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第71話:勝負を前にして

 ユリアンさんに勝負を宣誓してから二ヶ月が経つ。

 暦は十二月中旬となっていた。

 今日もドイツ三部リーグの試合は開催されていた。


「よし、ここだ!」


 後半三十分。オレは決定的な場面でボール持つ。

 現在は1対1で同点。恰好の逆転の状況である。


『へい、コータ!』

 

 ゴール前にいた味方がパスを要求してくる。彼は元スウェーデン代表であり身体能力の高いFWであった。


『させるか!』


だが敵チームの守備陣も動きが早い。徹底的なマークでパスコースを塞いでくる。


『コータ君!』


反対側にいた味方のユリアンさんからも、パスの要求がきた。現在ドイツ3部リーグの得点王の出現に、敵チームの守備陣は更に強固な対応をする。


「そのお蔭で、逆サイドが甘い!」


 そんな中、敵チームの守備陣に一瞬の隙が生まれた。

 オレはその隙を見逃さず、パスから一気にドリブルに切り替え。そのまま強引にシュートをする。


『ゴーーーール!』


 スタジアムに実況者の声が響き渡る。

 オレのシュートはゴールネットに突き刺さったのだ。


『ウォオオオ!』

『コータ! コータ!』

『コータ! コータ! コータ!!』

 

 同時にスタジアムの観客席から大歓声があがる。

 F.S.Vのサポーターはオレの登録名である『コータ・ノーロ』を連呼して叫んでいた。

 逆転ゴールに1万人以上の観客が興奮し、スタジアム全体が大きく揺れている。


「どうも、ありがとうございます!」


 ゴールを決めた後にオレは、そんな熱狂的なサポーター席に向かってお辞儀をする。

 本当はかっこいいポーズでアピールもしたいが、未だに恥ずかしくてできない。


 あれ? サポーター席をよく見ると、『14番コータ』というオレの背番号と名前の書かれた横断幕も張られている。 

 いつの間にあんな素晴らしいものが……これには感動である。


『やったな、コータ!』

『たいした野郎だな、おい!』

『作戦変更してオレたちを囮に使いやがったのか、このやろう!』


 そんな感動していたオレに、チームメイトたちが次々と襲いかかってきた。

 これはF.S.V恒例の得点者に対するお祝いの行動。バチバチとオレの全身を叩いてくる。

 特にオレが意図的に囮にした元スウェーデン代表の人は、苦笑いしながら叩いてきた。


『ご、ごめんなさい。でも、何となく、ボクが打つ方がいい感じがしたから……』


 とりあえず言い訳をしながら、お祝いの攻撃から逃げだす。

 何しろF.S.Vは屈強な選手が多い。このまま叩かれ続けたら、まだか弱い中学生のオレの身体は青アザだらけになってしまう。


「ふう、痛かったな……でも、今日はいい感じにゴールが大きく見えるな。よし、もっと狙っていこう!」


 試合はまだ十五分も残っている。

 オレは再度のゴールチャンスを狙いながら、後半の残り時間に集中するのであった。



 それから10数分が経つ。

 ゲームはオレが更に追加点を決めて、3対1でF.S.Vが勝利した。


 オレたちF.S.Vは自軍のロッカールームに凱旋する。


『ナイスゲームだった! これで十連勝だぞ、お前たち!』


 ロッカールームで監督はかなりの上機嫌だった。

 今季のF.S.Vは開幕七連続の引き分けで、最悪のスタートだった。だがその後は奇跡の十連勝をしていたのだ。


『次戦は今年のラストゲームだ。クリスマス前に頼むぞ、お前たち!』


 監督が上機嫌なのも無理はない。

 10連勝したF.S.Vは、ドイツ3部リーグの四位まで駆け上がっていた。

 今日は十二月中旬であり、次の試合は今年の最後の試合となる。次も勝ち点を得ることが出来たなら、F.S.Vは三位に上昇するのだ。


『よし、ミーティングは終わりだ。今宵の祝い酒はほどほどにしておけよ、お前たち』


 監督は上機嫌のままでロッカールームを立ち去っていく。

 F.S.Vではシーズン中、選手のプライベートでの飲酒は自由。明日は練習も全休なので、酒好きのドイツ人は今宵の勝利の美酒を味わうのであろう。

 残されたオレたち選手も、今日は解散となる。


『おい、みんな。シャワーを浴びながら、着替えながらでもいい。選手ミーティングをやるぞ!』


 だがそんな中、F.S.Vのキャプテンが中心となり選手ミーティングが開かれる。

 今日の試合で改善点や良かったプレイを、控えを含めた全選手で話し合っていくのだ。

 二ヶ月前はオレが言い出した選手ミーティングが、今では自然とチームの試合後の恒例の活動となっていたのだ。


『あの前半の場面は……』

『いや、あのプレイは……』

『守備陣と中盤の連携は……』

『それに、もっと全員で……』


 F.S.Vは真面目なドイツ人の選手が多い。こうしたミーティングでも積極的に参加して意見を出すようになっていた。

 また外国人枠の選手たちも、各国の代表や世代別代表を経験して意識は高い。誰もが遠慮なくミーティングに参加している。


『クラブハウスに向かうバスが到着しました。移動お願いいたします!』


 そんなミーティングは、スタジアムのスタッフの言葉でも終わらない。

 後はスタジアムからクラブハウスまでのバスの中で、ミーティングの二次会が続いていく。

 議題の内容は『どうすればF.S.Vが勝つことができるか? プロのプレイが出来るか?』など色んなものがある。


(これが大人の……プロの考えか……勉強になるな)


