アカデミー1年生 13
数日後、ラサーニュ伯爵邸。セレスタンとシャルロットが皇宮に呼ばれた日。
ギュスターヴは伯爵に皇太子からの招待と言っていたが、正確には違う。第一皇女が主催する茶会の招待状であった。
「ふぃー…皇女様かあ…お優しい方だといいなあ…」
セレスタンは例の一張羅に着替え、眼鏡を掛けて。髪は…皇宮に向かうんだし、と思い上げておく。
そして胸には赤いブローチ、彼女はこれの贈り主を探す意味も込めて身に付けた。あの日屋敷に来た誰かなのは間違いないのだから。
「…似合うかな?可愛い?なんちゃって!」
こんな素敵な宝石は初めてだ、と自室の鏡を見ながらくるっと回る。
だが支度を終えて、玄関でシャルロットを待っていると…伯爵が姿を現した。そしてセレスタンの胸で輝くルビーを見つけ、顔を顰める。
「なんだそれは、何故お前がそんな物を持っている?」
「え、と…戴き物です」
「誰からだ?」
「それが…分かりません。僕の部屋に置いてあったので…」
「そのような嘘が通用すると思っているのか!!」
「っ!!?」
伯爵は突然大声を出して、セレスタンの肩を強く掴んだ。彼女は怯え、動けない。
「よくもそのような戯言を吐かせるものだ、ロッティの物を盗んだのだろう!!殴られたくなくば今すぐ返せ!!!」
「…!は、はいっ」
セレスタンは言われた通りに外し、震える手で差し出す。今から皇宮に行くのでなければ、伯爵は間違いなく手を出していただろう。乱暴に奪い、丁度やって来たシャルロットに笑顔を向けた。
「おお、ロッティ。とても可愛らしい、今日の主役はロッティになるだろうな」
「主役は皇女殿下よ、不敬よお父様。それより…お兄様と何を?」
「ふむ、こいつがロッティの大事な宝石を盗んだのでな、取り返してあげたよ。さあ、今日はこれを付けるといい」
「…?私、こんなブローチ持っていないわ」
「ははは、ロッティは沢山持っているから分からないだけさ」
戸惑うシャルロットに、ブローチを無理矢理付けさせる伯爵。セレスタンはその様子を…涙を堪えながら見ていた。
屋敷の者達に見送られ、首都に向かい馬車を走らせる。乗っているのはセレスタン、シャルロット、バジルだ。
「その…坊ちゃん。このブローチ、貴方の物ですよね?」
「……ちがう…ロッティの…」
「お兄様…」
セレスタンは俯いたまま答える。こうなっては彼女は意見を変えない、2人は顔を見合わせため息をつく。
シャルロットもバジルも、セレスタンが盗んだなどと考えてはいない。どうせまた伯爵の勘違い、もしくは嘘。そう見抜いている。何よりシャルロットは、本当に見覚えが無い。
セレスタンは妹の胸に輝く宝石を見て…「僕なんかより…ロッティに付けてもらったほうが、宝石だって喜ぶよね…」と、無理矢理感情を押し込める。
会話も少ないまま、彼らを乗せた馬車は進む。
※※※
招待状を見せると、中庭に通される。装飾が施されたアーチを潜ると、色とりどりの花が咲き乱れる美しい場所に出た。
そして…一番目立つ所。テーブルの上座に波打つ金髪の美女、ルシファー皇女が座っていた。
彼女の周囲には令嬢達がすでに侍っている。その中にクラスメイトもいるな…と考えながら、セレスタン達は挨拶の為近付いた。
シャルロットは淑女の挨拶、美しいカーテシーを披露しセレスタンは右手を胸に当てて礼を執る。セレスタンはガチガチに緊張しているが、なんとか声を絞り出した。
「…お初にお目に掛かります、皇女殿下。ご挨拶申し上げてよろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
「ありがたき幸せに存じます。僕はラサーニュ伯爵家長男、セレスタンと申します。本日はお招きいただき、恐悦至極に存じます」
「同じくラサーニュ伯爵家長女、シャルロットでございます。素晴らしいお茶会にお招きいただき光栄でございます」
「ええ、改めて私はルシファー・グランツ。とっても似ているのね、双子?」
「「はい」」
ルシファーは顔を上げた2人を見比べ驚いた。双子とはいえ…男女でここまで同じ顔になるのかと。
そしてセレスタン達の名乗りに、彼らを知る者も驚いた。初めてセレスタンの顔を見て…あら可愛いじゃないの、とちょっぴり照れているのであった。
「どうか楽しんでいって頂戴ね。ああ、向こうに弟達もいるわよ。こちらは女性ばかりだから…ラサーニュ君はそちらのほうがいいんじゃないかしら?」
「ご配慮に感謝致します。それでは僕は殿下方にご挨拶に向かいますので…ロッティ、後でね」
「ええ、お兄様」
シャルロットはバジルに視線を送り、彼は軽く頷いた。そしてセレスタンの後を追い、この場には女性のみ残された。
シャルロットの評判は社交界に響き渡っているので、皆快く迎える。ルシファーの近くの席に通され、今は同じクラスの公爵令嬢と挨拶をし合っている。
ルシファーも笑顔で会話をしているのだが…頭の中では、先程挨拶したセレスタンを思い浮かべて…薄っすらと頬を染めていた。
「(あの子がルキウスのお気に入りの子ね〜…確かに可愛かったわ。
でも…姉として不安というかなんというか。お世継ぎの事はちゃんと考えてんでしょうね…?
