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青眼の野望  作者: えんどう なん
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暁の章 (4)

 立花屋次郎三郎を見送った日の夜は、ひどく冷え込んだ。

 火鉢で暖を取ってはいるものの、吐く息は白い。

 無間道六(むげんどうむ)は、藍色の作務衣に着替え、書院に籠って万民論(ばんみんろん)を読み返していた。

 一日の終わりに荏胡麻油(えごまゆ)の灯りの下、少しの疲労感を感じながら、書物に目を通す時間が心地よく感じる。

 万民論は、無間道六が二十二歳の時に書き上げたこの国の形を論じた思想の書で、青眼寺(せいがんじ)の僧侶たちは、万民論を何度も読み返し、その思想を教えの一つとして日頃から、この国の(まつりごと)の在り方を論じていた。

 また、万民論は、若い僧侶たちの手によって写本され、京や堺を中心に武士や商人の目に留まるようになった。

 その影響でここ数年、青眼寺の支援を申し出る旦那衆(だんなしゅう)も増えている。

 立花屋次郎三郎も初めは、そういう旦那衆の一人であったが、今では青眼寺の同志として、裏の活動にも深く関わっていた。

 灯明皿(とうみょうざら)の火が、書院に吹き込む隙間風に揺れて、金剛鈴(こんごうりん)の涼やかな音色が聴こえる。


 「仁兵衛か? 」


 「くくくっ・・・・・・」


 仁兵衛が、笑い声を押し殺して、書院の隅で片膝を着いて控えていた。

 無間道六は、霞仁兵衛(かすみのじんべえ)が書院に入り込んだことさえ気付かない。


 「智龍(ちりゅう)様が昨日の朝、越後に向かって旅立ちましたな。目薬の行商をする雲水の姿で五人のお供を付けておりましたが、このお供がまた、頼りない。智龍様には、気付かれぬように霧氷を付けました」


 霧氷は、霞仁兵衛の配下の者で、歳は十代だが、武術の腕は確かだった。

 無間道六は、霞仁兵衛が、依頼されていない仕事を積極的に行うことを以外だと感じた。

 智龍に霧氷を付けたのであれば、それなりの理由があるのだろう。


 「何か心配事でもあるのか? 」


 無間道六は、霞仁兵衛の考えを聞いておきたかった。


 「最近、街道筋には、盗賊が出るらしいんでね。もし、智龍様の身に何かあって、密書が越後に届かないと楽しみにしている青眼寺の戦が観れませんからね」


 霞仁兵衛が、街道筋と呼んでいるのは、越前を通る北国街道を指している。


 「勿論、霧氷の報酬は、別にいただきますがね」


 霞仁兵衛は、笑いを堪えきれない様子で肩を震わせた。


 「ところで仁兵衛、いつからそこにいる? 」


 「半刻ほど前になりますかな」


 無間道六は、背筋に冷たいものを感じて、苦笑いを浮かべるしかなかった。


 「つくづく、敵に回したくはない男だな」


 「頂けるものを頂けているうちは、ご心配はいりませんがね」


 霞仁兵衛は、全く悪びれることがなく、並びの悪い前歯を見せて笑う。

 喰えぬ男だ。無間道六も白い歯を見せる。

 荏胡麻油の灯りが、大きく揺らいだ。


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