第82話:薔薇の貴公子の襲来
翌日になる。
ユベトスU-18との試合のキックオフの時間が、迫ってきていた。
今は試合前の最終練習中。
スタジアムの芝ピッチの上で、両チームがパスやシュートでアップをしていた。
「いよいよ、ヒョウマ君と対戦か……」
そんなチーム練習の最中、オレは一人で興奮していた。
遠く反対側のゴールでは、ヒョウマ君の練習している姿が見える。その彼と直接対決する時が、ついにやってきたのだ。
ワクワクしない方がおかしいであろう。
「ん? 向こうの9番の日本人と、知り合いなのかな、コータ君?」
「あっ、ユリアンさん」
その雰囲気に気がついたユリアンさんが、声をかけてきた。
周りからも分かるくらいに、オレは興奮していたのであろう。
「はい! ボクが日本いた時の元チームメイトで、凄い選手なんです、あの9番のヒョウマ君は!」
よくぞ聞いてくれました、ユリアンさん。
オレはここぞとばかりに、ヒョウマ君の凄さを語る。
彼は溢れんばかりの才能がありながらも、勝利のために貪欲に努力する人だと。
特に日本人離れした得点能力は、オレも敵わなかったと、我がことのように自慢する
「ほう、コータ君が敵わなかった選手? それは危険だね、彼は……」
話を聞いて、ユリアンさんの表情が変わる。鋭い視線で、遠くヒョウマ君のことを見つめる。
ユリアンさんは守備のDFで、ヒョウマ君は敵の攻撃のFWである。
試合中は直接的な対決相手になるのだ。
「なるほど。かなり凄そうだね。さすがは天下のユベトスのU-18で、9番をつけている訳か」
ユリアンさんもヒョウマ君のことを評価してくれた。
相手チームの中でも最大級の危険人物だと見ている
(おお! あのユリアン・ヴァスマイヤーに認められるなんで、やっぱり凄いよ、ヒョウマ君!)
ヒョウマ君のことが認められて、自分のことに喜ぶ。
敵の選手を危険なことは、本来はダメなこと。でも今日ばかりは大目に見てほしい。
「コータ君、ユベトスは手強い相手だ。でも、今のところは勝てない相手ではない。頑張っていこう」
「はい、ユリアンさん!」
そろそろ試合が始まるので、練習も終了となる。
よし、オレも頑張っていこう。
(ん? でも、“今のところ”……?)
何故かそのユリアンさんの言葉が、心に引っかかっていた。
本人に聞こうと思ったが、その視線はユベトスのベンチに向けられていた。誰かを探している感じである。
もしかしたらユリアンさんの知り合いの選手が、ユベトスU-18にいるのかな?
(まいっか。とにかくオレはヒョウマ君との戦いに、全力を尽くそう!)
最後に本気対決したのは去年の2年くらい前……1対1の真剣勝負以来になる。
あれからオレは成長しているつもりだ。
今の全ての力を出し切って、ヒョウマ君に驚かせてやりたい。
UCLヤングリーグぐらいなら、オレも90分フル出場できるスタミナがある。前半から全力で飛ばしていこう。
「よし!」
こうしてかつてのチームメイトとの戦いは、幕を上げるのであった。
◇
キックオフから45分が経っていた。
前半は激戦だったが、充実した時間であった。
ハーフタイムとなり、各チームはロッカールームに移動する。
「いやー、前半戦は面白かったな!」
ロッカールームでオレは一人興奮していた。
得点は今のところ1対1で同点。
ユベトスは強敵だった、オレたちF.S.Vヤングは健闘しているのだ。
「それにしても成長したヒョウマ君は、凄かったな!」
前半のヒョウマ君のプレイを思い返す。
彼も初っ端から全力で飛ばしてきた。
圧倒的な突破力で、F.S.Vの守備陣を何度も切り裂いてきたのだ。
今のとこはユリアンさんとオレが健闘して、1点で抑えていた。それがそれが無ければ、点差は開いていたであろう。
「でも、ヒョウマ君は後半にさらにギアを上げてきそうだ……」
ヒョウマ君の本気は、更に一段階あるように感じた。
やはり1年前とは比べものにならないほど、彼は成長していた。イタリアで想像を絶する努力をしていたのであろう。
とにかく後半も楽しみ。こうなった勝ち負けよりも、直接対決の方が楽しみである。
えへへへ。
「ちょっと、コータ。苦戦しているのに、ずいぶんと嬉しそうね?」
「あれ、エレナ? イタリアに来ていたんだね?」
そんなロッカールームのオレに、話しかけてきた人がいた。
このクラブの特別アドバイザーであるエレナである。ドイツにいたはずなのに、なぜここに?
