第80話:F.S.Vヤング
ドイツリーグが開幕してから1ヶ月が経つ。
9月の中旬になっていた。
我らがF.S.Vは2部リーグで、4勝2分けの好調をキープしていた。
だがオレが新たに所属した、“もう一つのチーム”のスタートは微妙であった。
『ピピー!』
試合終了の笛が鳴る。
UCLヤングリーグ2試合目。
新たなるチーム……“F.S.Vヤング”は1対2で、オランダのクラブに負けてしまった。
これでヤングチームは0勝1敗1分けとなってしまう。
『お前たち、どうした? 今日の相手は勝てない試合じゃなかったぞ!』
試合後のロッカールームで、ヤングチームの監督は激怒していた。総合的な戦力はこちらの方が上だと見込んでいた。
だがF.S.Vヤングは未だに勝ち星が無い。監督が怒るのも無理はないのだ。
『とにかく次の試合は負けられないぞ。我々はF.S.Vを代表して来ているんだぞ。気持ちを切り替えて、今日はもう解散だ!』
試合後のミーティングは終了となる。
オレたちはこれからオランダから、ドイツに戻らないといけない。ヨーロッパ各国を結ぶ、高速列車での移動となる。
ヨーロッパは陸続きで、日本に比べて移動も楽。だが国家間の長時間の移動は、さすがに大変である。
オレたち選手は急いでシャワーを浴びて、着替えて荷物をまとめないといけない。
(F.S.Vヤングか……)
帰国の準備をしながら、これまでの2試合を振り返る。
このチームはF.S.Vのクラブ内から選出された、約二十人で結成されていた。
内訳としてはオレやユリアンさんたち1軍の選手が七人ほど。あとの十数人は二軍の選手である。
UCLヤングリーグの規定により、全員が18歳以下の若手チームである。
ちみにチーム内での最年少は14歳のあるオレ。他は規定ギリギリの17歳や18歳がほとんどだ。
(何で勝てないかな? 悪いチームじゃないんだけどな?)
一緒にプレイしてみて感じたが、このチームの個々の能力は高い。
攻撃と突破力に優れたドイツの若手選手もいるし、守備陣とフィジカルの強い外国人枠の選手もいる。
その中でも断トツに凄いのは、守備の要であるユリアン・ヴァスマイヤー。
彼はF.S.Vの一軍のレギュラー選手であり、世代別のドイツ代表である。
こうして考えると、やはり個々の選手の能力は高い。だが何故か試合になると、上手くいかず勝てないのだ。
うーん、なにか原因があるのかな?
「どうしたんだい、コータ君? 難しい顔をして、考えことかな?」
「あっ、ユリアンさん。実は……」
ユリアンさんが心配して、声をかけてくれた。オレは素直に自分の悩みを相談する。
どうして、このヤングチームの勝てないのか? 調子を上げるためにはどうすればいいのか?