 そんな活発なミーティングに参加しながら、オレは興奮していた。

 本場ドイツの選手たちと意見を交換することによって、自分の中のプロとしての意識が急成長いた。


(それにしても最近のF.S.Vは活発になってきたかもしれない……)


 自分がユリアンさんに宣戦をした後から、F.S.Vは少しずつ変化している。

 一ヶ月前までは、一触即発で激しく意見を言い合うだけの雰囲気だった。

 だが今は激しく意見をぶつけ合いながらも、チームの勝利のために一丸となりつつあったのである。



 試合の次の日になる。

 今日はチームの練習は全休。

 また日曜日なので中等部の授業もなく、オレは自由な一日となっていた。


「あと1時間くらいで、エレナが来る時間かな?」


 ここ最近の日曜日は、毎週のようにエレナと待ち合わせしていた。オレは彼女よりも早く来て、自主練をして待っている。


「おっ、誰かきた? エレナが早く来たのかな?」


 練習場に誰かがやってきた気配がする。

 今日はチームの練習はないので、エレナの他は誰も来ないはずだ。


「おはよう、コータ君」

「え……? おはようございます、ユリアンさん」


 だがやって来たのは同じヴァスマイヤー家の人でも、兄の方のユリアンさんだった。

 今日はチームの練習はないのに、どうしたのであろうか?


「キミとゆっくり話がしたくて来たんだ。大丈夫かな、コータ君?」

「このボクと話を……はい、もちろん大丈夫です!」


 ユリアンさんはオレに話があるらしい。一体どんな内容であろうか?

 昨日の試合のことかな? それとも次の試合のゲームプランのことかな?


「話はゲームの内容じゃなくて、私たち二人の“勝負”のことだよ、コータ君」


 あっ、そうか。

 オレとユリアンさんとの間で交わした勝負の話か。

 ここ1ヶ月はとにかく点を取ることに集中していて、すっかり忘れていた。

 勝負に勝つために点を取ることを意識していたのに、オレとしたことが本末転倒で忘れていたのだ。


「まさか勝負のことを忘れていたとはね。でも、ここ数試合のコータ君は怖いくらいにゴールに集中していたから、不思議ではないかもね……」


 忘れていたことは、ユリアンさんにも見抜かれていたらしい。

 その言葉にあるように、この一カ月間はがむしゃらだった。とにかく敵のゴールを奪うことだけを考えて、オレは毎日を過ごしていたのだ。


「えーと、現在の得点勝負は二点差でユリアンさんが勝っています。今週の土曜日が期限ですね……」


 オレは現在の状況を整理する。

 今週の土曜日の12月20日が今年の最後の試合となる。

 現在のところオレはユリアンさんに二点差まで追い上げていた。最後まで読めない僅差の戦いである。


「そうだね、コータ君。次の試合が運命の試合だよ……」


 今回の得点勝負で負けた方は、大きな決断を迫られる。

 ユリアンさんに負けた場合は、現在の攻撃のFWから守備のDFへのポジションチェンジ。

 オレが負けた場合はF.S.Vを退団して、日本へ強制帰国となるのだ。


「コータ君、この勝負は本気なのか?」


 ユリアンさんは神妙な顔で問いかけてきた。

 本当に負けた方がペナルティを負うのかと?


「はい。もちろん本気です!」


 オレは即答する。

 勝負のことはちょっと忘れていたが、この想いは本気であった。


「正直な話……今のF.S.Vはキミを失いたくない。これはキャプテンやチームメイト全員の意思だ。今ならチーム内の雰囲気もいいから、賭け自体を冗談で済ますことも可能だ」


 そんなオレに対して、ユリアンは本音を語ってくれた。

 今日ここに来たのは、F.S.Vのチームメイトを代表してきたのだと。二ヶ月前は冗談で賭けの対象にしていたチームメイトは、オレが負けて退団してしまうことを本気で心配してくれていたのだ。


「だから今回の勝負を中止しないか?」


 ユリアンさんは本気で提案してきた。

 勝負の存在自体を無くて、今後もチームメイトとして今まで通りにプレイしていかないかと?

