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婚約解消された私とあなたのその後の話  作者: 宮澤


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3

「まぁ!とても素敵ですわ!お嬢様」


 あっという間に夜会の日がやってきた。

 あの外出をした日から、ルースは積極的に私に関わってくる様になった。

 学園では昼食を共にし、帰りも屋敷まで送ってくれる。

 学年も上の彼は忙しいだろうに、日に一度は必ず私と顔を合わせる時間を作ってくれた。


 そして、このドレスだ。


 淡い新緑色はあまり自分には似合わないかもしれないと思っていた。

 私はどちらかというとはっきりした色が似合う顔立ちだから。

 ーーーけれど。


「本当にお似合いです。この形はコルセットも着けなくて良いのでお嬢様の負担も少なくて……お嬢様のことを考えて選んでくださったのですね」


「そうね、とても楽に着られるわ」


 隣国で流行り始めた、コルセットを使わない裾がストンと広がるデザインのドレス。

 新緑の繊細な生地には金の糸で細やかな刺繍が編み込まれている。

 ドレスと共に添えられていた銀のネックレスとピアスもその上品さを際立たせていた。


「……似合って、いるわよね?」


「ええ!とても!いつまでも見ていられますわ」


 そう、本当に。

 自身でも驚くほどに、私に似合うドレスだった。







「……っ」


「ルース様、お迎えありがとうございます」


「ーーー……」


「?……ルース様?」


「あ、す、すみません。本当に、本当に綺麗だったから。言葉を失っていました」


 率直すぎる言葉に、顔が熱くなるのを感じる。


「え、あ、ありがとうございます……ルース様も、とても素敵です」


 今までの夜会で何度もルースの正装姿は見たことがある。

 けれど、その胸元に薄紫のスカーフが使われていることが、不思議と常よりも素敵に見えた。


「あ、すみません。貴女の許可もなくこの色を使ってしまいましたーーー嫌ではないですか?」


「え、えぇ。よく似合っていると思います」


 私の答えに、ルースは嬉しそうに笑う。


 ーーーおかしい。

 私はもう、これ以上疲れたくないのに。


 横で上機嫌に笑う彼から目を離せなかった。





 王城に来るのは久しぶりだ。

 婚約解消となってからは足を踏み入れることはなかったから。


「きっと好奇の目で見られることでしょうね」


「そうですね……でも、俺と貴女が気後れする理由は無いので」


 からっと返ってきたルースの言葉に驚く。


「ルース様は随分と吹っ切れたご様子ですね?」


「えぇ、俺は自分で思っているよりずっと図太いのだと最近気づきました」


 笑うルースの顔に無理は見えなかった。

 どうやら本当に、後悔なくこの場にいる様だ。

 何が彼をそうさせたのかはよく分からないが、良いことだと思った。



 ルースと私が会場に一歩踏み入れた瞬間、空気が揺れるのがわかった。


 ひそひそと、遠巻きにこちらを観察する目。

 明らかな好奇心を宿して近づこうとする者。

 最近は使っていなかった笑顔の仮面を顔面に貼り付ける。

 彼の腕に添えた手に少し力が入ったのがわかったのだろう、反対の手で労わるように手の甲を撫でられた。

 ーーー本当に優しい人。

 この人の何が、サッチェル伯爵令嬢には足りなかったのだろう。


「せっかくの2人で参加する初めての夜会です。2人で、楽しみましょう」


 穏やかに笑う彼の背はピンと伸びている。


「……そう、ね。いつもは眺めるだけだった食事も今日は許されるかしら?」


「えぇ、勿論。俺が山盛りとってきますよ」


「え?ーーー……ふふふっ、じゃあその時は婚約者様にお願いする事にしますわ」


 ふと、思わず漏れてしまった笑顔だった。

 随分と気の抜けた顔になってしまっただろう。