才能あるユリアンさんに、意見を聞いてみる。
「なるほどね、コータ君。実は私もその問題は気になっていた。このチームは個々の選手は悪くはない。でも調和がとれていない合奏団……私はそう感じたよ」
「演調和がとれていない合奏団……なるほど。たしかに、そうですね!」
貴族の血を引くユリアンさんは、音楽の世界にも通じていた。合奏団に例えてもらったら、オレも何となく分かったような気がする。
なるほど、そういうことか。
ヤングチームのみんなは一生懸命にプレイしている。でもバラバラに行動しているから、歯車が合っていないのだ。
「こんな時は、私がキャプテンシーを発揮すればいいのかもしれな。でも私はこういう立場……すまないね、コータ君」
「たしかに、そうですね」
ユリアンさんはF.S.Vの中でも特別な存在である。
何しろこの人の祖父がF.S.Vのオーナー。だから選手はもちろん、監督ですらユリアンさんは気を遣う。
またF.S.Vの中でもトップクラスの才能を持つので、発言力が強すぎるのだ。
そのためユリアンさんはF.S.Vの中では、静かなプレイを心がけていた。
何故ならこの人が自ら動いてしまうと、悪い意味で誰も逆らえないクラブになってしまうからだ。
「それならボクに任せてください、ユリアンさん!」
「何か策があるのかい、コータ君?」
「はい! と言っても策というほどではありませんが……でも、こういう時は、がむしゃらに動くしかありません!」
「なるほど、そういうことか。それならチームメイトの方は頼んだよ。私は影からコータ君を助けよう」
オレが動きやすいように、ユリアンさんが影からサポートしてくれることになった。
ユリアンさんのことはヤングチームの誰もが認めていた。その助けがあるなら、何とかなるであろう。
よし。それじゃ、さっそく行動開始だ。
まずはドイツに帰国するまでの高速鉄道の中で、第一の行動をする。
オランダからドイツまでは数時間かかる。そのため時間も十分あるのだ。
◇
オレたちF.S.Vヤングチームは、ドイツ行きの高速列車に乗車していた。
ちなみに高速列車は新幹線みたいなもので、ヨーロッパ各地に広がる鉄道網である。
予算の少ないヤングチームは、主に高速列車を使って移動していた。
『こんにちは!』
そんな高速列車の移動中、オレは席を移動しチームメイトに声をかける。
『ん? コータ、どうした?』
『実は、あなたと話をしたくて来ました。いいですか?』
彼は二軍に籍を置くが、将来が有望なドイツ人の選手。まずはこの人から行動を開始する。
『私と話を? ああ。もちろん一軍の勇士であるコータと話をするのは、大歓迎さ!』
オレはまだ十四歳の中学生だが、チーム内では結構いい感じのポジションにいる。
一応は一軍のレギュラー選手なので、ヤングチームの皆は一目置いてくれていた。
そのお陰で話も上手くいきそうだ。よし、どんどん話を聞いていこう。
『このヤングチームで、何か困ったことはないですか? 何でもいいです。何かあればボクから、ユリアンさんや監督に伝えておきます?』
『困ったことか……そういえば……』
彼から何個か話を聞いていく。
ふむふむ、なるほど。
そんな悩みがあったのか。ちゃんとメモしておこう。
『じゃあ、また何かあったら、気軽に言ってください』
『ありがとう、コータ。助かるよ』
よし、これで一人目と話ができた。すぐに次の二人目に話を聞きにいこう。
何しろヤングチームの選手は、全部で20人以上いる。ドイツに戻るまで、全員と個別面談をしないと。
『こんにちは!』
『やあ、コータ。どうした?』
『あなたと話をしたくてきました。いいですか?』
次のチームメイトの隣に移動する。
彼はコンゴ共和国から入団してきた、18歳のFWの選手。身体能力が高く、将来が有望な選手である。
先ほどと同じように、このチームメイトからも相談を聞いていく。
(よし、いい感じに話が聞けているぞ……)
今オレが行っているのはビジネス・コーチングの一種であった。
ビジネス・コーチングと聞くと大事に思えるが、簡単に言うとチームメイトの愚痴を聞いてあげて、意見を集めているのだ。
(これも前世でのサラリーマン時代の経験と、あと小学六年生の時に学んだキャプテンシーの応用なんだけど……)
人間関係が苦手なオレは、誰かを率いていくことは経験が少ない。
だから小学六年の時に学級委員長とキャプテンになり、必死勉強した。
その中で学んだことは、集団で問題がある時は、とにかく人の話を聞いていくことである。
ちなみにオレ流のサッカーでのキャプテンシーについては、次のようにまとめていた
①全てのチームメイトと平等にコミュニケーションがとれる
②チーム内の選手問題が生じた場合、両者の間に立って相互理解を促す
③チームメイト一人一人を助ける
④妥協策を見い出せる
⑤選手の要望や提案などを、監督や経営陣に伝える
これはオレが自己流で学んで、これから実行しようとしている作戦だ。
とにかく第一段階として①のコミュニケーションからスタート。だから全員と話をして仲良くなっていくのだ。
その中で問題点を聞いたら、必ずメモで記録しておく。選手同士の問題ならドイツに戻ってから、それをじっくり解決していく。
また監督や経営陣への不満があったら、匿名でメモしておく。
それはユリアンさんを経由して、上に伝えてもらう約束していた。
ユリアンさんとオレの仲がいいのは、全員周知していること。だからチームメイトも信用してくれたのだ。
(なるほど……メモメモ。このヤングチームは若くて勢いがある。でもまだ結成されたばかりで、バラバラなのかもしれないな……)
チームメイトと話をしていく内に、だんだんと原因が分かってきた。
このチームは寄せ集めの集団。実力や国籍がバラバラな上に、全員同士のコミュニケーションがとれていなかったのだ。
(この手の問題は、本来は数ヶ月かけて解決をしていく必要がある……でも今のオレには時間はないから、すぐに解決しないとね!)
