットだけなので。
「僕も全てを見ていた訳ではありませんが…旦那様が坊ちゃんを怒鳴りつけていたのが聞こえました。
お嬢様も自分のでは無いと言ったのですが、聞く耳を持たず…。坊ちゃんも悲しそうに、ブローチを付けたお嬢様を見ていました…」
「…………そうか。これは、彼の物だ」
ルキウスはセレスタンに近付き、胸にブローチを付けようとして…「女性の胸に触っていいのか…?」と動きを止める。以前ベッタベタに全身触った事は忘れているのだろうか。悩みに悩んだ結果、ポケットに突っ込んだ。
「しかし、伯爵は何故そのような事を…?」
ルクトルの質問に、バジルはまたも悩んだ。セレスタンの境遇を、本人の意思関係なしにバラしていいのか…?と。
だが社交界では有名な話だし…セレスタンの味方が増える切っ掛けになるだろうか、と決心する。少し長くなりますが…と前置きをしてから話し始めた。
「その…旦那様は昔からお嬢様ばかり可愛がり、坊ちゃんを蔑ろにしていました。それと言うのもお嬢様は、非常に幾つもの才に恵まれていらしたから。
常にお2人を比較して、坊ちゃんを否定してきました。「お前は無能だ」とか、「出来損ないの不良品」「ただ飯食らい」など…」
その言葉に…ずっと状況に無関心だったルシアンが顔を上げた。
「しかし坊ちゃんは無能なんかじゃございません。なんとかお父上に認めてもらおうと、常に努力していました。
剣術だって何度大怪我をしても続けました。寝る時間や食事も削ってまで、勉強を怠っていません。貴族としての振る舞いだって…坊ちゃんが劣っているとは決して思いません。
ただ…お嬢様はそれでも、常に坊ちゃんの数歩先を行かれるのです。それが旦那様は気に入らないのでしょう…。終いには旦那様、奥様、使用人の全てが坊ちゃんを否定しました」
「………………」
誰もが黙って話を聞く中、ルシアンは本を握り締めていた。そして自分の肩で眠るセレスタンに目を向ける。ふと、彼女の手が視界に入った。本を置きその手を取り…
「(……荒れているな。爪も短いし、タコがいくつも…なんとも醜い手だ。だが…)」
ルシアンは自分の手を見つめる。彼は己の手入れされた白く美しい手を誇りに思っていた。だが…今彼の顔が歪んでいるのは、どういう感情からなのだろうか。
ルシアンが俯いていたその時、気付いてしまった。
「(…?なんだ、ラサーニュの手…小さくないか?指も、手首も細い。これはまるで、女の手ではないか)」
体を捻り、彼女の上半身を腕で支えて向かい合う体勢を取る。
正面からセレスタンの寝顔をじっと見つめた。全員がバジルの話を真剣に聞いていた為、彼の行動は誰にも気付かれずにいた。
バジルはその間もずっと話していた。セレスタンは皆に愛されたいと願っていた事。人知れず膝を抱えて泣いている事。全員悲痛な面持ちで聞いている。中にはルキウスのように拳を震わせる者もいた。
「あ……」
話が終わると同時に、ルシアンが小さく声を上げた。セレスタンが涙を流しているからだ。ルシアンはそれをハンカチで拭い、セレスタンを駆け寄ってきたルキウスに預けた。
「……私は部屋に戻ります」
「あ、ああ…」
最後にセレスタンを一瞥してから立ち去った。部屋に戻る途中、騎士と精霊を連れた魔術師の女性とすれ違う。
「あらー。ふんふん、成る程…こりゃ参ったわね…」
「なんて言っているんだ!?」
「うー……んと…ですね、皇太子殿下。精霊ちゃん達が…『お姫様を目覚めさせるのは、王子様のキス!』『ちゅーだよ、ちゅー!』と…言っています」
ずるっ。会話が聞こえていたルシアンは、思わずその場で滑った。チラッと後ろを見れば、自分同様兄達が斜めになっていた。そして…
「…う"ぅん…っ。では、ここは皇子の私が…」
「僕も皇子ですよっ!!!また逮捕されたいんですか!?」
「坊ちゃんはどっちかと言うと、王子様じゃないんですか!?」
「え、じゃあお姫様連れて来なきゃ?」
「いえ…『王子様はどこかしら?』と言っています」
「だから私が!!」
「こんの変態皇子!!!」
という大騒ぎに巻き込まれちゃたまらんと思い、足早に皇宮内に入っていくのであった。
「……ああ、そうか。あの時の赤毛。屋上の前で寝ていた男。セレスタン・ラサーニュ…か」
ルシアン・グランツはこのグランツ皇国にて、第三皇子として生を受けた。黒い髪に赤い瞳、兄皇子達に負けず劣らずの美しい容姿をしている。
だが彼は権力を笠に着て横暴に振る舞い、皇族としての務めは一切果たしていない。
自分を称賛する声しか聞かず、持ち上げる人間としか付き合わない。
彼がそうなったのにも、一応理由はあった。それは…兄弟の存在。
ルシファー、ルキウス、ルクトル。彼らはそれぞれ成績優秀で、皇族として常に皆の見本とあるよう意識している。公務もきちんと果たし、部下の信頼も厚い。
ルシアンも昔は、憧れの兄弟のように立派な皇族になりたいと思っていた。だが…
頑張ってみても、どうしても上手くいかない。勉強も楽器も剣も、中々上達しない。兄弟は皆、優雅に簡単にこなしているというのに…
そう考えたルシアンは、7歳にして早々に努力する事を放棄した。根本が違うんだ、兄弟達は生まれついての天才なんだ。自分みたいな凡人が努力しても、意味は無い…と。
だがそれは間違いだ。ルキウス達も皆、見えないところで努力をしていた。それが積み重なり結果として現れているだけなのだが…ルシアンはそれを知らない。
そして少しずつグレていき、12歳の今では我が儘皇子と呼ばれるまでになってしまった。周囲の兄弟と自分を比較する声に苛立ち、益々堕落していく。
付き合いのある友人も皆、皇子という立場に群がる者ばかり。だがルシアンは、それで良かった。
「そうだ、努力なんて馬鹿らしい。そんな事して、なんになる?実際ラサーニュは、それで家族から虐げられて…い…」
部屋に戻るルシアンは廊下の真ん中で足を止めた。先程の同級生の話を聞き…ふと考える。
自分は天才の兄弟に敵わんと思い、早々に諦めた。それでも…家族は愛してくれている。どれだけ悪評が広まろうと、決して自分を見捨てない。
「(そういえば…父上も母上も「得意分野は人それぞれだろう、自分に向いている道をゆっくり探しなさい」と…言ってくださった、ような…)」
だというのに、同じような境遇のセレスタンはどうだろうか。自分はもしかして…恵まれているのでは?
「……違う!そうだ、私は…本当は…!」
それでもルシアンは家族を信じられず、頭を振った。部屋まで戻りベッドの上に仰向けに倒れ、右手を天井に向けて伸ばした。
今まで一切の努力をしてこなかった手。その手を…少しだけ。ほんの少しだけ、恥ずかしく思う。
それでも…今までの自分を変える事は容易では無い。彼はゆっくりと目を閉じて…
「結局…誰がキスをしたんだろう…」
と呟いた。




