第73話:クリスマスパーティー(前編)
12月20日の試合から二日が経つ。
ドイツ3部リーグの試合は、現在は約1ヶ月間の休暇期間中。
後半戦スタートの次の試合までは、選手たちはゆっくり休める期間だった。
そんな休暇中、オレはとある家を訪れていた。
『こんにちは。招待状を貰った、コータ・ノロといいます』
『どうぞ、コータ様。こちらでございます』
オレは招待状を門番に見せて、敷地内に案内される。
中庭を通って移動していく。その広さはちょっとした公園くらいはある。
案内されたオレは、目を丸くして眺めていく
『コータ様。会場はこの屋敷の中です。どうぞ』
案内されたのは敷地内の豪華な屋敷であった。
ドイツの歴史的な建造物なのであろうか。歴史の教科書に出てきそうな外観である。
『いらっしゃいませ、コータ様』
『どうもです。おじゃまします……』
玄関のドアマンに案内されて、オレは屋敷の中に足を踏み入れる。
「おお、凄い……」
まるで映画のセットのように、現実離れした玄関の豪華さだった。
あまりの凄い光景に、言葉を失う。
「あっ、コータ君! よくぞ来てくれたね」
「あっ、ユリアンさん!」
唖然としているオレに、ユリアンさんが声をかけてきた。
見知った顔を見つけて、ようやくひと安心する。
「ようこそ、私の誕生日パーティーとクリスマスパーティーにようこそ、コータ君」
「はい、おじゃまします、ユリアンさん!」
本日、オレが訪れていたのはユリアンさんの実家のヴァスマイヤー家。
F.S.Vのオーナーであり、貴族の家系である名門ヴァスマイヤー家にやってきたのだ。
◇
「今日はヴァスマイヤー家の専属料理人が腕を振るった料理も用意している。存分に楽しんでいってくれ、コータ君」
「はい、ご馳走になります!」
ユリアンさんに案内されて手荷物をクロークに預けて、パーティー会場に移動する。
案内されたのは屋敷の中にある大広間だった。
ホテルの宴会場並の広さはあるであろうか。装飾品もきらびやかで豪華絢爛な大広間であった。
百人以上もの大人たちが、正装してパーティーを楽しんでいる。
「うわ……凄いな……」
あまりの豪華さと非日常な光景に、オレは広間の真ん中で立ちつくしてしまう。
例えるならベルサイユ宮殿ような華やかな場所である。
こんな豪華なパーティーに参加したことは、もちろん前世でもない。
どう行動すればいいか分からないのだ。
『おっ。あれはコータじゃないか?』
『ああ、そうだな。おいコータ!
「そんな所に突っ立てないで、こっちに来いよ!』
『あっ、みんな……』
そんな立ちつくしていたオレに、声をかけてくれた集団があった。彼らはF.S.Vのチームメイトたちである。
皆も招待状を貰って、このパーティーに参加していたのだ。
『よかった、知っている皆さんがいてくれて!』
チームメイトの所に駆け寄っていく。
さっきまでは幻想的な空間すぎて緊張しまくりだった。でも、これでようやく一息つける。
『それにしても凄いパーティーですね、これは。ドイツの誕生日パーティーは、いつもこんな感じなんですか?』
改めて会場を眺めながら、その凄さに感動する。
パーティーに参加している人たちは、タキシードやパーティードレスで正装していた。
また広間の前方では楽器団がいて、生演奏でパーティーを華やかに演出している。
『これはヴァスマイヤー家が凄すぎるかもな、コータ』
『そうだな。オレも世界中のクラブを点在してきたが、こんな派手なのは、ここだけだぜ』
『たしかに、それは言えているな』
なるほど。こんな立派な誕生日パーティーは、F.S.Vだけなのか。
それにしてもチームメイトは、このヴァスマイヤー家のパーティーには参加したことがあるのであろう。
慣れた様子でタキシードを着こなし、パーティーを楽しんでいた。それに比べてオレは、貸衣装に着られている状態である。
『それに、コータ。今年は一段と豪華かもな』
『ああ。何しろF.S.Vは11連勝中で、3位だからな』
『そうだな。オーナーの機嫌がいいのも納得だぜ』
なるほど、そういうことか。
ユリアンさんの誕生日パーティーは、毎年開催される。だがここまで豪華なのは、今年が初めてだという。
F.S.Vの成績は、オーナーの機嫌に直結しているのだろう。それを考えると、オレも今季の前半戦は頑張った甲斐がある。
『とりあえず腹が減っているだろう、コータ? あっちに料理コーナがあるぞ』
『そう言われてみれば、たしかに腹ペコですね。とりあえず腹を満たしてきます!』
今日は夕食会を兼ねたディナーパーティーである。
立食形式のバイキング形式で、料理コーナも会場の後ろに用意してあった。
パーティーでは色んな催しものがあるらしい。
だが腹が減っては戦ができない。腹ペコなオレは料理コーナに向かうのであった。
◇
「おお、この肉料理、美味しい! それにこっちのソーセージも!」
料理コーナで思わず叫ぶ。何しろ食べた料理が、全部美味しいのである。
更に次なる料理に手を伸ばしていく。
今のオレは成長期の十三歳。食べ盛り真っ最中で、いくらでも食べられるのだ。
「うん。このスープも美味しい! こんな豪勢な料理が食べ放題だなんて、幸せだなー」
料理コーナはこの世の楽園であった。
美味しくてボリューミーな料理が、全て食べ放題。
それに食べたことなないドイツの伝統料理が、ずらりと並んでいたのである。
『次はローストビーフも食べますか、お客様?』
『はい、二枚下さい!』
料理コーナには仕上げのシェフもいた。
その人がカットしたばかりのローストビーフをもらう。
うん、これも美味しい!
