第72話:決戦の日
運命の12月20日がやってくる。
この日で今年のドイツ3部リーグ前半は最終日となる。来年の1月28日から再開する後半戦に向けて、各チームとも気合が入っている試合であった。
『よし、お前たち。今日も頼むぞ!』
試合前、F.S.Vの監督は最後の激を飛ばしてくる。
チームは前半戦で開幕7戦引き分けの後に、10連勝。3部リーグで4位と波に乗っていた。
『前半はいつもの通りに、ユリアンにボールを集めていくぞ!』
キャプテンを中心にして、試合前の選手ミーティングが行われる。
ユリアンさんはチームで2番目の最年少ながらも、3部リーグの得点王をひた走っていた。
その実力は各国の世代別代表や、元代表が多いF.S.Vでも認められている。
『そして後半はうちの秘密兵器コータと合わせて、2枚でいく。準備はいいか、コータ?』
『はい、キャプテン』
まだ13歳で身体の出来上がっていないオレは、今日もベンチスタートとなる。このルールは前半の最終戦でも変わりない。
前半のオレはベンチで待機しながら、ゲームの流れを徹底的に読んでおくのだ。
「コータ君……」
ゲーム開始の直前、ユリアンさんが視線を向けてきた。
この人との得点勝負は、泣いても笑っても今日が最終日。互いに思うことは色々とある。
「ユリアンさん、前半は頼みます」
だがオレはベンチから勝利の念を送り出す。
もしかしたら得点勝負はオレが負ける可能性もある。だがF.S.Vの一員として、オレはチームの勝利を一番に思っていた。
『よし、いくぞ!』
『『『おー!』』』
キャプテンの掛け声と共に、F.S.Vの選手は駆けだす。
いよいよ運命の試合がキックオフするのであった。
◇
試合開始から45分が経つ。
『ピピー!』
審判の笛の音と共に前半が終了する。
両チームの選手はロッカールームに移動して、後半戦に備える。
『お前たち、前半は運が悪かった。だが流れは悪くない! 後半は頼んだぞ!』
ロッカールームでF.S.Vの監督から激が飛んでくる。
今のところ試合は0対0で同点のままだった。
今日の対戦相手は、昨年までドイツ2部リーグまでいた強豪チーム。今季の3部リーグでも現在2位であり、格上の相手だった。
(相手はF.S.Vのことを研究してきているな……)
ロッカールームでオレは前半戦を思い出す。
相手チームはこちらのことを十分に研究して、万全の対策を練ってきていた。
そのお陰で得点の稼ぎ頭であるユリアンさんへのパスが、完璧に封じられていたのだ。
10連勝と好調すぎたことで、逆に他のチームの警戒心を持たれてしまったのであろう。
(さて、どうしたものか……)
ロッカールームで後半の作戦を練る。
恐らく相手は、オレが後半に投入されるのも予測しているであろう。もちろん対抗策も用意されているに違いない。
これまではオレは未知なる切り札として、相手をかく乱してきた。だが、この試合ではガチンコで相手のチームを倒さないといけないのだ。
かなり切迫した状況である。
(現状ではこちらが格下。それなら相手の裏をかくか? それとも、奇策で攻めていくか?)
最近は調子がいいF.S.Vではあるが、まだ本調子ではない。
本来は2部リーグでも通じる戦力を有していうる。だが、ここ数年間は大スランプで調子をどん底まで落としていた。
今日の協定を相手に正攻法で勝ち抜くには、厳しい状況なのだ。
『おい、後半は……』
『だが相手には……』
『それなら……』
チームメイトたちも同じように打開策を探している。
だが、これといった決定的な策を見いだせずにいた。それほどまでに今日の対戦相手は強敵で、戦いににくい相手なのだ。
『ちょっと、いいかしら、監督?』
そんな時である。
活路を見いだせないロッカールームに、少女の声が響き渡る。
彼女の名はエレナ・ヴァスマイヤー。
このクラブのオーナーの孫娘であり、F.S.Vのチーム特別アドバイザー。そして今はチームの勝利の女神とも言える存在であった。
『もちろんです。エレナ・ヴァスマイヤー特別アドバイザー』
聡明な彼女に、監督は全幅の信頼を置いていた。自分の身をわきまえて、暖かい笑みでエレナに席を譲る。
『今日の相手は難敵ですわ。更に相手の調子は今シーズンでも最高。事前のデータを覆されましたわ……』
エレナはびっしり書き記した自分のノートを見ながら、選手たちに現状をまとめていく。
サッカーの世界ではデータだけでは解読できない試合展開もあると、ため息をついている。
『このまま何の打開策もなく、いつものゲーム展開で攻めても、後半はF.S.Vが押し切られる可能性もありますわ……』
ドイツリーグは3部でもレベル高い。各チームは各国の代表クラスを集め、優勝と昇格を目指している。
それはF.S.Vだけではなく、相手も同じ。特に今日の対戦相手は、戦力とコンディション共に最大の難敵だった。
では正攻法が通じない相手に、エレナはどんな策があるのであろうか?