 なのに、笑いが止まらなかった。


「ふふっ……!山盛りって……んふふ、ごめんなさい……ルース様ったら真剣な顔で言うからおかしくって……」


 小さく肩を震わして笑う。

 ああだめだ、ツボに入ってしまった。

 こんなに、こんなに笑うのはいつぶりだろう。


「ーーー俺は、面白かったですか?」


 目尻に浮かんでしまった笑いによる涙を、優しく長い指が攫っていった。

 こちらを見る瞳にはシャンデリアの光がそのまま全て吸い込まれてしまったかのように輝いている。

 薄く、大きな口が嬉しそうに弧を描いている。


 ーーーああ、なんて綺麗な男だろう。


「嬉しいな、貴女が笑ってくれると」


「ーーー私が?」


「ええ、貴女が」


 今度は身体中の熱が、顔の、頬に集まっていくような心地がする。

 酷く暑くて、心地よい熱。

 こんなのは感じたことがない。


「……ずっと今夜が憂鬱で、仕方がなかったのですけど」


「うん」


「隣に居てくれてありがとうございます、ルース様」


 恥ずかしくてルースの方に顔を向けることはできなかったけれど。

 

「ーーー…俺も、ありがとうございます。アデリア」


 返ってきた声色もだいぶ熱い気がした。








「ライド・ガルデンベルト第一王子、ララ・サッチェル伯爵令嬢のご到着です」


 案内係の声に、室内にいる皆の視線が扉へと向かう。

 重々しい音を立てながら開くのは、王族又はそれに連なるものが入場する専門の扉。

 ついこの間まで、私はあそこに居たのに随分と昔のことに感じる。


 ライド王子の淡い橙色の瞳に合わせたそのドレスは、サッチェル伯爵令嬢が歩くたびにふわりふわりと揺れる。

 王族の隣を歩くにはだいぶ心許ない所作だが、それはもう私には関係ないものだ。

 王子もまた、彼女の瞳に合わせた向日葵色のタイを着けている。

 緊張を隠さないサッチェル伯爵令嬢をそれはもう優しくエスコートするその姿はまさしく王子。


 ちらり、と横目でルースの顔色を窺う。

 あんなに王子の色に染まった彼女を見て、この人はどんな顔をしているのだろうと気になったから。


「ーーーどうしました?」


 それなのに、ルースは驚くほどまっすぐに、柔らかく私を見下ろしていた。


「え、あ、いえ……、なんで私を見ていらっしゃるの?」


「……貴女が、少しでも苦しいようならこの場を離れようと思って」


「ーーー私たち、きっと今日は途中で去るのは許されないわ」


 だって今日はあの2人の晴れ舞台なのだ。

 そんな場で私たちが帰れば噂はますます広がる。

 王家との確執だって生みかねないのに。


「アデリア、貴女が辛いことに誰の許しもいりませんよ」


「貴方って……」


 繋がる言葉は思いつかなかった。

 この人のそばにいる私はいつかドロドロになって、1人で歩くこともできなくなりそうだと、ふと思った。



「ああ、あと。貴女は橙色より今日の色の方が似合うな、と」


「ーーーーっ」


 どうしたのだ、この人は。

 あの、2人で本音を吐き出したあの時から、日に日にルースは私に優しくなっていく。

 今なんてもう、彼が紡ぐ言葉が全て砂糖菓子かのよう。


 赤くなってなかなか戻らない顔を扇を広げて隠す。

 私にからかいを続けるルース。

 そんな私たちに近づいてきたのは案の定、ライド王子とサッチェル伯爵令嬢だった。


「ディアフィード公爵子息及びにランデンハント侯爵令嬢。この度は夜会に参加してくれたことに心からの感謝を」


 まるでこの前見た舞台の俳優のように、ライド王子が礼をする。

 サッチェル伯爵令嬢もそれに続き、ドレスの裾を持ち上げる。


 ライド王子の、右巻きの旋毛を見ながら考える。

 この人にとって私は、ただの舞台装置の一つだったのだろう。

 もし、もし腰を打たれていたのがサッチェル伯爵令嬢だったら、彼はそれこそ舞台さながらの悲劇を見せてくれたのではないだろうか。

 

