第93話:ドイツで最後で最大の危機
月が変わり新しい年になっていた。
今は1月の下旬。ドイツのリーグ戦が休みになる冬季の休暇期間中だ。
そんな中断の期間もあと少しで終わる。
F.S.Vのクラブハウスのロッカールームは、練習を終えた後の選手で賑わっていた。
『明後日から、リーグ戦も再開だな』
『いよいよだな!』
リーグ戦再開に向けて、F.S.Vは動き出していた。
オレたち選手は最終調整の練習をしていたのだ。
『そういえば今年も冬季休暇は、あっという間だったな』
『ああ、そうだな。相変わらずバカンスは、あっとう間だったな』
この時代のドイツ2部リーグは、12月下旬から1月下旬まで冬季休暇中があった。
選手たちはこの間に、クリスマスやバカンスシーズンを過ごす。
オレは今年も家族4人で日本に帰国して、正月は実家で過ごしていた。
(年末か……ドイツでのクリスマスは、今回も面白かったな……)
そんなチームメイトの話を聞きながら、自分のクリスマスを思い返す。
今回も例によってオレは、ヴァスマイヤー家のクリスマスパーティーに招かれていた。
前回のクリスマスパーティーは、ついこの間だったような気がするが、気にしないでおこう。
サッカーに集中していると、月日はあっという間に経っていくのであろう。
(今回のクリスマスパーティーは最高だったな。何しろヒョウマ君まで来てくれたからね!)
なんと今回はあのヒョウマ君も一緒に、パーティーに参加した。
エレナが気を利かせてくれて、彼のことも招待してくれたのだ。
この時代のイタリアのU-18もクリスマスは長期休暇。そのお蔭でオレはヒョウマ君を誘うことが出来たのだ。
(でも、まさかの事件も起きたよな……あのレオナルドさんまで来るとは……)
ドイツの空港までヒョウマ君を迎えにいって、ビックリした。なんとあのレオナルド・リッチも、空港にいたのだ。
もちろんヴァスマイヤー家の招待リストには、彼のレオナルドさんの名前はない。
(でもレオナルドさんも、あのクリスマスパーティーの招待状を持っていたから)
レオナルドさんは古い招待状を持っていた。
それは『ヴァスマイヤー家クリスマスパーティー永久招待状』。
ジュニア時代にユリアンさんが、レオナルドさんに手書きで作ってあげたものだという。
(レオナルドさんの突然の参加で、パーティーの最初は大騒動になっていたな……)
何しろレオナルド・リッチはセリエAのトップ選手。
しかもユベトスFCとF.S.Vは、昔から因縁のクラブ同士。
そしてヴァスマイヤー家のクリスマスパーティーに集まるのは、熱狂的なF.S.Vの関係者だけ。
熱すぎるヨーロッパのサッカーの世界では、事件が起こらない訳がなかった。
(まあ、でもユリアンさんが機転を利かしてくれたから、あの場は収まったな……)
大騒動を避けるためにユリアンさんは、レオナルドさんのことを大親友だと、参加者に紹介した。
そのお蔭で何とかパーティーは、穏やかに行われることなになったのだ。
ユリアンさんの機転が功を奏したのである。
(でも、あの時のユリアンさんは、かなりしてやられれた……という顔をしてよな)
もしかしたらレオナルドさんがアポ無しで来たのは、作戦だったのかもしれない。
突然参加して、ユリアンさんを困らせて、その反応を楽しむため。
もしくはユリアンさんと楽しい時間を過ごした……のかもしれない。
あの二人の性格は違うけど、オレから見ても本当の親友同士だった。
(とにかく楽しいクリスマスパーティーだったな……最後の方は相変わらずドンチャン騒ぎだったけど……ね)
今年もクリスマスパーティーには、サッカーコーナーが用意されていた。
そして集まったヴァスマイヤー家のサッカー関係者と、ユベトスの二人。
サッカーオタクのオレにとっては、本当に楽しいクリスマスサッカーだった。
(その後の正月帰省はいつも通りだったな……)
正月に帰っていたのは10日くらい。
家の大掃除をしてドタバタしながら年を越した。
リベリーロ弘前の後輩にも挨拶にいった。
今年の全国大会もベスト4入りの快挙であった。
そういえばいつの間にか、リベリーロには室内用の練習場が増設されていた。
会員数が増えて、スポンサーが増えたお蔭だとう。
室内場の通称は“コータ・コート”……というコーチの案は却下されたらしい。
オレも恥ずかしいの、その話を聞いてホッとしている。
(その後は1月の中旬にはチーム練習を再開して、いつものサッカーの日々だったな)
