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第65話:エレナの過去

 1軍との交流戦から数日が経つ。

 いつの間にか暦も6月に。

 ドイツサッカーリーグは1ヶ月間のシーズンオフに突入していた。


「ふう……今日はこのくらいにしておこう」


 そんな中、オレはクラブの練習場にいた。

 日課の自主練習を一人でしていたのだ。


「やっぱりボク一人しかいないな」


 他の2軍のチームメイトは全員長期休暇に入っている。

 各自の家族と過ごしたり、身体のケアに当てていた。海外旅行に行っている人もいる。


 海外の選手は休む時期はきっちりと休むのだ。


「日本人は働き過ぎだというけど、僕はサッカーが趣味みたいなものだから……」


 そんな中で自主練習をしていたのは、オレ一人だけであった。

 本当はスポーツ理論的には、定期的に休んだ方がいいのであろう。


「楽しいから、まっかな」


 オレはサッカーに対して飢えていた。

 とにかくボールを触るか、サッカーのことを考えていないと落ち着かないのだ。


 もちろん自分の身体のケアには十分に気をつけていた。

 ストレッチや体感トレーニングは、チームで一番しっかりしている。


「そういえば6月は、どうやって過ごそうかな?」


 この時代のドイツサッカーの6月はシーズンオフ。

 チームの練習は7月からスタート。

 公式リーグ戦は8月が開幕となる。


 つまりこの6月は丸ごと1ヶ月、放課後と休日が暇になるのだ。


「6月に休みか。日本とはサッカースケジュールが違うから、おかしな感じだな」


 日本の新学期は春だが、ドイツは夏と秋が新学期。7、8月の夏休みが終わると進学となるのだ。


 とにかく6月の1ヶ月間の過ごし方を、何か考えないといけない。

 1ヶ月も一人で自主練習するは、流石のオレも飽きてしてしまう。


「誰かチームメイトがいればいいんだけど。あっ? そういえば新しい人事は、来週には発表されるみあいだし。どうなるのかな?」


 先週に行われた交流戦の結果が、もうすぐ発表される。

 2軍から1軍へ昇格する選手が、何人か出るという噂であった。


 あくまでも選手同士の噂であり、どうなるかは監督やクラブのお偉いさんの考え次第だ。


「ボクは……? うーん、難しそうだよな、やっぱり……」


 オレはまだ12歳……いや、もうすぐ誕生日だから13歳だ。

 交流戦の後半で結果を出したとはいえ、1軍に昇格は無理であろう。


「まあ、2軍も楽しくて勉強になるから、落ちても大丈夫かな」



 ドイツにはサッカーの修行に来ている。

 その辺の昇格の話はあまり気にしないようにする。


「やっぱり自主練習の相手を、どこかで探さないとな……そうだ、U-12の練習場にいってみよう!」


 このF.S.Vのサッカーパークには、下部組織の練習場も併設されていた。

 オレの年代であるF.S.V・U-12のチームもあったはずだ。


 彼ら育成コースは6月も練習している。

 そこなら誰か、オレの練習相手になってくれるかもしれない。


 オレは希望を胸に、F.S.V・U-12の練習場に向かうのであった。



「おっ、ここがU-12の練習場か」


 サッカーパークの中をうろうろして、目的の練習場を発見する。

 初めて訪れる場所なので、新選な感じであった。


「おお、天然芝だ! ジュニアなのに随分と立派な施設だな」

 

