22-1 丹波【誓い】
丹波から戻った永重らは、すぐに父・永勝より呼び出しを受け大目玉を食らった。
普通に考えれば当たり前であった。
当時は祝言の時が初顔合わせというのは珍しいことではなかった。
また、此度は相手の家へ乗り込んで行ったのである。
永勝は、すぐに木村常陸介重茲へ詫び状をしたためて使いを飛ばした。
「まったく、お前という奴は……」
永勝が深いため息をつく。
永重らは黙して頭を下げている。
「――して、どうであった?」
永重が恐る恐る顔を少し上げて上目遣いに永勝を見る。
永勝は腕を組み、じっと永重を見下ろしていた。
「どう……とは?」
永勝は腕を組んだまま、わずかに顎を上げる。
「木村殿の御息女だ。
嫁に迎える相手として、どうであったと聞いておる」
永重はしばし沈黙した。
「……凛とした方でした」
永勝の眉が少し動く。
「ほう」
「そして……強い方です」
「どのように」
永重はゆっくり答えた。
「帰る場所を守りたい、と」
永勝は黙った。
「ただ待つ妻ではなく、
"戻りたいと思える家を作る"と申されました」
「……なるほど」
永勝は腕を解いた。
「木村殿の娘らしい」
そして少しだけ笑った。
「良いではないか」
永重はほっと息をつく。
「大それたことをしたのだ。雪乃殿をお迎えできるようきちんと準備いたせ」
「ははっ」
永重らは深く頭を下げ、永勝の前を辞した。
そして――祝言の日を迎えた。
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祝言の儀は滞りなく執り行われた。
参列したのは、
越前から木村常陸介重茲、お清。
藤懸家からは永勝と母・華。
先立って式を挙げた川勝広綱と志野、もう一人の妹・お珠。
弟の永元と永成(幼名:三郎太)。
永重の従者である半佐、重兼、伊織、月心、夕霧の五人。
そして、豊臣家からは何と、御使者として旧知の石川頼明が遣わされて来ていた。
そう。本能寺の変の際に共に旅をした長松であった。
月心と夕霧の元主でもあった。
永重は部屋に入ると頼明を見て、思わず目を見開いた。
「……頼明殿?」
使者の列の中から一歩進み出た男がにやりと笑う。
「久しいな、永重殿」
それは間違いなく石川頼明であった。
永重は一瞬、祝言の席であることを忘れそうになったが、慌てて姿勢を正す。
「よくぞお越しくだされた」
頼明は軽く肩をすくめた。
「殿下のお言葉だ」
そう言って、居並ぶ一同へ向けて一礼する。
「この度の御婚儀、まことに目出度く候。
太閤殿下よりも、祝いの言葉と祝いの品を預かって参った」
その名が出ると、座はわずかに引き締まった。
永勝は静かに頷く。
「わざわざ御使者を賜るとは、恐悦至極に存ずる」
頼明は懐から文を取り出し恭しく差し出した。
それを受け取った永勝は軽く目を通すと満足そうに頷いた。
「確かに拝領いたした。殿下にも厚く御礼申し上げると伝えてくだされ」
「承知」
頼明はそう言って一歩下がったが、その視線はちらりと永重へ向く。
口元がわずかに歪む。
永重もまた、かすかに苦笑する。
その時、静かに控えていた花嫁がゆるやかに顔を上げる。
白無垢に身を包んだ雪乃である。
頼明は思わず目を瞬かせた。
「……ほう」
思わず小さく呟く。
その声音に、隣にいた半佐がわずかに眉をひそめたが頼明は気にする様子もない。
雪乃の眼差しは静かだった。
しかし、その奥には確かな意志の光があった。
頼明は小さく息を吐いた。
「なるほどな」
重兼が小声で問う。
「何がでございますか」
頼明は肩をすくめた。
「永重殿が越前まで押しかけた理由だ」
永重は咳払いを一つした。
「……余計なことを言わないように」
頼明はくつくつと笑う。
「安心しろ。殿下への報告には"藤懸の若殿はよい嫁を得た"とだけ書いておく」
そのやり取りを、少し離れた席で永勝が静かに眺めていた。
そしてぽつりと呟く。
「友というものは、ありがたいものよな」
隣の華が柔らかく微笑んだ。
祝言の席には、穏やかな笑いが静かに広がっていった。
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祝言の後。
「息災であったか」
「「はっ」」
頼明と月心、夕霧の三人は庭先で話していた。
「どうだ?永重殿は」
「は……得がたき主と思っております」
月心が答える。
「ほう、それほどにか」
頼明は笑って応えた。
「お優しすぎるところはございます。
しかし……それ以上にお仕え甲斐のあるお方にございます」
次は夕霧が言った。
「そうか」
頼明はまた笑って応えた。
「儂の見立ては間違ってなかったな」
すると、頼明は笑みを消し声音を下げて言った。
「月心。夕霧」
「「はっ」」
「心して聞け」
少し間を置いて続けた。
「この国はこれから海を渡って戦を続ける。
それはもうわかっておるな」
「は……」
月心が答える。
「だが儂が言いたいのはその事ではない」
夕霧が少し眉をひそめる。
「永重殿は……切れる。切れすぎるのだ」
続ける。
「切れる刃は、手入れもされ、戦の時は使われる。
だがな……」
一拍。
「切れすぎる刃は、用いられぬ。
自らをも切るやもしれぬからだ」
頼明は遠くを見る。
「……黒田、竹中。そして治部には気をつけよ」
ほぼ消え入りそうな声で、そう言った。
そして再び月心と夕霧の目を見て
「儂はな。
あの男が――永重殿の事が、おぬしらと同じく好きなのだ」
満面の笑顔になり、言った。




