第81話:再会
イタリアの地で、かつてのチームメイトのヒョウマ君と再会した。
オレは興奮のあまりスタジアムの選手出口で、彼を待ち伏せすることにした。
試合が終わってからしばらく経つので、もうすぐイタリアのチームが出てくるはず。
つまりヒョウマ君がやってくるのだ。
やばい。心臓が破裂しそうなくらいに、ドキドキしてきた。
『『『オー!』』』
同じく出待ちしていた、イタリアのサポート団が声を上げる。
出口からユベトスU-18の選手が出てきたのだ。
サポートは楽器を鳴らしながら、チームの勝利を派手に祝っていた。
日本ではあまりない光景だが、ドイツリーグでもよく目にする光景である。
『『『サワム―ラ! サワム―ラ! サワム―ラ!』』』
その中でも特に叫ばれていたのは、ヒョウマ君の名前であった。
彼は今日の試合は2得点で、チームの勝利に大きく貢献したのだ。
「ヒョウマ君! ヒョウマ君! ここだよ! ボクはここだよ!」
サポーターに負けないように、オレも選手団に向かって叫ぶ。
沢山の人だかりで、ヒョウマ君の姿はまだ見えない。でも、きっとあの選手バスに乗る中にいるはずである。
何とかしてオレの存在に、気が付いてもらいたかった。
でも、このサポート団の人だかりでは、再会は難しいかもしれない。
「おい!」
「えっ?」
そんな時、後ろから誰かに日本語で声をかけられる。
一体誰だろう? その人は帽子を深く被り、顔を隠していた。
「やっぱり。ここにいたのか、コータ」
「あっ! ヒョウマ君! ヒョウマ君!」
「なんで、お前はイタリアの、こんな所に? とにかく、今はこの騒ぎだ。明日の昼も、この街にいるのか、コータ?」
「うん、いるよ!」
「それなら明日の12時に、この地図の店に来い。話は、そこでだ」
「明日の昼に……うん、分かった!」
ヒョウマ君から手渡された紙には、この街の地図が印刷されていた。
観光マップの切れ端で店の詳細が書かれている。これならオレ一人でもいけそうだ。
「じゃあ、コータ。明日な」
「うん、明日! 絶対に行くから!」
試合後のヒョウマ君は急いでいた。そのまま選手バスに乗りこんでいく。
これからクラブハウスに戻って、ミーティングがあるのであろう。
「明日の昼にヒョウマ君と再会か……あっ、ボクもチームに戻らないと!」
いつの間にか時間が、けっこう経っていた。
自分もチームの滞在するホテルに戻らないと、監督から大目玉を食らってしまう。やばい。
◇
次の日になる。
今日は試合の谷間の日なので、F.S.Vヤングの練習はない。
午前中のミーティングを済ませて、午後のオレは自由時間となっていた。
「ここのお店かな?」
約束の12時ちょうど、待ち合わせの店にたどり着いた。看板の店名と地図を、照らし合わせて確認する。
前世のサラリーマン時代、イタリアとの取引もあったので、日常生活でのイタリア語の読み書きはマスターしていた。
まあ、例によってイタリアのサッカーを、ネットで観戦して独学で勉強したのだが。
『えーと、ヒョウマ・サワムラの名前で、12時に待ち合わせをしていました』
レストランの入り口で名前を告げる。
そのままスタッフに、席まで案内してもらう。
案内された先には、私服姿のヒョウマ君がいた。
「あっ! ヒョウマ君! 久しぶり! 本当に久しぶりだね!」
「おい、コータ。急にそんなに大きな声をだすな。とにかく座って落ち着けて」
「あっ、そうだね。エヘヘヘ……」
やばい。興奮のあまり、声が大きくなっていた。
ここはお洒落なイタリアのレストランなので、マナーに気を付けないと。
『今日のこのランチを二つ』
ヒョウマ君は店員さんを呼び出して、イタリア語で料理を注文していた。
その慣れた様子はかっこよくて、思わず見とれてしまう。
それにオレのダサい私服とは違い、ヒョウマ君はオシャレに決めている。
イタリア製のブランドのシャツの襟を立てて、頭の上にサングラスを乗せていた。本場の伊達男みたいで、本当にカッコイイ。
「まずは最初に聞いてもいいか、コータ?」
「うん、何? 何でも聞いてちょうだい!」
ヒョウマ君が最初に聞きたいことってなんだろう? オレも気になる。
「じゃあ、いくぞ。お・ま・え・は、今・ま・で・ど・こ・で、何をしていたんだ!」