 ジュニアの練習場は、ふかふかの天然芝であった。

 しかも夜間照明や専用のトレーニング設備もある。

 Jリーグクラブ顔負けの、本格的な練習場であった。


 オレが入っていたリベリーロ弘前ひろさきとは、雲泥の差で豪華な設備であった。


「やっぱりドイツはサッカーの文化が凄いな……」


 感動のあまり天然芝に寝っ転がる。

 ふかふかの感触を楽しみながら、感慨にふける。


 ドイツでは子どもたちのための育成設備が発達していた。

 地域や学校にもスポーツ文化が浸透している。


 これを体験するだけも、修行にきた甲斐がある。

 本当にドイツに留学に来てよかった。


『おい、お前!』

『そこで何をしている!』


 そんな時である。

 ドイツ語で注意されてしまう。

 天然芝の上に寝転がっていることを、怒られてしまったのだ。


『ご、ごめんさない……』

『日本人か? お前、勝手入ってきて、どこの奴だ?』


 起き上がり謝る。

 相手は同年代のドイツの少年。サッカーユニフォームを着た二人組だった。

 不法侵入したことに、かなり怒っている。


『お前、何歳だ?』

『えっ、ボクは12歳だけど……』

『12歳だと? 同じ歳なのに、ガキに見えるな』


 年齢を聞かれたので正直に答える。

 二人とは同じ年齢であったが、外見は全く違う。

 どうしても日本人が童顔に見られてしまう。


 とにかく不法侵入ではないことを、ちゃんと弁明しないと。

 

『ボクは4月から、このF.S.Vに所属しているんだけど……』

『何だと? こいつ知っているか?』

『いや、オレは知らないぜ。ジュニアチームで見たことないぜ』


 弁明したけど信じてもらえなかった。

 まさか12歳で大人の2軍にチームにいるは、思ってもいないのであろう。


『でも本当なんだって』

『だっから証拠を見せてみろよ』

『ああ、そうだよな。証拠を見せてみろ!』


 ああ、でたよ……。

 『証拠を見せろ!攻撃』だ。

これは世界の子供の共通の攻撃なのかもしれない。


『証拠といっても、IDパスはロッカールームだし……』

『そんなのはいらない。証拠って言ったら、サッカー勝負のことだぜ!』

『えっ?』

『いくぜ!』


 いきなり二人は襲いかかる。

 オレの持っていたボールを、奪いに来た。


“サッカー選手ならサッカーで自分を示せ”

 つまり弁明しかたらった、サッカーで勝て……という話なのだ。


『ちょっと、待って……ボクは、その……』


 弁明しながら自分のボールをガードする。

 彼らと敵対して、勝負するつもりはない。


 でも、ここで奪われたら、オレは不法侵入となってしまう。

 とにかく必死でボールをキープしていく。


『や、やるな日本人!』

『オレたち相手に、互角だと⁉』


 ボールを奪えない二人は、驚いていた。


 たしかに相手はかなり上手い。

 12歳とは思えないテクニックで、スピードも段違いだった。


(でも、12歳レベルでの話かな?)


 1軍と2軍の大人に比べたら、まだまだ青い部分が多い。

 この2ヶ月、その荒波にもまれてきたオレは、負けるはずはなかった。


(このまま勝つこともできるけど、ボクはどうすればいいのかな……?)


 二人にボールを奪われないように、必死で逃げ回る。

 そういえば、どうすれば誤解が解けるか、考えていなかった。

 とにかく全力でずっと、ボールをキープするしかない。


『クソっ! この日本人……待ちやがれ……』

『こんなスゲぇやつが……F.S.Vの12歳にいたなんて……』


 二人は全力で向かってきた。

 だから息がすでに上がってきている。

 オレの方がテクニックで勝っているために、振り回されるのだ。


 オレは闘牛士のように、最小限の動きでボールをキープする。

 一方で二人は猛牛のように、一気にスタミナを消費いていたのだ。


『テ、テメェ……はぁはぁ……何もんだ……はぁはぁ……』

『ば、化け物か……はぁはぁ……』


 ようやく勝負が終わった。

 息切れをした二人は、芝の上に倒れ込んでしまう。


 これで勝負ありかな?

 でも、どうやってオレの無実が証明すればいいのかな?

