10年
この話はここで一区切りとなります。
後はほのぼのとした番外編をまた書けたらなと思っています。
予想以上にたくさんの方にお読み頂けて、驚きと嬉しさでいっぱいです。
たくさんのご感想もありがとうございました!
「気をつけて行ってらしてね」
「うん、できる限り早く帰って来ます」
愛しい妻に見送られて、馬車へと乗り込む。
道の角を曲がるその時まで手を振り続けてくれるその姿に、今すぐ抱きしめたい気持ちと、心配だから早く家の中へと戻って欲しい気持ちがないまぜになる。
……嘘を、吐いてしまった。
今日は学園時代の友人と会うと言って家を出て来た。
けれど本当は違う。
ーーーあぁ、行きたくないな。
けれど、妻にも余計な心配をかけたくなかった。
馬車はまっすぐ、王城へと向かっている。
※
「呼び出してすまないな。……来てくれて感謝する」
「いえ……」
目の前にある顔をまじまじと見る。
驚くほどに窶れたな、というのが正直な感想だった。
あんなに、凛々しい方だったのに。
「ーーー近々、発表があると思うが……来年挙式を行うことになった」
「それは……おめでとうございます」
「ーーー息災か?」
「……もし、私の妻のことをおっしゃっているのなら」
「……そうか」
「…………」
「…………」
「…………」
「……母上、は」
掠れた、囁くように吐き出された声に覇気はない。
「母上は、どうして……父上は、どうして……私を見限らなかったんだろうか。……ああ、いや、いい。分かってる。私しか子がいないから仕方がなかったんだろう……」
「ーーーそれだけではないでしょう。貴方の事を見て、大丈夫だと思われた筈です」
「……お前は、どう思う?」
「私ですか?」
「ーーーディアフィード公爵は、どう思う?」
「……良き、王になられると思いますよ」
「そうか……」
「ライド様……」
「……茨の道だと、覚悟していた」
「ーーーそうなのですね」
「10代の覚悟など、当時の大人から見れば遊戯と違いなかったのだろうな」
「…………」
「それでも、私とララの、はたから見たら砂糖のような覚悟も本物だったのだ」
ライド王子は遠く遠くを、ただ見つめている。
そこにはララの笑顔があるのかもしれない。
「奥方に、礼を」
「妻にですか?」
「……彼女が流行らせ、定着させてくれたドレスのおかげでな、助かるそうだーーーー腰を、痛む事なく隠せるからと」
「ーーーあぁ……」
全身に鳥肌がたつ。
王家とは、やはり俺たちとは考え方が違う人たちなのだ。
酷く、恐ろしかった。
「このような私と歩んでくれるのだ。慈しむよ。ーーーーディアフィード公爵……いや、ルース」
「何でしょう?」
ライド王子はゆったりと椅子から立ち上がると、絨毯の上に膝をつき、頭を下げた。
「ライド王子っ!」
「すまなかった。本当に、すまなかった……」
自信に溢れた、10代の頃のライド王子が脳裏をよぎる。
痩せて、窶れて、随分と小さくみえる。
愛しい人と共に立ち、それでもこの人に安寧の日々はあったのだろうか。
常に監視され、審査される中、それでもその気持ちを吐露できるのはララ1人であっただろう。
もう、俺がこの人に抱く恨みはほんのカケラになっていて、今や憐憫の方が強い。
ーーーそれは、アデリアも一緒だろう。
「ライド王子、もういいですから……おやめください」
「……せめて、せめても、お前たち国民が穏やかに暮らせるよう、それだけは守らせてくれ」
「……はい」
それ以外は何も言えなかった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
玄関で出迎えてくれた妻ーーーアデリアをふわりと抱きしめる。
大きく息を吸い込み、彼女の香りを堪能する。
「……怖い所にでも、行きましたか?」
相変わらず細い手が、優しく背中を撫でた。
「……貴女に隠し事はできないね。ねぇ、あそこは本当に恐ろしい所だ。……アデリアはもう、近づかない方がいい」
「……そう、ですわね。……ね、ルース様、ここでこうして居るのも良いけれど、子供達がお待ちかねよ。お父様に見せたいものがあるのですって」
「それは大変だ!すぐに行こう」
アデリアの手を取り、子供達の待つ部屋へと向かう。
横を歩く彼女の腹は、ドレスの上からでもわかるほどに大きい。
穏やかに緩む紫の瞳には、今や愛が溢れるばかりだ。
幸せだ。本当に。
この家は温かい。
1人、城に立つ王子の姿が頭をよぎる。
凍えるほど寒い、あの城で。
どうか、彼にも温かな光が当たる事を祈りながら。
俺とアデリアが婚約したあの時から、もうすぐで12年が経とうとしていた。
※
ララと婚約して10年が経ったある日、彼女は城の階段から足を滑らせ、儚くなった。
ーーー不慮の、事故だった。
その数日前に、ララは晩餐会で客人の爵位を言い間違えてしまっていた。
ーーーその晩餐会がきっと、私たちの最後の審査だったのだ。
「ご機嫌よう、ライド様」
喪に服して、1年。
母上は1人の少女を連れて来た。
18歳という、年若い少女を。
膝から崩れ落ちそうになった。
目の前に立つ、母上が恐ろしくて仕方がなかった。
「最初から……そのつもりで?」
「いいえ、サッチェル伯爵令嬢が相応しくなれたのならそれはそれでよかったのよ?……でも、残念な事故が起きてしまったでしょう?」
「事故だと……っ本気で!」
「神の優しさでしょう。女が28歳で新たな道を探すのはとても大変なことだもの」
「……な、あ、あなたはそれを本気で……っ?」
母上はいつも通りの笑顔だ。
思えば、あの騒動の時も、母上は穏やかに微笑んでいるだけだった。
父上も、仕方がないと、笑っていた。
その異質さは、今ならばよくわかる。
王家か、それ以外か。
適切か、適切ではないのか。
ただそれだけを、この人たちは見ている。
「どうして……っ」
「ほら、ライド。しっかりと御挨拶なさい。
ああ、安心して頂戴ね。彼女の王妃教育は10年前からしっかりと施しているから」
あまりに、おぞましかった。
そこに居るのは人ではない何かのようで。
2人の10年を比べてこの少女の方が王妃に向いていた。
きっと、それだけ。
それだけで、ララはーーー。
そしてこの少女を巻き込んだのは、確実に私だった。
すまない、すまない、すまない。
何の感情も映さない、目の前に立つ少女の瞳を見つめる。
ああ、ララ。
この子は私の罪の塊。
必ず、私が何とかする。
この時の私の決意はここからさらに10年後に実を結ぶこととなる。
ーーーー王家の静かなる終焉と共に。
王と王妃はアデリアが良かったけど、アデリアじゃなくても良かった。
同じくらいに出来る、ある程度の位の女性なら誰でも。
だから、10年掛けてまた育てた。
そこに何の疑問もないのです。