「おやめください、ライド王子」


 優しく穏やかな声が隣から響く。

 ルースがきっと2人に許す言葉をかける。

 私はそれに頷いていればいいだろう。


「お2人はただ、ランデンハント侯爵令嬢の献身に報いてくだされば俺はそれで満足です」


 その一言に、室内に静寂が広がっていく。

 あれだけ騒がしかったのが嘘のように、今なら針一つ落とした音だって皆の耳に届くだろう。

 予想外の言葉に私だって驚きで動けなかった。


「ルース……?」


 戸惑いを言葉に出したのはサッチェル伯爵令嬢だった。


「……なんて、アデリアは俺に言われても良い気はしないでしょうが……サッチェル伯爵令嬢、私は今はただ本当に心から君がライド王子と幸せになることを願っています。その感情にはもう、ただ幼馴染だった私が居るだけ」


 前半は私に向けて、その後は元婚約者のサッチェル伯爵令嬢に。

 それからルースはただ和かに、穏やかにライド王子を見つめるだけだった。


 その笑顔に、ライド王子もサッチェル伯爵令嬢も続ける言葉が思いつかないようだった。

 


「ーーー…今宵はこんなにも素敵な夜会へのご招待をありがとうございます」


 相変わらずこちらを優しく見下ろす男を一瞥してから、挨拶をする。


 2人して直接の謝罪が一度もなかったこと。

 手紙一枚であれほど辛かった王妃教育を終わらせられたこと。

 自分たちに責があると言いながら、格好の噂の的にされていた私やルースへの配慮のなさ。

 

 少し前までたくさん放り投げてやりたい言葉はあったはずなのに。



 隣の、背の高い男の腕に添えた自分の手を見る。

 その腕を思い切り胸に抱き込み、二の腕あたりにこてり、と頭を寄せる。


「なっ!」


 斜め上から焦った声が聞こえてきたけど構わない。

 目の前に居るサッチェル伯爵令嬢の瞳にほんの少しの嫉妬を見つけて、満足した。

 ーーーこんなに良い男を、私にくれて感謝するわ。


「ルース様と初めての夜会ですから、とても楽しみにしていたのです」


 驚くほどに自然な笑顔が出た。

 目の前のライド王子の驚く様を見て、そういえば彼の前でこんなふうに笑ったことはなかったな、と思う。

 だってライド王子と居て楽しかったことなんて一度もなかった。


「……アデリア、髪が乱れてしまいますよ」


 封じられていない方の手で、私の耳に優しく髪をかけてくれたルースの瞳に傷はついていない。

 彼が2人の姿に傷つかなくて良かった。

 


「……あ、ルー……ディアフィード公爵子息様、ランデンハント侯爵令嬢様……私たちを許してくれますか?」


 ポツリと、サッチェル伯爵令嬢が言葉を漏らす。

 その言葉にライド王子が分からない程度に顔を顰めた。

 あくまで婚約解消で終わった話なのだから、ここで私たちに許しを乞うのは悪手だ。


「許すも何も、婚約解消も新たに婚約を結ぶのもよくある話ですから」


 ルースが答えるのを聞きながら、あの教師が現役だったらサッチェル伯爵令嬢の腰は今頃100回ほど打たれてるだろうな、と思った。

 








「あぁ、疲れましたわね」


 バルコニーでふう、と大きく息を吐く。

 室内からは軽やかな音楽と談笑の声が響いてくる。


 あの後、それ以上会話を続ける気のない私たちを察して、ライド王子はそれとなく話を切り上げ、サッチェル伯爵令嬢とファーストダンスを踊った。

 そうなればもう、後は皆思い思いに夜会を楽しむだけだ。

 ルースと私に話しかけてくる人の波はなかなか途絶えず、ようやくこうして一息つくとができた。


「アデリア、すみませんお待たせして」


 少しだけ待っていて、とバルコニーの長椅子に私を残して再び会場へと向かったルース。


「……ルース様、それ……」


「あれもこれもと盛っていたら本当に山のようになってしまいました。一緒に食べてくれます?」



「ふふっーーーよろこんで」


 両手にたくさんの料理が載ったお皿を持って戻ってきたその姿に私はまた笑ってしまった。

 