 もしかしたら逆に怒らせてしまったかもしれない。



『勝負はそこまでよ。その人に勝てるはずはありませんのよ』

『えっ? エレナ?』


 そんな時、誰かがやってきた。

 金髪の美少女エレナである。


『お前、エレナ……?』

『なんで、またここに?』


 二人もエレナの顔見知りであった。

 年齢的は同年代なので、知った同士なのだろう。


『その人はコータ・ノロ。このF.S.Vの2軍チームの選手よ』


 エレナはオレのことを説明してくれる。

 そうか、オレも最初からそうやって説明すればよかったのか。

 2軍に所属しているのなら、敷地内は立ち入り自由なのだ。


『な……F.S.V―Ⅱのレギュラー選手だと⁉』

『こいつは、まだ12歳だって言っていたぞ?』

『まて……そういえばコーチが噂していた、最年少の選手……お前のことだったのか?』


 エレナのお蔭で誤解が解けた。

 事実を知った二人は、目を見開きオレを見てきた。

 そんなに見つめられると、何だか照れちゃうな。


『コータ・ノロか……お前、凄いやつだったんだな……』

『そんなことないよ。二人も凄かったよ。もしもよかったら、また一緒に遊ぼうよ!』

『ああ、そうだな。暇な時はいつでもここに来なよ』


 よかった。二人と仲良くなれた。

 6月で空いている時間は、ここで練習してくれることになった。


 サッカーは凄い。

 さっきまで争っていたのに、誤解が解けたら一瞬で仲良くなれた。


 やっぱりサッカーは世界共通の言語なのかもしれない。


『じゃあな、コータ!』

『うん、またね!』


 帰宅時間になった二人は、バイバイしながら立ち去っていくのであった。



 練習場の残ったのは、オレとエレナだけになった。


「懐かしいわね、ここは……」

「そういえばエレナはF.S.Vのジュニアチームに入っていたんだよね?」


 前に2軍のチームメイトから聞いていた。

 小さいころのエレナは、ここのジュニアチームでサッカーをしていたと。

 さっきの二人も当時のチームメイトなのだろう。


 「そうね、物心ついたころから、この練習場で遊んでいたわ。毎日のようにサッカーで汗を流していたわ」


 エレンは目を細めながら、練習場を眺めていた。

 自分がサッカーをしていた時を、思い出しているのかもしれない。

 いつもの勝気なエレナとは、違う表情であった。


「少し聞いてもいいかな、エレナ?」

「ええ、いいわよ、コータ」

「エレナはサッカーを辞めたの?」


 ずっと気になっていた疑問であった。

 2軍の人の話では、エレナは怪我を負ってしまったという。

 それが原因で、サッカーを辞めたと聞いていた。


「そうね。私はこの足の怪我が原因で、二度とサッカーはできないのよ……」


 いつも履いているタイツを上げて、右足の素肌を見せてくる。

 ひざの所に手術した痕があった。


 かなり大きな怪我だったのであろう。見ているだけで痛々しくなる。

 もしかしたら怪我を隠すために、エレナはいつもタイツを履いていたのかもしれない。


「コータ、私は世界一のプレイヤーになりたかったの。この右足でF.S.Vを、世界一のクラブにしたかったのよ……」


 幼い頃のエレナの目標は、自分の家のクラブを世界一にすることだった。

 必死で練習に取り組んでいた。


 努力と天性の才能のお蔭で、エレンはドイツでも有数のジュニア選手になった。

 ドイツ代表のジュニア選抜に、選ばれたこともあったという。


「でも、ある日、気がついたの……所詮、私は女だって。女はいくら上手くても、サッカー人生には限度があるわ」


 体格差が少ないジュニア世代なら、男女でも互角に戦える。

 だが成長期が訪れると、男女の格差は一気に広がってしまう。


 そして決定的なことがある。

 女子はドイツの男子サッカープロリーグには所属できないのだ。


「だから私は迷ってしまったの。そんな時に、この怪我をしたわ。サッカーの神様の罰が落ちたのね」

「そうだったんだ……エレナ……」


 まさかの告白である。

 いつも勝気で明るいエレナからは、想像も出来ない話だった。

 前世の事故で右足失ったオレは、彼女の辛さが痛いほど分かる。


「あと、これは練習中に、ユリアンお兄さまとぶつかった怪我なのよ」

「えっ……ユリアンさんと?」

「怪我をしたのは私の不注意が原因。でもお兄さまは責任を感じてしまって……」


 そうか。

 だからこの兄妹の間には、見えない溝があったのか。

 どちらかといえば、ユリアンさんの方が、エレナに対して負い目を感じてしまったのであろう。


(もしもオレとぶつかって、葵が怪我したらを……オレは死ぬかも)