この間は強引に泊まりに行くし…なんか、手を出した…とか、聞いたんですけど…!!あの弟は!!)」
彼女はセレスタンが女の子だとは知らない。ルキウス、プリスカ、ギュスターヴだけの秘密である。
だが中途半端にルクトルやハーヴェイの話を聞いてしまい…彼女の脳内では…
『弟が年端も行かぬ美少年を無理やり手籠にした』というストーリーが完成していた。大体ハーヴェイの所為なのだが。
『セレスタンって言うんですけどね、超可愛くてルキウス殿下もメロメロでー。膝の上に乗せて餌付けしたりしてて。自分の指を舐めさせたり(冤罪)、べったべたに身体触ったり(事実)。
後はー…セレスタンの部屋にコソコソ侵入したり(ブローチを隠す為)、昼寝するセレスタンに覆い被さったり(毛布を掛けていただけ)。
そんでセレスタンも殿下と顔を合わせると、赤くなって照れちゃうようになって。ありゃ一線越えてますね、うんうん(冗談)』
『な…なん、ですって…!!』
『(あ…やべ。間に受けちゃった)』
『(何やってるんですか!)いや姉上、今のはちょっとした冗だ』
『ルキウスウゥゥーーー!!!!』
『『………………』』(合掌)
その後皇宮内の至る所で、ピコハン片手にルキウスを追い掛け回すルシファーの姿が目撃されたとか。
皇女に盛大な勘違いをされているなど知る由もないセレスタンはルキウス達を探していた。あっちと指差された方向に…いた。
ルキウスだけでなく、ルクトル…そして末っ子皇子のルシアンと思われる黒髪の少年もいる。それ以外にもランドール含め数人の男性の姿が。
ルシアンは会話に入る事もなく、不機嫌そうに本を読んでいるだけ。全員立ち話をしているにも関わらず、彼だけ少し離れたベンチに座っている。
「…ねえバジル、あの方…第三皇子殿下、だよね?」
「はい。クラスメイトですよ坊ちゃん…」
「…話した事無いもんで…」
身分の高い男性陣が一堂に会しているので、セレスタンは挨拶を躊躇う。ルキウス達から離れた所でもじもじしていたら…
「よーお、スタン!待ってたぜっ!」
「なぱあアアーーーっ!!?」
油断していた後ろから肩を叩かれ、彼女は奇声を発して飛び上がった。
「……わり…そん、なっに…驚く…と…ぶっはっ!!!」
「ぐ…うぐうぅ〜…!!ハーヴ兄…!」
声を掛けたのは会場警備のハーヴェイ。驚かすつもりは毛頭無かったが、見事に飛び上がった弟分を見て、腹を抱えて笑ってしまった。よく見るとバジルも肩を震わせている。
セレスタンは大きく鼓動する心臓に手を当てハーヴェイを睨むも、「全然怖くね〜えよっ」と笑いの種を与えるだけだった。
そんな大騒ぎをすれば…当然周囲に気付かれる。ルキウス達が寄って来る姿を見て、セレスタンは慌ててハーヴェイの背に隠れた。
「…なんで逃げんの?」
「………反射です」
おかしい、挨拶に来たはずなのに…と首を傾げる。おずおずと前に出て…「皇太子殿下、並びに第二皇子殿下、第三皇子殿下にご挨拶申し上げます」と丁寧に礼を執る。
ルキウスは「ああ」と答え、ルクトルは笑顔で「ようこそ」と言う。ルシアンは…
「……………」
セレスタンの顔を見るも、ふいっ目をと逸らす。その反応に、何か失礼をしてしまったか…!?と彼女は顔を青くさせた。
「………適当に楽しんで行け」
「は、はいっ」
その顔を見て気に掛かったのか、ルシアンは一言だけ発した。すぐに本に視線を落とすも…その発言に兄皇子達は目を丸くしている。
「(ル、ルシアンが…!茶会が始まってから「もう部屋に戻っていいですか?」しか口を開いていないルシアンが!!!)」
「(誰に挨拶されても一瞥するだけで返事をしなかったルシアンが!!!自分を讃美する声しか聞かないルシアンが、相手を気に掛ける言葉を…!!)」
自分達が何を言っても無言で背を向ける弟が、セレスタンに声を掛けたからだ。
感激に浸る2人に挨拶を済ませたセレスタンは…そそくさとその場を後にする。かなり注目されていたので、恥ずかしくて逃げたのだ。