「仕事のついで、あなたの応援に来たのよ。それにしてもどうしたの、コータ? いつも以上に興奮して?」
「ふふふ……よくぞ、聞いてくれました! 実は……」
この興奮と感動を伝えるためエレナにも、ヒョウマ君の凄さを教えてあげることにした。
オレと彼との歴史や、これまでの出来ごとを説明してあげる。
題して“澤村ヒョウマ伝説と友だちコータ”だ。
「あの9番は、あなたのチームメイトだったの?」
「うん、そうだよ、エレナ!」
前半戦を途中から観戦していたエレナは、ヒョウマ君の凄さを分かってくれた。
「あなたといい、あの9番といい……日本でも凄い選手が出てきたものね」
「ボクはたいしたことないけど、あのヒョウマ君は本当に凄いんだから!」
かつての仲間が褒められるのは、悪くない気分である。
特に自分が一番尊敬するヒョウマ君は、多くの人に認められて欲しい。
「相変わらずサッカーのことになると一直線ね、コータ。ところで友だちもいいけど、後半は逆転できるプランはあるの?」
あっ、そうか。
いつまでもヒョウマ君に見惚れている場合ではなかった。
今は1対1で同点だから、後半で勝たないといけないのだ。
「うーん。その辺は大丈夫だと思うよ……たぶん! じゃあ、行ってくるね」
エレナにそう言い残して、ロッカールームを出発した。そろそろ後半が始まるので、早めにピッチに移動する。
あと今は興奮状態なので、少しでも早くスタジアムの空気を感じていたかったのだ。
◇
「よし、後半も頑張るか……勝つために……」
まだ誰もいない芝のピッチに出てきた。かるく深呼吸をする。
心を落ち着かせて、後半の逆転のシナリオをイメージしていく。
たしかにユベトスU-18は強敵。だが自分たちF.S.Vヤングの総合力もかなり上がっている。
「このままでいけば最終的には、3対2で勝てるはずだ……」
これはオレの頭の中のイメージであった。
たしかにヒョウマ君は以前よりも成長している。
だがこちらにはユリアンさんを筆頭に、頼もしい守備陣がいた。
また相手チームの守備陣の弱点を、オレは発見していた。そこを付けは勝てる可能性は高かったのだ。
よし、これならいける。後半も頑張っていこう!
『キミがヒョウマの日本の友だちかい?』
「えっ……!?」
その時である。
誰もいないはずの背後から、急に声をかけられた。
突然のことに、口から心臓が飛び出るほど驚く。
『あら、驚かせちゃったかしら?』
『い、いえ、大丈夫です……えーと、あなたは、ユベトスの方ですか?』
イタリア語で声をかけてきたのは、ユベトスのユニフォームを着たイタリア人であった。
身長はかなり高いが、顔つきはまだ若い。ということはユベトスU-18の人かな?
でも、こんな人は前半の敵ベンチになかったはずである。
ヒョウマ君のことを知っているみたいだけど、誰だろう?
『ふーん……。あのヒョウマが絶賛していたから、アタシも楽しみにしていたけど。やっぱり面白そうな子ね、あなた?』
『えーと……何の話でしょうか?』
相手の人はちょっと不思議な人だった。観察するようにオレの全身を眺めてきている。
顔つきは整っているけど、ちょっとオネエ系の口調な人だ。
(ん? あれ? この人は……どこかで……?)
最初の動揺が冷めてきて、段々と平常心が戻ってきた。それで気がつく。
オレはこの不思議な人の顔を、見たことがあるような気がする。
でも、どこで?