 同じ可愛い妹を持つ身として、ユリアンさんの気持ちがよく分かる。

 だから交流戦では、あんな辛そうな態度をとっていたのであろう。

 

 そういえば交流戦の試合の時も、ユリアンさんは変だった。

 常に苦しそうにして、サッカーをしていた。

 まるで大きな十字架を背負ったかのように、悲痛な顔でプレイしていたのだ。


 一方でエレナはサッカーに対して本気だった。

 全力で2軍の特別アドバイザーをしてくれたのだ。


「エレナは今でもサッカーを好きなんよね?」

「もちろん大好きよ。それに今の私の夢は、このF.S.Vの栄光を、もう一度取り戻すこと」


 彼女はプレイヤーとしての人生を断たれてしまった。

 だから監督や経営者としての人生を、今は選択していた。


だからエレナはいつも、サッカーの専門書を読んで勉強していたのだ。

きっと寝ている時間以外は、サッカー経営について思考を巡らせているのであろう。


 とても11才の少女とは思えない、強い意志である。

 本当に尊敬できる存在だ。


「そういえばボクの夢は……世界でも有数な選手なって、自分の生まれた街のチームを、プロのクラブにすることなんだ」


日本男児たるもの、少女ばかりに語らせる訳にはいかない。

 尊敬できる少女に、今度は自分の夢を語る。


 今はまだアマチュアの小さなチーム。

 でも、いつかはJリーグに導いていきたいと語る。


「スタジアムもないような文化の街に、日本トップのサッカークラブを? 随分と大変な夢ね、コータ」

「そうかな? エレナの方の夢も大変だよ、かなり」

「そうね……二人とも大変な夢ね……」


 二人とも壮大なサッカーの夢であった。

 実現できる可能性は、かなり低いであろう。

 それほどまでにサッカー業界の競争率は、厳しいのである。


「でも、ボクたちの夢はきっと叶うと思うよ!」

「どうして、そう思うの、コータ?」

「うーん、よく分からないけど……エレナを見ていたら、そうかなと……ボクも同じだからね!」


 エレナは本物の“サッカー馬鹿”である。

 普通のお嬢様では考えられないくらいに、真っ直ぐな少女だった。


 そしてオレも負けないくらいに“サッカー馬鹿”だ。

 第二の人生の全てをかけて、夢に挑戦しようとしていた。


 だから、そんな二人の夢はきっと叶う気がするのだ。


「やっぱり変な人ね、コータは」

「えー、そうかな? でもエレナが困った時は、ボクは助けてあげるよ! あっ、でも、ボクはサッカーしか出来ないけどね」


 困った時はお互い様である。

 ドイツにいる間は、エレナの夢の手助けをしてあげたい。


「うん……コータ、こちらこそよろしくね」


 エレナが何か小さくつぶやいた。

 その表情は少しだけ赤くなっている。

 どうしたのかな?


「よし、サッカーの話をしていたら、またサッカーをしたくなってきちゃったな……よし、いつもの倍の距離をドリブルして、家まで帰ろう!」


 今日は何だか気分がよかった。

 自分と同じようにサッカーの夢を持つ同志を見つけて、心がうきうきしていた。


「明日から、また楽しみだな!」


 ドイツの今季シーズンは幕を閉じていた。

 新シーズンに向けて希望を膨らませて、オレは駆けていくのであった。
















〝ドイツ留学 2軍編”が無事に終わりました。


次からは、・・・・・編 がスタートします!





ちなみにエレナお嬢様は最初はちょい役な予定でした。


でも、書いている内に、なんかどんどん書きたくなってしまいました。


サッカー作品なので、あまり女の子は出さない予定だったのですが・・・・エレナお嬢様なら、少しは大丈夫でしょうか?(とボクも少し不安になっていました。)



あと次の新章は、悲劇の十字架を背負ったままのユリアンお兄様にもスポットが当たります。


果たしてコータはユリアンお兄様の魂を救えるのか!?


こうご期待です!




たくさん方に読んでいただき、本当にありがとうございます。


ここまでの評価や感想などありましたら、すごく嬉しいです。お気軽にどうぞです。


今後も頑張っていきます!

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