やっぱりローストビーフは、いつ食べても幸せな気分になる。これなら何枚でも食べられそうだ。
「いやー、それにしても素晴らしいパーティーだな……」
空腹が収まったので、ひと息をつきながら会場を眺める。
オレ以外の人たちは、そんなにガッツいて食べていない。
大人な雰囲気の参加者が多く、カクテルやビールを飲みながら談笑にふけっている。
「誕生日パーティーだけど、これは社交パーティーみたいな感じなのかな?」
招待されている人は、どう見てもお金持ちの人が多い。全身からリッチな雰囲気をかもしだしている。
そんなリッチマンたちがタキシードやドレスを着込んで、挨拶をしていた。
きっとヴァスマイヤー家に関係ある企業やスポンサー、サッカー関係者いので人が多いのであろう。
「あれ? チームメイトの皆も、動きだしている……あれは、ナンパかな?」
さっきまで一緒にいたチームメイトの数人が、知らない女性陣に声をかけていた。
彼らはF.S.Vの独身チーム。パーティーに来ていた若い女性と談笑をしていた。
「こうやって見ると、皆はカッコイイな……」
F.S.Vは地元のドイツ人を中心にしたチーム。彼らがタキシードを着込むと、モデルのようにきまっている。
いつもはユニフォームやジャージ姿しか見ていないので、初めて見る光景だった。
「あっ、ナンパが成功したのかな? 凄い! やっぱりサッカー選手はモテるのかな?」
チームメイトの一人が、美人な女性とダンスを踊りにいった。
ドイツではトップのサッカー選手は憧れの存在。年収も高く、その鍛えぬかれた肉体は男のフェロモンを発している。
特に今期のF.S.Vは3部リーグで好調で、今宵のパーティーでも話題となっていた。
「金髪美女にモテモテで、凄いな……まあ、でも今のボクには関係ないけど……」
まだ十三歳であるオレは、パーティーでは子ども扱い。特に日本人は童顔に見られるので、小学生に思われているかもしれない。
それにオレがF.S.Vの選手であることに、周りの誰も気が付いていない。
「ボクも勇気を出して、誰かに話かけてみるか? いや、それは無理だな……」
ドイツ人美女と話をしてみたい。
でもよく考えたら、オレは女性と話すのが苦手である。人間関係はサッカーだけにしておこう。
よし、それなら今日は食べることに専念しよう。
栄養バランス的にもっと野菜を食べて、あとデザートもたくさん食べないと。
今日くらいならカロリーオーバーをしても、サッカーの神様は許してくれるであろう。
もぐもぐ……もぐもぐ……。
「せっかくのパーティーなのに、食べてばかりなの、コータ?」
「うん。ここの料理は最高だからね! もぐもぐ……んっ?」
夢中で食べていたオレに、誰かが日本語で話しかけてきた。
この声はオレもよく知るドイツの少女のもの。
「あっ、エレナ……? って、その恰好は、どうしたの⁉」
振り向いた先にいたのは、たしかに同級生のエレナであった。
だが雰囲気はいつもと全く違う。
彼女は大人っぽいパーティードレスで、華やかに着飾っていたのである。
「どうしたのって……今日はパーティーだからよ」
エレナは恥ずかしそうに説明をしてくる。
そうか。今日はユリアンさんの誕生日パーティーで、ヴァスマイヤー家のクリスマスパーティー。
だからエレナが着飾っていても、不思議ではないのだ。
(でも、なんか今日のエレナは……いつもと雰囲気が違うな……)
恥ずかしそうにしているエレナの姿に、思わず見とれてしまう。
こうしてドイツでのクリスマスの夜は静かに、そして華やかに深まっていくのであった。




