17-2 小田原城【開城】
少しショッキングな場面があります。
ご注意ください。
文月(7月)の七日――昼
小田原城の正門が開いた。
豊臣軍の片桐東市正且元と脇坂中務少輔安治、榊原式部大輔康政の三人が、小田原城受け取りの検使としてその門をくぐり、城内へ入った。
この三人は全員が従五位下の官位になる。
が、榊原康政は秀吉ではなく徳川家康の直臣であった。
格式で言えば式部大輔、次いで中務少輔ではあったものの、太閤秀吉直臣の脇坂安治がその取り纏め役に任じられていた。
この日より三日間、九日まで、三人の検使による城内の検めが行われた。
そして、北条家より豊臣家へ、滞りなく小田原城の引き渡しが行われた。
翌十日――
北条氏政、氏照の両名は、徳川権大納言家康の陣所にその身を移した。
陣幕の内は、外の蝉時雨とは別の静けさに包まれていた。
上座に座すのは徳川家康。
その前に進み出たのは、関東二百四十万石を領した男――北条氏政であった。
氏政は深く頭を垂れた。
「此度は、我らが不明により、かかる次第と相成り申した」
家康はしばし黙し、やがて低く言う。
「不明、と申されるか」
その声に責める響きはなかったが、重みがあった。
「上洛を果たしておれば、道は違ったやもしれぬ。
……されど、もはや過ぎたこと」
氏政は顔を上げぬまま答える。
「関東の地にて、五代百年守りし家にござる。
容易くは折れ申さず」
家康はわずかに目を細めた。
「その意地が、北条を大きくもした、か……」
静寂が落ちる。
やがて家康は続けた。
「氏直殿……婿殿は助けねばならぬ」
氏政の肩がわずかに揺れた。
「忝い」
家康の娘・督姫は氏直に嫁いでおり姻戚関係にあった。
「されど――」
家康の声がわずかに硬くなる。
「そなたと氏照殿の助命は容易ならぬ。」
遠くで陣太鼓が鳴った。
氏政はゆるりと顔を上げる。
その表情には笑みが浮かんでいた。
もはや迷いはなかった。
「覚悟の上にてござる。」
家康は深く息をつくと、言った。
「明日、巳の刻にて」
氏政は、無言のまま深く頭を下げた。
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翌十一日――巳の刻
昨日の蝉時雨とはうって変わって雲一つない快晴であった。
氏政と氏照は身に白装束を纏い、小田原城下の田村長秋の屋敷へ移された。
この田村長秋とは、北条早雲により招かれて以降、北条家に医師として仕えてきた家柄であった。
この場には、北条家より介錯役として氏政の弟・氏規。
豊臣方より秀吉直臣の石川貞清、秀吉小姓の蒔田広定、鷹匠頭の佐々行政、同じく鷹匠頭の堀田一継、そして小田原城検使役も務めた家康直臣の榊原康政、以上五人が検視役として立ち会っていた。
※ちなみに、この石川貞清は石川頼明(幼名・長松)と同族である。
――巳の刻、正刻。
庭には白砂が敷かれ、夏の日差しが容赦なく照りつけていた。
蝉の声がかえってこの場の静寂を際立たせていた。
氏政と氏照は並んで座した。
白装束の袖が、微かな風に揺れる。
検視役たちは、無言で見守っている。
榊原康政は目を伏せ、石川貞清はわずかに顎を引いたまま動かない。
蒔田広定ら若年の者は、固く唇を結んでいた。
氏政が、ゆるりと口を開く。
「五代百年――
関東の地に拠り、戦を重ね、城を築き、民を守らんと務めて参った」
その声は澄んでいた。
「されど、天の時は移る。
力及ばず、ここに至るはすべて我が咎。」
氏照がうなずく。
「兄上とともに在れたこと、武門の誉れにござる」
氏規は、介錯の刀を握る手に静かに力を込めた。
その手は、震えていない。
氏政は懐紙を取り出したのち、辞世をしたためた。
――吹くと吹く
――風な恨みそ 花の春
――もみじの残る 秋あればこそ
筆を置くと、空を仰いだ。
青い。
どこまでも青い。
やがて、白布の上に脇差が置かれる。
氏政は一礼し刃を取った。
腹に当てる。
わずかに息を吸う。
一文字。
深く。
白が、紅に染まる。
その刹那――
氏規の太刀が閃いた。
首は前へと落ち、砂に伏した。
血の匂いが初夏の熱気に溶けた。
続いて氏照。
迷いはなかった。
兄と同じく刃を引き、同じく首が落ちた。
すべて定められた刻のうちに終わった。
蝉の声だけが変わらず鳴き続けている。
榊原康政は、静かに目を開いた。
「……これにて、相違なし」
石川貞清が頷く。
関東二百四十万石の主はかくして露と消えた。
だが、その矜持は最後まで崩れなかった。
白砂の上に残る紅が、陽光に照らされている。
やがて風が吹けば、乾き、やがて消える。
それでも――
百年の記憶までは消えはしなかった。
氏政の辞世の句と言われているものは、いくつかあります。
今回はその一つを採用しました。
直訳では、「吹く風を恨むな。花が残る春、紅葉が残る秋がある訳がないのだから」
です。
「この結果は恨むものではない。人とは死ぬもの。それが自然である」と私なりに解釈しています。




