卒業式
まだ肌寒い3月の初旬。今日この日に2年間通い続けた専門学校の卒業式が行われる。俺も卒業生として出席するつもりではあるが、少しだけ周りの皆と比べて肩身が狭い。何故ならば皆の様に専門学校で学んだ専門的な知識や技術を役立たせて、社会へのスタートを切り損ねたからだ。
自分なりに一生懸命就活もやって来たつもりではあるが、皆に比べて意欲が足らなかったのか運が只無かっただけなのか、それは今でも分からないが俺は、卒業した後の進路が決まらずにこの日を迎えてしまった。
実家暮らしの俺は、父親からは「まぁ仕方ないそう言う事も生きてたら起きる。ゆっくり就職先を見つけたらいい。」とは言われているだけまだマシなのかも知れない。ただし母親からは、アルバイトだけは続けて1万円でも2万円でもいいから食費は入れなさい。もう学生じゃないんだから。と釘は刺されている。
そうして晴れやかな笑顔を浮かべこれから始まる自分の社会人としてのスタートを心待ちにし、どんな活躍が出来るかに胸弾ませている同じ年齢の若者達に混じり、浮かない顔でこれからの事に不安を抱えている俺の卒業式が始まった。
式の後で友人や仲間達は、居酒屋に集い卒業式の二次会を行う事となっている。もちろん、学校に在籍している期間でイジメられたり仲間外れにされたりなんて事の起きなかった。普通に友人達と遊び仲間達と出掛け等、普通の専門学校の生徒として過ごしてきた俺にもお誘いはあった。
しかし……なにせ肩身が狭い。俺は友人達や仲間達に「家族が祝ってくれるから。」と嘘の言い訳を吐き、卒業式後に行われる二次会、三次会への出席を断っていた。
そして俺には、友人達や仲間達に言った家族との祝いの席等は当然無く、この後は晴れの卒業式の日だと言うのに、居酒屋のアルバイトのシフトが入っていた。
救われた点としては、そんな下手な言い訳で逃げた俺がアルバイトをしている居酒屋とは、全然関係の無い居酒屋が二次会場に選ばれた事だった。
俺が働く居酒屋で二次会等行われていたら、卒業式の間だけでも肩身が狭く惨めな思いをしていたのに、更なる追い打ちトドメを刺される所だった。
「いらっしゃいませ〜お客さま何名様ですか?はい、3名様ですね。3名様御来店で〜す。いらっしゃいませ〜。」
大きな声で元気良く声を張り上げてお客さまを迎える。
「は〜い!お待ちくださ〜い!ただいま伺いま〜す!」
お客さまから呼び出しボタンで呼ばれたら、早歩きで呼んできたお客さまの座るテーブルへと駆け付けて、注文も聞き繰り返して言う事でオーダーミスを防ぎながら、手に持つハンディターミナルを操作して、お客さまの注文を厨房に飛ばす。
「ありがとうございました〜!またのお越しをお待ちしておりま〜す!」
目一杯頭を下げて、レジ会計の済んだ店から出ようとするお客さま達に声を掛け見送る。
そんな事を繰り返して今日もいつもと変わらないアルバイトの時間が終わった。
変わった事と言えば、今までなら急ぎ家に帰り明日の学校の準備をする事が、今日からは急いで家に戻っても風呂に入り後は寝る。起きてからは夕方のアルバイトの時間まで空白の時間が過ぎる。といつもと違う日々が始まる。
「お疲れ様でした〜。」
そう言いながら居酒屋の表から厨房の中を通り抜けてロッカーの並んだ男女混合の狭い更衣室兼休憩室に着替えに入ると、併設されている小さなデスクが2台置いてあるだけの社員用の事務所で、何やら作業をしていたこの店の店長から声を掛けられた。
「あっ!近藤君お疲れ様。近藤君は4月からもシフトは変わらず。で合ってたよね?」
そう言って確認をしてくる。その言葉に少し心の中でモヤモヤした物を感じたが、別に店長のせいでも無く店長に悪気がある訳でも無いと直ぐに思い直し。
「はい、いやぁ〜僕もまさか店長のお店で4月以降もアルバイトするとは思ってませんでしたよ〜これからもよろしくお願いします。」
そう言って、少しだけ無理をして笑顔で戯けてみせると、店長も少しだけ同情の素振りを見せながらも。
「いやいや近藤君は真面目だからウチも大助かりだよ〜どう?ウチの社員採用制度やってみたら?」
そう言ってきてくれたが、この居酒屋を経営している本社が社員に対しては、超絶ブラックだと言う事を2年間のアルバイトで重々承知していた事で。誤魔化しつつも断る旨の事を店長には言った。