「ねえルース様」


「何でしょう?」


 ルースが持ってきてくれた食事を楽しみながら、ふと思ったことを声に出した。


「私、最近はサッチェル伯爵令嬢を凄いなと思っているのです」


「ーーー何故?」


 少しだけ声を低くしたルースが顔を覗き込んでくる。

 その近さに、私も馴染んでしまった。


「だって貴方、こんなに優しくて、甘くて。この猛攻を彼女はものともしなかったのでしょう?」


「……そこを突かれると俺は本当に何もいえませんがーーーそうですね、俺は好きな人はとことん甘やかす性質です」


 一瞬、思考が止まる。


「好きな、人」


「ええ」


「貴方が」


「はい」


「私を?」


「おや、気づいてませんでした?」


「……前より、仲良くなっているとは思っていましたけど」


「俺もね、驚いているんです。確かに俺はサッチェル伯爵令嬢が好きでした。彼女にも優しい男であったとは思いますーーーだけどね」


 ルースの指が、私の顎を掬い上げる。


「貴女は、俺が、俺の手で幸せにしたい。それと同時に彼女には抱かなかった想いも湧いてくるんです」


 ごくり、と息を呑む。

 何故だかこの先を聞くのが酷く怖くて、でもその真剣な顔から目を逸らせなかった。


「あのね、俺……貴女をドロドロに甘やかして……例えば散歩一つでさえ、俺が抱き抱えないと行けないようにしたいと思うんです。昼夜この腕に囲い込んで、それで俺以外と接触させたくない。今日だって、気が気じゃなかった。こんなに美しい人を見て、みんな貴女が欲しくなるに決まってる。ああ、これからも幾度となく2人で夜会などに出ることはあると思いますが、俺としては常に今日くらい密着していてほしい」


「え、と、ルース様……?」


「こんな凶暴な自分がいるなんて、これまで気がつきもしませんでしたーーーねぇ、俺は本当に貴女に失礼で、最低な男だと思いますがーーーどうか、貴女に触れるのは俺だけにしてくれませんか?」


 顎に添えられた指がそのまま、私の唇をなぞる。

 前髪の隙間から覗く尋常じゃない色気を纏ったその瞳に、困惑した私が写っている。


「……私は本来面倒くさがりなんです。甘やかしたら甘やかしただけ、何もしなくなるかもしれませんわよ?」


「嬉しい」


「……一緒にティータイムをしてくださる?お茶にお砂糖を3杯入れても怒らない?」


「勿論」


「ーー……また、一緒にお出かけしてくださる?」


「毎日でも」


「ーーー途中で、私を要らなくなりません?」


 額と額がくっつく。

 その近さに、こっとりと輝くその新緑に、吸い込まれそうだ。


「貴女の人生全て、俺のものだ」




 そうして触れた唇が余りにも熱かったので、私は夜空を滑り落ちてくる流れ星を飲み込んだのだと思った。




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隣国で流行り始めた、コルセットを使わない裾がストンと広がるデザインのドレス。 広がるならストンは違う様な。
まあ、伯爵令嬢に対して抱いていた想いは刷り込みみたいなものだったのかもね。恋に恋してたってやつ?物心つく前から居て、一緒になるのがあたりまえの女性。周りからもそう誘導されてただろうし思い込み激しそうだ…
純粋に気持ち悪いってのは置いておくとしても、全く信用できないな また他に好きな女ができたらあっさり捨てて乗り換えるだろこいつ
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