時間がないオレはどんどん話を聞いていく。
何しろドイツにいられるのは、中学校時代の三年間だけ。つまり残り一年と数ヶ月の期間しかいられない。
だからヤングチームには一日も早く良くなって欲しいのだ。
(それにどうせサッカーをやるなら、全員が楽しくやらないとね!)
ヤングチームの調整は、かなりの難しい問題である。
だが全く苦には感じていない。むしろやる気で燃え上っていた。
何しろヤングチームは素晴らしい才能の選手ばかりいる。彼らはまるで宝石の原石のように才能を秘めていた。
その才能が開花したプレイを早く見てみたいのだ。
「よし! 頑張るぞ!」
気合を入れて、思わず列車内で叫ぶ。
乗客全員が何事かと、こちらを振り返ってくる。
あわわわ……これは恥ずかしい。
いくら頑張るといっても、空回りしないように気を付けないと。
(とにかくコツコツと行動していこう……)
◇
その後もオレは活動を続けていく。
列車内でヤングチームの全員との話を終えていた。
帰国してから問題点をまとめていき、ユリアンさんとエレナに相談する。
二人とも頭がいいので、こういった問題解決では頼もしい仲間だ。
その後も、まだまだ時間がかかった。
人間関係で問題がある時は、選手同士と集めてミーティングを開催する。とにかく原因が解明するまでは、とことん話あった。
またサッカーのプレイに関する問題は、練習で解決した。
試合後の疲れた後でも、オレは容赦しなかった。相手がギブアップするまで、オレは練習に付き合う。そうして問題を解決していった。
問題点は色んなジャンルがあった。
外国から来た若い選手が、ドイツでの文化的な問題で悩んでいることもあった。
そんな時は親身になって、解決に走り回った。先輩外国人である一軍の選手の力も借りて、とにかく全員のために動いていった。
とにかく大変な日々であった。
何しろメインである一軍のリーグ戦は、毎週のようにある。レギュラー選手であるオレは、そこでも結果を出していく必要があった。
本当にハードな毎日であった。
でも、辛いと思ったことは一度もない。
段々と良くなっていくヤングチームの光景に、オレは感じていたのである。
全員の演奏のズレが、段々と無くなっていく雰囲気に。
宝石の原石たちの光が強くなっていく光景に、興奮していたのだ。
◇
そして、ドイツの暦は十月になっていた。
『ピピー!』
F.S.Vヤングは試合で勝利を掴み取る。
チームとしての勝利であった。全員の意思と連携が繋がり、勝利を勝ち取ったのだ。
『やったな、コータ!』
『これもコータのお蔭だな!』
『ナイス、キャプテン!』
試合後、オレはチームメイトから祝福を受ける。
そういえばいつの間にか、オレはヤングチームのキャプテンに任命さていた。これはチームメイト全員の総意であった。
「いてて……でも、本当に勝ててよかった……」
チームメイトに痛い祝福を受けながら、オレも心が踊っていた。
ヤングチームは何とか形になった。
あとはUCLヤングリーグで経験を積んでいけば、更に総合力は上がっていくであろう。
このまま頑張れば、リーグ優勝も狙えるかもしれない。本当に楽しみなチームに仕上がった。
『あっ、そうだ! ボク、ちょっと行ってきます!』
『ん? どこに行くんだ、コータ・キャプテン?』
『えーと……明後日の偵察です!』
今日はイタリアに試合に来ていた。
今回の遠征は変則的で、明後日にも試合がある。だからオレは次の対戦相手の偵察に行くのだ。
「たしか明後日の対戦相手は、イタリアのクラブだよな……」
