第23話:大会2日目、3日目
全国大会の2日目がスタートする。
今日は午前中に、1次予選リーグの第3試合が行われる。
オレたちリベリーロ弘前は2連勝で、既に予選突破を確定していた。
この第3試合は負けても、午後のベスト16のトーナメントに進出できる状況だ。
「この第3試合、無理はするな。去年の二の舞になる。だが気を引き締めていけ!」
「「「はい、コーチ!」」」
試合前にコーチから指示が出る。
“去年の二の舞”……昨年の全国大会で、オレたちは予選からギリギリの戦いをしていた。
そのお陰でレギュラー組から故障者が続出。他に比べて選手層の薄いリベリーロ弘前は、その影響でベスト8敗退したのだ。
その失敗を繰り返さないように、今年のコーチは作戦を立てていた。
いよいよ第三試合が開始となる。
「そこで見ていろ、コータと野呂妹」
「うん、前半は任せたよ、ヒョウマ君!」
その作戦とは前半、オレと妹の葵がベンチで待機。ヒョウマ君は前半からの出場である。
これにより実質的なチームの攻撃力は、減少するであろう。
だが主要選手のスタミナは節約できる。
午後からのベスト16のトーナメントを考えた、秘策なのだ。
「先輩たち、前半は頼みます」
ベンチにいるオレは、戦いの場に向かう先輩たちを送りだす。
正直なところ、この作戦は不安なところもある。第三試合に負けてしまえば、チームの流れが悪くなってしまうのだ。
それに今思うと緊張してきた。
そういえばオレがこうしてベンチで、自軍の公式戦試合を見ているのは初めてなのだ。
「コータ、任せておけ! オレたちも先輩として、カッコイイところを見せてやる!」
「そうだな。5、6年の意地を後輩に見せてやろうぜ!」
キャプテンをはじめとした先輩たちは、そんなオレに頼もしかった。
彼らにはたしかにヒョウマ君や、名門ジュニアの選手のように天賦の才能はない。
だが“サッカーを大好き”という気持ちは、他の名門チームにも負けていなかった。
小学1年生から6年間続けてきた、彼らのサッカーへの想いをオレは信じて待つ。
◇
第3試合がスタートする。
試合は前半0対0のまま均衡して進んでいた。
相手は強豪チームであり、死ぬ気で攻めてきていた。
それを自軍リベリーロ弘前は、耐えに耐えた。6年のキャプテンを中心に、先輩たちが身体を張って守ってくれたのだ。
そして前半の最後。ヒョウマ君が動く。
稲妻のようなカウンターで、見事に1点を入れたのだ。
これで1対0前半を終える。
「よし、作戦通り、後半はヒョウマを下げる。野呂兄妹、後半は頼んだぞ」
「「はい、コーチ!」」
ヒョウマ君と先輩の一人はここで交代。
次はベンチに待機していた、オレと葵の出番である。
「コータ、後は頼んだぞ」
「お疲れさま、ヒョウマ君。後はボクが体力を温存させならが、全力でたくさん頑張るよ!」
「なんだ、その矛盾は? まあ、お前らしいな」
気のせいか、ヒョウマ君が笑ったような気がする。
いつもはクールで冷静沈着なヒョウマ君が?
もしかしたらオレの頑張りが、評価されたのかもしれない。
「お兄ちゃん、後半は一緒に頑張ろう!」
「ああ、そうだな、葵。お父さんとお母さんも、いいところを見せないとな」
ヒョウマ君のことは置いておき、試合に専念しないと。観客席には今年も両親が応援に来ていた。
もうすぐ後半戦がスタートするのだ。
さて、後半の前に状況を、もう一度確認しよう。
得点は1点差で勝っている。
これならオレのいつもの全力プレイではなく、7割くらいの力でいけそうだ。
だが油断する訳ではない。緩急をつけて、試合を展開していくのだ。
(イメージとしては未来のアノ選手を意識しよう……)
オレは脳内に一人の天才プレイヤーを思い浮かべる。
そのサッカー選手は前世で世界トップクラスと言われた。
彼は未来のサッカーでは考えられないほど“走らない” 選手。それでありながら世界最高峰の結果を出していたのだ。
(今日オレは……ゆっくりとボール回しに参加して、得点のチャンスの時に体力を効率的に。あとは勝負のポイントを見極める……それでいこう!)
