表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【御礼10,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/87

■第四章■ 20-1 丹波【祝言】

第四章のスタートです。

最初の朝鮮出兵である文禄の役、その直前からになります。


天正二十年(1592年)如月(2月)――永勝宅



まだ冬の底冷えの残るこの日、藤懸三河守(みかわのかみ)永勝の自宅では祝言(しゅうげん)が執り行われていた。


永重(ながしげ)の妹・志野(しの)の祝言である。

嫁ぎ先は秀吉の馬廻(うままわり)衆で、永勝(ながかつ)と同じく丹波(たんば)に領地を構える川勝(かわかつ)広綱(ひろつな)であった。

ただ、このとき広綱はわずか十三歳、元服(げんぷく)したばかりである。

志野は十六歳、いわゆる「姉さん女房」であった。


永勝が志野の婚礼を急いだのには理由があった。

太閤(たいこう)秀吉による朝鮮出兵である。


先年、天正十九年(1591年)、秀吉はその右腕ともいえる弟・権大納言(ごんだいなごん)秀長(ひでなが)、そして嫡男(ちゃくなん)鶴松(つるまつ)を相次いで亡くすという不幸に見舞われた。

秀吉は身内の死に深く悲嘆したが、やがて自らの出陣、そして明国(みんこく)隠居(いんきょ)の地とする決意をいっそう固めた。

明国を制するため、まずはその冊封国(さっぷうこく)である朝鮮に服属(ふくぞく)を迫ったが、これを(こば)まれる。

そのため、遠征軍を朝鮮へ差し向けようとしていた。


秀吉の直臣(じきしん)である永勝、同じく直臣である嫡男・永重、そして元服した次男・永元(ながもと)(幼名・次郎丸)もまた、この遠征軍に加わるものと考えられていた。

同じ丹波に所領を持つ家同士の結束、またその遠征のあいだ家内を盤石にしておく必要があり、急ぎこの婚儀となったのである。


本来であれば祝言は婿方(むこがた)で執り行うのが通例である。

しかし家格の事情もあり、今回は永勝の屋敷での挙行となった。


「志野のこと、よろしゅう御頼み申す」

永勝は婿・広綱にわずかに頭を下げる。


「いえ、こちらこそ藤懸(ふじかけ)家の方々とご縁をいただけるは、この上なき(ほま)れにございます」

広綱は満面の笑みで応じた。


かくして祝言の儀が滞りなく終わると、やがて酒宴が始まる。

飲めや唄えやの大宴会であった。



「若殿、次はいよいよですね」

平松(ひらまつ)半佐(はんざ)が永重に酌をしながら言う。

「こればかりは縁が、な」

永重は苦笑して盃を傾けた。


永重はニ十歳になっていた。


小田原征伐の際、その小田原開城において功を一つ成し得たとして三千石に加増されていた。

それからおおよそ二年。

永重は武芸の鍛錬(たんれん)(おこた)らぬ一方、自らの所領の農政改革を強く推し進めていた。


当時、農の中心はあくまで稲作である。

春に田を起こし田植えを行い、秋に稲を刈る。

一年はその循環で尽きる。

だが永重は考えていた。

――田植えと稲刈りのあいだ、あるいは刈り取り後の地を活かせぬものか、と。


ここで活躍したのが(ともの)伊織(いおり)であった。


伊織の居た武蔵国の忍城(おしじょう)は、利根川・荒川流域の低湿地帯に位置していた。

低地は水田に適するが、自然堤防や微高地では畑作も盛んであった。

そこで作られていた作物のひとつが――大豆である。


伊織はその知識をもとに進言した。

「丹波の地にも、必ずや適う土がございましょう。

田のみに頼らず、畑を併せれば兵糧の備えも厚くなります」

永重はこれを採り入れ、この二年、稲作に加えて大豆の栽培を広げてきた。

その成果は、上々であった。


もっとも――

永重がこの農政改革に取り組んだ最大の理由は、兵糧ではない。


国内の争いは終わった。

これから為すべきは、民と、それを統べる者――

双方が安らかに暮らせる世を築くこと。


それこそが、永重の目指す道であった。



「永重」

酒瓶を手にやってきたのは、父・永勝だった。


「殿、このたびはまことにめでたきことにございます」

永重は盃を置き、居住まいを正して頭を下げる。

半佐と、同席していた多紀(たき)重兼(しげかね)もそれに(なら)った。


「やめよ。皆、楽にせい」

永勝は笑う。

やや酔いが回っているらしい。

そして、ふと永重を見た。

「次はそなただ」

「は……」

永重は先ほどと同じく苦笑で応じる。


世辞(せじ)ではないぞ?もう相手も決まっておる」


「はっ……――え?」

思わず声が裏返る。

同じく半佐と重兼も目を丸くしている。


「祝言は十五日後だ」

永勝はそう言うと、手酌で濁酒を注ぎ一息にあおった。


「い、いや……父上――いや、殿」

さすがの永重も完全に動揺している。


永勝は愉快そうに笑った。

「はは、驚かせようと思うてな。

華とも話をして、今日まで黙っておったのだ」

永重が視線を向けると、母・(はな)は此方の様子を見て会話を察したのか静かに微笑んでいる。


「……さすがにそれは無いのでは?」

怒りではない。

呆れとも、諦めともつかぬ感情が胸に広がる。

永重は何とも言えない感情になった。


「それで……お相手は?」

しぶしぶ問うと、永勝はにやりと笑った。

「お相手はな、木村常陸介(ひたちのすけ)重茲(しげこれ)殿の御息女だ。名は雪乃(ゆきの)じゃ」



――宴の喧騒が、やけに遠く感じられた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