オレはこの1ヶ月間のことを振り返る。
そして今のロッカールームに、時間は戻るのであった。
『明後日から、いよいよ後半戦のスタートだな』
『ああ、腕がなるな。このまま優勝目指していこうぜ!』
明後日の土曜日には、2部リーグが再開される。
いよいよ後半戦が始まるのだ。
『このままのペースでいけば、昇格はなんとかなりそうだな?』
『だが2部の連中も曲者揃いだ。油断大敵だな』
今のところ我らがF.S.Vは17試合で10勝4敗3分け。
かなりの絶好調をキープしていた。
2部リーグでは首位だが、油断はできない。
けが人などで離脱者が出たら、チームの総合力は一気に減ってしまうのだ。
『この先も2勝1敗のペースでいけば、なんとか5月で優勝が決まるかもな?』
『ああ。無理なプレイで長期離脱だけは避けたい』
チームメイトたちの読みは正しい。
サッカーのリーグ戦は1年間の長期間にわたる。
全勝を狙いすぎれば必ず無理なプレイが出てくる。
プロとしては全試合で、ベストなコンディションを保つ必要があるのだ。
(たしかに2部で連勝は難しいよな……)
たしかに今のF.S.Vは2部リーグでも首位である。
だが個々の実力は上位のクラブは均衡していた。
オレの読みでも、後半戦は2勝1敗のペースと見ていた。
(オレの決断はその5月以降か……)
先月の12月にユリアンさんから、F.S.Vへの残留を頼まれていた。
本来の帰国は今年の6月を予定している。
ユリアンさんはそれを止めて、オレにF.S.Vとプロ契約をして欲しのだ。
(難しい問題だけど、あと半年かけて答えを出そう。自分の一生のことになるかもしれないから!)
日本に戻っての自分の夢は、何より一番大事である。
だがF.S.Vが1部リーグに昇格を決めるのを見るまで、オレは日本には帰れない。
それが世話になった男としての、せめてもの恩返しだった。
(そうだな……この仲間たちとの1部昇格の祝いをするまで……)
練習後のロッカールームは汗だらけの男臭さ全快。
だが、そんなチームメイトたちをオレは誇らしく思っていた。
(残り5ケ月だけのプレイになるかもしれないけど、精一杯に楽しまないとね!)
現在のチームは首位を独走していて、絶好調である。
オレも油断をせずに、最後まで突っ走っていこう。
◇
「コータ! コータはどこ⁉」
そんな時である。
汗臭いロッカールームに、女性の声が響き渡る。
「あっ、エレナ? ここにいるよ?」
彼女は同級生のエレナ。
クラブの特別アドバイザーなので、こうしてたまにロッカールームの中にやってくる。
着替え中のチームメイトは、とりあえず大事な部分を隠している。
「コータ……」
「あれ、どうしたの、エレナ? 顔色が悪いけど……?」
今日の彼女はいつもと違っていた。
整った顔を、真っ青に染めていた。
今にも倒れてしまいそうなくらいに、辛そうな表情。
いったいどうしたのであろうか?
もした具合で悪いのかな?
「どうしよう、コータ……どうしよう……コータ……」
「ねえ、どうしたの、エレナ? 大丈夫?」
いつもは冷静なエレナは、悲痛な顔で混乱している。
こんな彼女を見るのは初めてだった。
エレナは口を押えながら、苦しそうにしていた。
「何があったの、エレナ?」
「コータがいなくなってしまうの……コータが……」
「えっ?」
いきなりのことでオレも声を出す。
とにかくエレナに落ち着いてもらわないと。
「とにかく落ち着いて、エレナ。深呼吸して、ゆっくりでいいから」
「そうね……ありがとう、コータ」
深呼吸をして彼女は、ようやく落ち着てくれた。
これで事情を聞くことが出来る。
「ボクがいなくなるって言っていたけど、どうしたの?」
「実はさっき勧告があったの……だからコータが強制帰国になってしまうの……このドイツから強制的に……」
「えっ……ボクが……」
まさかの説明にオレは言葉を失う。
でも、なぜ?
ビザはちゃんと残っているのに?
「国の正式な機関からの連絡で、3月31日まで、しかいられないの……」
「えっ、国からの? それに3月まで? そ、そんな……」
「ごめんね……コータ。私がもっと気を付けてれば……」
「そんなことなないよ。エレナ。何か道を探してみようよ!」
そう言いながらもオレも動揺していた。
まさかの事件であった。
このままでいけばオレは、あと2ヶ月しかドイツにはいられない。
(つまりリーグ戦の途中で離脱か……どうしよう……)
こうしてオレはドイツでの最大の危機に直面するのであった。