未来のその選手の動きを、脳内でシンクロさせていく。
これまではオレは、彼を真似することも不可能であった。だが最近は右足が軽く、全身の調子もいい。
これなら少しくらいな、いけそうな気がする。体力の消費を最低限にして、攻撃をしていくことが出来る。
それに勝っているオレたち攻め続ければ、守備の先輩たちも体力を回復できる。
後半はオレのゲームメイクの腕の見せどころだ。
よし! 気合いを入れていこう。
◇
こうして後半が始まる。
作戦通りに展開は進んでいく。
オレはスポーツビジョンと判断力で、試合をコントロール。相手の攻撃を先読みして、柳のように受け止めていく。
そして相手の隙を見つけて、反撃に映る。
最終的にはオレのラストパスから、葵が華麗に1点を決めて、2対0で勝利した。
オレたちは全員の体力を温存しつつ、3連勝でベスト16のトーナメントへ進出したのだ。
◇
その日の午後に全国ベスト16のトーナメントがスタートする。
オレたちの相手はJリーグのジュニアチームであった。
だが昨年戦った横浜マリナーズU-12よりは、強くはなかった。
そのお陰もあり、2対1で勝つことができた。
結果の得点だけ見れば、かなり僅差である。
だがオレはそこでも“緩急つけたプレイ”を実践していた。
午前よりは、上手くできたような気がする。オレは中盤にいながら試合展開を、ある程度コントロールできたのだ。
そのお陰で僅差でも試合は危なげなかった。オレたちは主力選手をローテーションさせて、体力を温存できたのだ。
◇
次の日の全国大会3日目となる。
この日は午前中に準々決勝、午後に準決勝が行われる。
かなり大事な一日である。
なにしろ昨年、リベリーロ弘前は準々決勝で敗退。
つまり自分たちが超えられなかった場所に、再び挑むのである。
だが不思議なことに、オレたちのチームは落ち着いていた。
上手く言えないが、全員が波の乗っていたのである。勝利という運気に乗っていたのだ。
更に初出場の昨年とは違い、スタミナ配分も万全であった。
大会1日目は全力で予選に挑む。
二日目は余力を残しながら戦う。
これにより3日目の今日も、全員の身体が軽いのだ。
昨年の満身創痍と違う。
三日目の今朝は、昨年とは別人のように、全員が爽やかだった。旅館の朝ごはんも、もぐもぐ食べていた。
それからオレたちは選手層が、前より厚くなっていた。
昨年はオレとヒョウマ君の2人だけが、攻撃陣で奮戦していた。
だが今年は期待の星である葵が、攻撃陣に加入している。
また5、6年の先輩たちも昨年より成長していた。
昨年の全国大会を経験したチームとして、精神的にも肉体的も。全てにおいて成長していたのだ。
それにオレは新しい“緩急つけたプレイ”を順調に使いこなしていた。
周りから見れば歩いているような、怠慢なプレイスタイル。だが実戦では効果は絶大だった。
(ああ、このチーム……リベリーロ弘前は本当に強い)
今年は何回も、オレはそう思っていた。
だが今回のコレは、本物の直感に近い。
そう思っていたら、試合が終わっていた。
◇
【準々決勝は2対1で勝利】
【準決勝は3対1で勝利】
オレたちのチーム、リベリーロ弘前はトーナメントを勝ち抜いていたのだ。
「おおおお! やったな、コータ! ナイスゴールだ!」
「さすが、お兄ちゃん!」
「ふん。オレ様の次くらいに、たいしたものだな、コータ」
気が付くとキャプテンの大声が、聞こえてきた。それに葵とヒョウマ君の声も。
気が付いた時は準決勝であった。
なんとオレが3点目を入れた場面であった。
その前の準々決勝と、準決勝の内容も微かに、自分の記憶が残っていた。
ちゃんとオレはいつものように試合もしていたのだ。
これは不思議な感覚であった。
例えるなら“究極に研ぎ澄まされた日本刀”ような感じ?
