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青眼の野望  作者: えんどう なん
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暁の章 (2)

 黒く重たい雲に日は隠れているが、既に正午は、過ぎていた。

 師走の乾いた風が吹く中、青黒色の直綴(じきとつ)に山吹色の袈裟を纏った無間道六(むげんどうむ)青眼寺(せいがんじ)薬師堂に智龍(ちりゅう)を訪ねて渡り廊下を歩いて行く。

 青眼寺の主要な建物は、屋根付きの渡り廊下で繋がっており、卍崩しを施した手摺りや円形の窓、桃の実の形をした扉飾りが、異国の寺院を思わせた。

 薬師堂では、青眼寺の由来となった裏本尊の青い眼をした降三世(ごうざんぜい)明王(みょうおう)にあやかり、目薬の生産をしている。

 その責任者が、智龍と呼ばれる二十八歳の僧侶であった。

 華の香。無間道六が、薬師堂に入ると二十人ほどの若い僧侶が、乾燥した華楓(はなかえで)の葉や樹皮を石臼で擦っている。

 智龍は、若い僧侶に指示を出していたが、無間道六に気付き席を立った。


 「道六様、どうなさいました? お呼びいただければ、私から訪ねましたものを」


 「目薬作りも観たかったのだ。少し話がしたい」


 「かしこまりました」


 智龍は、無間道六よりも三つ年上であるが敬語を使って話す。

 丁寧に手を添えて無間道六を薬師堂の奥の広くはない一室に案内した。

 板の間に(しとね)を引いて上座に無間道六、下座に智龍が向かい合って座る。


 「大樹(たいじゅ)は、三好長慶(みよしながよし)と和議を結び、京に戻ったそうだ」


 無間道六は、将軍足利義輝を大樹と呼んだ。


 「三好と和睦ですか・・・・・・」


 溜息。智龍は、三好との和睦が何を意味するのかを察したようだ。


 「陪臣(ばいしん)の長慶が、幕府の実権を握るとは、まさに下剋上の世でございます」


 智龍が、嘆く。

 暫くすると誰かが、廊下を歩いてくる気配がした。

 若い僧侶が、白湯(さゆ)を運んで来たようだ。

 正座をし、一礼をしてから無間道六の前に茶碗を置く。

 白湯を啜る。熱くもなく、温くもなく、気遣いを感じる適度な温かさだった。

 若い僧に対する智龍の指導が行き届いている心地よさを感じた。


 「長慶が実権を握ったとしても影響力は、畿内とせいぜい阿波までであろう。地方の秩序は、更に乱れる。これからも多くの民が、生き地獄を味わうことになる」


 無間道六の意志の強そうな目が、智龍を静かに見つめていた。


 「道六様、私は何をすればよろしいのでしょうか? 」


 智龍の言葉には、覚悟を決めた力強さがあったが、目尻の下がった顔は、いつものように他人を包み込む優しさに満ちている。

 微笑。自然と柔らかい表情になっていた。

 無間道六は、智龍と話すときに感じるこの心地良さが嫌いではなかった。


 「幕府再興のためには、長慶を京から追い払わねばならぬ。そのためには、親幕府派の大名に軍勢を率いて上洛させるしかない」


 無間道六は、青黒色の法衣の胸元に手を入れ、書状を取り出した。

 智龍の前に置かれた書状の宛先は、長尾弾正景虎様と書かれてる。

 智龍は、長尾景虎という宛名を見て、無間道六の意図を理解した。

 智龍と長尾景虎とは、目薬の行商で越後を訪れたときに対面を果たしていた。

 また、毘沙門天(びしゃもんてん)を信仰する長尾景虎とは、仏教の教え、解釈を巡って語り合い、一定の信頼関係は、築けているとも言えた。

 越後は、未だ国内に火種を抱えている中、最近では北信濃を巡って甲斐の武田ともことを構えている状況で、軍勢を率いての上洛を決意させるのは非常に難しい。

 無間道六は、この役割を任せられるのは智龍以外にはいないと思っていた。


 「長尾弾正様に会い、必ず、上洛の約束を取り付けて来てくれ」


 智龍は、目を伏せて黙った。ゆっくりと口元が動き出す。


 「分かりました。明後日には出発いたします」


 智龍が、目の前の茶碗を取って、ゆっくりと白湯を飲み干す。

 気遣いが感じられた温かさもすっかり冷めていた。


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