そうして更衣室兼休憩室の何時も使っているロッカーの扉を開けて、ハンガーで吊るしていた白のTシャツとバーントオレンジ色のパーカーを取り出すと、代わりに黒地に白で大きく店の名前とロゴの入ったTシャツと腰で巻いて留める紺色の厚手の前掛けをロッカーの中に入れた。
そして私服に着替え終えた俺は、更衣室兼休憩室にある裏口のアルミ製のドアを開けて、最後に。
「お疲れ様でした〜またお願いしま〜す。」
と挨拶をしてから店を後にした。
「さてと……急いで帰る必要も無くなった事だし、たまにはメシでも食ってから帰るかな。」
アルバイトをして過ごした時間と労働で小腹が空いていた俺は、何時もなら何処にも寄らず真っ直ぐ家に帰り、母親が作って置いてくれたご飯を食べるのだが、今日からはアルバイトが終われば次のアルバイトの時間まで何もする事は無い。まぁ正確に言えば1日でも早く社会でちゃんと何処かの企業に勤めて働く為の就職活動があるにはあるのだが、慌てる事も無いと思っている。
そうしてこの県下最大クラスの繁華街にある、アルバイト先の居酒屋から地下鉄に乗るための駅に向かうルートを歩きつつ、駅に繋がっている地下街の出入り口の直ぐ横にある、県下にしか今はお店が無くなった、元は甘味処であった県民のソウルフードと呼ばれるラーメン屋でラーメンを食べて帰ろうと決めていた。
繁華街の中をゆっくりと周りのお店やビルに入っているテナントの集合看板等を普段はあまり気にも掛けずにスタスタと通り過ぎる中、周りをキョロキョロと見ながら歩く。
「へぇ。さすがだな〜よく見ると色んな店がある。スナックにラウンジにキャバクラに……へぇホストクラブなんてのもあるんだな……」
と行った事など1度も無いが「知識」としては、20年も生きている事からどんな感じのお店なのかは、知っていた。
そして、改めてよく周りを観察しながら繁華街の中を歩き、繁華街の入り口にある大きな道路沿いの昔からアッチコッチに支店のあるラーメン屋に着いた俺は、お店の中に入ると、レジ兼商品受け取り口に行き。
「特製ラーメンと五目ご飯のセット1つお願いします。」
そう言ってこの店に来る時には必ず頼むメニューをメニュー表やメニュー看板等を一切見る事も無く頼んだ。そして店員から予め番号の振られた、商品が出来たら受け取りカウンターまで取りに行く事を教えてくれる呼び出しブザーを渡されて、空いている席に座った。
3分〜4分程経った時に、渡された呼び出しブザーが小さな音と振動で、俺の頼んだ商品を取りに来いと知らせてきた。俺は呼び出しブザーを片手に席を立ちカウンター兼商品受け取り口に向う。
そこには、ちょうど他のお客さん4人程のグループが店員さんに注文をしているところだった。そして、その4人の内2人程がカウンターに対して横に広がって立っており、ちょうど商品受け取り口辺りに居た。
俺はラーメンが伸びるのが嫌だったので、その横に延びて立っている人達に向け。
「あっすみません。商品取りたいのでちょっと移動してもらえないですか?」
そう声を掛けると、その2人は俺の方をチラリと見て。
「あっ!ごめんなさい。」
と素直に一言詫びてくれた後にどいてくれた。
俺はその集団が着ている服が、綺羅びやかと言うか少し派手と言うか、普通のサラリーマン達が着るようなスーツでは無かった事から、変な人達かと思っていただけに。あっさりと素直に、しかも軽い謝罪まで付いてどいてくれた事に、ちょっとだけ驚きながら、受け取り口に置かれた商品の乗ったトレーを引き寄せ、傍らに置かれた朱色のお箸入れからプラ製のお箸を1膳取り出して、トレーに乗せて自分の席まで持っていこうとしていた時に。
「ほら、お前らいつも言ってるだろ?普通の人達に迷惑を掛けないように、周りに気を遣えって。そう言う小さな事が自分達の売り上げにも反映されてきたりするんだからな、心配りが俺達の仕事には1番大事なんだから。あっ!お兄さんごめんなさいね。ウチの若い連中がご迷惑かけて。大丈夫でしたか?」
と俺に改めて聞いてきた。俺は既に邪魔だった2人からも素直に謝罪を受けていた事もあり、そのグループの中の中心人物的な人に軽く頭を下げると、そのままトレーを持ち席に戻った。
第2話本日19時予約投稿。
作中で分からない業界用語が出た場合。感想を使い作者に聞いてくれたら、答えます。