不思議な感覚にオレは陥っていたのだ。
集中しすぎて、おれは未知の感覚に陥っていたのかな?
とにかく勝ち進めたことは、本当に嬉しいことだ。
「うん、みんな、ありがとう。これで、いよいよ、だね……」
こうしてオレたちは勝ち進んだ。
明日は決勝戦。
全国大会の最後の一戦だった。
相手はもちろん、横浜マリナーズU-12。
全国大会2連覇中の強豪チームに、オレたちは挑むのであった。
◇
その日もオレたちは常宿に戻った。
鹿児島県の会場の近くにある旅館。
この三日間、お世話になっているので、帰ってくると落ち着く感じがする。
「夕飯を食ったら、風呂に入れ。明日は決勝戦だ。今日は早く寝ろ!」
「「「はい、コーチ!」」」
「オレも今宵は寝酒を断つ!」
「えっ、コーチが寝酒を?」
「大丈夫かな?」
「むしろコーチが寝られなそう!」
メンバー全員とコーチで夕食を食べる。
酒好きのコーチの断酒宣言に、誰もが笑い声を上げていた。明るく、いい雰囲気である。
夕食後は大浴場に皆で入る。
今日ばかりは誰も、湯船でバカ騒ぎをしていない。
連戦で汚れきった、自分の身体を丁寧に洗っていた。
風呂の後は全員で、ストレッチとマッサージタイム。連戦の自分の疲労を、誰もが労わっていた。
サッカーで傷だらけの両足。アザだらけの全身。
サッカー少年たちには勲章のようなものだ。
その後は自分のスパイクシューズを、布で磨いていく。
練習のし過ぎで、全員の靴がボロボロになっている。
本当はそろそろ新品に買い替えないといけない。
でも“勝利のゲン担ぎ”のために、全員が使い古したのを履いていた。
そんな愛着のある相棒を、チームメイトみんなで丁寧に磨いていく。
◇
「おい。あと、1時間で消灯だぞ。そろそろ、寝る準備を……って……」
そんな中。
見回りに来たコーチは、声を止める。消灯一時間前に、子どもたちは爆睡していたのだ。
自分のサッカー道具を、抱えたまま寝ていたのである。
「やれやれ風邪ひくなよ……」
コーチは子どもたちに、静かに布団をかけていく。そして各部屋の電気を消していくのであった。
こうしてリベリーロ弘前の決勝戦前夜は更けていく。
◇
「いよいよ明日は決勝戦か……」
そんな中でオレは一人だけ起きていた。
まだ消灯前なので、旅館のロビーに一人でいたのだ。
「そろそろボクも寝なきゃ……でも……」
不思議と寝られなかったのだ。
気分が高揚しすぎて、身体の疲労が眠気を越えていたのかもしれない。
あと、少しだけロビーでリラックスしていよう。
「ん? まだ起きていたのか、コータ?」
「あっ……ヒョウマ君も?」
そんな場所にヒョウマ君がやってきた。
彼も気分が高揚して、眠れなかったという。
いつもはクールで冷静沈着。完璧な精神状態と思えた、ヒョウマ君にしては珍しいことだ。
ちょうどいい。
ヒョウマ君とサッカーの話でもして、リラックスしてから寝よう。
「ところで、コータ。前から聞きたいことがあった。お前は“何者”だ?」
「えっ……?」
まさかの質問であった。
リラックスどころかオレは息が止まり、心臓音が激しくなってしまう。
こうして全国大会の最後の夜が、本当の意味で始まるのであった。