24-3 名護屋城【文禄の役-出陣】
天正二十年(1592年)水無月(6月)初旬――
名護屋の浜は、まるで一つの都市がそのまま海へ浮かび出たかのようであった。
大小さまざまな軍船が湾を埋め尽くしている。
関船、安宅船、小早。
浜辺には荷駄が山のように積まれ、兵糧、矢束、鉄砲玉、槍、旗指物。
諸国から集まった兵たちが怒号と共に荷を運び、船頭が櫂を打ち鳴らしながら指図を飛ばしていた。
永重はその光景を馬上から静かに眺めていた。
「……これほどの船、初めて見ましたな」
伊織が呟く。
「十万以上の軍を海で運ぶのだ。これでも足りぬのかもしれぬ」
永重が答える。
重兼は腕を組んだ。
「朝鮮の地まで渡る兵は、この何倍にもなるのでしょうな」
そのとき、浜の向こうから一団が近づいてきた。
旗印は――北斗七星と中央の星などの天体を象徴するとされる、九曜紋。
重兼が小声で言った。
「細川家の兵でございますな」
先頭にいた武将が、こちらを見て馬を寄せた。
二十代後半ほど、端正な顔立ちの男である。
「藤懸殿の隊か」
永重は馬上で一礼した。
「いかにも。藤懸永重と申す」
男は軽く頷いた。
「拙者は細川越中守忠興でござる」
家臣たちの間に、わずかな緊張が走った。
九番隊の副将――
細川忠興その人であった。
忠興は浜の船を顎で示した。
「そなたらは壱岐行きだな」
「は」
「本隊はまもなく対馬へ渡る。壱岐は兵站の要だ。油断はするな」
「心得ております」
忠興は永重をじっと見た。
「丹波の藤懸……か」
一瞬、何かを思い出すような目をした。
「聞いたことがある。
如水様に見出された若者がいるとな」
永重は苦笑した。
「噂は大きくなるものでございます」
忠興はふっと笑った。
「大きくならぬ噂は、戦場では意味がない」
そして馬を返す。
「壱岐で働きを見せよ。
いずれ前へ呼ばれることもあるだろう」
「はっ」
細川隊はそのまま浜の方へ去っていった。
重兼が小声で言う。
「若殿……」
「なんだ」
「どうやら、この戦……」
伊織が言葉を継いだ。
「我らを見ている者がやたら多いようですな」
永重は海を見た。
無数の軍船。
そしてその先には、まだ見ぬ異国。
「――望むところ」
そう呟いた。
三日後。
夜明け前。
藤懸隊は名護屋の浜に集結していた。
波は静かで、空はまだ群青色である。
船頭の号令が響く。
「壱岐行き、乗船急げ!」
足軽たちが次々と船へ乗り込む。
半佐が人数を確認していた。
「若殿、二十四騎そろっております」
永重は頷く。
永勝もすでに乗船していた。
「永重」
「は」
「壱岐は前線ではない」
「承知しております」
「だが戦は、前線だけで決まるものではない」
永重は父・永勝を見た。
永勝は海の向こうを見ていた。
「兵站を押さえる者が戦を動かす」
「は」
永勝は静かに言った。
「まずは壱岐を守る」
そのとき。
東の空が、わずかに白み始めた。
船団が次々と沖へ出ていく。
櫂の音。
帆が上がる音。
名護屋の巨大な天守が朝霧の向こうに霞んでいた。
永重は船の舳先に立つ。
風が、海の匂いを運んできた。
その向こうにあるのは――
壱岐。
そして、さらにその先の戦場。
永重は静かに手を握った。
「――行くぞ」
船はゆっくりと名護屋の浜を離れていった。
朝鮮出兵。
その巨大な戦の歯車の中へ、
藤懸永重の隊もまた、動き出したのであった。




