第25話:決勝の行方
全国大会の決勝戦が始まっていた。
競技場は観客の歓声と、どよめきに包まれていた。
『リベリーロ弘前、ゴーール! 4点目で、逆転としました!』
『横浜マリナーズ、ゴーール! 4点目で、同点に追いつきました!』
『リベリーロ弘前、ゴーール! 5点目で、また逆転としました!』
『横浜マリナーズ、ゴーール! 5点目で、また同点に追いつきました!』
実況者のアナウンスが、次々と競技場に響き渡る。
なんと決勝戦は、激しい点の取り合いとなっていたのだ。
互いに攻撃特化の作戦で、殴り合いのように点を取り合う。
逆転と同点が、目まぐるしく入れ替わる。
今までの全国大会の決勝の歴史では、あり得なかった展開にどよめきが。
激しすぎる展開に、観客たちが大興奮していたのだ。
◇
「お前たち、もう守りを固めろ! 相手のペースに合わせるな!」
横浜マリナーズの監督はベンチから、大声で指示を出していた。
まさかこんな乱打戦なるとは、予想していなかったのであろう。
マリナーズの本来の強みである、強固な守備を指示していた。
「ヒョウマ君、相手が守りに入った。今がチャンスだよ!」
「ああ、コータ。オレ様もそう思っていたところだ!」
だがオレたちは見逃さなかった。
相手が守備寄りの陣形になった、その瞬間に襲いかかる。
『リベリーロ弘前、ゴーール! 6点目で、また逆転としました!』
ヒョウマ君の強烈なシュートが、相手ゴールに突き刺さる。
相手の強固な守備を、ヒョウマ君得意の南米仕込みのドリブルで切り裂いたのだ。
「お前たち、いいぞ! 更に追加点を狙え!」
「「「はい、コーチ!」」」
オレたちのコーチが、ベンチから指示を出してくる。
こっちは勝っていても守備を固めずに、更に追加点を狙っていけと。興奮気味である。
「コーチもノリノリだな」
試合中にも関わらず、オレは思わず苦笑する。
前半ではコーチも、オレたちの超攻撃的な戦術に驚いていた。
だが王者横浜マリナーズと互角に打ち合うオレたちの姿に、いつの間にかコーチも大興奮していたのだ。
後半戦の今では、更なる攻撃を指示してくれる。戦術を子供たちに一任してくれるコーチに感謝だ。
「見たか、コータ。これでオレ様は3得点。お前は2得点だ」
「さすがはヒョウマ君。でもボクにも、まだチャンスはあるよ!」
「葵も頑張る!」
今のところ得点勝負は、ヒョウマ君が3得点でハットトリック達成。
オレが2得点で、妹の葵が1得点である。
試合開始前に誰が一番多く得点できるか、この3人で勝負していた。
だが、ここまで乱打戦になるとは、オレも予想は出来なかった。
一方で横浜マリナーズも前半は、攻撃的な戦術で攻めてきていた。
対するオレたちリベリーロ弘前も、超攻撃的な戦術。
その両者の戦術がかみ合った、奇跡の乱打戦と言っても過言ではない。
『横浜マリナーズ、ゴーール! 6点目で、また同点に追いつきました!』
また相手に同点に追いつかれた。
さすがは王者の横浜マリナーズである。
圧倒的な選手層の厚さと連携で、うちの守備陣をずたずたに引き裂いていく。
「コータ、すまん。また同点にされてしまった……」
「大丈夫です、キャプテン。またオレたちが逆転しますから!」
「ああ、頼んだぞ!」
守備の要であるキャプテンは謝ってくる。
だが今の同点は仕方がない。
むしろ、この状況なのに6点で済んでいる、先輩たち守備陣に感謝だ。
「さて、どうするコータ? 時間帯的に、この状況は少しヤバいぞ?」
「そうだね、ヒョウマ君……」
今の同点打でちょっとマズイ状況になった。
今のところ試合展開は、一進一退で同点である。
だが残り時間が、あとわずかなのだ。
あと1、2回の攻防で、試合時間は終わってしまうであろう。
今までの流れなら、時間的に同点で終わってしまう。
決勝ルールでは同点の時は、延長戦を行う。
それでも決しない場合は更にペナルティキック方式により、勝利チームを決定するのだ。
