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第73話:クリスマスパーティー(前編)

 12月20日の試合から二日が経つ。

 ドイツ3部リーグの試合は、現在は約1ヶ月間の休暇期間中。

 後半戦スタートの次の試合までは、選手たちはゆっくり休める期間だった。


 そんな休暇中、オレはとある家を訪れていた。


『こんにちは。招待状を貰った、コータ・ノロといいます』

『どうぞ、コータ様。こちらでございます』


 オレは招待状を門番に見せて、敷地内に案内される。

 中庭を通って移動していく。その広さはちょっとした公園くらいはある。

 案内されたオレは、目を丸くして眺めていく


『コータ様。会場はこの屋敷の中です。どうぞ』


 案内されたのは敷地内の豪華な屋敷であった。

 ドイツの歴史的な建造物なのであろうか。歴史の教科書に出てきそうな外観である。


『いらっしゃいませ、コータ様』

『どうもです。おじゃまします……』


 玄関のドアマンに案内されて、オレは屋敷の中に足を踏み入れる。


「おお、凄い……」


 まるで映画のセットのように、現実離れした玄関の豪華さだった。

 あまりの凄い光景に、言葉を失う。


「あっ、コータ君! よくぞ来てくれたね」

「あっ、ユリアンさん!」


 唖然としているオレに、ユリアンさんが声をかけてきた。

 見知った顔を見つけて、ようやくひと安心する。


「ようこそ、私の誕生日パーティーとクリスマスパーティーにようこそ、コータ君」

「はい、おじゃまします、ユリアンさん!」

 

 本日、オレが訪れていたのはユリアンさんの実家のヴァスマイヤー家。

 F.S.Vのオーナーであり、貴族の家系である名門ヴァスマイヤー家にやってきたのだ。



「今日はヴァスマイヤー家の専属料理人が腕を振るった料理も用意している。存分に楽しんでいってくれ、コータ君」

「はい、ご馳走になります!」


 ユリアンさんに案内されて手荷物をクロークに預けて、パーティー会場に移動する。


 案内されたのは屋敷の中にある大広間だった。

 ホテルの宴会場並の広さはあるであろうか。装飾品もきらびやかで豪華絢爛な大広間であった。

 百人以上もの大人たちが、正装してパーティーを楽しんでいる。


「うわ……凄いな……」


 あまりの豪華さと非日常な光景に、オレは広間の真ん中で立ちつくしてしまう。

 例えるならベルサイユ宮殿ような華やかな場所である。

 こんな豪華なパーティーに参加したことは、もちろん前世でもない。

 どう行動すればいいか分からないのだ。


『おっ。あれはコータじゃないか?』

『ああ、そうだな。おいコータ!