その様子に遅れて気付いたルキウスは、残念そうに眉を若干下げた。彼女ともっと話したかったが、今相手をしている子息達を放っておく訳にもいかず。
何より…セレスタンがブローチを付けていないのが悲しかった。気付いていないのか…?と、1人もやもやしている。
セレスタンはハーヴェイに軽く手を振り、バジルと会場の隅に行く。途中でジュースの入ったグラスを貰い、池を囲む大きな石の上に腰掛けた。
「うい〜…疲れたあ」
「挨拶しかしていませんよ坊ちゃん…」
「いいのいいの。えっと…挨拶すべき人は全部(殿下のついでに)終わったし。友達がいる訳でもないし…僕ここでじっとしてるね」
「かしこまりました。では、お供しますね」
バジルは微笑み、セレスタンの近くに立つ。2人で池を眺めて…ぽつりぽつりと話をする。
「今日は精霊達はお留守番ですか?」
「ううん、いるよ。ほらっ」
セレスタンが上着を捲ると、3体の精霊がぴょこっと顔を出す。彼らは屋敷では自由にうろついているし、シャルロットが可愛がっている為か伯爵も何も言わない。
だが学園内では精霊の連れ歩きは禁止なので、その時は寮の部屋で留守番だ。何故かと言うと授業を妨害したり、過去にはカンニングに使う生徒がいたからだ。
セラフィエル、バラキエル、ガブリエル。彼らはきゃっきゃと池の上を飛び回る。
「彼らはなんと言っているのですか?」
「んと…誰が一番おっきな輪っかを作れるか、勝負だ!だね」
「ふふ、可愛らしいですね」
精霊の言葉は契約している人間のみ聞き取れる。それ以外は無意味な言葉の羅列にしか認識出来ないのだ。その為歌も、セレスタン以外にはリズムしか理解出来ない。今も何か揃ってメロディを奏でているが…
セレスタンが訳しながら精霊達の歌を口ずさむ。
「……波紋を拡げよ 泡沫の 夢に溺れし 稀人よ 水面の鏡に 月を見よ 届かぬ世界が 其処ありて…」
「…………意外と…難しい歌だったんですね…」
「そう…だね…」
傍目には可愛い子達が遊んでいるようにしか見えないのだが。
そんな風にのんびり過ごす彼らに、近寄る影が5つ程。
「おい、ラサーニュ」
「………なんでしょう?」
不躾に呼ばれて渋々振り返る。そこには…同年代と思しき少年少女が顔を歪ませてセレスタンを見下ろしている。
はあ…来たか。とセレスタンは内心ため息をつく。彼女が公の場に現れると、高確率でこのように絡まれるのだ。
それらは皆、シャルロットを崇拝している者達。今日は何を言われるのかな…と憂鬱になっていたのだが…
「「「「「………………」」」」」
「「…………………?」」
5人はセレスタンの顔を見て固まった。目を丸くして口を半開きにし、彼女を凝視する。
セレスタンはその反応に戸惑い首を傾げる。すると段々、5人の顔が赤く染まる。誰かがごくりと、喉を鳴らす音がした。
益々意味が分からず、隣に立つバジルの裾を不安そうな顔で掴む。
しかしバジルはなんとなく彼らの思考を理解した。
「(恐らく…初めて坊ちゃんのお顔を見て、見惚れているんでしょうね。彼らの敬愛するお嬢様と同じお顔ですから…
巷では「根暗で醜い兄」なんて言われていますからね…あまりに可愛らしいお姿に、流石に良心も痛みますか)」
バジルはそれをいつも、腹立たしく思っていた。だが自分は平民の使用人なので、貴族に歯向かう事など出来ず。傷付くセレスタンを庇う事も叶わず後で慰めていた。
それが今はセレスタンに見惚れて動けずにいる、バジルは痛快な気分になっていた。
セレスタンはそんないじめっ子達の事情を知りもせず。いつもなら…
「お前のような無能が、神聖な皇宮に足を踏み入れるなんて!」
「どうせシャルロット様のお慈悲に縋りついたのでしょう、卑しいったらないわ」
「低脳が人前に姿を現すな、一生影から出てくるな!」
くらい、一斉に言われている頃だから。
落ちこぼれな自分と血を分けた双子だという事が、完璧なシャルロット唯一の汚点だと…そう考えセレスタンは言葉を受け入れる。
彼女が何も反論しないものだから、相手はどんどん調子に乗る。そのはずだが…
「…………チッ!」
「?」