「延長戦はマズイね、ヒョウマ君」
「ああ、そうだな」
これはオレとヒョウマ君の意見の一致である。
延長戦になったら、選手層の厚い横浜マリナーズは有利なのだ。
集中力の切れてきた、先輩たち守備陣が壊滅してしまうであろう。
「よし、それなら、ボクに考えがある。ヒョウマ君、葵。最後のワンプレイは、ボクに任せて!」
「なんだと⁉ ちっ、仕方がない……その代わりに、必ず決めろよ、コータ」
「葵はもちろん、お兄ちゃんを全力でサポートするね!」
◇
そんな緊張の中で、決勝戦の残り時間は刻々と過ぎていく。
今も6対6の同点のまま。
状況は自軍の蹴るフリーキックからスタートである。
守る横浜マリナーズはガチガチに、ゴール前の守りを固めていた。
「よし、ここを守り抜けばオレたちマリナーズの勝ちだぞ!」
「ボールを半個分の隙間も空けるな!」
「全員で守備に付けろ!」
彼らは勝利を確信していた。
何しろ選手層の厚さと総合力は、横浜マリナーズの高い。
このまま延長戦に持ち込んだら、自分たちマリナーズが絶対に勝つと、確信しているのであろう。
「よし、予想通りにガチガチの守りか。じゃあ、ヒョウマ君、フリーキックは君が蹴ってちょうだい」
「ああ、オレ様しかいないな」
オレは相手の守りを見て、頭の中でイメージを作る。そしてキッカーを隣のヒョウマ君に指名する。
「あと、ヒョウマ君。蹴るのは、あの場所に、こんな感じで蹴って欲しいんだけど?」
「あの場所を狙えだと⁉ コータ、お前、正気⁉」
オレの指示した場所は、相手の守備のDFのある場所。ボール半個分も失敗できない小さな空間である。
「たしかに最高難易度……でも、ヒョウマ君なら絶対に大丈夫! ボクの信じるヒョウマ君なら、絶対に狙えるから!」
「『ボクの信じるか』……ああ、このオレ様に任せておけ!」
ヒョウマ君は頼もしい笑みで返事をしてくれた。
そしてフリーキックを決めるために、真剣な表情になる。集中力を極限まで高めているのだ。
「さて、葵はフリーキックと同時に、あそこに走り込んで! こぼれ球を本気で決める気迫で」
「うん、分かったお兄ちゃん!」
葵にも作戦を伝える。
これで最後の作戦は整った。
ピピー。
審判の開始の笛の音がなる。
いよいよ決勝戦の最後のプレイ。
「いくぜ!」
ヒョウマ君が叫びながら、ボールを蹴る。
作戦通りに寸分の狂いもなく、指示の場所にフリーキックを決める。
だが相手も覇者横浜マリナーズ。屈強な守りでフリーキックを止める。
止められたボールはゴール前の、ちょうど誰にいない場所に転がっていく。
オレの作戦通りの状況である。
そのこぼれ球に葵が走り込む。
相手の守備陣は、葵に反応して動き出す。葵の前方に守備の壁が出来てしまう。
「今だ!」
オレはその瞬間を見逃さなかった。
こぼれ球に誰よりも早く反応して、ボールを奪う。味方の葵よりも先に、ボールを奪ったのだ。
これは幼稚園の頃から今まで鍛錬してきた、スポーツビジョンと判断力の賜物。
オレは誰よりも早く一歩目を、動き出していたのだ。
「14番を止めろ!」
相手の守備陣もすかさず反応する。
オレに向かって、例のエースの3人が迫ってくる。
目の前には強固な包囲網がしかれてしまった。
ボール1個すら逃げ出す穴はない。オレは完璧に包囲されてしまったのだ。
誰の目にも、そう見えていたであろう。
このオレ以外には!
「いくぞ!」
オレは敵の3人に向かって、ドリブルで突撃していく。
そして三人にボールを奪われそうになった瞬間……“一つの技”を繰り出す。
オレの身体はボールと共に、相手の視界から姿を消していくのだった。
◇
『あっ…………? リベリーロ弘前、ゴーール! 7点目で、最後にまた逆転としました!』
数秒後。
沈黙の後、アナウンスの興奮した声が響き渡る。
オレが包囲網を突破して、逆転ゴールを決めたのだ。
ピッピー!