 真面目なユリアンさんは冗談を言うタイプでない。本気で勝負の中止を提案してきたのだ。


「そうですか、ユリアンさん。でも、ちょっと聞いてください。今のボクには大きな夢があります……」


 そんなユリアンさんに対して、オレは口を開く。


「ボクの一番の夢は凄いサッカー選手になって、日本の地元の街にプロクラブチームを作る手助けをすることです……」


 これはオレの中での決してブレない、人生最大の目標であった。

 そのために転生した人生の全てを、こうしてサッカーに捧げているのだ。


「凄いサッカー選手になるかか……たしかにコータ君なら可能であろう。だからこそ、まだ日本に帰らずにドイツに残るべきだ!」


 ユリアンさんはいつになく真剣な表情で問いてくる。

 この時代でサッカー先進国であるドイツで、もっと学ぶべきだと説得してきた。


「ありがとうござい、ユリアンさん。でも、もう少し聞いてください。ボクの夢ですが、このドイツにいる期間中にもう一つあります!」

「ドイツにいる期間中に? もう一つ?」

「はい! それはこのチームを……F.S.Vをドイツで一番凄いチームに……ヨーロッパの中でも凄いチームになってもらうことです!」


 F.S.Vは百年以上もの歴史ある名門クラブである。

 二十年前にはドイツ1部リーグで優勝した経験もあった。

 その後も栄光の時代は10年ほど続いていき、F.S.Vはヨーロッパでも輝いていたクラブであった。この話はエレナかも何度も聞かさていた。


「ここ数年のF.S.Vはたしかに調子は悪かったです……でも、諦めなければ絶対に、この夢は叶います!」


 まだ13歳であり一選手でしかないオレに、出来ることは少ない。

 だが最近のF.S.Vの雰囲気は、明らかに前を向いている。

 ここから更に何年、何十年かかるか分からない。だが挑戦しなければ絶対に夢は叶わないのだ。


「F.S.Vにあの時の栄光を……もう一度だと……」


 ユリアンさんは練習場に掲げられているF.S.Vのエンブレムを見つめながらつぶやく。そのエンブレムは100年の間、変わらないシンボルマークである。

 もしかしたらオレの話を聞いて、昔のことを思い出しているのかもしれない。


 エレナの話だと、ユリアンさんも幼い時からF.S.Vの試合を毎回見に行っていたという。

 年代的にユリアンさんが幼い時は、まだF.S.Vがドイツ1部リーグで輝いていた時代である。

 その時のスタジアムを揺るがす歓声と、選手たちの眩しいプレイの数々は、きっとユリアンさんの全身に刻み込まれているのであろう。


「その夢を叶えるためには、ボクは勝負に勝たせてもらいます! だから退団を心配しなくても大丈夫です! 申し訳ありませんが、ユリアンさんがDFに転向することで、F.S.Vはもっと凄いチームになります!」


 今までプレイして分かったことがある。

 それはユリアン・ヴァスマイヤーが天才プレイヤーだということ。

 更にもう一つある。それは彼が守備寄りのポジションで、更に才能を輝かせるということだった。


(ユリアンさんの才能は、フィールド全体を支配できる可能性があるはずだ……)


 もしも守備のポジションに変更になった時……その場をコントロールする無二の才能を、この人は秘めている。

 またポジションチェンジにより今まで守備の弱かったF.S.Vは、更に躍進していくであろう。


「ボクが勝つことで、絶対に全員が幸せになります! 根拠や理由は上手く言えませんが……」


 このままでいけばユリアンさんはドイツ3部リーグの得点王になり、死亡フラグが確定してしまう。

 それを含めてオレが勝つことが、全てが上手くいく条件なのである。


「全員が幸せになるけど、理由は上手く説明できない……か、コータ君」

「はい。矛盾だらけで、すみません」

「たしかに矛盾だらけだ。でも何とも言えない説得力が、キミの言葉にはある。本当にコータ君は不思議な人だな……」


 神妙だったユリアンさんは苦笑いする。

 表情が和らぎ、瞳に優しさを浮べていた。


 あっ……こんな表情のユリアンさんを初めて見た。

 この人はいつも紳士的だけど、心の中にどこか壁を作っていた。実の妹であるエレナに大けがをさせた時から、闇の壁を作っていた。


「コータ君……キミの夢と目標には共感も出来る。でも私も誇りあるドイツのサッカー選手として、次の試合では手を抜けないよ?」

「望むところです、ユリアンさん! ボクも全力で挑ませてもらいます!」


 やはりユリアンさんはサッカーのことが大好きなのであろう。サッカーを語るその姿は、心の壁すらも乗り越えようとしていた。


「それなら改めてヴァスマイヤー家の名に賭けて、得点対決の勝負を、キミに挑む!」

「はい、よろしくお願いいたします!」


 オレはユリアンさんと固く約束の握手を交わす。

 その手から伝わってきた熱は、何よりも熱く強いものだった。 


(ユリアンさんは、やっぱり凄い選手だな……)


 今日は初めてユリアンさんの本音を聞けたように気がする

 チームメイトとして、男同士として本音をぶつけられたような気がした。

 退団を賭けた勝負であるが、何とも言清々しい気持ちを受け取ることができた。

(よし……次の試合は後悔のないように、自分の持てる全てを出し切ろう!)


 ユリアンさんの熱い想いに、オレの魂も触発される。


 それから1週間が経ち、運命の試合の日がやってくるのであった。


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