21-1 越前府中城【出逢い】
まだ雪の残る丹波を出発した永重ら一行は、何事もなく予定通り二日で越前に入った。
雪深い越前の地に降り立った永重一行を、まず迎えたのは月心であった。
「若殿、無事にご到着されなによりでございます」
永重の愛馬・夜光の轡を取りながら、月心が言う。
雪道を急ぎ、二日でここまで駆け抜けた。
「御苦労。木村様の方には事前に知らせておいたか?」
永重は鞍から降り、夜光をなでる。
「はい。御書状の趣旨もお伝えしてあります。
木村家の方々は準備を整えてお待ちです」
月心の声には安堵が混じっていた。
越前も冬の終わりに差し掛かるとはいえ、まだ冷たい風が吹いていた。
「重兼、伊織、半佐、共に参れ」
永重の短い指示に三人は黙って従った。
皆それぞれ、馬の雪を軽く払う。
永重一行は城門をくぐると、厳かでありながらも凛とした空気が漂う城内に息を呑んだ。
庭には雪の残る梅の木が凛と立ち、遠くで鶯の声がまだ冬の冷気に響いている。
永重らは馬を厩に預け、月心を先頭に皆とともに御殿の方へ上がった。
「若殿、こちらでお待ちいただけますか」
月心が案内したのは城の奥まった御殿の玄関口であった。
従者と思われる童に来訪を告げると、急ぎ奥へ走り去った。
すると奥から――
凛とした目鼻立ちに、黒髪を軽く束ね、白い小袖に袴を合わせた娘が現れた。
永重らの前に立つと、深々と頭を下げたのち、ゆっくりと頭を上げ永重を見つめる。
「藤懸永重様、遠路はるばるようこそお越しくださいました」
視線は柔らかくも凛としていた。
「雪乃でございます」
雪乃の声には、礼儀と共にわずかな好奇心が混じる。
永重は静かに頭を下げ、重厚な声で応えた。
「雪乃殿、初めてお目にかかります。
こうしてお会いでき、光栄に存じます」
雪乃は一歩、控えめに前に出た。
「光栄などと……恐れ多きことでございます」
そのまま二人はしばらく沈黙する。
永重の後ろでは重兼らが固唾を飲んで見守っている。
御殿の奥、障子越しの光が柔らかく室内に差し込み、雪深い庭の松の影が揺れていた。
「早速ではありますが、お父上とお母上にご挨拶申し上げたい」
雪乃は微笑むと
「どうぞ、お上がりくださいませ」
そう言って一行を促した。
玄関を上がり、広間の扉が静かに開くと、永重らは一歩ずつ進んだ。
そこには木村重茲がゆったりと座していた。
深い緋色の小袖に袖を通し、鎧ではないが武家の威厳を漂わせている。
隣には母・お清が控え、優雅さと雪乃に似た凛とした気配を同時に感じさせた。
永重は足を止め、深く一礼する。
「木村常陸介重茲様、御母堂様。
このたびはお目通りの栄を賜り、恐れ入ります」
木村重茲はゆっくりと立ち上がり、永重を見据えた。
「藤懸永重殿、遠路ご苦労であったな。
雪乃の父として、まずは礼を申す」
その声には威厳と温かみが混じっており、永重は深く頭を下げた。
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます」
永重は声を低く抑えつつも背筋を正した。
お清も静かに微笑む。
「遠路お疲れでしょう。まずはお茶をどうぞ」
雪乃は一歩前に出て、抹茶の盆を差し出す。
その所作は端正で、しかしどこか柔らかさが滲んでいた。
永重はその茶を受け取り、湯気の立つ器を手にとる。
一口飲むと、雪乃の視線が自然と永重の目に交わる。
凛とした瞳の奥に好奇心と覚悟が同居していることを感じた。
「雪乃殿……お目にかかれて光栄です」
永重は静かに言う。
雪乃は微かに頭を下げ、落ち着いた声で答えた。
「こちらこそ、遠方よりお越しくださり恐縮です。
父上と母上にもよろしくお伝えくださいませ」
しばしの沈黙。
部屋には雪の冷気と、ほのかな抹茶の香りが漂う。
雪乃はふと、庭の梅の枝越しに雪を透かして外を見やった。
「丹波よりここまで……ご無事にお越しくださりほっといたしました」
永重は少し目を細めて答える。
「これも、雪乃殿のお父上が常日頃より備えを整えておられるおかげです」
雪乃は小さく微笑み、そして一歩永重に近づく。
「遠くの道中、どうか体をお大事になさってください」
その声には、ただの礼儀だけでなく、相手を思いやる温かさがあった。
永重はその言葉に胸が熱くなるのを感じ、軽く会釈した。
木村重茲が再び口を開いた。
「永重殿、我が娘は武家の家の娘としての務めを心得ておる。
しかし、戦も政も、娘にすべてを求めるつもりはない。
だが、夫となる者には互いに支え合う覚悟を求める」
永重は静かにうなずく。
「承知しております。
共に歩む覚悟はございます」
お清も雪乃の肩にかすかに目をやりながら言った。
「雪乃、お主も心得ておるな」
雪乃は一瞬目を伏せたが、やがて静かに顔を上げて永重を見据えた。
「はい。父上、母上。
共に歩む覚悟は私にもございます」
庭の梅の枝が風に揺れ、雪がひらりと舞い落ちる。
その光景に、二人は言葉を交わさずとも心が通じ合うような感覚を覚えた。
重茲が最後に穏やかに笑う。
「よかろう。あとは祝言を待つのみ」
永重は深く息をつき、そして静かに決意を胸に刻む。
「雪乃殿、祝言の日までに、少しでもお話しできることを楽しみにしております」
雪乃は微笑み、ただ静かにうなずいた。
その視線には、夫となる者を受け入れる覚悟と互いを知る期待があった。
庭の雪が光を受けてきらめき、越前府中城の静寂に、二人の新たな物語の一歩が静かに刻まれた。