そうだ、あれは、たしか前世で……。
『コータ君、大丈夫かい!』
『あっ、ユリアンさん』
その時である。もう一人誰かがやって来た。
今度はオレのチームメイト。ユリアンさんが駆け寄ってきたのである。
『大丈夫かい、コータ君? この男に変なことをされなかったかい?』
『あっ、はい。今のところは……』
ユリアンさんはオレのことを心配してくれた。
『やあ、ユリアン。久しぶりだね。それに“この男”とは酷い言いようだね? アタシたちは親友なのに?』
『キミは油断できないからね、レオナルド』
『レオナルドなんて他人行儀ねー? 昔みたいにレオって呼んでよ、ユリアン』
どうやら二人は顔見知りなのであろう。
でもユリアンさんの方は、相手の人……レオナルドさんのことを、苦手にしているみたいだ。
こんなに動揺したユリアンさんは初めてみた。
『ところでレオナルド……ここにいるということは、まさかキミは後半戦に出るつもりなのか?』
『ご名答よ、ユリアン。U-18には仕方がなく名前だけ登録していたけど、前半を観客席から見ていたら、アソコが興奮してきちゃったからね……』
レオナルドさんはペロリと舌を出して、オレの顔を見てくる。
『じゃあ、また後でね。子猫ちゃん』
不敵な笑みと共に、そう言い残し立ち去っていく。
ユリアンさんとのやり取りから、やっぱりあの人はユベトスU-18の選手なのでろうか?
「あの……ユリアンさん。あの人……レオナルドさんは知り合いですか?」
ちょっと落ち着いたところで、ユリアンさんに声を掛ける。
どうしても思い出せないレオナルドさんの正体が、どうしても知りたかったのだ。
「コータ君、彼は私がイタリア留学をしていた時の、チームメイトなんだ……」
ユリアンさんは小学生の時に1年間だけ、ユベトスのジュニアチームに留学していたと。
その時の同い年で、特に仲がよかったのがレオナルドさんだという。
「レオはあんな性格で少し変わっている。だがサッカーに関しては間違いなく本物だ。何しろ今はユベトスのトップに在籍しているからね」
「えっ……ユベトスのトップって、まさか?」
「ああ、そうだ、コータ君。セリエAを2連覇中で、今季も首位を独走中のユベトスの1軍選手さ、レオは。まさかこんな下のU-18の試合に出てくるとは、予想もしていなかった……」
「えっ⁉ セリエAの……あのユベトスのレギュラーって……つまり、彼は……」
オレは全てを思い出した。
先ほどの人物のフルネームは“レオナルド・リッチ”。
若干17歳でビッグクラブのユベトスで1軍デビューした鬼才。
その後も圧倒的なテクニックと独創的なパスで、数々のビッグタイトルを制覇していく。
前世では知らぬものはいない“薔薇の貴公子”の異名を持つ、世界トップクラスのスーパープレイヤーであった。
「そんなまさかあのレオナルド・リッチが……」
そんな天上人が声をかけてきたとは、予想もできなかった。
だからオレは思い出すことが出来なかった。
ミーハーなサッカーオタクの気持ちが強すぎて、記憶障害を引き起こしていたのだ。
(でも、あのレオナルド・リッチが、ヒョウマ君のことを?)
最初の口調ではヒョウマ君のことを、レオナルドさんは特別視しているに感じた。
あの二人の間には、何か関係があるのであろうか?
オレが知らないこの1年の間で、ユベトスのチームメイトとして何があったのであろうか?
どうしても気になって、頭からモヤモヤは消えない。
「とにかくコータ君、まずい状況になった。後半は覚悟をしておいてくれ」
◇
1時間後。
ユリアンさんの予言は的中した。
オレたちF.S.Vヤングは1対3で完敗した。
後半から登場したレオナルド・リッチ。
その圧倒的な力の前に、オレは完璧に抑え込まれてしまったのだ。
「そんな……そんな……」
だが、負けた以上にショッキングなことがあった。
「ヒョウマ君の……あの動きは……」
レオナルド・リッチはヒョウマ君の力を引き出していた。
「あんなヒョウマ君のプレイスタイルは……初めて見た……」
今までオレのパスでは引きだせなかった、ヒョウマ君の全ての才能の力。
それをレオナルド・リッチのパスは、極限まで引き出していたのだ。
試合に負けたことよりオレにとっては、そのことが何十倍も衝撃的。
「ボクとヒョウマ君との絆が……」
頭の中と目の前が、暗い霧に覆われてきた。
こうしてかつての友との再会は、最悪の結果で幕を閉じたのであった。