予定表と地図を見ながら、イタリアの街をうろうろ歩きまわる。
たしかこの辺のスタジアムで、相手のクラブが試合をしているはずだ。
「おっ、ここだ!」
目的のスタジアムに到着する。
UCLヤングリーグは観客も少ないマイナーリーグなので、小さなスタジアムでの試合が多い。
オレはスタジアムの入り口で入場料を払って、客席に入っていく。
「おっ、試合は後半の40分か? ギリギリ間に合った!」
若手の試合ということで、観客席はけっこう空いていた。
だが地元のイタリアのサポート団はちゃんといた。さすがはサッカー大国イタリアである。
「おや、試合は3対1でイタリアが勝っているな……」
イタリアと戦っていたのは先月、オレたちが負けたオランダのクラブである。
そのオランダに対して、イタリアは圧勝モードであった。
「ん? えっ⁉ よく見たらユベトスFCじゃん⁉ そのU-18なのか⁉」
次の対戦相手を確認して、思わず目を疑う。
ユベトスFCはイタリアのプロリーグ“セリエA”の中でも、トップクラスのクラブである。
U-18はクラブの中でも結成された18歳以下のチーム。
つまりオレたちの次の対戦相手は、未来のイタリア代表クラスの集まりなのだ。
冷静に見てもF.S.Vヤングよりも、数段上の強敵だった。
そういえミーティングでも監督が、ちゃんと説明していた気がする。忘れていたオレが悪い。
「まさかユベトスU―18が相手だったとは……ビックリしたな。でもユベトスU―18と試合ができるなんて、嬉しいな!」
サッカーオタクであるオレは、始めて生で見るイタリアの試合に興奮していた。
本当は明後日に戦う敵クラブなので、こんなことをしている場合ではない。
だが、これもサッカーオタクの悲しい習性なのだ。
そうだ。ちゃんと偵察もしないと。
「特にユベトスの9番の人は凄いな……周りより小さいのに、凄いキレのあるシュートだな」
終了間際で、ユベトスU―18が追加点を入れた。
それを決めたのは、他に比べて少しだけ小柄な選手。でもその突破力は相手チームを圧倒していた。
「もしかしたら若い選手なのかな? ボクよりちょっと大きいくらいの身長で、同じ黒髪の選手なのに、凄いな…………えっ⁉ 黒髪⁉」
ようやく、あることに気がつく。
イタリアの9番は日本人だった。
いくら18歳以下の世代別のチームとはいえ、日本人がユベトスの9番をつけているとは、予想もしていなかった。
あまりに予想外のことに、今まで見逃していたのだ。
「同じ日本人で……それにさっきのシュートは……」
その時である。急に心臓がドキドキしてきた。
何故ならその9番のプレイに、見覚えがあるのだ。
「まさか……あの選手は……」
試合終了となる。
選手は中央に集まり、審判と観客に挨拶をする。
そしてユベトスの選手が、こちらの観客席に近づいてきた。
下を向いていた9番の選手の顔が、ハッキリと見えてくる
「やっぱり……」
ユベトス9番は、かつてのチームメイトであった。
最も尊敬する同年代であり、とてつもなく才能があるストライカーだ。
オレの真下の選手入場口まで、その人が近づいてきた。
「ヒョウマ君!」
目と鼻の先にやって来た時、思わずのその名を叫ぶ。
日本でのチームメイトの名を。
「ん? お前は……」
声に反応したヒョウマ君と視線が合う。
この顔は間違いない。正真正銘のヒョウマ君である。
「お前……もしかして、コータか?」
こうしてオレはイタリアの地で、ヒョウマ君と見つめ合う。
敵同士として再会するのであった。




