10.蹂躙
(なんだ、この感覚は)
視界が開け、ようやくアミアは動けるようになった。
が、感覚がリグムに乗っていた時とまるで異なる。
全身に力が漲っている。
時間がゆっくり動いているみたいに周りがよく見える。
外の空気が肌で感じられ、音、匂い、味さえも流れ込んでくる。
不快感は無い。
ただ、力の放出先が欲しい。
少し先に悪魔がいるのを感じる。
今までのレーダーとは違う、肌で距離が感じ取れる。
素手で殴りたい気持ちを抑え、愛用のハルバードをリグムから奪う。
そして、ゆっくりと悪魔へと近付く。
「こんにちは、お嬢さん。
こんなところで人間に会うなんて珍しい」
人間の美女の姿をした悪魔がわざとらしく挨拶する。
長い銀髪と黒いドレスに男性だったら魅了されているだろう。
「お前は悪魔だな」
「その通り。
実はわたくしのペットが目を離した隙にいなくなって。
どこかで見かけませんでしたか?」
悪魔はなおも、わざとらしい演技を続ける。
アミアは必死に斬り付けたい衝動を抑える。
「あのケルベロスの事か?
襲ってきたのでぶっ殺してやったぞ」
「そうですか。
まあ、どうでもいいんですけど、対価は払っていただけませんと」
「そっちこそ躾がなってないぞ。
謝って素直に帰るなら許してやる」
アミアは胸の奥の破壊衝動が収まらない。
いつもと違う荒々しい言葉がすらすらと出てくる。
これは本当に自分の意志なのだろうか。
「人間の分際で!
楽には死なせてあげませんからね」
そう言って悪魔は変身を始める。
服が破け、身体が膨張する。
肌は暗い緑色になり、分厚い皮膚へと変化する。
目の下にもう一つの目が現れ、口は大きく裂ける。
見る見る間に巨大化し、前に見た男性型の悪魔とよく似た姿になった。
多少ウエストが細く、胸が大きいところで、
少しだけ女性らしさが見えるぐらいだ。
「準備が出来たみたいだな、早速行くぞ」
「格の違いを見せてあげましょう」
戦闘が始まった。
「え?」
悪魔の鋭い爪に変化させた左腕が宙に舞った。
続いて悪魔の胴体が真っ二つに分かれる。
噴き出る緑色の血。
女悪魔はデュエナの攻撃がほとんど見えなかった。
「そんなものか?」
いつの間にか悪魔の背後に回ったデュエナが挑発する。
アミアは自分の動きが以前に増して速く、強くなっている事を理解しているが、
それが当たり前のような感覚だった。
そして、相手が自分に対して弱い存在にしか見えなかった。
「ふ、ふざけるな。
人間の分際でよくも!!!!」
女悪魔は怒りをあらわにし、千切れた肉体を再生するとともに、
背中から大きな翼を生やす。
「いたぶってやろうかと思いましたが、気が変わりました。
消し飛ばしてあげます!」
大きく羽ばたくと女悪魔は一気に高く舞い上がる。
神聖鎧は魔法で宙に浮く事は出来るが、
空中では地上のように素早く動く事は出来ない。
デュエナはそれを追うでもなく、ただ見守る。
「灰になりなさい!」
女悪魔は手から大きな火球を放つ。
デュエナはそれを避けようとしない、
と、火球が当たるかと思った瞬間に横に移動する。
火球はその動きを追えずに地面に当たり爆発する。
「猪口才な!」
女悪魔は宙に複数の火球を浮かべ、次々とデュエナへと放つ。
しかしデュエナは走り回り、全ての火球を避けた。
「お遊びはそれぐらいにしようか」
デュエナがハルバードを地面に刺して、手を前に突き出す。
そこから炎が噴き出し長く伸びる。
「落ちろ」
デュエナが手を動かすと、炎も合わせて動く。
女悪魔は慌てて逃げようとするが、炎の動きの方が速く、
その身体は炎に包まれ、地面へと落下する。
「まだだ、こんなものでは終わらぬ!」
地面に直撃する寸前に女悪魔は体勢を立て直す。
先ほどの傷も再生し、腕は左右それぞれ3本の長い鞭になり、
それで向かってくるデュエナを捕らえようとした。
「ふふっ」
アミアの笑いは止まらない。
向かってくる鞭はデュエナに接触する寸前に、
ハルバードで紙のように切り裂かれる。
振り下ろす動作を女悪魔は捉えられず、
まるで見えない壁がデュエナの周りに張り巡らされているようだった。
「人間に、たかが人間にこんな事が出来るのか!」
女悪魔は動揺していた。
口から強力な毒液を吐き出し、精神支配の魔法を同時にデュエナにかける。
しかし毒液は簡単に避けられ、魔法は効果を打ち消された。
デュエナのハルバードは悪魔の首を刎ね飛ばし、蹴りで地面に悪魔を押し倒す。
「心臓以外を破壊して、どこまで再生するか試してみようか」
倒れた女悪魔を踏みつけるデュエナの兜は悪魔のような笑みを湛えているようだった。
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『ありゃ鎧に意識を飲まれておるな』
デュエナの蹂躙を見ながらミルミが呟く。
『アミアは大丈夫なんですか?』
『はて?