「えっ? い、痛いよ……痛いよ、ヒョウマ君……」
ヒョウマ君はかなり怒っていた。
オレのこめかみを両拳で挟んで、グリグリ攻撃をしてきた。
これは小学生時代のオレがうっかりミスした時に、いつもヒョウマ君にされていた叱咤の攻撃である。
頭蓋骨が割れるくらいに、かなり痛い。でも、この痛さは本当に懐かしいな。
「懐かしいじゃない! 約束していたのに連絡先も言わずに、どこでサッカーをしていたんだ?」
「えっ? 約束の連絡先?……あっ、そういえば!」
グリグリ攻撃から解放してくれたヒョウマ君の、その言葉で思い出した。
あれは小学六年生の卒業式の後のことである。
その時のオレは父親とのドイツ留学を決めていた。またヒョウマ君はイタリアに留学する話も聞いていた。
だから二人とも引っ越しが済んだら、暮らしている街の住所と連絡先を、オレから連絡するって約束をしていたのだ。
すっかり連絡を忘れていた。
「それにお前、日本の誰にも行く先を言わずに、出国しただろう? 地元では“コータ死亡説”も出ていたんだぞ?」
「ボクの死亡説が? あっ……そう言われてみれば……」
日本を出国する時は、本当にドタバタしていた。地元の誰にも連絡先を教えずに、今まで過ごしてきたのだ。
だから正月に帰国した時、コーチや後輩が驚いていたのは、そのためだったのか?
というか我が妹の葵よ。
ちゃんと兄のドイツでの活躍は、リベリーロの人たちに伝えておいてよね。
『でもお兄ちゃんは、「ドイツで失敗したら恥ずかしいから、誰にも言うな!」って言っていたよね? 葵、ちゃんと言いつけを守ったよ!』
そんな葵の反論が、脳内に聞こえてきた。
あっ! そういえば、そうだった。
コータ死亡説が出た元凶は、全て自分にあったのだ。
(でもオレがドイツにいる情報を知らないもの、仕方がないかもな)
この時代のドイツの三部や二部リーグは、日本ではまだマイナーであった。日本の誰も知らないのも無理はないであろう。
またF.S.Vのホームページにオレの個人情報は、ほとんど情報も載っていないのだ。
というかオレの選手名は“コータ・ノーロ”という間違ったスペルだから、誰も見つけられないのであろう。
検索サイトで探しても、オレの存在は出てこないのだ。
「忘れていて、ごめんね、ヒョウマ君。バタバタしていて、それにずっとサッカーばかりしていたから、連絡をすっかり忘れちゃった」
「やれやれ。どうせ、そんなことだと思っていたぞ。相変わらず抜けているな、コータは」
「いやー……面目ないっす」
ようやくヒョウマ君の怒りが収まってくれた。いつもの苦笑いを浮べている。
「サッカーの修行は……その分だと、かなり頑張っているようだ?」
オレの全身に、ヒョウマ君は視線を向けてきた。
こちらの全てを見抜く、相変わらず鋭い観察眼である。
「そうだね、ボクなりに頑張っているかな? そうだ! ボクは今、ドイツの街に住んでいるんだ!」
「そうか。前菜がきたから、食べながらゆっくり聞こう」
「うん、そうだね! 食べながらだね」
オレは食事をしながら、ドイツでの出来ごとを語る。
紹介状を持って、スクールの入団テストを受けにいったこと。
でもスクールが大人の二軍のテストだったこと。
運よくそのテストに受かって、二軍の試合で大人に混じって戦っていたと。
その後は二軍から一軍に昇格して、ドイツ3部リーグに挑戦したこと。
何とか3部リーグで優勝して、今シーズンから2部リーグで戦っていたこと。
ドイツでは色んな人たちと出会って、楽しい日々だと説明していく。
「これは作り話みたいな話だけど、本当のことなんだよ、ヒョウマ君!」
改めて説明して現実味のないドイツでの生活である。
普通の日本の中学生が三部リーグとはいえ、大人のドイツ試合で結果を出していたのだから。
「そうだったのか。だがオレ様は信じるぞ。あのコータなら……お前なら、そのくらいは朝飯前に成し遂げていくとな」
ヒョウマ君は話を最後まで聞いてくれた。そればかりかドイツでの話を信じてくれたのだ。
「ねえ、次はヒョウマ君の話を聞かせてよ? ヒョウマ君のこのイタリアでのことを!」
いつの間にかランチコースはデザートタイムとなっていた。
