30-1 壱岐沖【文禄の役-第二次海戦】
難しかったです。
なんとか情景が浮かべばいいのですが……汗)
天正二十年(1592年)神無月(10月)中旬――壱岐・勝本城。
夜明け。
空は薄く晴れ海は凪いでいた。
だが――城内の空気は重かった。
「……三日、ですか」
半佐の声は低かった。
板の間に座る永重は帳面を閉じた。
「対馬への補給が三日遅れている」
重兼が腕を組む。
「釜山の前線が持ちこたえられるかどうかの瀬戸際ですな」
伊織が続ける。
「すでに兵糧の配給を削っているとの報も来ております」
沈黙。
それはただの遅延ではなく、"戦の失速"に直結するものだった。
永勝が静かに言った。
「李舜臣は、完全に流れを握ったな」
誰も否定しなかった。
永重はゆっくりと立ち上がった。
そして海の方へ歩く。
「……まだ、詰んではいない」
小さな声だったが全員が顔を上げた。
永重は振り返る。
「だが――このままでは詰む」
重兼が目を細める。
「策がある、と?」
永重は一瞬だけ黙り――
そして言った。
「ある」
その一言で、空気が変わった。
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同日・壱岐北方沖。
昼。
陽光が海を照らし遠くまで見渡せる視界。
その沖に――
船団があった。
だがそれはこれまでのような小規模な輸送ではなかった。
関船。
安宅船。
輸送船。
数はおよそ三十艘。
旗は掲げられている。
隠していない。
「……露骨ですな」
重兼が苦笑する。
伊織が低く言う。
「囮どころではないですな」
半佐が戸惑う。
「若殿……これは」
永重は答えた。
「見せている」
その視線はまっすぐ沖を向いていた。
「これを通すと言っている」
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同刻――対馬海峡。
朝鮮水軍。
見張りが声を上げる。
「船団確認!」
報がすぐに本船へ届く。
李舜臣はゆっくりと顔を上げた。
「数は」
「三十」
わずかな沈黙。
「隠しておりませぬ」
その報に周囲の将がざわめく。
一人が言う。
「罠では」
別の者が言う。
「だが、この規模は……」
李舜臣は静かに海を見た。
「……急いでいる」
ぽつりと呟く。
将が問う。
「どういたしますか」
しばし沈黙。
やがて――
「全艦、準備」
短い命令だった。
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壱岐沖。
日本側船団。
重兼が笑う。
「来ますな」
伊織が頷く。
「来ない理由がない」
だが――半佐はまだ理解しきれていない。
「若殿……本当に、これで」
永重は静かに言った。
「これは運ばぬ」
「……え?」
「運ばせる」
その一言に三人の目が変わる。
永重は続ける。
「敵にだ」
沈黙。
重兼の口元が歪む。
「……なるほど」
伊織も理解した。
「奪わせる」
永重は頷く。
「そうだ」
そして指を海へ向ける。
「だが――」
一拍。
「ただ奪わせるだけでは終わらぬ」
やがて。
水平線に影が現れたのは朝鮮水軍。
整然とした隊列。
そして中央に――異様な船。
亀甲船。
半佐が息を呑む。
「……来た」
永重は目を細めた。
「来たな」
両軍の距離が縮まる。
朝鮮側が横陣を敷く。
日本側は――動かない。
重兼が低く言う。
「逃げぬのですな」
「逃げぬ」
永重は答えた。
「逃げれば、意味がない」
やがて――砲声。
ドーーーーン!!
海が裂ける。
第一撃。
水柱が上がる。
だが日本側は動かない。
二射、三射。
船団が揺れる。
それでも――動かない。
伊織が歯を食いしばる。
「……耐えるのですか」
永重は答えた。
「違う」
そして、手を上げる。
「今だ」
その瞬間。
日本側の船団が――崩れた。
四方へ散開。
だが逃げる動きではない。
ばらける。
そして――一部の船が遅れる。
重兼が笑った。
「置いたな」
伊織が言う。
「積んでいる船を」
その通りだった。
三艘。
明らかに重い船。
動きが遅い。
朝鮮側から見れば――当たりだった。
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朝鮮水軍。
将が叫ぶ。
「中央三艘、荷あり!」
だが――
李舜臣はすぐには動かなかった。
じっと見る。
船の沈み。
動き。
周囲の護り。
「……露骨だな」
低く言う。
だが次の瞬間。
「だが――本物だ」
決断は速かった。
「中央を断て」
艦隊が動く。
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日本側。
半佐が叫ぶ。
「来ます!」
永重は頷いた。
「よし」
その声には、確信があった。
やがて接触。
朝鮮船が三艘へ迫る。
砲撃。
火矢。
ついに一艘が炎上する。
「やられた!」
半佐の声。
だが――
永重は動かない。
「……まだだ」
その時だった。
沖。さらに外側。
見張りが叫ぶ。
「船影!?」
重兼が振り向く。
「なに?」
伊織が目を見開く。
「……第二船団」
それは――先ほど散開した船団の一部。
だが。
逆方向から回り込んでいた。
しかも――
「速い……!」
軽装。
最小限の荷。
だがその中央に――
「……本命か」
重兼が笑う。
永重が静かに言った。
「こちらが、本当の流れだ」
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朝鮮側。
将が気付く。
「後方――新たな船団!」
その瞬間。
李舜臣の目がわずかに細くなった。
「……そう来たか」
初めてだった。
ほんの僅かに。
読み違いが生じたのは。
海は一気に動き始める。
囮。
本命。
そして選択。
戦は――次の局面へ入る。