「そんな所に突っ立てないで、こっちに来いよ!』


『あっ、みんな……』


 そんな立ちつくしていたオレに、声をかけてくれた集団があった。彼らはF.S.Vのチームメイトたちである。

 皆も招待状を貰って、このパーティーに参加していたのだ。


『よかった、知っている皆さんがいてくれて!』


 チームメイトの所に駆け寄っていく。

 さっきまでは幻想的な空間すぎて緊張しまくりだった。でも、これでようやく一息つける。


『それにしても凄いパーティーですね、これは。ドイツの誕生日パーティーは、いつもこんな感じなんですか?』


 改めて会場を眺めながら、その凄さに感動する。

 パーティーに参加している人たちは、タキシードやパーティードレスで正装していた。

 また広間の前方では楽器団がいて、生演奏でパーティーを華やかに演出している。


『これはヴァスマイヤー家が凄すぎるかもな、コータ』

『そうだな。オレも世界中のクラブを点在してきたが、こんな派手なのは、ここだけだぜ』

『たしかに、それは言えているな』


 なるほど。こんな立派な誕生日パーティーは、F.S.Vだけなのか。


 それにしてもチームメイトは、このヴァスマイヤー家のパーティーには参加したことがあるのであろう。

 慣れた様子でタキシードを着こなし、パーティーを楽しんでいた。それに比べてオレは、貸衣装に着られている状態である。


『それに、コータ。今年は一段と豪華かもな』

『ああ。何しろF.S.Vは11連勝中で、3位だからな』

『そうだな。オーナーの機嫌がいいのも納得だぜ』


 なるほど、そういうことか。

 ユリアンさんの誕生日パーティーは、毎年開催される。だがここまで豪華なのは、今年が初めてだという。

 F.S.Vの成績は、オーナーの機嫌に直結しているのだろう。それを考えると、オレも今季の前半戦は頑張った甲斐がある。


『とりあえず腹が減っているだろう、コータ? あっちに料理コーナがあるぞ』

『そう言われてみれば、たしかに腹ペコですね。とりあえず腹を満たしてきます!』


 今日は夕食会を兼ねたディナーパーティーである。

 立食形式のバイキング形式で、料理コーナも会場の後ろに用意してあった。

 パーティーでは色んな催しものがあるらしい。

 だが腹が減っては戦ができない。腹ペコなオレは料理コーナに向かうのであった。



「おお、この肉料理、美味しい! それにこっちのソーセージも!」


 料理コーナで思わず叫ぶ。何しろ食べた料理が、全部美味しいのである。

 更に次なる料理に手を伸ばしていく。

 今のオレは成長期の十三歳。食べ盛り真っ最中で、いくらでも食べられるのだ。


「うん。このスープも美味しい! こんな豪勢な料理が食べ放題だなんて、幸せだなー」


 料理コーナはこの世の楽園であった。

 美味しくてボリューミーな料理が、全て食べ放題。

 それに食べたことなないドイツの伝統料理が、ずらりと並んでいたのである。


『次はローストビーフも食べますか、お客様?』

『はい、二枚下さい!』


 料理コーナには仕上げのシェフもいた。

 その人がカットしたばかりのローストビーフをもらう。


 うん、これも美味しい! 

 やっぱりローストビーフは、いつ食べても幸せな気分になる。これなら何枚でも食べられそうだ。


「いやー、それにしても素晴らしいパーティーだな……」


 空腹が収まったので、ひと息をつきながら会場を眺める。

 オレ以外の人たちは、そんなにガッツいて食べていない。

 大人な雰囲気の参加者が多く、カクテルやビールを飲みながら談笑にふけっている。


「誕生日パーティーだけど、これは社交パーティーみたいな感じなのかな?」


 招待されている人は、どう見てもお金持ちの人が多い。全身からリッチな雰囲気をかもしだしている。

 

 そんなリッチマンたちがタキシードやドレスを着込んで、挨拶をしていた。

 きっとヴァスマイヤー家に関係ある企業やスポンサー、サッカー関係者いので人が多いのであろう。


「あれ? チームメイトの皆も、動きだしている……あれは、ナンパかな?」


 さっきまで一緒にいたチームメイトの数人が、知らない女性陣に声をかけていた。

 彼らはF.S.Vの独身チーム。パーティーに来ていた若い女性と談笑をしていた。


「こうやって見ると、皆はカッコイイな……」


 F.S.Vは地元のドイツ人を中心にしたチーム。彼らがタキシードを着込むと、モデルのようにきまっている。

 いつもはユニフォームやジャージ姿しか見ていないので、初めて見る光景だった。


「あっ、ナンパが成功したのかな? 凄い! やっぱりサッカー選手はモテるのかな?」


 チームメイトの一人が、美人な女性とダンスを踊りにいった。

 ドイツではトップのサッカー選手は憧れの存在。年収も高く、その鍛えぬかれた肉体は男のフェロモンを発している。

 特に今期のF.S.Vは3部リーグで好調で、今宵のパーティーでも話題となっていた。


「金髪美女にモテモテで、凄いな……まあ、でも今のボクには関係ないけど……」


 まだ十三歳であるオレは、パーティーでは子ども扱い。特に日本人は童顔に見られるので、小学生に思われているかもしれない。

 それにオレがF.S.Vの選手であることに、周りの誰も気が付いていない。


「ボクも勇気を出して、誰かに話かけてみるか? いや、それは無理だな……」


 ドイツ人美女と話をしてみたい。

 でもよく考えたら、オレは女性と話すのが苦手である。人間関係はサッカーだけにしておこう。


 よし、それなら今日は食べることに専念しよう。

 栄養バランス的にもっと野菜を食べて、あとデザートもたくさん食べないと。

 今日くらいならカロリーオーバーをしても、サッカーの神様は許してくれるであろう。


 もぐもぐ……もぐもぐ……。


「せっかくのパーティーなのに、食べてばかりなの、コータ?」

「うん。ここの料理は最高だからね! もぐもぐ……んっ?」


 夢中で食べていたオレに、誰かが日本語で話しかけてきた。

 この声はオレもよく知るドイツの少女のもの。


「あっ、エレナ……? って、その恰好は、どうしたの⁉」


 振り向いた先にいたのは、たしかに同級生のエレナであった。

 だが雰囲気はいつもと全く違う。

 彼女は大人っぽいパーティードレスで、華やかに着飾っていたのである。


「どうしたのって……今日はパーティーだからよ」


 エレナは恥ずかしそうに説明をしてくる。

 そうか。今日はユリアンさんの誕生日パーティーで、ヴァスマイヤー家のクリスマスパーティー。

 だからエレナが着飾っていても、不思議ではないのだ。


(でも、なんか今日のエレナは……いつもと雰囲気が違うな……)


 恥ずかしそうにしているエレナの姿に、思わず見とれてしまう。


 こうしてドイツでのクリスマスの夜は静かに、そして華やかに深まっていくのであった。


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