そのまま試合終了の審判のホイッスルが、芝生のピッチに響き渡る。
「ふう……勝ったのか……」
競技場の電光掲示板を見つめながら、オレは息を吐き出す。
そこに映し出されたのは『7対6 優勝 リベリーロ弘前』という文字。
オレたちは勝利した。
全国大会で優勝することが出来たのだ。
◇
「やったな、コータぁぁ!」
「凄いぞ、コータぁぁ!」
少しの静寂があってから、競技場に大歓声が起こる。
そして先輩たちがオレに駆け寄ってきた。
オレの全身を興奮して叩いてきた。凄い力だ。
痛い、痛い。
最後の技で少し無理をしてしまった。
その影響で満身創痍なんだから、もう少し優しくしてくだい先輩たち。
でも先輩たちが頑張ってくれたお蔭、ここまでこられた。
本当に皆の力でつかんだ勝利だった。
「やったね、お兄ちゃん! さすがは私の自慢のお兄ちゃん!」
妹の葵が興奮のあまり抱きついてきた。
葵はもう3年生だし、けっこう女の子っぽくなってきた。だから大観衆の前で抱きつかれるのは、少し恥ずかしい。
でも葵が囮になってくれたお蔭で、オレは最後に点を決められた。
本当に感謝している。
「ふん。やったな、コータ」
「ヒョウマ君もナイス、フリーキック」
最後に待っていた、ヒョウマ君とハイタッチをする。
ヒョウマ君もクールな笑みを浮べていた。
それにヒョウマ君の最後のフリーキックは本当に凄かった。
あの難しい指示のキックを、見事に決めてくれた。世界トッププレイヤーみたいな正確さだった。
そのお陰でオレはドンピシャで、ルーズボールを奪えたのだ。
最後の1秒までギリギリの戦いだった。
勝てて本当によかった。
◇
「うっうっ……」
「う、うっうっ……」
オレはふと気が付く。
天然芝の競技場から泣き声が聞こえてきた。
負けたチームの選手……横浜マリナーズの選手たちが泣いているのだ。
芝生に倒れ込みながら、顔を両手で隠しながら泣いていた。
「あっ……」
オレは思わず言葉を失う。
それは去年の準々決勝で負けた、オレたちと同じだったのだ。
むしろ、それ以上に悔しそうに全員が泣いていた。
彼らはJリーグの名門のJジュニアチームである。常勝を期待されて、ずっと練習して戦ってきた。
それだけに決勝戦で負けてしまったことが、本当に悔しいのであろう。誰ひとり立ち上がれずにいた。
「いこう、ヒョウマ君」
「そうだな、コータ」
そんな横浜マリナーズの選手たちに、ヒョウマ君と近づいていく。
「ナイスプレイでした。最後の挨拶があります」
「う、うっうっ……そうだな、14番……ありがとな……」
オレたちは彼らに声をかけて起こしていく。
そっと背中に手を当てて、立ち上がるのをサポートしてあげる。
相手の8人の選手に、一人ずつ声をかけていく。敬意をもって接していく。
彼ら横浜マリナーズは本当に強敵だった。
圧倒的な才能と、積んできた練習の技の数々。去年のチームを上回る強敵であった。
そんな彼らだからこそ、尊敬の念をもって起こしていく。
『国際試合のサッカーは戦争』とも言われる。
だが同時に世界一の紳士のスポーツであり、スポーツマンシップを重んじる競技だ。
サッカーを通じて心身を鍛え、相手をリスペクトの精神を養っていくスポーツなのだ。
こうしてオレたちは相手を全員起こしていく。
両チームの全員が中央に集まり整列した。
「7対6、リベリーロ弘前の勝利です。互いに礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
審判の声に続き、両チームの子供たちが声の限り叫ぶ。
頭を深く下げて、互いの健闘を称え合う。
互いに握手し合って、言葉を交わしあう。
お前のドリブルは凄かった……
君の守備は半端なかったよ……
あのキックはどう蹴るんだ?……
また、やろうぜ……
そんな感じで、サッカー少年たちは互いに語り合う。
全力を出し合い、戦った相手だからこそ、分かりあえる瞬間であった。
「ふう……終わったな……」
そんな青春の光景を見つめながら、オレは深く息を吐き出す。
長かった全国大会が、こうしてようやく終わったのである。