1人が舌打ちし、踵を返す。他の4人もそれに倣い、セレスタン達に背を向け去って行く。
「なんだったの…?」
「なんでしょうね?」
それから暫くは、精霊達が遊ぶ水音のみ響いていた。
その頃のルキウス。自分に挨拶に来ていた者達の対応を終え、セレスタンを探していた。
折角なのでジスランの居ぬ間に彼女と距離を縮めよう…という下心全開で。
「あら、ルキウス」
「姉上」
探しているうちに、ルシファー達のいるテーブルまでやって来た。令嬢達はルキウスの登場に黄色い悲鳴を上げるも…
ルキウスが挨拶の意味も兼ねて笑いかけると…今度は違う悲鳴が響き渡った。
「もう、貴方の笑顔は怖いって何度言わせるの!」
「申し訳…ございません…」
姉に叱られ令嬢達を怯えさせ、彼は可哀想な程縮こまる。
その時…シャルロットと目が合った。彼女含め数人は無事だったのだが…
彼女の胸に輝く宝石を見つけ、顔を強張らせた。それは確かに、彼がセレスタンの宝石箱に忍ばせた物だったからだ。
ルキウスは努めて冷静に、感情を乗せずに言葉を発する。
「ラサーニュ嬢。その、ブローチは…」
「あ…こちらは」
「やはり皇太子殿下も気付かれましたか!」
「素敵ですわよね、そのブローチ」
事情を聞こうとしたら、他の令嬢が入ってしまった。彼女らは皆、シャルロットにとても似合う、どなたから贈られたの?と盛り上がってしまう。
その様子に何も言えなくなったルキウスだが…
「そうでしょうか?失礼ながら…ルビーはあまり、ラサーニュ令嬢には似合いませんわ」
と、1人の少女がカップを置きながら言った。
それはルシファーとシャルロットの間に座る、この国唯一の公女ルネ・ヴィヴィエだった。
彼女は母親と皇后が姉妹であり、皇子達とは従兄弟にあたる。浅緑色でウエーブの髪を靡かせた、シャルロットとは系統の違う美少女である。
彼女は戸惑いの視線が集まっている事にも臆せず、シャルロットに目を向けながら自分の意見を語る。
「ラサーニュ令嬢は美しい真紅の髪をお持ちですもの、真っ赤なルビーは霞んでしまいますわ。
何より…本日の若草色のドレスにも合っていない気がしますの。急遽追加されたのではなくて?」
「…実はそうなのです。ヴィヴィエ令嬢の慧眼には恐れ入りますわ。
屋敷を出る時父に付けるよう言われまして。しかし私、このような素晴らしいブローチを所持していた記憶がありませんの」
「…私は以前、セレスタンがそのブローチを付けているのを見た事があってな。それで気になり、声を掛けてしまった」
舞い込んできた大チャンスに、ルキウスはすかさず会話に入る。
聞いていた令嬢達は驚き、ではそちらはラサーニュ様の?と騒つき始めてしまった。鎮めたのはルシファーである。
「まあ、きっと宝石が混じってしまったのね。ふふ、本当に兄妹で仲良しなのね!」
「はい、仲良しですわ!と…それより、お兄様にお返ししないと」
「それなら私が預かろう。彼を探していたところだ」
「……………それではお手数ですが、よろしくお願い致しますわ、殿下」
ルキウスの提案に、たっっぷり悩んでからシャルロットはブローチを手渡した。ルキウスは握り締め、その場を後にする。
「…ありがとうございました、ヴィヴィエ令嬢」
「いいえ、お気になさらず。それよりルキウス様はラサーニュ様と親しいのですね」
「うふふふ…本当に…ね…?」
「「?」」
シャルロットはカップを握る手に力を込める。ピキ…と聞こえた気がしたが、誰も何も言わなかった。
「彼女は何処だろう…」
ルキウスは庭を歩く。どうしてこのブローチをシャルロットが付けていたのか等、聞きたい事や話したい事は沢山あるのだ。
その時、ハーヴェイがルキウスを見つけて声を掛ける。
「殿下!あっち面白い事になってますよ!」
「面白い…?」
ハーヴェイに連れられ、向かった先では…
「!!?な…ななな…!」
「………………………」
「……………すやぁ…」
ベンチで本を読む弟、ルシアン。それはいい、問題は…
そんな弟にもたれ掛かって、セレスタンがぐっすり眠っているという事だった。