美味しいドルチェを食べながら、ヒョウマ君に話をふる。
「オレ様の話か? たいして面白くはないぞ……」
ヒョウマ君はエスプレッソに口をつけながら、静かに語ってくれた。
小学校を卒業後、父親とこのイタリアの地に渡ったこと。
そこでユベトスU-15の入団テストを受けて、一発で合格したことを語ってくれた。
「ユベトスU-15のテストを一発で合格⁉ 凄い、さすがはヒョウマ君!」
「イタリアの入団テストのレベルは、そこそこ高かった。だが日本にいた時から、オレ様もパワーアップしていたからな」
そう言われてヒョウマ君の全身に視線を向ける。
身長は小学6年の時から、かなり伸びていた。オレと同じ十四歳なはずなのに、身長は175cmを越えていた。
更にスリムパンツの上からでも分かるくらいに、太もももたくましくなっている。
「その入団テストに合格した後は、お決まりのコースだ。オレ様はイタリア国内のU-15の大会で結果を出して、今はU-18のカテゴリーに昇格していた」
えっ……ちょっと待ってヒョウマ君。
普通に話しているけど、それはお決まりでも、普通のことではないよ。
何しろ彼の所属しているユベトスFCは、ヨーロッパでもトップクラスのクラブである。はっきりいってウチのF.S.Vとは格が違う。
それなのに、まだ14歳にすぎない人がU-18に昇格して、しかも9番をつけてレギュラー選手だなんて……。
オレの前世の記憶の中でも、そんな凄い日本人の選手は誰もなかった。
それほどまでに今世のヒョウマ君の進んでいる道は、異次元なのだ。
「でも、ボクは知っていたよ。ヒョウマ君が凄い人だって……」
ここにいるヒョウマ君は、前世の“澤村ヒョウマ選手”とは明らかに別の人生を歩んでいる。
前世では才能に慢心してトレーニングとケアをせず、怪我に泣かされてJ2止まりで終わっていた。
(でも、今世のヒョウマ君は誰よりも貪欲だ……怖いくらいに努力と修練を重ねている)
天性の才能に不屈の努力が加わって、今は花開こうとしていた。
新生澤村ヒョウマは日本人の限界を、はるかに突破している。
そしてこれからもドンドン更に上を目指いていくであろう。
今まで日本人の誰も到達したことの無い高みに、この人は挑もうとしているのかもしれない。
「それを言うなら、お前の方が異常だぞ? 普通の日本の中学生はドイツリーグでレギュラー選手にはなれない」
「えっ……でも、ボクの場合は3部とか2部リーグだったから……」
「ふっ……相変わらず、そういうのは鈍感だな。だが、お前らしいがな」
ヒョウマ君はエスプレッソを飲みながら、優しい笑みを浮べる。
普段はクールで見せないけど、たまに見せてくれる表情だ。
こういった優しさは昔と変わっていなかった。
「さて、F.S.V所属ということは、お前も明日の試合に出るんだろう?」
そんなヒョウマ君の表情が、急に変わる。鋭い視線で問いかけてきた。
「うん、そうだね。ボクはF.S.Vヤングのキャプテンだから……」
「そうか。それは明日の試合は楽しみだな、コータ」
明日のUCLヤングリーグの試合は、F.S.VヤングとユベトスU-18の戦い。
つまりオレとヒョウマ君は戦うことになっていたのだ。
「うん、不謹慎かもしれないけど、ボクもすごくワクワクしているよ! 初めて敵同士で、ヒョウマ君と戦えることに……」
今までヒョウマ君とはチームメイトであった。
紅白戦や1対1で戦うことはあったが、それはあくまでチームメイトとして。
こうして本番の試合で戦うのは、今回が初めてだったのだ。
「ああ、そうだな……本当に楽しみだな、コータ。じゃあ、そろそろオレ様は先に帰らせてもらうぞ」
「自主練に行くの、ヒョウマ君?」
「ああ、そうだ。血がたぎって仕方がないからな。お前もだろう、コータ?」
「うん! ボクもウズウズしていたよ!」
オレたちは全く同じことを考えていた。
互いの異国での話を聞きながら、魂が熱くなっていた。
明日の試合のために、今から戻って自主練をしたくなったのだ。
「じゃあ、また明日ね、ヒョウマ君!」
「ああ、コータ」
こうしてオレたちの友としての再会の時間は終わった。
次に会うのは明日の戦場で。
互いの成長した技と力を見せるため、戦士として相対するのだった。