まあ、戦闘は勝利で終わるじゃろう。
ただ、操縦者へのダメージがどうなるかは分からんがな』
テルテは心配そうに蹂躙を見守る。
これじゃあ悪魔はデュエナの方ではないか。
今までの合理的なアミアの戦い方と似ても似つかない。
『面白いものが見れたから、わらわはまた消えるとしよう』
そう言ってテルテから見えるミルミの姿も妖精のルミルに変わっていった。
(リンリが倒れている時で良かったかな)
こんな戦いをリンリが見てしまったら、
アミアとリンリの関係も変わってしまうかもしれない。
そんな事を考えているうちに戦闘は終わり、女悪魔は心臓を潰されなくても、
他の再生が間に合わなくなって、息絶え、溶けていった。
そして、デュエナは悪魔が消えると、動きが完全に停止し、
ハルバードは手を離れ地面に転がった。
『アミア、大丈夫?』
テルテは魔法道具を使って念話で呼びかける。
しかし、何の返事もない。
テルテは恐る恐るデュエナに近付く。
距離が10メートルぐらいに近付いたところで、突然デュエナが動き出す。
テルテの方を睨んだかと思うと、一気に距離を詰めてきたのだ。
「お前は、なんだ?」
テルテの目の前まで移動し、デュエナは辛うじてアミアの声と分かるような、
かすれた声で問いかけてきた。
「うち、は、仲間だ」
テルテは死を感じ、ゆっくりと、正解と思われる答えを返す。
「仲間?
お前が?」
デュエナの左手がテルテの方に伸びる。
テルテは恐怖で身体が動かない。
「そう、うちと、リンリは、仲間だ」
「リンリ・・・」
再びデュエナの動きが止まる。
と、デュエナの身体が光り輝く。
光が収まるとデュエナの姿は元に戻っており、搭乗姿勢を取った。
背中のハッチが開き、そこからアミアが吐き出されるように落ちる。
「アミア!」
落ちたアミアをテルテが抱きかかえ起こす。
「悪魔は倒せた、んだよな?」
アミアが弱弱しく聞く。
「ああ、消滅した。
戦闘の記憶がないのか?」
「デュエナを動かし始めたまではちゃんと覚えてる。
それ以降が現実なのか、悪夢なのか、薄ぼんやりとしてるんだ」
アミアの言葉でミルミの言っていた事が何となく分かった。
「本来動かせない神聖鎧を動かしたんだ、どこかしらおかしくなるんだろう。
乗るのは今回限りにした方がいい」
テルテは本心を言う。
もう一度乗ったら、今度は自分は殺されるかもしれない。
そして、リンリすらも。
「そうだな。
あたしも酷く疲れた。
すまないが少し休ませてほしい」
アミアは見るからに衰弱している。
リンリが寝ているところまで運び、横に寝かせる。
二人は自然と抱き付き、その寝顔も安らかになった。
「ふぅ。
さすがにもう大敵は出ないだろうけど、うちが守ってやらないとな」
テルテは気合を入れて、周りの監視を始めた。