『だから後半は作戦の一新を提案しますわ! 簡単に説明するとFWを固定の2人に加えて、コータ・ノロも足して3人を中心にして攻撃ですわ!』
エレナはロッカールームのホワイトボードに、後半の作戦を記していく。
それによると守備の人数を減らして、攻撃に特化した戦術にするという。
『なるほどです、エレナお嬢様。ですが、それじゃあ、守備陣が持ちませんぜ?』
チーム最年長のキャプテンは、思わず意見を唱える。
今日の対戦相手は攻撃力も高く、攻撃重視の作戦はリスクが高いのだと。
『そうね、キャプテン。たしかにこの戦術だと失点は確実ね……でも、1点取られたら、2点取れば勝てるわ。2点取られても、4点取り返したら完勝よ』
エレナは笑みを浮かべながら答える。
いつものデータ重視で理論的な策を練るエレナとは違い、子どものように無邪気な笑顔だった。
『ですが、お嬢様……』
『キャプテンはF.S.Vのサッカーの伝統を忘れたのかしら?』
反論しようとするキャプテンの言葉を、エレナが真剣な表情で遮る。
『このF.S.Vのポリシーは「守って引き分けるより、攻めまくって勝ちか負けを選べ!」よ! あなたたちは、そんな大切なことも忘れてしまったの?』
エレナはロッカールームにいる全員に問いかける。
伝統あるF.S.Vは今から百年前に、攻撃的なサッカーを望む者で結成した。
今から二十年前、その攻撃的なスタイルで、当時のドイツリーグの頂点に君臨した。
その後も10年以上に渡って、その伝統は対戦相手を震え上がらせ、サポーターを熱狂させたという。
まだ幼かったエレナも、その時の栄光と興奮の試合を覚えているのだ。
『もちろん私も覚えていますよ、エレナお嬢様』
最年長のキャプテンは二十年前の当時は、F.S.Vに入団したばかりの10代後半の新人。彼もその時の光景を、昨日のことのように覚えているという。
『もちろんオレたちも覚えていますよ、お嬢様』
『オレたちも、あの時のF.S.Vに憧れて、その後にジュニアに入団したからかな……』
『ああ、懐かしいな……熱かったよな、あの時は……』
他の若手のドイツ人の選手たちも同様だった。
彼らはこの街で生まれ育った者が多い。攻めの戦術で退くこと知らぬF.S.Vスタイルに憧れて、サッカーを始めた者も多いのだ。
『よそ者ですが、オレたちも攻めのF.S.Vの雰囲気は好きですよ、アドバイザー』
『ああ、そうだな。ドイツサッカーは堅苦しいが、F.S.Vは自由で面白いからな』
外国人枠の選手たちも賛同する。
彼らは低迷の続いた、この数年間で、他のクラブに移る選択肢もあった。だがF.S.Vの雰囲気や伝統を愛し、こうして今まで残っているのだ。
『エレナの作戦に、私も賛成だ』
最後にユリアンさんが大きくうなずく。
怪我をさせた負い目から、最近は自分から妹に対して意見を述べることは無くなっていた。
だが今のその姿は一選手として、真剣にエレナに対して向き合っている。
こうしてロッカールームにいるF.S.Vの全選手が、エレナの危険な戦術に賛同したことになった。
「後半は攻めまくる作戦か……面白そうだな……」
もちろんオレもエレナの作戦に賛成である。
守備も嫌いではないが、サッカーは何より攻めている時が一番楽しい。
稲妻のような素早いパスからの、風のように鋭いドリブルとシュート。見ている方も、プレイして方も最高にエキサイティングな展開だ。
「攻めまくるか……まさに疾風迅雷みたいな作戦だね、エレナ」
「えっ? 疾風迅雷って、なに、コータ?」
日本語は話せるが難しい言葉は分からないエレナに、意味を説明してあげる。
“疾風迅雷”とは強い風と激しい雷のように、行動が極めて素早く激しいこと。攻撃力の強い軍の様子も表していると。
「なるほど……素敵な言葉ね、コータ……」
エレナは初めて聞く言葉に大きくうなずく。
そして日本語からドイツ語に切り替えて、言葉を続ける。
『みんな聞いて、後半の作戦名は「疾風迅雷」よ! 攻めて、攻めて、攻めまくるわよ!』
『シップウジンライだと? 』
『なんか熱い言葉だな。シップウジンライ!』
『ああ、いい感じだな!』
『いくぜ、シップウジンライ!!』
チームメイトもエレナに続いて叫ぶ。
攻めて攻めまくるF.S.Vの新しい戦術……名付けて“疾風迅雷”に心を躍らせていた。
「コータ君、後半はどっちが多く点を取れるか勝負だね」
「はい、ユリアンさん。ボクも負けずに沢山とります!」
こうしてF.S.Vの全ての選手の魂に火は灯った。
新しい超攻撃的なスタイル“疾風迅雷”の初陣として、オレたちはロッカールームを飛び出していくのであった。
◇
それから50分後。
「ピピー!」
審判の試合終了の笛が鳴り響く。
試合の内容は予想以上の、得点の取り合いの超乱打戦となった。
勝負は6対5。
最後まで攻め切ったF.S.Vが、攻撃戦を制して勝利したのだ。
この日の得点はユリアンさんが1得点で、オレが4得点と大爆発。
つまりユリアンさんとの得点勝負は、1点差でオレが勝つことができたのだ。
「ふう……疾風迅雷作戦か……疲れたけど、本当に楽しい試合だったね、コータ君……」
「はい、ユリアンさん! 本当にエキサイティングでしたね!」
だが勝負のことを忘れてしまうくらいに、試合後のオレたちは満足感に浸っていた。
全エネルギーを攻撃に投入したために、二人ともロッカールームで座り込んでいる。
「F.S.Vの栄光の復活を目指してか……一月からの後半も楽しみだね、コータ君」
「そうですね、ユリアンさん!」
ドイツ3部リーグ前半、F.S.Vは3位浮上という好成績で幕を閉じた。
「ふう……疲れたけど、本当に楽しい試合だったな……」
そしてオレはドイツに残り、皆とまたプレイすることが出来るのであった。




